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序章 Peaceful Days

登場人物

呉崎 才人 【くれさき・さいと】

明峰 舞依 【あけみね・まい】

大東 健吾 【おおあずま・けんご】

「起きてください才人、起床時間ですよ」

女性の声が部屋に響く。

しかしこの部屋に女性はおらず少年が眠っているだけである。

否、正確にいうのなら人間は彼ひとりだけである。

AI技術が発達した現代では車や家電、経営管理などほとんどの分野に広がり世界に浸透していった。

そんな中、独自に思考し人間と同様感情表現まで可能になったかつて強いAIと呼ばれた存在は独立型AIと呼ばれ人間と共に生活するようになった。

しかし人間にとって代わる存在とならぬよう

・学習内容は閲覧可能であり操作可能でなければならない

・単一の思想のみを学習させてはならない

・物理的に干渉できる身体を与えてはならない

といった三原則が打ち立てられた。その中で独立型AIはデジタル端末に宿り人々の生活に寄り添った。

「起きてください才人。これ以上は遅刻してしまいますよ」

こうして今声をかけているのも独立型AIである。

「起きてる、起きてるよベティ・・・」

眼をこすりベッドの中からゆっくりと這い出る。ベティとはAIの愛称で正確にはベスティという名である。

「おはようございます才人。現在時刻は7時3分。天候は晴れ、です」

タブレットに表示された女性型のキャラクターが淡々と告げる。

「今日何か予定あったっけ?」

「はい。今日は8時30分より学校にて始業式があります」

「そういうのは先に言ってくれ!」


「寝癖ない?」

鏡の前で髪型を気にする才人。鏡付近に設置されたカメラから情報を獲得しAIが学習したデータと比較してユーザーに伝える。こういった光景も今では珍しくなくなっていた。

「はい。整っていますよ」

「間に合うかな?」

「現在時刻は7時22分。充分間に合いますから焦らないで」

トーストを焼き待っている間にテレビをつける。人間のキャスターが最近のニュースをお知らせしているのをBGMに朝食をとり始める。

彼は呉崎才人16歳。彼が10歳の頃、共働きの両親が独りになる彼の身を案じてベスティを購入して以来同じ時間を共にしてきた。今でも時折家を空ける両親に代わって彼の生活を支えている。人間でいうなら親友ともベストパートナーともいえるだろう。

もちろん、片方は人間ではないのだからそうはいかない。時としてテンポが合わないときもある。

「忘れ物はありませんか?家を出る前に確認しましょう」

「大丈夫だ、全部持った」

家を出て自転車の籠に鞄を投げ入れるとステップと共に跨る。

「今日も楽しくやるか」

「安全に気を付けてくださいね」

丁度こういった具合に。


「よーっす健吾」

自転車を横に並べて友人に挨拶をする。

大東健吾、才人が小学生だった頃からの友人である。

「よぉ才人。ベスティちゃんは元気か?」

「この通り」

タブレットを取り出しベスティに応答させる。

「はい。健吾さんもお元気そうですね」

長い間才人と付き合っている健吾のこともベスティは学習しているのだった。

ちなみに言うのならベスティに体調を聞く事に意味はない。エラーチェックを自動的に行っているからである。それでも健吾はこうして毎日聞くのだった。

「いいよなぁ独立型AIとの生活。お前ら見るたび羨ましく思うわ」

「確かに便利だけどさ、やっぱ人間には敵わないよなーって感じ」

あくまでもAI。人間を勝ることのないように製造されている人工物なのである。

たとえばニュースのキャスター。彼らは過去に例のないような事件でも臨機応変に対応し情報を処理して伝えなければならない。こういった作業は今でも人間がAIに勝っている点である。教員にしても同じである。各生徒に適した授業を行うようにしなければならない。

もっともこれらの現場でも報道順序や進路指導などにAIが過去のデータから導き出す解を参考にしている。

現代の技術と学習能力の高さがあればAIは容易に人間を越えあらゆる職業をこなすだろう。しかし独立型AIは学習内容は閲覧可能であり操作可能でなければならいという三原則によってできないようになっている。もしAIがその役目さえ可能になってしまえば人間の怠惰は歯止めがきかなくなりいずれ社会が滅びてしまう。

それを抑止するために技術の一部を人類は自らセーブすることにしたのだった。

学校につきクラス分けを確認する二人。

「まーったお前と同じクラスか。ほんと離れないよなぁ」

「まあいいじゃねぇか。退屈しないんだしさ。また1年よろしくな」

「そういってお前何年目だっつーの。さーって今日の予定ってどうなってるんだっけ?」

『今日は始業式が8時30分より学校にて始業式があります』

吹き出しの中に台詞が表示される。マナーモードにしている時はこうしてポップアップでお知らせするのだ。

「教室行けば予定くらい書いてあるだろ」

「だよなぁ。で教室はどこだよ?」

「2階の端っこ。やっぱりお前ベスティに頼りすぎて聞くの癖になってないか?」

「独立型AIと生活してる弊害だよなー」

教室に入り自分の席を確認する。出席番号順に並んだ時、才人と健吾の席は近くになる。今回はちょうど真横になったらしい。

「始業式が11時まであるっておかしくない?」

「終わったら教室で事務連絡。飯食ったら部活って、今日は休みでいいだろ」

「この前の練習サボっといてまーだ休み足らないか」

二人の会話に腕を組み肩口まで伸ばした髪を揺らしながら朗らかな声が割って入る。

「明峰、お前もまた同じクラスかよ」

「悪かったねー男同士のところに水差してさ」

明峰舞依。高校で出会い同じ陸上部に所属している明るい性格の少女である。

「この前サボったからセンセお冠だったよー?今日は絶対怒られるね」

「うーっわ。だからって今日もサボるわけにはいかねぇしなぁ」

「ほんと二人とも速いのになんでサボるかなぁ」

「才人は走るの好きだけど競技ってなるとめんどくさくなって嫌いになるからな」

「そういうお前はリレーのメンバーに選ばれたくないから印象点下げて逃げようとしてんだろうが」

「どっちもどっちね」


部活動を終えて男二人並んで歩く帰り道。

「たーっく麦沢の野郎めいっぱいにキツイ練習させやがって」

麦沢というのは部活の顧問のことである。当然二人はしっかりと怒られ厳しい練習をしたのだった。

「お前はこの後どうするんだ?」

「そうだな。ベティ、今の時間は?」

「現在時刻は17時19分。もうすぐ辺りも暗くなってきますよ」

「17時か。いったん家に帰ってから散歩でもするかなぁ」

「お前ほんと夜に外出たがるよなぁ。親がいないのをいいことにしてさ」

「この時期って夜風が気持ちいいからな」

「それ冬以外ずっと言ってるだろ」

「前世が夜行性のなんかだったんだよ」

「はいはい、冬眠する夜行性な。そんじゃあ俺こっちだから」

「おう、またな」

交差点で別れ自転車に跨り漕ぎ始めると自宅にはすぐ着いた。

駐輪場に自転車を止めエレベータで3階へと運んでもらう。

「たーっだいまー」

たとえ人のいない家に帰ったとしても才人は必ずこういうのだった。

「おかえりなさい才人、今日1日お疲れ様でした」

そうすれば必ずベスティが返事をしてくれるからである。

どれだけベスティが人間のようにふるまっていてもそこに身体が無い以上、人間のような温かさを持ってはいない。

どうしても独りであると感じてしまう才人はいつからか夜の街を歩くことで孤独に慣れようとしていた。

この行為に効果があるのか、意味があるのか、今の才人にはわからないことだった。

「それじゃあいってきます」

涼しいというにはまだ冷たい風を吹かせる夜へタブレットをマナーモードに設定しイヤホンをしっかりとつけて歩き出す。耳元から流れるジャズミュージックに心を鎮めさせながら。

決して両親との仲が悪いわけではないし自分を独りにしていると恨みを覚えたことだって一度もない。むしろ家族仲は良好な部類にあるし自分は幸福な人間だと才人は思っている。

それでも孤独と感じざるを得ないのはきっとベスティがいるからなのだろう。人間のように話しながらも決して人間ではない。

本来寂しさなどをいやすためにある独立型AIの存在が才人には却ってその寂しさを深く感じさせる要因になっていた。

山の中、いつの時代に作られたのかもわからない石の階段を数少ない灯りを頼りにして上っていく。

山頂には小さな神社がある。これもまたいつの時代からあるのかわからない。

灯りがここで灯っている以上は誰かが管理しているのだろうが才人はまだここで誰かにあったことはない。しかしそれ故にこの誰にも会うことのない空間は彼にとって特別な場所だった。

鳥居の前にあるベンチに座り音楽に耳を傾けて今日1日の出来事を振り返る。

そうすることで彼は自分が今日も独りではなかったことを自分に気付かせる。

ここまで来るのに15分ほどかけたが曲はまだ半分近く時間を残している。

両親が家に不在の時は決まってここで静かな時を過ごしていた。

何も才人が特別な少年なわけではない。彼のように独りで独立型AIと共に生活をする少年は少なくないだろう。そう彼自身も思っている。

だからこそ思わずにはいられなかった。

なぜ独立型AIに不気味の谷を越えさせないのだろう。

不気味の谷。AIやロボットはある程度まで人間に近づくと人間らしくなさが目立つようになり嫌悪感や恐怖心につながる、というものである。

もしこの谷を越えて人間と同じように感情を持ってくれたのなら自分のように孤独を感じる人間はいなくなるのではないか、と。

「やっぱり寂しいよな、ベティ」

『才人には私がいますよ』

何百回と表示されたことのあるその文字に苦笑し空を見る。

山の中から見る空は大きく円を描く月と点々と存在する星が静かに輝いていた。


「母さんから電話ですよ」

「繋げてくれ。ハンズフリーでな」

家へと帰り風呂から上がって部屋に戻った丁度のタイミングだった。

もっともこうして家を離れているときは必ず電話を掛けてくることを知っている才人が時間を合わせたのだが。

話の内容もいつも同じ。晩御飯は何を食べたかとか、変わったことはなかったかとか。

もちろん夜に散歩へ行っていることは言わない。

思春期にある才人にはそう簡単に悩みを親に言うことはできないのである。

そういった点ではベスティのほうが言いやすい。

もっともベスティには悩みを解決する能力はおろかアドバイスを言うことさえできないのだが。

「あぁ。それじゃあまた明日。おやすみ母さん」

通話を切ってベッドで横になる。部活と夜の散歩で疲労を溜めた身体はそれだけで充分な眠気を呼び寄せた。

「ベティ、明日の7時にアラーム。それと部屋の電気を切ってくれ」

「7時にアラームをセットしました。部屋の電気を切ります」

真っ暗になった部屋で目を閉じ沈み行く意識の中で彼は今日最後の言葉を口にする。

「おやすみ、ベティ」

「おやすみなさい才人。いい夢を」


これが呉崎才人の日常である。

独立型AIに起こされ学校へ行き、友人との何気ない会話を糧に授業と部活動をこなす。

両親が不在なら帰った後に山奥の神社へと足を運び孤独感を拭う。

そうして母親との通話を終えれば眠って次の1日を迎える。

大きな悩みや困難に苦しむこともなくただ漠然とこれからも変わらず続いていくのだと深く考えることなく過ぎてゆく平凡でありきたりな日々。きっと誰もがこんな日常を通過して大人になっていくのだろう。

だが後に彼は考えさせられることになる。今生きている同年代の若者たちよりも強く、その時代を過ごし切った大人たちよりも深く。

生きる意味や人の在り方。人と独立型AIの違い。なぜ不気味の谷を越えられないよう作られているのか。

そして、心について。


改めて言う。

これは世界を救う話でも世界に立ち向かう話でもない。

ただただ普通の少年が向き合っていくだけの物語だ。

それでもこれは普通の少年だからこそ紡ぎ出せた物語だ。

迷い悩み、時には間違えながらもあきらめることなく向き合い続けた彼だからこの物語はできあがったのだ。

だからこれは、彼の青春の物語なのだ。


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