始動 II
あれから2日後。
どうゆう訳か、俺がニーナに武術の稽古をつけることになった。
魔法の授業はメリルとやっていて、基礎も出来ていると聞いた。
だが、メリルは武術を使える訳じゃないから、武術の基礎を教えてあげて欲しいそうだ。自分の身は自分で守れるようになって欲しいとの事だ。
そして、その授業料としてメリルの家に居ていい事になった。
そんな訳で、ニーナと俺は現在、何でもありの模擬戦をしている。
それは、今後の授業の為になる、ニーナの力量を測る目的がある。
そして、そんな模擬戦の始まりの合図を告げられてから、約10秒が経っていた。
「......ニーナ、まだなのか?」
「ちょっと待って、もう少し......えっ〜と、この身に流れる雷よ、我が敵を討て『ライトニング』」
ニーナの手から紫の魔法陣が展開され、そこから雷が伸びる。ニーナは、当たると確信したのかニヤけたのが見えた。
「えっと『ライトニング』」
そして、ニーナと同じく俺の手から雷が伸び、2つの雷がぶつかって消えた。
その事よりも、俺が無詠唱で魔法を出したことにニーナは驚いていた。
これと同じような事が、この後何度も行われた。
そこで、ふと疑問に思う。
「ニーナ、何で詠唱なんてしてるんだ?」
「ん? 何でって、詠唱しないと魔法が使えないからだけど」
「詠唱しなくても魔法は使えるぞ?」
メリルがそんな無駄な事を教えたのか?
確かに詠唱すれば威力は高くなる、だが今みたいに魔法に込める魔力量を増やせば相殺するぐらいの威力は出せる。
何より実戦で詠唱なんてしてる時間は無い。
今のような一対一の状況なら、詠唱が終わるよりも速く剣が届いてしまう。
「お母さんも、詠唱しないとダメだって言ってたよ?」
「メリルが?」
そもそも無詠唱というは、天職『賢者』であるリアが考えたもので、今まで、言葉で魔法陣を形成していたものを、魔力で無理やり魔法陣を作るという荒業だ。
実際、それ程の魔力は俺達の中では問題では無かった。そして、その影響で俺たちの仲間は、みんな無詠唱で魔法が使えたはずだ。
それなのに、メリルが無詠唱で魔法を発動できる事を教えないのはおかしい事だ。
ニーナの魔力量なら問題ないと思うが。
そして、遠くでテットさんに寄りかかって楽しそうに観戦しているメリルを呼びつける。
「―――で、どうゆう事だ? メリル」
「逆にこっちが聞きたいんだけど、テオ君なんで詠唱しないで魔法が使えるの?」
「え?」
「ん?」
......何かがおかしい
「メリル、無詠唱で『フレイムアロー』を使ってくれ」
「無詠唱なんてどうやるの?」
「魔法名を言うだけでいいから、ほら」
「......『フレイムアロー』」
すると、メリルの頭上に巨大な赤色の魔法陣が形成されて、そこから無数の火の矢が降ってきた。
このまま地面に落ちれば、ここら辺の森は跡形もなく焼き尽くされるだろう。
「やっぱりな。時空魔法『異転』」
だがその矢は、俺の出した黒い魔法陣に吸い込まれていった。
メリルとニーナは2人顔を合わせて、目をパチパチさせている、ついでに口も半開きにしていた。
そして、結果としてメリルは無詠唱で魔法が使える事が分かった。
「なんで、無詠唱で......」
驚いているようだが、俺がメリルに発動させた『フレイムアロー』は、メリルが最も得意としてた魔法だ。メリル次第で数や大きさ、魔法陣から打ち出す速さまで変えられていた。
「これは、2人ともに授業をした方が良さそうだな」
そう言うと、ニーナは変なものを見るかのように俺を見て言った。
「テオって、なんか変だね」
「ニーナ、そんな事は無いよ、テオ君は本当の勇s」
「メリル、ちょ~っとお話があるから来てくれ」
そして、ニーナに聞こえないところまで離れたのを確認したところで、メリルを無理矢理、引きずるのを止める。
「俺の天職は『勇者候補』って事にしてくれって言っただろ?」
「ごめんなさい、つい口が滑っちゃって......てへ♪」
......殴りたい、この笑顔。
じゃなくて、そもそも俺はニーナに正体を隠している。それはニーナの為であり、昨日の夜からメリルに口裏を合わせるように言ってあった。
メリルと俺の関係は、昔知り合ったって事だけをニーナに伝えている。
確実な嘘をつくとニーナの能力で分かってしまうから本当の事を言いながら誤魔化すしかない。
「それと、何で無詠唱が使えなかったんだ?」
「それは、私にも分からない。だけど、無詠唱が出来るって分かった途端に昔みたいに魔法が使えるようになったの」
そう言ったメリルの指先には、小さな火の玉が浮いていた。無詠唱で魔法を使った証拠だ。
「この100年で何か心当たりは?」
「特にないかな。あ、でも、20年ぐらい前に魔法が衰退したとかラプラスから聞いたけど、私も詳しくは知らない」
20年前......か。
「まぁ、今は考えないようにしよう。混乱するだけだ」
「うん」
「それで、ニーナの実力だが......かなり危ないよな。あれで学校に行けるのか?」
メリルは少し考える素振りを見せたが、特に問題なさそうな表情をしていた。
「天職『勇者候補』と、魔法を1つでも使えれば良いみたいよ」
「嘘だろ? 仮にも次の俺を鍛えるための学校だよな」
「その年齢で、その強さのテオ君が異常なの。それに......今の時代は、テオ君のお陰で平和だからね」
そんなに平和なら、なぜ『勇者候補』なんて天職が出てきたのだろうか?
答えは分からない。