メリークリスマス!!~初恋にこんにちは~
『メリー、クリスマース!!』
それぞれの手から放たれるクラッカーの破裂音とメタルカラーの紙テープ。キラキラしたラメも舞い散ります。今日は祝日の十二月二十三日、待ちに待ったクリスマス・パーティーの日です。
橘くんの家にご招待されたので、皆で分担して食べ物を一品、プレゼント交換のためのひと品を持ち寄りました。事前に私と桜ちゃんで用意したオーナメントも、橘くんの家に事前に置かせてもらっていたのをみんなで一緒に飾りました。いつもは喧嘩ばかりの皆も、今日ばかりは仲良くパーティーを楽しんでいます。
「あっ、お前、さっきから肉ばっか取りすぎなんだよ冴島!」
「へっへ~、早いもの勝ちだもんね~、っだぁ!」
「てめ~!」
「腕が痛いんだけど。さっきから当たりすぎ、気をつけてよね赤松」
「お、悪い」
「古賀このヤロウ、今日こそ決着つけてやらぁ!」
「はぁ? 俺に勝てるつもりなわけ? 誰のお陰で補習をギリギリで免れたんだよ、春休みが要らないみたいだな?」
「……卑怯モノぉ!!」
「馬鹿は辛いなぁ? えぇ?」
「くそがぁ!」
仲良く……ええ、仲良く楽しんでいます! お互い、口は悪いですけどね。昼食を食べ終えた後は午後のお茶までプレゼントを交換したり、男の子たちはツイスターゲームに夢中になっていました。
こういうとき、賑やかなメンバーから少し離れた位置で眺めているのが高尾くんなのです。今も、窓際に背をもたせかけて腕組みをしています。難しい顔ですが、不機嫌ではないと分かります。
思いきって隣に立つと、チラリとこちらを一瞥した高尾くんは、それでも「あっちへ行け」とは言いませんでした。最初は怖く感じた彼のことを、今はそんな風には思いません。だってもう、本当はとても優しい人だと、ちゃんと知っているんですもの。
「交換したプレゼント、もう開けて見られましたか?」
「……いや」
「開けてみてください。あれ、私が用意したものなんです」
ひとりがひとつ持ってきたプレゼントは、誰が用意したか分からないように同じラッピングバッグに入れるようになっていて、くじ引きで同じ札がつけられた物と交換しました。もちろん、自分の用意したプレゼントを自分で当ててしまう可能性もあります。だからこそ皆、誰に当たっても良いような物を選んだはず……です。
私が用意したのはマフラーでした。緑と赤のクリスマス・カラーで、ザックリと編んだものですが、二メートルあるので重ねて巻いて問題なく使えるはずです。緑を多目にしてあるのは、男の子に当たる確率の方が高いと思ったからです。
高尾くんがマフラーをしているところなんて、今まで見たことがないので、まさか巻いてもらえるだなんて思ったりはしません。でも、もし気に入ってくださるなら、それはとっても嬉しいこと……。彼の手が紙袋を開くのを、ドキドキしながら見つめてしまいます。
「……マフラー、か」
ポツリとこぼされた言葉が困惑を含んでいるように聞こえて、私のワクワクはとたんにしぼんでしまい、不安になってしまいました。やっぱり気に入らなかったんでしょうか。……それとも、手編みというのがいけなかったとか。
「あの!」
「…………」
「あの、別に無理してつけなくても良いですので! あの、深い意味もないですし、大した品じゃありませんし、役に立たないもので逆に申し訳なく……!」
言葉を重ねれば重ねるほど、胸が痛くなって、恥ずかしいことに涙さえ浮かんできてしまいました。どうか眼鏡に隠れて見えませんよう、気づかれませんようにと願いながら、私は目を伏せました。
「このマフラー、お前が編んだのか?」
「え? いいえ! 買ったんです!」
「タグ、ついてないぞ」
「あっ……!」
ウカツでした……。こんなイベントに手作りの品を持ってくるほど重い女だと思われただけではなくて、馬鹿なところまで知られてしまいました。
「……意外だな」
「え?」
「すぐバレるような嘘をつくようには、見えなかったが……案外バカなのな」
「え、えへへ」
高尾くんがあんまりにも優しく笑うので、私もつられて笑ってしまいました。眼鏡を外して涙を拭うと、高尾くんの手が私の頬に伸びてきました。
そっと触れる、骨ばった固い指。冷たく感じるのは、きっと私の頬が熱を持っているから……。
「高尾、くん?」
「あ……いや、ゴミがついてた」
「そうですか……ありがとう、ございます」
「ああ」
一瞬、誤解しそうになってしまいました。そんなこと、あるはずないですのに。おかしな期待をしてはいけないと思いつつも、私の胸は高鳴ったまま、しばらく落ち着いてはくれませんでした。
心地好い沈黙が私たちを包んでいました。いつもなら、会話をしようと焦って話題を探しているところです。それなのに、今はこうして隣にいるだけで、気持ちが通じ合っているような気さえしてくるんです。そっと高尾くんを盗み見ると、やっぱりどこか難しい表情で古賀君たちを眺めています。楽しそうな声が響いていて皆の姿はとても近いのに、私たちだけ透明な壁を隔てているような不思議な感覚に陥ります。高尾くんはいつもこんな風に感じているのでしょうか。でも、この気持ちはけっして寂しさではない、そう思えます。穏やかな、優しい気持ちになるのです。
「高尾くん、ケーキ食べようよ!」
「……ああ」
橘くんが呼ぶ声に答えて、高尾くんが私の隣を離れていきます。急にぽっかりと空いた、彼の居場所が寂しくて……置いていかれたような、突き放されたような、そんな気持ちになってしまいました。
「あ……」
思わず引き止めようと口を開いて、馬鹿なことをと思い直しました。最近の私は情緒不安定なんです。特に、高尾くんのことを考えるときには。こんな、こどもみたいな感情に振り回されるなんて。恥ずかしい……。
「来ねぇのか?」
「え?」
目を上げると、高尾くんが私を振り返ってじっと見ていました。それはまるで待ってくれているようで。
「今、行きます」
私は笑顔で差し出された手を取りました。輪の中に迎えられて、ケーキの切り分けでまたひと悶着。そんな時間がとても楽しくて、彼の側にいられることが嬉しかったのです。
帰り際、そっと自分のプレゼント袋を開けてみると、中にはマグカップが梱包されていました。描いてあるのは、目つきの悪い犬のキャラクターです。ムッツリしたところが、どこか高尾くんに似ていて、可愛らしく感じました。
「ああ、そのカップ、梅流が引き当てたのか」
「では、もしかして古賀くんが?」
「ああ。高尾の奴にソックリだろ? あいつが当てればと思ったけど、そうか、梅流のところに行ったか」
「可愛いです。大切にしますね」
カップをちょっと持ち上げてお礼を言うと、古賀くんは黒髪を揺らして柔らかく笑いました。そして私の後ろを指で示して……その先には、私の編んだマフラーを巻いた高尾くんの姿がありました。
「あ……」
心臓の辺りがきゅんとして、じんわりと熱を帯びてきたのを感じました。唇が笑むのを抑えられなくて、でも涙も一緒に浮かんでくる、不思議で幸せな、温かな気持ち。私はきっと、すでに恋に落ちていたんです。初めての気持ちだったから、ずっと目を背けてきたけれど、今はっきりと分かりました。
私は、高尾くんが好きです……!