09
先の懸念は徒労に終わった。
ミノタウロスやオークは問題なくミートメーカーで処理でき、昼食に味見すると熊の次ぐらいには美味しかった。
これなら継続的に売れるかもしれないと武は考える。
ミノタウロスにオーク、単体の重量は結構なもので、解体しても肉は相当な量になる。
コンテナ追加しても良さそうだが、どれだけになるかが読めない。
そんな訳で、今回もまずは下調べから。
三層目へと戻り、武は進む。
気功術を使わせると、使わせた分MPが下がる。
自然回復が無いので継戦能力に支障が出てしまい、低くなりすぎれば替えざるをえない。
なので、相手の数が多めの時は1、2体に使わせた上、比較的MPが低い魔術師にそれらを強化。
それを順繰りに回していく。
だが、それは要らぬ気遣いだった。
「あれ、なんで今〈魔力付与〉使えたんだ?
……魔力鑑定、36?
えっ、なんで?」
そろそろ限界の筈だった魔術師コボルドが普通に魔法を使った。
それを受けて調べたところ、食事でMPが回復することが発覚。
といっても、ある程度の量を食べなければならない。
少量持たせて戦闘中に回復は難しいが、これでそれほど消費を気にせず探索が行えるようになった。
素直に直線とはなっていない、直角の曲がり角が多い造り。
モンスターを倒しながら進んでいると十字路に差し掛かり、武はいつも通り右から回る。
更に進むとT字路に行き当たり、始めに進んだほうは行き止まりとなっていた。
そして、もう片方。
「……出会わないってことは、ボス前の道かな。
っと、行き止まり?
じゃなく、扉か。
このパターンは今まで無かったな。
板材を並べた木製…………ちっ、稼動はするみたいだが、蝶番までダンジョンと一体化してやがる」
中々良さげに見えるそれに武は落胆したが、問題は中だと頭を切り替えた。
手前に開くようになっているそれを、離れた位置から駒モンに引かせる。
露わになった室内、開くだけでは襲い掛かってこないようだ。
全身黄金に輝く二足立ちの羊。
まるで筋肉のような毛のうねり、ボディビルダーのような構えで佇んでいた。
「……魔力鑑定、1827か。
相当な数値なんだが、前が前だけに思ったより低かったとしか感じないのがな。
まあ、相手できないレベルだけれどもさ。
戻って、別道探索だな」
十字路まで戻り、上層からの道から見て正面を探索。
今まで通り行き止まりだったので引き返すと、壁面の光が弱まってきた。
道はもう一本残っているが、暗闇での戦闘は御免と武は地上へ向う。
今日の探索は終了、駒の在庫にも余裕があるので帰りがけに出会った分はそのまま確保した。
「経験点は6564、同値に近いのをあれだけ倒せばこうなるか。
普通なら人数割するところを独り占めだし。
でも、明日からはこうは行かないな。
予想MPは154。
ボス二種にミノオク78体でこれってことは、半分以上100未満。
100ちょっとでも一桁、ボスだけが経験点の生命線か。
増産はやっぱり距離が問題だよな。
道一本行けてないけど、あの感じなら三層目だけで解体しても4tは超えられる。
解体残りを駒モンに与えれば長時間の活動も大丈夫だろうから、それで持っていけるだけ集めるのも一つの手だろうけど、処理する時間がな……」
処理できる限度近くまで狩り集め、戻って処理。
後はミートメーカーに任せられる段階になったらまた狩りに戻る、という方法を武は取っていた。
二層目の最奥地でもなければ、大体終わった頃に追加分を持って戻れた。
だが、三層目からともなれば、どうしても無駄な時間が多くなる。
ミートメーカーの操作、あの仕様のは登録されたライセンス保持者以外操作できないので、駒モンには任せられない。
ただ、コンテナが集荷される時間までは日暮れから結構ある。
なので、まずは集めて処理はできる分だけ、残りは後でという方法も考えられる。
だが、そうすると処理待ちのものをどこに置いておくか、という問題が発生する。
倉庫内は無理、野ざらしにするしかない。
「……防水シート使えばなんとかできそうだが、液垂れが問題か。
となると解体しないで……鳥獣に悪戯されるかもしれないな。
駒モンで見張り……いや、そもそもミノとか相手に傷残らないよう舐めプは難しいか。
袋類の大量買いとかも、その前にどう売れるかだよな」
HunMarには時間毎の在庫履歴を確認する機能が在った。
直近のは、集荷された分が反映された正午から熊は早々に捌けていた。
だが、送った量の少ない犬類よりも虫が先に尽きており、武は犬類は全面的に切ることにした。
とりあえずはコンテナの追加は見合わせ、出品の申請だけしておく。
それらが終わると、武はいつもの行動に移る。
注文していた豆が届いていたので、試供品としてそれらも持って奥の間へと向かった。
「で、なんですかそれは?」
「にゃー」
氏神が猫を抱えていた。
どこから部屋に迷い込んだのか。
「外に出せば良いんですか?」
ふるふると首を横に振る氏神。
どうやら飼いたいらしい。
「きちんと面倒は見れるんですか?
……餌は出せと。
まあ、それくらいなら」
諦めそうに無いので、武は不承不承受け入れた。
猫は不本意そうに鳴いているが、掴まった相手が悪い。
餌の用意のその前に先に要件を済ませようと、理由を伝え代わりになりそうな豆があるかどうか披露して尋ねる武。
氏神が選んだそれを見て、嫌な予感が当たったと溜息をついた。
現状の豆の五倍もする最高級品。
払えない額ではないが、頑張らないと食いつぶされると危機感を新たにする。
退室すると、武は猫の餌になるものを調べ始めた。
「肉だけだと足りないのか。
中身ごと内臓食って野菜分も補給……そういえば、ダンジョンのには入ってないな。
とりあえず、今日のところは自分用に除けてた丸熊のを出すか。
明日の分、キャットフードの注文……って、ミートメーカー用の添加液?
動物用飼料の機能も在るのか。
うちのには?
説明書、説明書っと……うん、あるある。
こっちの方が安いし、これでいこう」
成形肉を緩ませ、それと水を皿に盛って持っていく。
それを置くと、猫は恐る恐る口をつけ、もりもり食べだした。
その様子を見て、武も自分の夕食を取りに向った。
―――
「遂にさんまが使えるようになったか。
これで魔法使う奴が出てきても対抗できるな」
予定通りMPは154、武は早速レベル4の魔術師コボルドを出した。
レベル3では魔術師に対して有用な対抗魔法、〈魔散魔消〉がある。
他にも色々とあるのを〈魔法伝授〉してもらう。
その途中で妙なことが起きた。
「次は、ってあれ?
まだ時間じゃないだろ?」
駒に戻った魔術師コボルド。
MPが150台ではなかった筈と、武は別のを実体化させて〈魔法鑑定〉を行う。
「112に9?
10台でも差があれば、それだけ増えてるんじゃないのか?
もしかして……」
他ので確かめてみると、90台までは確かに差分時間が延びていたが、100台以降は一律だった。
「200まで延びないって事か?
でも、コストは1/10のまま、と。
使いどころは考えないとな」
残りも身に付け、一通り試す。
その中には使えそうにないのもあるが、一応全て。
その代表格、〈火弾投射〉など地水火風のそれぞれの属性の弾を撃ち出す、これぞ魔術師的な魔法。
生み出した物理現象をぶつけるので、魔法をかけられたことに対する抵抗はされない。
だが、そもそも使用者のレベル個の弾を生み出す仕様。
一縷の望みを託して試したが、武には無理だった。
それを終えるとダンジョンヘ。
道中の熊や大蜘蛛、巨大蟻は回収し、パビルサグの前まで辿り着く。
「今回は873か。
よし、行け」
6体のリビングスタチューの戦士相当と魔術師コボルドが2体。
事前に〈疾風迅雷〉をかけて向わせる。
武はその間、パビルサグの経過観察。
どのタイミングであの赤黒いのが出てくるか、確かめようとしてのこと。
だが、それは叶わなかった。
「出る前に倒せたか。
最終で見れたのが317、とりあえずこれくらいでは出ないってことだな。
それじゃ、解体頼むよ」
甲殻製のハルバード、今回は回収できた。
大きさの割りに大蝙蝠よりも軽いが、こういうのは重さも威力の内。
駒モンに頼んで刃引きをしてもらったが、基本的には観賞用だなという思いを武は新たにする。
鎧状の殻、他と分けて解体してもらうと、武が思ってた以上に鎧鎧していた。
組み立てキット的に売れないか一纏めにし持ち帰ると、ハルバードともに数が揃うまでと倉庫に仕舞う。
パピルサグ肉は昼食に味見。
「……熊よりも美味かったな。
もしかして、MPが美味さに直結してる?
となると、あの羊は……」
取れぬ羊の肉算用をしつつ、自分用を確保すると追加登録。
見た目ほど量が取れなかったが、それでも数十kg。
武個人では消費しようがない。
昼からようやく三層目、武は昨日行けなかった方から探索。
予想通り行き止まり、に見えたが盗賊コボルドがなにやら発見した。
「スイッチ?
危険は無いのか?
「わふ」
「じゃあ、頼む」
偽装されていたスイッチを押すと、突き当たりの壁が下がった。
その先にあったのは、上り坂。
駒モンたちを先に進んでいくと、壁が土に変わった。
坂が終わり、その先に見えたのは見覚えがある部屋。
左手に下へと向かう坂道がある。
「ここって、広さ的に一層目のボス部屋だよな?」
更に進むと、それが確かだと分かった。
これで、二層目を丸々無視して三層目まで行けるようになり、少しは移動距離を削減できる。
「それにしても、何も無かった筈なんだがな。
スイッチ入れると道が造られるのかよ」
今日の所は、一先ずコンテナが埋まる分まで回収。
後は暗くなるまで経験点稼ぎをし、この日のダンジョン探索を終えた。
「……経験点が思ったより多くなってる。
格差補正も100台だと違うのか?」
添加液を加えて作ったキャットフードを持っていくと、ぐったりとしていた猫がこれだけが楽しみとばかりにがっついた。
氏神は、期待のこもった眼差しで武を見つめている。
「今日はいつものだけですよ」
とたん、背景に効果音が浮かびそうな表情を浮かべ、よろよろと後ずさると突っ伏した。
畳との隙間からちらちらと見やってくる氏神に、武は溜息をつく。
「……今は無いので、明日から少しだけですよ」
その言葉に氏神は万歳三唱を示す。
約束したから仕方がないと、件の豆を注文し終えると、武は日課を済ませて就寝した。