始動 Ⅲ
そして、1年が過ぎた―――
ニーナは無詠唱で魔法が使えるようになり、武術もある程度は出来るようになった。
天職『勇者候補』というのは、どうやら俺と同じように全ての魔法、武術に適性があるらしい。
その他の特殊な術は教えなかったが、多分適性はあるのだろう。
それを考えれば、勇者に最も近い天職だろう。
そして、今日から勇者候補育成学園。通称「勇園」の入学試験が始まる。
「ニーナをよろしく頼むよ」
「テオ君、お願いね」
テットさんと、メリルが笑顔で見送ってくれる。
俺の隣のニーナは、今にも泣きそうだ。
これは、時間が必要だな。
「ニーナ、先に行ってる」
「......うん」
俺は振り返らずに、真っ直ぐ進み、3人が見えなくなったところで少し休む。
しばらくすると、ニーナが走ってくるのが見えた。
「ごめんね、テオ」
「いいよ、もう心残りは無いか?」
「うん、大丈夫。お母さんと約束したから」
ニーナの目は少し赤くなっていた。だが、吹っ切れたようで、もうその瞳は前だけを向いていた。
「よし、行くか」
「うん、行こう!!」
空間魔法「ゲート」
目の前には、黒の魔法陣が展開し、その空間に穴が開く。
そして、その先は勇園のある街のすぐ近くの平原。一歩踏み出せば俺が知らない100年後の世界......
「私が一番〜♪」
俺の覚悟なんて関係なしに、ニーナは魔法陣に飛び込んで行った。笑いそうになるほど、簡単に。
「悩んでるのが馬鹿だったな」
俺もニーナに続いて魔法陣に飛び込んだ。
真っ先に見えたのは巨大な壁。
街を守るように、設置されているその壁は、100年前では見ることも無かった人類の進化の証だ。
「テオ〜行くよ〜」
もうすでに街に向かって歩き出しているニーナに呼ばれて俺も歩き出す。
「街まで競争だからね〜。負けた方には、さっき貰ったお母さん特製のクッキーを処理してもらいます......スタート!!」
「おい、ニーナ」
メリルのクッキー......食べたら死ぬ。
それ程までにメリルのお菓子作りは致命的だ。料理は出来るのになぜかお菓子が作れない。そして何より自覚がないのが恐ろしい。
走っていったニーナを見ると、さらっと魔法で身体能力強化をしていた。見る限りニーナの周りには金色の魔力光がほとばしっている。これは、本気の魔法行使だ。
どれだけ食べたく無いんだよ!!
「はぁー、仕方ないな」
俺も入学試験前に死にたくは無い。
大人気ないが、魔法で身体能力強化を一瞬だけ発動し、一歩踏み出す。地面を少し抉ってしまったが、すぐに土魔法で補強した。
さらに仙術でステータス強化、武術で縮地を使ってニーナを追いかける。
「やっぱり、速いね。テオ」
「あぁ、ニーナに負けるつもりは無い」
ゴールまで後、100メートル。俺とニーナの距離は後10メートルといったところだ。これなら問題なく勝てる。
だが、地面に足を付いたその時、地面にズブリと右足が埋まった。
「なに!? アースバインド!!」
しかも、隠蔽魔法が付いていて分かりづらいものになっている。
そして、その先のニーナがニヤリと笑った気がした。
止まった俺とのその差は埋まるはずも無く、ニーナが先にゴールした。
「やった〜私の勝ち♪」
「負けたよニーナ。魔法も上手くなったな」
「エヘヘ〜」
ニーナが魔法を仕掛ける前、確かにニーナは魔眼を使っていた。
そして、俺の心を読んだのか、俺の足が付く場所にアースバインドを仕掛けた。
魔眼の使い方も上手くなっている......というよりは、使い方がメリルに似てきたと言うべきだろう。
「はい、コレお願いね」
「あぁ......そうだったな」
ニーナから透明な袋に入れられた、見た目はクッキーを渡される。
綺麗にリボンまで付けてあり、見た目は文句も無いのだが......これは毒だ。
覚悟を決めて、リボンを外す、するとクッキーの香ばしい香りする。
これはクッキーだ、コレはクッキーだ、実はクッキーだ......よし!!
ソレを口に放り込んだ。
「......」
「テオ? 大丈夫?」
「......」
「お〜い、テオ〜?」
「......だ」
「ん?」
「ニーナ、これはクッキーだ」
口の中に広がる香ばしい香りと、サクサクしていてほんのりと甘い。
これは紛れもなくクッキーだ。
「食べてみれば分かる」
「テオがクッキーを食べておかしくなった。やっぱりお母さんのお菓子は毒っ!!」
「いいから、ほら」
ニーナの口に放り込む。
「んむ!? ......あれ? おいしい」
「そうだな、相当練習したんだろうな」
本当に不器用な母親だ。見送ってくれた時に、その手に何箇所か怪我があったのはそのせいだろう。
そして俺は、そのクッキーをニーナに返す。
「いいお母さんだな」
「......うん!!」
堪えきれなかったのか、ニーナは泣きながらクッキーを頬張った。
しばらくして―――
「君達、今日は勇園の試験かい?」
「はい!!」
「おぉ、元気がいいねぇ。頑張りなよ」
「ありがとうございます」
門番から応援を受けて、街へと足を運び入れる。
100年。俺がいない空白の時間に世界は平和になり、そして、街は賑わっていた。
行き交う人々は、人間だけでは無い。獣人、エルフ、ドワーフ、リザード、亜人。
平和になったこの世界では、種族の壁を超えて街で暮らしていた。
メリルに言われた言葉が今、蘇る。
「これが、君の救った世界だよ」
勇者としての俺が救った世界。俺が勇者に選ばれた理由が今分かった気がする。
「テオ。早く行くよ〜」
「あぁ、今行く」
今、勇園へと向かう道を、ゆっくりと歩いていく。
次回から学園編に入っていけたらいいなと考えています。