最後の空旅
空の旅を初めて七日、僕たちは最後の空旅をしていた。
「いよいよ、空の旅も終わりか……」
眼下に広がる白く眩い山々を眺めながら、僕はポツリと呟く。
僕らの横を一羽の鳥が飛び去っていく。
あの鳥さんはどこへ向かうのだろうか。
ふいに、そんなことを考えてしまった。
僕らは……この空で、何をしてきたのだろう。
初代鳥さんに捕まってから、僕の行動は常に鳥さんたちと共にあった。
鳥さんたちは、そう。自由だった。
この名前のない大空を思いつくまま飛んで、ご飯を食べたいときに食べ、自由に……。自由。
そうか、僕らはこの空に自由を求めて来たのか。
そう思うと少しだけ、この自由な時間が終わってしまうことが寂しく感じる。
「……僕、思ったんだ、魔物も人間と一緒で良い奴もいれば悪い奴もいるって」
誰に聞かせる訳でもなく、どこか遠くへ向かって話すような口調だった。
そう、魔物も基本的なことは僕たちと一緒なんだ。
「ただ、扱う言葉が違って、翼があって、くちばしがあって、体がすごく大きくて、全身の体毛が鮮やかで、もの凄く力持ちで、大人一人ぐらい楽々と運べるってだけでさ」
「……クエ?」
「そっかそっか!鳥さんもそう思ってくれるか〜!」
僕はこれまでたくさんの鳥さんたちと出会ってきたからこそ分かる。
この鳥さんは、性格の良さが違う。
「ねえ、鳥さん鳥さんの名前はなんていうの?」
「……。」
鳥さんは、なにも答えてはくれなかった。やっぱりまだ出会って二日じゃ教えてくれないのかな?出しゃばるべきじゃなかった? ……いや、違う!!鳥さんみたいに大きくて、モフモフした鳥さんは滅多にいない。つまり、名前は知っていて当たり前の話なのだ。
だが、僕は、魔物の名前なんて知らない!
だって魔物と出会う予定なんてなかったし!
けれど、それが鳥さんのプライドを傷つけてしまった……。
でも、僕は魔物の名前なんて知らないし、かといって、知ったかぶりも失礼だろうし、いったいどうしたら……ハッ!!?
ニックネームなんてどうだろう?
これなら名前を知らなくてもつけれるし、何より特別感が出る!
個人を特定するものとしては、最適かつ最良だ!!
うん!我ながらナイスな判断だ!
ニックネームはその人の特徴を最大限反映したものを呼ぶのが一般的だ。
たとえば、僕のニックネームの「王子」みたいな!
さてさて、鳥さんの特徴は、ふさふさで、大きくて、鳥で、うーん。
――「鳥さん」でいいか。
「鳥さん!君のニックネームは鳥さんだ!どうだい!鳥さん!」
「………」
よし!気に入ってくれたみたいだな。
良かった。良かった。
「それにしても、随分高いところまで来たな」
気が付くと、僕らは見上げていたはずの雲の……上にいた。
「ねえ、鳥さん、あのどんよりとした雲ってなにか分かる?」
「……。」
「あの雲を見てるとこう、ゾワゾワってするのは何でかな?」
「……。」
「なんでさっきから何も答えてくれないの?」
「……。」
「無視は良くないよ!鳥さ—―」
――――ビュオオオオ。
え………
――――ッババババババ!!!!
いや……
――――ッババババババババババ!!!!
「あばばばば」
あー、これアレだよね。
きっと、夢……だよね!
だって鳥さんも僕と一緒に落ちているんだよ……?
普通、鳥さんが空から落ちる?
ははは。あり得ない、あり得ない。あり得ないよね?
うん。あり得ない、あり得ない。あー、びっくりした!
うんうん。でも、普通に怖いんだ……。
だからね……もう目覚めてもといいと思うんだよね!!
……。まだ覚めないのかな?
……。遅いなぁ~。
……。念のため、ほっぺ、つねろう。
「……痛い」
いや、いやいやいや、そんな訳ない。
あ、そういえば!
最近の夢は少しくらいの痛みなら再現できるって、水晶に手をかざしてたおじさんが言ってたな。
いやぁ、あの時は何言ってんの?この人。とか思っちゃったけど、まさか本当の話だったなんて。今度、お詫びに饅頭でもあげよう。
さて、少しの痛みは再現できてしまうんだ。
ここは再現できないくらいに、ここは思いっきり行こう。
拳をギュッと握って、振りかぶって、
――ボグッ!
「……ぐすんっ……。」
――――ッババババババババババ!!!!
うん、分かってた、分かってたさ。
これが現実だってことくらい!!
「はぁ…………。ギャァァアアアアアアアアアーーーーーーーーー!!!!」
♦
――――――――バババババババッッッ!!!!!!
体が空気を切る音が聞こえる。
春の暖かな日差しが世界中に降り注ぎ、絶好の昼寝日和の今日……だった。
眼下を埋め尽くすのは、暗くどんよりとしたの雲。
僕は今……
「死ぬぅーーーーーーーーーーーーー」
絶体絶命の大ピンチなのだ!!
どうするどうするどうするどうする。
どうしよう!!
死にたくない死にたくない死にたくない。
死んでたまるか!!!
何か、考えろ。
何か、考えるんだ!
どうしたらいい。
どうしたら落ちずに生きのこれる?
くそ!こんなとき鳥さんみたいに空を飛べたら!
空を飛ぶ……。
そうか!!!
僕が落ちずに生きのこる方法は、一つだけ。
そう、……僕が!
――――――空を、飛ぶ!
これだ!!!!!
空を飛ぶには、えーっと……
鳥さん。羽。
は、ない!
無理、どうやっても生えない。
次っ!!
浮遊魔法。
は、呪文知らない!
そもそも風属性の適正ない。
次っ!!
空中を歩く。
「うおおおおおぉぉぉぉおお!」
バババババババッ!!
……落ちてる。
次っ!!
飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ。
思い出せ。何か……あるはずだ!
『ええかユーリ。もし、お付き合いした女性、もしくは結婚した女性に浮気がバレても決して逃げるんじゃないぞ。彼女らは決して、儂たちを逃がしはしない。
必ず地獄の果てまで追ってきて捕まえようとする。数えきれないほど追いかけられて、捕まってきたからのぉ。骨身に染みておるわ。しかも、婆さんは並み居る強敵の中でも、ダントツのスピードを誇っておったからの。「火をうんとためてボーン!とさせたら、追いつくのなんて簡単よ!」とか意味不明なこと言っておったし……婆さんの通った地面焦げてるんじゃぞ?…訳分からんじゃろ?』
by おじいちゃん。
――ありがとう!お婆ちゃん!!
幸い、火属性の適正は、ある!!
えっと、火をうんとためてボーン!
うんっと、ためて………
「ボ―――――――――ン!」
おおお!思ったよりも火が出た!!
これなら空を飛ぶのも不可能じゃないかも!
――――――ホボボボボボボボッ!
……火しか見えないから、飛んでるのか落ちてるのかイマイチ分かんないや。
……だけど。
……だけど、この引っ張られる感覚。
間違いない。
落ちている……
くそ!万事休すか!!
……万事休すってなんだ?……お爺ちゃん知ってる?
『いや知らんのぉ。訳が分からん。そうそう、訳が分からんと言えば、婆さんの通った地面焦げてるんじゃ――……』
――その話はもういいよ!!
いや……待てよ……?
火……焦げた地面……?
――ハッ。
……もしかして、お婆ちゃんは足に火を集中させていた……?
思いついたら吉日と言うし、物は試しだ!
……吉日って何のことだ?
ってどうでもいい!今は集中、集中!!
「集中…集中…集中…集中…集中…」
ぶつぶつと唱えながら、僕は足に魔力が集まるを意識する。
その意識が強くなるにつれて、僕を覆っていた火がどんどん縮小していき、視界がクリアになる。
「あとは、これを推進力として発射すればって……あ、方向まちが――…」
――その日、空から「太陽」が降ってきた。
混龍ジャバウォックを常に覆っている黒雲を掻き分けて「それ」は現れた。
「それ」は地上に近づくほど大きくなっていき、真っ赤な炎は全てを茜色に染めあげた。
全てを焼き尽さんとする太陽は、熱風と灼熱をまき散らしながら凶器となって迫ってくる。
その神々しくも美しい太陽はそこにいる誰をも魅了し、同時に絶望をあたえた。
もう助からないと泣き叫ぶ者。
その美しさに心を奪われ涙する者。
死んでたまるかと足掻く者。
皆がそれぞれの反応をする。
だが、太陽は突如として小さくなりはじめ……
そして消えた……。と、思われた……が、
――――キュイン!!!!
姿を変えた太陽は、甲高い音と火柱を空に残し、ジャバウォックへと一直線に落ちていった。
「キュイ…ドッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオン」
地面を穿つかのような衝撃と音が響き渡り、土煙が立ち上る。
大きく立ち上った土煙は、そのまま戦場を包み込み、まるですべての音を持ち去ったかのように戦場を静かにさせる。
黒雲が支配をしていた空は、綺麗になくなり、代わりに清々しいほどの太陽を映し出す。
また、ポツポツと雨が降り始め、土煙を徐々に沈静化させていく。
太陽の輝きと雨の粒が共鳴し、幻想的な光景を創りだす。やがて、雲の隙間から一条の光がジャバウォックの元へと差し込む。そこには
――神去った混龍ジャバウォックの姿と、美しい青年の姿があった。
その時“絶望”に包まれた戦場は、二つの文字に書き換えられた。
その二つの文字は――【勝利】
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーー!!!」
割れんばかりの歓声が沸き起こり、その喜びを、達成感を、そして“奇跡”をすべての人が、体で、声で、涙で、表現した。
空には大きな大きな虹がかかっていた。
後にその場にいた者は皆、口を揃えてこう言った。
――あれは、『太陽の奇跡』と。
フォルテイス王国歴百年四月十五日
この日、混龍ジャバウォックが討伐された。
それを成したのは、ユーリ・フィリドール。
フォルテイス王国の表の歴史にて、語り次がれることになる六龍将。
その陰の実力者で、六龍将を支え導いたとされる。
最強の一人。裏の歴史で語り次がれる幻の七人目。
『飛輪』の二つ名を冠するユーリ・フィリドール。
その第一歩である。
――ユーリ・フィリドール
「……えっ?」
意外と戦闘シーンを書くの難しいですね。
もっとうまく書きたいと思う日々です。
もっと頑張っていきます!