不良少女トリオと清楚な少女
あたし――香坂胡桃は思う。
この世は不平等だ。
と。
そう思う根拠は、力の有るものが勝ち、無いものは負ける、この弱肉強食な世の中にある。
つまり、弱者は強者には勝てない道理があるということだ。
まあ、それも、一概には言えないんだけどな。
ゲームでジャンルごとに上手い下手があるように。(対戦型格闘ゲーム――格ゲー。は上手いけれど、シューティングゲームは下手とかあるじゃん。人によってはどっちも上手かったり、逆にどっちも下手だったりするけれどな)喧嘩は弱い。けれど、頭脳戦は強いよ、ってのがあるし。
当たり前のことを言うようだが、どんなに負け越している敗者でも、そいつの得意なジャンルでなら、逆転はするし――できる。……はずだ。
ちなみに、あたしは、喧嘩は強いのだが、搦め手には弱い。得意ジャンルである喧嘩の中にも、弱点、苦手があるんだな。
軌道修正。
なんにせよ、強者に弱者は食らわれるということはよくあることなのだ。例えば――
そう。あんな感じに。
あたしの視線の先には、少女の集団、計四人が居た。
位置関係は、一人の少女を取り囲むようにして三人の少女が立ち塞がっている、という感じだ。
チラリと見たビジュアル的に、一が普通の少女、三が不良だ。
四人の立ち位置の構図的に、不良少女たちが一人の少女に対して絡んでいるのだろうということは、想像に難くなかった。しかも三対一で。
こういうの漫画で見たような感じがする。どうやら三人組の方は多人数で群がって粋がっているタイプの小物らしい。どっちが悪か一目瞭然だな。
「おうおうおう。ちょっと面貸せや」
今からヤンキーによる恫喝が始まるらしい。ちょうど、絡んだ直後にあたしが出会わせたということか。ここまで見て立ち去るのもなんなのでとりあえず見物する。事が起こったら仲裁役を担うのもいいかもしれないな、などと考えつつ。
早速、二の句が紡がれる。紡がれるじゃ、品のないあちらさんには合わんかもしれんが。とにかく口火は切られた。
「キミに用がある」
絡まれる彼女は、お前らに用はないようだがな。
「素直に言うことを聞くのなら、痛くしないわ」
抵抗するなら実力行使か、クソだな。
ともあれ、そう口々に言う三人組は、どこからどうみても素行が悪そうで、まさに不良って感じだ。
てか不良だろう、断定してもいい。
粗暴なふるまい、横暴な態度には品性の欠片すら感じないし。
まあ、パット見、容姿は、『ゴリラ』に『もやし』に『ちんまい』って感じだな。特に惹き付けられるものはない。だがまあ『ちんまい』はちょっとかわいいな。まさにツンデレって感じがする風格を漂わせている。
そして不良少女たちの服装を見た私は、げんなりした。
お古かなんだか知らんが……、もうちょいまともな格好しろってんだ。いやまあ個人の自由だけどな……、あたしがとやかく言うことじゃねえか……。ただ『ちんまい』だけは、多少ましなもん着てるな。
……余計なお世話かもしれないが、『ちんまい』は付き合う相手をちゃんと吟味すればいい線行ってたと思う。……というのは買い被りすぎか?
ともかく『ちんまい』は三人組の中で、一人だけ浮いている感じがしたのだ。まだ引き返せそうな感じが。
――まあ、自己責任だがな。あたしもそうだったし。
そして。そんな不良少女たちに相対するは、清楚な少女。改めて『彼女』を見た瞬間、あたしの意識は、『彼女』へと一気に惹き付けられた。もはや外野はどうでも良くなってしまったのだ。
『彼女』のカチューシャを乗っけている髪が、風でふわりと浮かび上がる、手入れをかなり入念にしているのだろう、サラサラとしていてとても綺麗だ。長さは肩口までくらいか。
『彼女』は、凛とした佇まいでそこに居た。低身長というわけでもなくほどよい身長だ。恰幅が良いとは彼女みたいな者を示すのだろう。しなやかな肢体は、運動も疎かにしていないのだと窺わせた。常に完璧な姿勢を見せる様は、まるで精巧に創られた芸術品のようだ。
さらに。『彼女』は、品が良く、とても愛想のいい顔をしている。にこにことした笑みを浮かべる顔は、言い過ぎかもしれないが――赤ちゃんのようにふっくらとしていて、頬をみるに血色も良く朗らか、笑顔は太陽のように眩しいとさえ思えた。
この美貌は、毒となりうるかもしれない……。
女の、それも他人のビジュアルなんかには気がないはずのあたしですらくらっときた。
長くなったので、纏めると。
地上に降臨した女神がそこにいたのだ。
「あら、ごきげんよう」
『彼女』は、ふんわりとした笑みを浮かべ、不良少女たちに向けて、挨拶する。
あんな奴等に絡まれて、『彼女』が内心でどう思っているかは知らないが、余裕に満ちているようにふるまっている『彼女』に感心する。むしろ、自分からも絡んでいっているような気がしないでもない。
まあ、そんな『彼女』は、これぞまさしく、いいとこ育ちのお嬢さんって感じだ。
容姿もあたしが思わず惚れそうになったくらいいいし、お嬢様の理想系といっても過言ではないだろう。
優雅なふるまいには品性をこれでもか! と感じるし、……完璧だ。
しかも、そんな『彼女』の有り様は、あたしですら敬意を払いかねないレベルときた!
どんな相手にでも礼節を忘れない、そんな『彼女』に対し、
「ごきげんようだとよ――ぶはッ」
「もしかして、キミ、本当のお嬢様か?」
「あっ。こんにちはー」
不良少女たちが、それぞれ反応を返す。一人を除いて、不遜すぎるだろ。自分よりも格上の人物に敬いが足りないやつは、将来痛い目見るぞ、などと自分を棚に上げつつ心中で論じる。
というか、『ちんまい』やつが律儀にも挨拶を返しているのはどうなんだ?
あたしは、それでいいのか? と危うくツッコミを入れそうになるが、踏みとどまる。
まだ、首を突っ込む段階じゃないからな。
しかし、どう見ても、あの不良少女たちと『彼女』は、接点があるとは思えない組み合わせにしか見えない。
もう断定していい頃合いだろう。
――『彼女』が、不良少女たちに目をつけられたのだ。
あたしは、洞察力を駆使し、状況を的確に見抜いた。
つまり、『彼女』が見かけ的に、押しに弱そうなので、ターゲットにされたのだろう。それに物理的にも負けそうだ。
己より弱いものを狙う……ね。
なんともまあ、気に入らないやり方だこと。
侮っているわけではないが、どう贔屓目に見ても、力もとい暴力では、『彼女』に勝ち目はないだろう。『彼女』、腕とか細いしな……。
精神的には『彼女』に軍配が上がりそうだがな。
「嬢ちゃんに要求があるんだわー」
不良少女たちがいったい何をするつもりかはわからないが、どうせ録なことじゃないというのは、不良少女たちの品性がものがたっていた。
「なにかしら……?」
砂糖に群がる蟻のようによってくる不良少女たちに、『彼女』はよくない流れを察知したのかとうとう表情を曇らす。
何故か、あたしは『彼女』には、そんな顔をしてほしくないなと思ってしまった。
そして、あいつらは、『彼女』に、いったい何をしようとしているんだ?
あたしは、とりあえず様子を伺うことにした。
いつもならば、こういう場面を目視しても、無視し、立ち去っているのだが……、いやに『彼女』が気にかかるのだ。
まずは、やり取りを聞くことからだ。
万が一にでもあの不良少女たちと『彼女』が友達だったりしたら、取り越し苦労にも程があるし。
まあ、どっからどう見たって、友達の戯れ、というような空気感じゃないのだが……。
車の走行音が煩い中、意識をあそこへと集中し、聞き耳を立てる。バレたって構いやしないのだが……、一応、物陰に身を隠しながら。
場所が高架下であるということもあり、声が反響していて、ある程度距離のある、こっちにまで優に届いてくる。
つまるところ、とても聞こえやすかったというわけだ。
――ドンッ!
パワフル少女――『ゴリラ』が壁ドンした。壁をドンッ! と乱暴に叩いて、高架下中に大きな音を響かせたのである。
うげぇ……。
あんな壁ドン、嫌だ。
『彼女』は、流石にちょっとは驚いたのか目を瞬かせたが、声はあげなかった。身体がビクッとはしたが。
「まあ、財布出せよ――お前んち、金持ちだよな? 隠そうとしたって無駄だぜ、服装からして高いもん着てるしな」
聞こえたのは、そんなド直球な恐喝。
一時、あたしはそれを、聞き間違えかとも思ったのだが――、どうやら違うらしい。目がマジだった。
少女らがいるところだけ異様な雰囲気に包まれている。
おいおい、カツアゲかよ……始めてみたわ。このご時世にもやっているやつっているんだな……。しかもこんなところで……アホなのか?
利口ではないからこんな往来で、カツアゲしてるのだろう。高架下とはいえ、人通りもちらほらあるっていうのに。
不良について、色々なタイプを見てきたあたしだったが、まだまだ知らない世界はあったということらしい。
「ここはなあなあに済ませよう。私らに歯向かって、無駄な血を流すのは賢明とは思えない」
「お金をくれるなら見逃してあげてもいいわ」
不良少女たちは既に勝ち誇っているように見えた。
……どこまで上から目線なんだか。
やれやれ、お前らみたいなのに絡まれる『彼女』の身にもなれっつーの……。
あたしには、あんなのに絡まれる『彼女』が、不憫に思えてならなかったのだ。
こんな頭の悪そうな連中がのさばっているなんて不快だ。不良全体のイメージの低下に繋がりそうであるし。
こういう連中は、際限なく付け上がる、誰かがこらしめてなければずっと図に乗るだろう。カツアゲで気が済まず、このまま拐われてしまい、身代金なんて話になったりするかもしれない。あいつらにそこまでの度胸と行動力、計画性があるのかは甚だ疑問だが……。ひとまず、
――あたしが、あいつらをこらしめてやることにするか?
しかし、それをやるのに自分が適しているとは思えなかった。どう考えても、正義のヒーローに相応しくないし、なりたくもなかった。普通に考えて、もっと適任の者がいるだろう。
例えば――警察とか。
だけど、あたしも不良の端くれだ。犯罪に抵触するようなレベルの悪いことをしていなくても、警察に助けを求めるのは気が引けた。かといって、状況が切迫しているから、四の五のいってもいられない。
……どうすっかなぁ……。正直、面倒くさいけれど……、助けに入るべきか? ほっとくのは、後でモヤモヤするだろうしなぁ。
もし『彼女』が害されでもしたら、後味が悪そうだ。
そんなことを考え始めている間にも、諍いは進む。だがしかし、当事者の一人である『彼女』は、諍いとは思っていないかもしれない可能性が大いにあるが……。
居るだけで迫力を感じる巨漢の少女――『ゴリラ』に至近距離で睨まれているというのに、清楚な少女はまったく動じていない。
あの様子じゃあ、あそこで暴行事件が発生するのも時間の問題だろう。今にも『ゴリラ』が痺れを切らしそうだしな。
『彼女』に、自分がいつ『ゴリラ』らに殴られるのかわからない状況なのだ。――と自覚してほしいところだ。
早く、逃げるか、助けを呼べよ……。
「おらおら、なんとか言ったらどうなんだ?」
「恐れをなしたか」
「もしかして、ちびった?」
そこまで言われて、菩薩のような態度を取っていた『彼女』が眉をぴくりと動かした。
本人の年齢は知らんが他の二人と同輩と思われる、小学生どころかマスコットキャラクターと見間違うくらいに低身長で、思わず『チビっ娘』と称したくなる少女――ちんまいに、『ちびった?』と言われたのが、引き金となったかのように思えたが……、塵も積もれば山となるだ。積み重なった不遜な態度が流石に腹に据えかねたのだろう。我慢の限界というやつだ。(――おしっこのことではないぞ)
神経を逆撫でするような、不良少女たちの態度と言動が、『彼女』の逆鱗に触れてしまったのだ。
ようやくといったところで清楚な少女が口を開いた。
「ならば、はっきり申し上げます」
「――嫌です」
「貴女方のような礼儀のなっていない俗物にお金を与えるつもりは一切ございません。あしからず」
「そもそも。お金が欲しいのなら、それ相応の態度を示してください。さすれば此方も少しは気持ちよく応対できます」
「あと借用書くらいは用意してくださいませ」
畳み掛けるように『彼女』は言った。『彼女』の慈母のような優しいまなざしは、汚物を見るような冷ややかなものへと切り替わっていた。
不良少女たちが身震いした。
「…………シャッ……シャクヨウショ?」
『ゴリラ』がひとりごちる。
「まあ! 申し訳ありませんわ。わたくしとしたことが粗相を……貴方は見た目通りゴリラさんでしたのね」
「なんだとごら!」
激昂する『ゴリラ』のパンチが迫る。外見に相応しい、ひどく短絡的なストレートだ。不良として、今まで、力でどうにかなってきたのだろう。技巧の技の字も感じす。鼻で笑ってしまった。って、笑ってる場合じゃない。あたしは慌てて止めにいこうとする――、
「まだわたくしの話は終わっておりませんわ! 話の腰を折らないでくださいな!」
しかし、『彼女』のぴしゃりとした発言が『ゴリラ』のパンチを『彼女』の眼前で止めた! 『ゴリラ』、手を引っ込める。
あたしも立ち止まっていた。――……すごい威圧感だ。
あたしは思わず息を飲む。とりあえず、再び気配を潜めた。
改めて、様子を伺いながら考える。――『彼女』は何者なのだろうか……。
厳めしくなった表情をそのままに、『彼女』は続ける。
「貴女方の発言の趣旨がわからないので、問わせていただきますが」
なんか問い掛け始めたぞ。危うく暴力に曝されるところだったのに余裕あるよな。
「なぜ、わたくしが、貴女方に金銭を与えなければいけないのでしょう?」
なせだろうな。
「金銭を授与しなければならない『根拠』というものがあるのなら、是非とも、仰ってください」
刃物みたく鋭い調子できっぱり断った『彼女』は、追い討ちとばかりに正論をぶつけた。
――たしかに、その通りだ。
『彼女』の問いかけは、至極、理にかなっていた。
あたしは心の中でうんうんと頷いた。
だけど、ひとつ問題点がある。
たしかに、『彼女』が言ったのは正論なのだけど、それは力の差を度外視すればだ。
この状況で、正論を吐くという行為は、悪手としか思えない。なにしろ三対一だし。
しかも、相手はカツアゲ犯なのだ。論破したところで、力ずくで金銭を奪われるのは目に見えている。
あいつらが強行手段に出たら、『彼女』は……。
――無事でいられるのだろうか……。
あたしには、『彼女』が三人の不良少女に勝つビジョンがどうしても見えなかった。
改めて意識を、件の四人へと向ける。
『…………』
案の定いったところか、不良たちは、めちゃくちゃ不愉快そうな顔をしていた。
それに加えて、
「もしかして、これが俗に言うたかり、なのかしら……?」
などと言う、『彼女』の呟きが聞こえた。表情は間の抜けたものに切り替わり、さっきまでの威圧感はすっかり霧散してしまっている。
天然で煽っているのか、本気でいってるのかわからないが……。
もしこの呟きが、不良少女たちにも聞こえたならば、不良少女たちの怒りが臨界点を越えてしまう、そんな気がした。
「ふ、ふっざけるなよ! てめー!!」
「……怒りを誘発するようなことを…………」
「たかりじゃないわ、ゆすりよ!」
それは、不良少女たちの耳にも届いたらしい。――あたしの心情を加味すると、届いてしまった。といった方がいいか。――不良少女たちは、とめどもない怒りに血相を変えていた。
若干一名、自分達の行為に対する表現が違う、と指摘しているものがいるが……。それは置いておこう。
だが、『彼女』は、そんな不良少女たちに、まったく怖じ気づく様子はない。
鋼の精神力をもってして己を律しているのか、それともマジモンの天然なのか……。
しかも、『彼女』は、小さく首をかしげ、
「貴女たちは、なぜ、怒っているのかしら?」
と、マジで不良少女たちが怒っている理由がわかっていない風な顔で問うたのだ。
――お前がさっきから怒りを触発するようなこと言って煽ってるんだよ。と突っ込みたい。
さらに――、
「もしや、わたくしが何か粗相を……」
そう言って、思い詰めた雰囲気を漂わせ始める。自分の失態を責めるかのようだった。
相手が自分を不快に思ったら、全て自分の責任とでも思っているのだろうか……? いや今回の場合はまさしくそうなんだが。
そんな『彼女』はマジモンの天然なのか、胆が据わっているのかはわからない。……けど。
もしも前者なら――無自覚天然こええ……。