目醒め Ⅲ
背の高い草を掻き分け、周囲に警戒しながら進む。
先程から、魔物の気配は感じているが襲ってくる様子はない。どうやら、あちらも俺のことを警戒しているだけのようだ。
無闇に魔物の縄張りなどに入らなければ大丈夫だろう。
「よし、これぐらいだな」
見つけた周囲よりも背の高い木を登る。重力魔法で体重を軽くし、木の枝が折れないように蹴って登っていく。
そして、木の頂上。だいたい10メートル程の高さから、周辺を見ると俺が現在いるこの森の周りを霧が覆っていた。
何の魔法か分からないが、多分、幻影魔法でその霧の先が見えないようになっていた。
ちょうど俺が埋葬されていた場所が中心のようで、そこから円状に広がっていた。
「......誰かが俺の死体を隠そうとしたのか?」
俺の仲間が?......いや、こんな範囲の魔術を維持し続ける魔術師か結界師はいないはずだ。
......これは少し厄介だな。
現在の場所は、そんな状態だと確認し、しばらく森を探索中に見つけた、木になっていた果物を少し取り、俺の墓? の近くに戻って来た。
少女はまだ寝ているようだった。用意した枕が気持ちいいのか、口の端からよだれが垂れている。
「さすがだな、この枕。正直本当に効果があるとは思わなかったが」
この枕。実は、メリルから貰ったもので、どうやら魔術で枕に色々細工してたら出来たものらしい。「これでテオ君もグッスリ...フフフ」と渡された日の夜に、言っていたのを俺の部屋のドア越しに聞いてから、俺は一度も使ってない。
メリルが言うには、「幸せな夢を見れる枕」だそうだが、俺は信用出来なかった。
―――実は、この枕は本当に「幸せな夢を見れる枕」であり、メリルが毎日、天職『勇者』に苦しめられてるテオの事を心配して「せめて夢の中ぐらいは幸せであって欲しい」と一週間もかけて作ったものなのだが......その事をテオは知らない。
「どんな夢、見てるのかな」
少女のほっぺをつつくと、プニプニと気持ちいい弾力がある。
そして少女は、嬉しそうに「エヘヘ〜♪」とにやけるのだった。
それからしばらくしてから、少女がやっと目を覚ました。
「あれ?...ここどこ?」
少女の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「さあ、俺が知りたいぐらいだが」
「え?」
「ん?...どうしたんだ?」
夢から覚めたように、少女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。「キュ~」とまた少女のお腹から音が出る。
少女は、お腹をとっさに抱えて耳まで赤く染める。
「ほら、これでも食べとけ」
俺は、さっき取ってきた果実を少女に投げる。
慌てながらもそれをキャッチし、俺の顔をチラチラと見るが、「キュ~」とまた鳴ったところで諦めたのか、果実をかじり始める。
俺も少女の隣に腰掛け、同じ果実を口に入れる。
木の養分で熟成された甘さが口の中に広がり、噛むとシャキッとみずみずしいく、中からは甘酸っぱい蜜が溢れ出てくる。
隣の少女を見ると幸せそうに口いっぱいに頬張って、リスのようになっていた。
もう一つ果実を渡すと、すごい早さで口に詰め込んでいる。
何か、ペットの餌付けしてるみたいだな。
そして、意地悪で少し成熟してない果実を渡す。少女はさっきと同じように口に頬張ってから、酸っぱかったのか、キュ~と口をすぼめ、バタバタと足を振る。
面白いな......いつも俺をいじって遊んでいたメリルの気持ちが分かったような気がした。
「どうだ? 少しは楽になったか?」
「ありがと、君のお陰で助かったよ」
「それは良かった」
寝てスッキリしたのか、少女はグッと伸びをしてから立ち上がる。
「ん~、体が軽い......あれ、何で怪我が?」
少女が不思議そうにペタペタと体を触って確認している。そして、何かに気付いたのか、俺の方へ顔を向ける。
「君が治してくれたの?」
「そうだが......治しちゃダメだったか?」
俺の言葉に少女は首をブンブンと横に振る。そのツインテールも動きに合わせて波打つ。
「い、いや、そんな事ないよ。何だか、君には助けてもらってばかりだね......何かお礼がしたいけど」
「いいんだよ、大したことはしてない」
これぐらいの事で見返りを貰えるなら、人類よ敵である邪神を倒した俺にはどんな見返りがあるんだろうか?
想像して、馬鹿らしいと笑う。むしろ俺は罰を受けるべきものだ。
何の罪もないドラゴンを殺したのだから。
それなのに、あの邪神は......こんな俺に、普通に生きられるチャンスをくれた。
まぁ、今はそんな事考えても意味はないか。
だが、口癖というのは中々治らないもので、つい口を滑らす。
「俺はただ、人類の為にやっただけだ」
無意識に俺はその言葉を発していた。
自分が言ったことに気付いたのは、少し後だった。
「......フフッ、なにそれ。それは君がお礼を貰う言い訳になってないよ」
なぜか少女の笑い声が聞こえた。さらに続ける。
「人類の為になんて......関係ない。私が君にお礼をしたいからするの。君の意思なんて、人類の意思なんて関係ない」
その言葉を言った少女の姿が眩しかった。少女の放つその光が固く閉ざした心まで溶かしていくかのような気がした。
「君は君で、私は私なんだから、私の心は君に分からない。だけど......君の心は私に伝わる」
少女の碧眼の瞳が輝いた。
少女の身体に渦巻く金色の魔力光が、その瞳に集中する。
そして、碧眼の瞳は、魔力光と同じく金色に染まる。
「私の魔眼の能力は、人の心を見ること。暗く閉ざされた心も、光溢れる綺麗な心も、君のように―――」
少女のその瞳から涙が溢れた。
「誰かに助けを求めてる心も。私には伝わっちゃうんだ」
少女は俺を見て、涙をいっぱいに貯めて大粒の涙を大地に溢す。だが、少女の顔は優しく微笑んでいた。
俺はその顔を見て胸が張り裂けそうになる。最後に見たリアもそんな顔をしている時があったのを思い出し、少女と姿が重なる。
「そうか......俺はそんな風に見えるのか」
「だから、今度は私が助けてあげる。それがお礼」
少女に差し伸べられたその手を、俺は少し躊躇いながらも取った。
「私は、ニーナ・メリュジーナ。ニーナでいいよ」
「俺はテオ。好きに呼んでくれてかまわない」
嬉しそうに手を引いて歩いていく少女の後ろ姿を見ながら、俺は空を見上げ、その清々しい青空に言った。
「ありがとう」
どうやらそっちに行くのは、もう少し後になりそうだ。