目醒め Ⅳ
「ニーナ、これからどこに向かうんだ?」
「フフフ~♪それは乙女の秘密です」
背中越しにチッチッチと人差し指を振るニーナ。
「それは困るんだがな」
さっき周囲を見渡した限りでは、しばらく歩いても森しか続かないことは分かっている。
もう太陽の位置は真上。早めに落ち着ける場所に行かないと森の中で、魔物に警戒しながら眠るに眠れない野宿をすることになるだろう。
「秘密の多い女の子は魅力的だってマ...お母さんが言っていたのです」
ニーナが振り向いて、振っていた人差し指を唇に当て、微笑む。ワンテンポ遅れて、ツインテールにまとめた赤髪がフワリと揺れる。
「ん?」
「テオ、どうしたの?」
一瞬だが、少し遠くの茂みが揺れた気がした。
念のため、索敵魔法を使うと―――少々面倒くさい事になっていた。
ニーナも気付いたのか、茂みを確認しようとしに行くが、俺はニーナの手を少し引き、その足を止めさせる。
「ニーナ、ストップだ」
ニーナの手に引かれるまま森に入ったが、どうやら魔物に目をつけられていたらしい。
俺が探索に入ったときは縄張りに入らないよう注意したが、ニーナと来たこの道は、どうやら魔物の縄張りになっているらしい。
もっと早く索敵魔法を使っておけば良かった......後悔しても遅い。次やらなければいいことだ。
そしてこの状況に気付いてないのか、ニーナはポカンとしている。
俺は、ニーナに再びしゃがむように手で指示し、ニーナの耳元に口を近付ける。
「魔物に囲まれたようだ」
「えっ!!......でもここら辺で群れをなす魔物ってことは『翠緑狼』」
てっきり慌てるかと思っていたが、少女が冷静な判断をしたことに驚く。
「私達の力だけでも倒せる魔物だね」
ピシッと、あるか分からないような力こぶを作ってニーナが自信ありげに笑う。
ニーナがそう言うなら弱い魔物なのかも知れないが―――
「その翠緑狼とやらが30体いたとしてもか?」
「えっと......嘘でしょ?」
笑顔がうって代わり、苦笑いを浮かべながら、ニーナが確認してくる。少しパニックになっているのか、自身の能力も忘れているようだ。
「能力で確認してみろ」
頷いたニーナの瞳が金色に変わると同時に、ニーナの顔はどんどん青ざめていく。
「ここから早く逃げないと!!」
すぐ立ち上がろうとしたニーナの肩を抑え、座らせる。
「だから、囲まれてるって」
「嘘......じゃないか。あ~あ~どうしよう」
完全にパニック状態で、あわあわしているニーナを見てるのは少し楽しいが、そうも言ってられない状態だ。
ニーナが言うには、2~3体程度なら俺たちで倒せる強さらしいが、それは基準がニーナの場合だ。
俺の場合なら、どうなるか分からない。
「テ、テオ何してるの?」
結界魔法『プロテクション・フィールド』
俺はニーナの周囲1メートルを限定にした攻撃無効の安全地帯を作る。
エメラルドグリーンのドームが分厚い壁を作って、ニーナを保護する。
ドラコンでも現れない限り、この魔法は崩せないだろう。なにせ、俺の魔力の半分を消費する魔法だ。
「ん? 何ってニーナを守ろうとしてるんだが」
「嘘でしょ?......相手は30体の魔物だよ?」
「違うな、たかが30体の魔物だ」
俺は戦ってきた。時には1人で魔物の数百数千の相手をしたこともある。
今俺が、魔力も微量しか感じ取れない魔物を30体相手したところで傷一つ付かないだろう。
それが、『勇者』という存在の強さだ。
わざわざ索敵魔法を使わないと探知出来ないような低位の魔物に負ける事はない。
なぜなら、この程度の魔物は、戦いが始まる前に戦いが終わるからだ。ニーナ以外を対象にし力を振るう。
「『威圧』」
体内の魔力を少し周囲に放ち、その波動で相手を脅す技術だが、相手が格下の場合は......魔物が全速力で俺から逃げようとする。
「―――あれ? 何だ?」
索敵魔法から伝わる気配は、なぜか動いていない。
まさか......俺の威圧に耐えられるほどの力を隠していたのか? そうだとしたら、まずいことになった。
俺の威圧に耐えるということは、最低でも魔物は高位だ。それが30体も居るとなると......最強種のドラゴンを相手するのと同じようなものだ。
正直、少女を守りながらの場合。厳しい戦いになるだろう。
額の汗が、スゥーと頬を伝うのを感じる。
「さぁ...こい!!」
―――1分後。
「......おかしい。流石におかしい」
魔物が最初の位置から全く動いていないなんて。
「えっと、テオ?」
「なんだ? ニーナ」
「あの翠緑狼の心が見えないんだけど......テオ。何したの?」
ニーナが指差した先にいたのは、深緑の色で自然と同化している狼。
だけど、俺が近付いてもピクリとも動かない。試しにその深緑の毛に触っても動かない。
「まさか......立ったまま気絶してるのか?」
「ねぇ、テオ。一回ここから出して~」
結界魔法を内側からドンドンと叩いているニーナを見て、すぐに魔法を解除する。
「わわっ!!」
壁を叩いていたニーナが一瞬転びそうになったが、何とか耐えたようだ。
近付いて来たニーナは、恐る恐る翠緑狼に触って......撫でる。
「わ~モフモフしてる~。気持ちいい~」
本当に気持ちいいのか、「エヘヘ~♪」と顔までだらしなく崩れている。
剥製のように動かない翠緑狼を撫で続けるニーナ。
だが......そこでニーナが異変に気付く。
「あれ? この子気が付いてる?」
ニーナが言ったように、この翠緑狼は気付いている。だけど、動かない。それは、ニーナの後ろで俺が殺気で威圧してるからで、翠緑狼の足を見ると生まれたての小鹿のようにカクカクしているのが分かる。
立っているのがやっと、と言った所だろう。
そして、何を思ったのか翠緑狼がパタッとその場に倒れ、俺に見えるようにそのお腹を見せた。
「クゥ~ン、クゥ~ン」
極めつけに、そう弱々しく鳴いた。
弱点であるお腹をわざわざ晒しているってことは......
「完全に降伏してるな」
「わ~可愛い~、お腹の毛はちょっと色が違う。でもモフモフ~」
そんな事はお構い無しにと、まだ撫でてるニーナが魔物に話しかけた。
「ねぇ、君はどこから来たの?」
「クゥン」
「へ~じゃあ君の名前は?」
「クゥン~」
と、謎の会話が始まっている。
しばらく様子を見ていると、ニーナが満足そうにこちらに向かって歩いてきていた。
「ニーナ......何か分かったのか?」
「いや? 全く分からなかったよ?」
「......ん?」
「え?」
どうやら、本当に話しかけていただけらしい。
―――さて、この翠緑狼は逃がすとしよう。今から倒しても後味が悪い。
「ニーナ、そろそろ行こう。もうすぐ日も暮れる」
「分かった。まだ遠いから少し急ぐよ」
「クゥン」
そして、何故か翠緑狼にニーナが跨がった。
「......ニーナ。もしかして」
「ほら、行くよテオ。それと、よろしくね~ルフ君」
「クゥン!!」
ニーナと翠緑狼改めルフ君は、いつの間にか仲良くなっていた。
......どうやら、新たに仲間が増えたらしい。