01
「火元、戸締りの確認はOKっと。
遅くなるとは伝えた、あと忘れ物は……うん、無いな。
さて、行くぞ」
屋敷の鍵を閉めると、気合を入れる杜部武。
今日はアナログゲーム関連の即売会、地元で行われるそれに出店予定だった。
成果次第では自由に使える額が変わる。
邸宅から出てきたのに、何でそんなみみっちい事に拘っているかというと、単純に金を持っていないから。
そもそも、ここは武の家ではない。
大学には進学したものの、成績が振るわず追い出され武。
仕事を探しても見つからず、ニートに成りかけていた頃、親戚筋からここの管理する仕事を紹介された。
以前の管理者が高齢になった為、別の者が必要となったというのがその理由。
誰でも良い訳ではなく、血縁のある者でなければなかった。
管理する理由が、この屋敷から動かせない氏神を祀ることにあるからだという。
そこそこ存在する一族の中で武に白羽の矢が立ったのは、丁度良い年頃で暇をしてたのが他に居なかったから。
所在地は、とうの昔に限界突破した集落の、その只中にある小山の頂上という僻地。
提示された金額も、小遣いに毛の生えた程度。
そんなのでも受けたのは、家族の目が冷えてきたからであった。
「よっ、ほっ、せいっと」
上り下り用に一応存在する急な階段、古いので苔むしているそれを、武は鞄を抱えて下りていく。
鞄一杯に入っているのは、販売予定の駒。
TRPGなどで使用するファンタジーな生物などを模ったものだ。
木彫りや木粉粘土でそれらを作るのが武の趣味。
以前はネットで流していたが、こんな僻地からだと輸送料も馬鹿にならない。
そんな訳だが、持て余すだけの暇はある。
飽かせて作り、溜まったそれら。
今回は実地という事で、客寄せにと大作も用意した。
万全の態勢と自画自賛。
それとは別に、楽しみにしている事もあった。
ネットのTRPG仲間とのオフ会である。
彼らも参加予定らしく、終わった後で合流する予定であった。
うきうきと下りていく武だったが、唐突に足元が揺れて治まった。
「うおっと、また地震か」
震度3以下の地震が、ここ最近頻発している。
いつか来る大地震の前兆という話もあるが、定かではない。
気にしても仕方が無いと、武は山を下りていく。
だが、数歩進んだところで、突然足元の階段が崩れた。
慌てて下がった武だが、それを切っ掛けにした崩壊はそこにも及んでいた。
「うわっ、わっ、うわっ!!」
どうにかしようとしたが逃げられず、崩れた土砂に流されていく。
突発的に発生した滑り台を堪能した武が終点について辺りを見回すと、大きな横穴があった。
これの所為で崩れたのかと思いながら流されて来た方を見ると、急な斜面になっていて手を掛けると容易く崩れた。
「登れそうに無いな。
とりあえずレスキューに連絡……えっ?」
通信をしようとしたが繋がらない。
愕然とする武だが、更に追い討ちをかけるように横穴から唸り声が響いてきた。
「グルルルル……」
そちらの方を見てみれば、薄暗がりに犬の姿が見えた。
犬種は判別できないがかなり大型に見えるそれは、牙をむき出して襲い掛かってきた。
反射的に鞄を突き出して防ぐと、それに噛付く。
「あっ、こら!
離せって、うわっ!」
唐突に始まった力比べは、鞄が噛み千切られて終わった。
突然だった為、体勢を崩しこけた武だが、野犬もそれは同じ。
だがあちらは四足、たたらを踏んだだけで済み、これ幸いと追撃を掛けようとしていた。
武は破れかぶれに手近なものを投げつける。
石やら土やらが目に入ったのか、堪らず距離を取る野犬。
このまま逃げてくれないかなと武は思ったが、ある程度の距離を取るとそれ以上逃げず、今度は横に動き出した。
それに合わせて、武も投げつけながらじりじりと動く。
暫くそうしていると、事態は唐突に動いた。
「ぎぎ」
「「ぶも」」
(かたかた)
何処からともなく現れたそれらが野犬へと襲い掛かる。
野犬も抵抗するが多勢に無勢、程無く討ち取られた。
武はというと、野犬が襲われている隙に立ち上がったが、逃げる前に捕捉されてしまった。
未だ距離を保ってはいるが、背中を見せると襲い掛かってきそうで目を逸らせない。
緑の肌の小鬼、猪面の人、人の全身骨格。
ファンタジーでおなじみのゴブリン、オーク、スケルトン。
じりじりと後退すると、それらもじりじりと近づいてくる。
睨み合ったまま、武は壁際まで追い詰められた。
どれだけそうしていたのか、それらは姿を揺らがせて消えた。
「幻?
いや、死んだ野犬があるし……これは?!」
先程ファンタジー生物が居た所に、転がっている物があった。
駒だ。
思い返してみれば、自作のと同様のデフォルメが入っていたような気がした。
だが、何故だか分からない。
混乱する頭。
とりあえず平静を保とう武は散らばったものを集める事にした。
「うう、折角の力作が」
特大の力作が半ば噛み砕かれていたので、肩を落とす武。
それでも黙々と集めていると、一つの物に目が留まった。
新品のキャラクターシートが入ったクリアファイル。
オフ会でやろうという話になっていたルールブックのものだ。
汚れが目に付き手で払い落とそうとしたが、落ちようとしない。
中まで土が入ったかと思ったが、よくよく見た武は違う事に気づいた。
新品だったはずのそれに、文字が書いてあった。
<名前:杜部 武
種族:人間 …………>
「何だ、これ……」
呆然とする武。
自分を指し示す個人情報のほか、キャラクター絵の欄には白黒の自画像まである。
そして一点、他のと書式が違う場所があった。
キャラクターとして最も重要であろう能力値の欄が無く、代わりに在ったのはMP。
「えっ、なんで……」
このキャラクターシートを使うルールブック、迷宮&魔物にはマジックポイントは無い。
魔法などの消費は体力で管理される。
ただ、迷宮&魔物にMPという略称のものはある。
正式名称、モブポイント。
通常分ける色々な数値を一緒くたにし、種族、レベル毎に一定値を定めたもの。
一般人やら不意に遭遇する敵など重要でないもの、有体に言って雑魚に使用する簡便値である。
プレイヤーのキャラクターに使われるはずの無いそれが、素知らぬ振りして収まっていた。
そして、職業にMOBの文字。
レベル表記がないのもおかしいが、何よりそんな職業は迷宮&魔物に存在しない。
「……MPは15。
一般人レベル1は10だからそれよりは高いか。
あっ、経験点が入っている……16点か。
これまでの人生分がこれだけって事は無いだろうし、さっきの分だけか?
防御判定分はどれだけなんだ?
野犬の分は人数割りしたのか、丸々なのか?
……そういや、実体化した駒、MP15以下があるのだけだったな。
関連性あるんだろうか?」
ぶつぶつと現実逃避に考察しだす武。
キャラクターシートに記入しようと試してみたが、鉛筆はもとより油性マジックですら書く事はできなかった。
だが、いつまでも逃避してはいられない。
諸々の物事に目を瞑り、飲み下す。
現状、このまま此処に居ても先は無い。
土壁は崩れて登れず、唯一の可能性は野犬が来た穴。
野犬が居たのだから何処か外に繋がっていると期待できる。
だが、野犬があの一匹だけとは限らない。
対処できるものが必要だ。
「……成らないな。
他に何か条件……」
先ほどのが再現できればと、武は実体化した駒を投げてみたが何も起きなかった。
それでは、と投げ方を色々と変えてはみたものの、効果は出ない。
暫くそうしていたが、ふと思いついて別の事を試した。
「ぎぎ」
「回数制限か……」
荷物を探り、出した別の駒を投げると果たして事はなった。
二度と使えないのか、回復するのか分からないが、一度使った駒は実体化しない事が分かった。
つまりは、使える数に限りがあるという事になる。
「ゴブリンは今使ったので残り3、オークも3、スケルトンが4。
残り使えそうなのはゴーストとコボルドが5ずつか。
……そういえば、指示できるのかこれ?」
疑問に思い武が色々と動作を指示すると、それにすんなり従ってゴブリンは動いた。
その様子にもう一つの方法を思いついて、今度はオークとスケルトンを出せるだけ出した。
実体化したのはそれぞれ3体ずつ、ゴブリンも含めて合計7体が限度のようだ。
「ぎりぎりかな?
よし、オークたちは壁を背にして並べ。
スケルトン2体はその肩の乗れ、残りの1体は先の2体の上に。
ゴブリンは更にその上だ。
……大丈夫か?」
「「「ぶも」」」」
(((かたかた)))
「ぎぎ」
武が指示を下して出来上がったのは、肩車ピラミッド。
武は鞄を置いて、モンスターを足場に登っていく。
「……よいせっと、よし出れた!
おっ、メール?
通信が繋がったか、ってあれ?」
<from:運営
緊急連絡いたします。
本日予定していた即売会は、会場が使用できなくなった為、中止とさせて頂きます。
出店料の返金などについては、別途ご連絡ください>
「えっ、なんで?
……まあ、金返してくれるなら良いか。
あっ、他にもきてる」
<from:ゴチョー
楽しみにしていたが、急な仕事が入って行けなくなってしまった。
申し訳ない>
<from:かにみそ
予定変更で行けなくなったッス>
<from:食寝
手の離せない用事ができちまってね。
すまないけど、また今度という事にしておくれ>
「えぇ……。
はぁ、急用なら仕方が無いか。
でも、皆一斉にって何か災害的なものでも起きたのかな?」
<from:MOB
内容了解しました>
「一斉送信っと。
あっ、MOB!
もしかして職業ここから来たのか?
まさかな……とりあえず、これを片付けるか。
ゴブリンこっち来い。
残りは下ろしてていいぞ」
ゴブリンを引き上げ、武が向ったのは倉庫。
そこから大きな脚立を引っ張り出し、ゴブリンと手分けして穴へと運んだ。
底にはまだオークたちが見える。
広げた脚立を下ろし、するすると下っていく。
鞄を拾い家へと戻った武だが、その後をオークたちがついてきてた。
「本家に連絡、の前にお前たちだな。
見られたら事だろうし、すぐには駒に戻れないのか?
うおっと!」
その途端、モンスターたちは駒へと戻った。
謎だらけだが、とりあえず対処するべきは現実。
階段の只中に大穴が空いているのは危険に過ぎる。
「掃除は自力でって話だが、これは流石にどうにかしてくれるだろ。
……あれ、繋がらない?
メールは出せたよな……えっ、亜空通信途絶?!!
ちょっ、金とかどうなるんだ?!
ちっ、読み辛い!」
思いがけぬ事態、小さい端末では埒が明かないと武は慌てて家の鍵を開ける。
氏神への帰館報告もそこそこに、情報端末にかじりついた。