ダスティネス将軍
――フォルテイス国歴 百年四月十五日 ヘンデル山脈上頂付近
「各隊現在の状況を報告。第一部隊。」
この場に居る五〇〇名の集団の中にいてもなお、一際目立つ白銀の鎧を身につけた女性。
透き通るような青色の瞳に髪。
凜々しく、誇りを胸に真っすぐと生きてきたかのような佇まいをした女性。
鎧の隙間から見える多くの古傷は、彼女自身のこれまでの経緯と数ある戦場を生き残ってきたという実績を物語っている。
王国において六名しか存在しない最高戦力。
【六龍将】その第六席に位置する人物。
戦場に美しく咲き誇る氷の花。
二つ名を【白銀】
《ティーナ・フォーン・ダスティネス》
この軍の総大将だ。
「はっ。第一部隊。総数三二〇名。死者ゼロ名、重傷二名、軽傷二五名、計六七名が負傷。
軽傷者は作戦続行可能。重症者は現在治療中。作戦には影響しないものと思われます」
「そうか、上出来だ。重傷者を死なせないように留意しろ。次。第二部隊」
「はっ。第二部隊。総数五〇名。死者五名、重傷十四名、軽傷十九名、計三八名が負傷。それとは別に、ハーピに攫われた者が十名程。現在被害を確認しております。
それから、混龍シャバウォックはここから二〇分ほど登った場所にて観測。
道中急な斜辺がありますが、頂上付近はなだらかな地形となっており、作戦は可能と思われます」
「……そうか。了解した。お前たち先行部隊には後で追加の報酬をだそう」
ティーナはあまり変わらない表情でそう口にすると、第二部隊長は「各員覚悟の上です。お気になさらず」と言う。
気にするな。と言われても、指揮した張本人であるティーナは気にしてるのか、少し影がかかっているように見える。
その様子を見て、隊長達は『心優しいお方だ』そう思った。戦いに犠牲は付き物だ。
だが、自分たちの死を敬んでくれる人と、そうでない人とでは、戦いの結果に大きな違いがある。
少なくとも、ここにいる隊長達にとって、ティーナは素晴らしい上官だ。
しかし、ここで謝ることは決してあってはならない。
戦を運営する上で彼らは重要な役割を果たす、彼らが命を懸けでもたらしてくれた情報がこの戦いを勝利に導いてくれるのだ。
それに……ここで誤りでもしたら、兵たちに申し訳が立たない。だからこそ、ティーナはその言葉を抑え込み、話を続ける。
「次。第三部隊」
「はっ。第三部隊。総数三〇名。軽傷者はゼロ名。戦闘中に負傷したものもおりますが、自身の治療魔法にて完治。現在は重傷者の治療にあたっております」
「それは喜ばしい現状だ。良くやった。それで、物資はどうなっている?」
「お褒めに預かり光栄です。物資は全体の三割使用。使用数の多いポーションは全体の四割を使用しております。予定よりも一割程多く使用されています。」
「なるほどな…」
「重傷者のみにポーションを使用し、軽傷者は簡易処置で済ませれば、戦闘を考慮しても二日は持つかと。どうされますか?」
「いや、ポーションに関しては惜しみなく使え。今から使用規制をかけると兵たちに不安が広がる。それに今回の作戦は短期決戦だ。こちらとしても軍の状態は最善の状態にしておきたい。この世界で最強の存在の龍に戦いを挑むのだ。少しでも勝てる要因は増やして置くべきだろう」
「はッ。承知致しました」
「宜しい。各隊、今から二時間後この場に集合するように自分の隊に伝えろ。シャバウォックとの闘いの前に話しておくことがある」
――二時間後
「注目ッ」
轟くような声が響く。
中性的な声だが、この時ばかりは男性だと言われても納得してしまいそうな程、迫力のある声だ。
「我々は今から混龍ジャバウォックと闘う。相手は最強の力を持つ龍だ。ここにいる私も含め、ここに居る殆どの奴は死ぬだろう」
――冷酷
そう言えるほど、唐突に、あまりに衝撃的な宣言が放たれる。
王国の最高戦力【六龍将】である、ティーナが死の覚悟をしている。
その現実が……今、自分達が闘おうとしている相手が一体何なのかを、もう一度思い出させる。
――龍。
それははるか昔から最強の存在として知られる伝説の魔物だ。
「ごくりっ」
誰かが唾を飲み込む音がハッキリ聞こえる。
兵たちの戦意が、明らかに低下するの見ると、ティーナはニヤっと笑う。まるで、いたずらが成功した子供のように。
次の瞬間だった。
地を揺るがすような大きな声が飛んだ。
「だが。それがどうした!
我々は友人を、恋人を、そして家族を不躾にもさらわれた。。この中には既に廃人となってしまった家族を持つ者や、ジャバウォックに家族を殺された者達もいるだろう」
それからまた打って変わり、ティーナは一人一人に語りかけるかのような声で話し始める。
その緩急ある話し方に驚きつつも、皆が耳を傾けていた。
「思い出してほしい。
どんなに話しかけても反応のない大切な人の姿を。
どんなに願っても、決して戻って来ない、かけがえのない人たちの帰りを待つ日々を」
――シン。
場を静けさが支配する。
「ジャバウォックは我々の大切な人の、
大切な、大切な思い出を……感情を。
……食べたのだ。貴様らは許せるか?」
――『許せるはずがない』
この場にいる全員の心がそう呟くのが聞こえる。
もはや、委縮していた者たちは誰も居なかった。
ここ居るのは、愛と正義、それから覚悟を持った強者たちだった。
「我々はもう二度と。そのような悲しい者を出してはならない!もう二度、大切な人を奪われる絶望を与えてはならない!そして今、捉えれている者たちを決して廃人にしてはならない!我らが同士よ。今こそ人間の思いの力を、我らの愛の力を見せる時だ!我々は、ここに誓おう。――【勝つぞ!!】」
♦
――エリノラ視点
「エリノラ・フィリドールです。ダスティネス将軍に呼ばれ、参上致しました」
「話は伺っております。どうぞこちらへ、将軍がお待ちしております」
私は今、ダスティネス将軍のテント前に来ている。
将軍のテントは私達一般兵とは違い、十人は軽く入れるほど大きなテントだった。
補佐官が私の代わりに、私が来たことを将軍に伝える。
「入れ」
将軍は要件を聞くと簡潔にそう答える。
「失礼します。」
私は挨拶をして、テントの天幕を手で持ち上げて将軍のいるテントの中に入る。
「急に呼び出して済まないな」
将軍は、円形机の一番奥の席に座り、ほっとしたような顔で微笑む。こうして見ると、先程、あの演説をしたとは到底思えなかった。
あれは凄まじかった。
大地を震わせるほどの雄叫びを聞いたのは初めての経験だった。
あの演説は、私たちの士気を上げるだけではなく、覚悟までも決めさせた。
そのおかげで私たちは恐怖に飲まれることなく、ジャバウォックに立ち向かうことができるだろう。
そんな将軍から声がかかったのだ。
初めは聞き間違いだと思ったのだが、どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「いえ。構いません。それで話とは?」
「何、そんなに緊張しなくても良い。席に座って楽にしろ。話はそこからだ」
私は言われるまま、将軍の正面の席に座る。
「貴様の話は聞いている。エリノラ・フィリドール。剣神の恩寵を持ち、この討伐隊でもかなりの戦功を上げているそうだな」
「過分な評価、痛み入ります」
「ふっ、謙遜は良い。先行部隊で傷一つなく戻ってきたのは、貴様だけだ。さて……長話なんだ、さっそく本題に入らせてもらおう」
ダスティネス将軍はそういうと、強者のオーラを漂わせる。
――この人強い。並みいる強者を倒し、負けたことがなかったが、この人物は桁が違う。
……勝てるビジョンが思い浮かばない。
それはエリノラからしてみれば初めての感覚だった。
「エリノラ・フィリドール。今回だけでいい、私の補佐をやらないか?」
……は?
「……は?」
あまりの飛躍ように思わず、素が出てしまった。
慌てて口を押える。
「実をいうと今回の作戦は、魔法による視界の妨害、次に弓や魔法による遠距離攻撃、その後、主力である歩兵たちの突撃を全方位でから行う。まさしく総勢力でジャバウォックを討伐する作戦だ」
将軍はそういうと少し間をおいて、言葉を継ぎ足す。
その声は、一切の甘えのない冷え切った声だった。
「しかし、それだけで倒せるほど、ジャバウォックは……龍は甘くない。龍を倒すために立ち上げたとさせるこの国でも、建国以来、倒すことのできなかった最強の魔物だ。
そこでだ。最後の止めとして、私を含めた高火力の恩寵持ちによる突撃を行う。貴様に頼みたいのは、私が全力の一撃を奴に叩きつけるまでの間、私を守ってほしいのだ」
……今なんて言ったの?
守る?私がダスティネス将軍を?私よりも強いのに?
「お待ちください。私はまだ軍に入って間もない新人です。とても将軍を守れるとは思えません。」
むしろ守ってもらう側だ。
「何を言っている?貴様は剣神の恩寵持ちだ。その恩寵をフルに使えばジャバウォックとも少しは戦えるはずだ」
「しかし—―…」
「それに、上手くいけば、貴様の弟の感情を取り戻すことができるかも知れんぞ?」」
その言葉は無視するわけには行かなかった。
「どういうことでしょうか?」
「古い伝承のなかに書かれていることだが、龍は人の感情をエネルギーとして蓄えるらしい。そのエネルギーが使用される前に龍を倒すことができれば、行き場をなくしたエネルギーが元の場所に戻ってくる。そう書かれているそうだ。本当かどうかは知らんがな。
だが、短期で倒すことができれば、それだけ戻ってくる感情も多くなる可能性があると言うことだ。……どうだ、悪い話ではなかろう?」
……なるほど、さすがは将軍といったところだ。
将軍は私が欲しい結果を知った上で、この交渉を持ち掛けている。
そして、こう言われると、私は断れないことを知っている。つまり、話を聞く前から私は、協力する以外選択肢がないのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
「私はユーリをユーリの感情を取り戻したい。そのためならば、私は全力で従いましょう」
それが叶うのならなんだってしてやる。
「やはり、私の目には狂いはなかった。よろしく頼むぞ。エリノラ・フィリドール」
将軍は、ふっと笑い嬉しそうにそう言う。
「ハッ」
「宜しい。それと今回だけとはいえ、命を預けあうのだ。……だから、な。その……な」
ん?なんか急にモジモジしだした?
なんだか様子も変だし、私何かしたかしら?
エリノラはそう思い、振り返ってみるが、心当たりがない。
とりあえず、黙って聞くことにする。
「私のことはティーナと呼べ」
「…………へ?」
人生で一番、間抜けな声を出した気がする。
「だ、だから…私のことは……ティーナと呼べ」
「へ?……あの……よ、呼びすては…」
「なにか問題でもあるか?」
――ッ。……どうしよう。
「そ、その……ティーナ……さん。ではダメでしょうか?」
「さん、づけ、だと」
ティーナのショックな声がテントに響く。失言だったか。
「も、申し訳ありません。この呼び方はもう致しませんのでお許しを」
「何の問題もない。それで良いぞ。」
……え?いいの?
「さん呼びは親しくなれば先輩やお姉ちゃんに進化すると小説に書いてあったし……。ふふふ。良い。これは良いぞ……」
「あの、大丈夫………………………じゃ、ないわよね……」
小さな声が誰にも聞かれることなく、消える。
どう答えれば正解だったのか。エリノラはそう思い、テントの内幕を見上げる。
♦
――同時刻 ユーリ・フィリドール
「――バサバサ」
「え?何?」
「――バサバサ。クエ」
翼を羽ばたかせ、顎をしゃくらせる鳥さん。
「ふむふむ、なるほどなるほど……」
うん。訳わからん。
「あ、もしかして、おうちが恋しくなった?」
「……。」
沈黙する鳥さん。
うん。やっぱり思った通りだった。
何とも言えない渋そうな顔をしているのがその証拠だ。
「大丈夫。恥ずかしいことじゃないよ。鳥さんにも家族がいるだろうし」
「……。」
「そうだ。僕も家に帰りたくなってきたし、次の旅が終わったら解散するってこともいいかな?」
「……。」
うんうん。鳥さんもおんなじ気持ちか~~。
「ありがとう。それじゃあ行こう。最後の空の旅だ!」
「…………クエ」
墜落まで、
――あと二時間……