02
全人類圏を結ぶ情報伝達網――亜空通信の途絶は、公式発表では原因不明で、未だ解決の目処が立っていない。
だが、惑星圏のローカルな通信網は生きており、武の口座履歴もそこに残っている。
その為、今すぐ食い詰めるという状況には成っていない。
だが、問題はある。
通信が再開されない限り、報酬は口座に振り込まれない。
高額な施設整備は向こう持ち、電気は光子発電、水は湧き水が水道に繋がっている為お金は掛からないが、それ以外、日々の食費などは受取った金銭から遣り繰りしなければならない。
金が尽きる前に状況改善が見込めるというのは、楽観的に過ぎた。
しかし、仕事を探そうにも、通常時に見つからなかったものが今更見つかるわけもない。
食費改善に家庭菜園でもと思っても、バイオプラントは惑星上で育成するのに専用の免許と相応の設備が必要であった。
だからといって自然種は趣味人用で高価、元が取れない。
「……となると、やっぱりこれしかないか」
武が目をやったのは混沌とした状況になっている情報掲示板。
混沌としてる理由の一つは亜空通信途絶だが、もう一つそれに拍車をかけるものがあった。
ダンジョン発見の報告。
嘘乙やら体験談やら、ダンジョン暦始まるなどのネタも散見される。
報告されているダンジョンは、どれも地下へと潜る方式。
それが現れた事で被害を受けた建物などあるらしく、即売会が予定されていた会場もそれに含まれていた。
二つを絡めてダンジョンが通信途絶の元凶だとしてる論も賑わっていた。
タイミング的に関連あるように思えるが、混乱が治まっていないのかダンジョンの事を含め、行政府からの正式発表はなされてはいない。
武は自分が落ちたあの穴がダンジョンに繋がっているのでは、と考えていた。
載っていた情報の一つに、機械類が使えなくなるとあった為である。
だが、可能性は可能性、確かめる必要がある。
その為にまず必要なのは、安全性の担保。
武器は持っているが、機械式で頼りにはできない。
幸い、戦力の当てはあった。
後は、それがどれだけ頼れるものであるかどうか。
「さてと、まずは駒から実体化したモンスター……長いな、駒モンで良いか。
駒モンの検証をしないとな」
手始めに確かめたのは、一度実体化した駒モンの再利用。
色々と調べたりし、最初のからは時間が経っている。
ならなかったらならなかったで、また後でやればいいと気楽に武は試した。
「……できたな」
「「「「「ぶも」」」」」
「「ぎぎ」」
拍子抜けするほどあっさりと、実体化した駒モン。
一定時間で回復するのは確定のようだが、どれだけで回復するかは更なる検証が必要だった。
オークとゴブリンを1体ずつ駒に戻し、残りには実体化できる時間と平行して、次の検証を行う。
「どれか使えそうなのあるか?
試してくれ」
そう言って、武器になりそうなものを並べて見せる。
鉈や包丁、角材など、それらを手に取って試す駒モンたち。
ぎこちなくだが、とりあえずは扱えている。
それを見た武が物は試しにと様々な道具を試させると、機械類以外は初見でそこそこ扱ってみせた。
由来は不明だが、知識をある程度は持っているようだ。
そうこうしている内に、限界時間が来た。
「一律10分か。
これが延びるかも要検証だな。
回復の方はまだ、と」
指示を出し様子を見ていた間も試していたが、一向に実体化は起きない。
そのまま続けていると、ゴブリンは24分で、オークは30分で実体化した。
後の駒もまた、同じ時間経過で実体化した。
「MPの倍か。
今なら三つをローテーションで大丈夫だけど、高MP使えるようになったらそうもいかないな。
量産する必要……いやいや、その前にMPが増えるかどうかだよな」
そう思って武がキャラクターシートを確認すると、MP15、経験点16のままだった。
変わってない事に落胆し、気を取り直すように頭を振って武は検証の続きへと戻る。
次に取り出したのは、多種多様な駒。
手始めに試したのは、自作ではない物たち。
「……うーん、これは駄目だな」
自作なら実体化した種類も含め、一切実体化しなかった。
自作の物には差は無かったが、完成度の違いによってMPが高い可能性もある。
とりあえず今はできない事が分かったので、それらを脇に退ける。
次に試すのは迷宮&魔物に載っていないものの駒たち。
武が持っているルールブックは迷宮&魔物だけではなく、他にも色々と持っている。
共通するものもあるが、同種の名称でも姿形、設定や強弱など作品間で違う場合が多く、独自モンスターなども存在する。
その中でも手始めに武が手に取ったのは、剣や杖などの装備をした駒。
ルールブックによっては、ゴブリンと別個にゴブリンファイターなどが存在しているものもある。
迷宮&魔物では、武装した職業:戦士のゴブリンとして使用する事も可能。
MP表記で扱う場合はゴブリンと種族で一纏め、装備や職業は存在せず恩恵も受けない。
ただ、迷宮&魔物には属性などでバリエーションのあるモンスターも存在する。
また、TRPG上の絶対神GMの裁量によっては装備が描写されたり、数値など手を加えてシナリオに出てくる場合もある。
武自身、MOBという意味不明の代物であるが職業に付きつつMP表記。
まずは可能性の高いそれらからと、コボルドとゴブリンの一揃いを用意。
変動あっても実体化できそうな、MPが低いコボルドから始める。
「「「わふ」」」
軽装の短剣持ち、弩持ち、革鎧の剣持ちは実体化し、一方でローブの杖持ちは実体化しなかった。
ゴブリンも追加すると、軽装の短剣持ち、弓持ちが実体化した。
皆、駒の時と同じような武器を持ち、持ち方も様になっている。
一旦駒に戻し、再利用までの時間を計ってMPの推測に充てる武。
コボルドの短剣は12、弩、剣は14、ゴブリンの短剣、弓は14だと判別できた。
装備の差も思えるが、それだけでは杖持ちが実体化できない理由を説明できない。
ふと、武は1体の顔に手を伸ばし、もふもふとこねくり回す。
「元が木だとは思えないよな、これ……」
「わふ?」
「……おっと、先に検証済ませよう。
気功術、全身全霊、魔法、手妻、どれか使えるのいるか?」
「「わふ」」
弩、剣の二体が返事し、武が更に詳しく尋ねると使えるのは気功術のみだった。
気功術、全身全霊は戦士の、魔法は魔術師の、手妻は盗賊の職業能力。
職業能力を使えるという事は、職業持ちであるという証明である。
ただ、気功術以外は必要能力値が設定されている。
現状では能力値が無いから使えないのか、MPが足りないのか判別できない。
MPが伸びる事があれば後で検証するとして、武は気功術の使い心地を聞いてみた。
「「わふわふ」」
「強くなる、と……まあ、それはそうだろうな。
倍率はルルブと同じかは測りよう無いから置いとくとして、どれだけ使えるんだ?」
「「わふ、わふん?」」
「分からないか。
なら、試すしかないな。
気功術を使ってくれ、限界だと感じたら止めろよ」
気功術を使ってる間は体力を消費するが、MPでも同じだけの消費で済むかは不明であった。
武が指示を出すと、コボルドたちは薄く輝く陽炎のようなオーラ的なものに包まれる。
そのまま待つ事5分、限界を迎える様子は無い。
「まだまだ大丈夫か?」
「「わふ」」
「なら、気功波を試してみよう。
使えるよな?」
「「わふ」」
ルール上、気功術使用中は体力を消費して攻撃距離を延ばす気功波が使えるようになる。
角材を突っ立て的として武が示すと、コボルドたちは武器を構えた。
武器の光が強まっていき、ある程度になったところで剣を振り、引き金を引く。
光る斬撃と光を帯びた矢が飛んでいき、角材に傷を付けた。
まだ使えるかとの問いに首肯した為、武は距離を離して試させる。
すると、今度は斬撃が届かなかった。
ゲームルールでは増加距離はレベル毎に一律で、武が試させたのはその最大距離。
だが、その半分ぐらいまでしか届いていないように見え、もう一度試させ消えた位置を測ると、半分よりは少し長かったがその程度。
武器を短剣に取り替えて試させても、その距離は変わらない。
そこでコボルドたちは気功術を止めた。
「……これがこうで、これはこうか……。
うん、気功術自体は消費が倍、気功波は同じ、で綺麗に収まるな。
距離の変動は比較対象できてから要検証、っと?
うん、ううん?
ちょっと待て、何か忘れて……ああ?!」
止めた時を限界である1として、それまでの時間と回数から値の変動を推定した武であったが、一つ重要な事を忘れているのに気付いた。
迷宮&魔物において、体力は所持できる重量に関わる。
これは最大値、ではなく現在値を参照する為、消費して下回ればペナルティが科され、十全に動けなくなる。
だが、コボルドたちにそんな様子は見られず、気功術を止めるまで同じように動いていた。
MPだからなら自分もと、武は全力で走ってみたがそんな事はなかった。
息が切れ、キャラクターシートを確認してもMPなどに変動は見られない。
「はぁ、はぁ、はぁ……。
……ほんと、これに何の意味があるんだか」
考えても答えの出ない問題は棚上げる。
次の検証は、兼用できない類の駒。
「……SGAの鉄砲豆狸は短剣コボルド、小鬼忍は短剣ゴブリンと同値か。
クロD最弱のプルンは不可、だけどそれより強いダンシングソードは可。
マシンの雑霊憑きは不可と……」
実体化できないものが多く確かとは分からないが、豆狸が狸なのにコボルドと同じ鳴き声だったりと、迷宮&魔物を基準に似たものを参照しているよう武には思えた。
一通り終えたところで、武はまたキャラクターシートを見る。
MP15、経験点16に変動はなく、それ以外の記載にも変化はない。
習熟度的なものがあるかどうかは気長に検証するしかない、と武は覚悟を決める。
次は、っというところで腹が鳴った。
「ああ、もうこんな時間か。
まずは昼飯……の前に着替えと掃除だな、これは」
一旦立ち止まった事で、目まぐるしく事に追われ、色々と置き去りにしてたのに気付いた武。
身奇麗にし、昼食が出来上がるまで汚した所の掃除に明け暮れた。