冬~ふ~ゆ~、…………春~
ある国で冬が長引いた。国の人々にとっては初めての体験であった。終わりのない冬の季節。彼らにできることは春を待つことだけであった。
国の季節は、季節を司るという女王によってもたらされていた。春・夏・秋・冬をそれぞれ司るという4人の女王。女王たちは仕事のときにだけ塔にやってくると噂されていた。
国王は、冬が長引いた1日目にお触れを出した。冬の女王と春の女王を交代させろ、というものだった。お触れをこなした者には褒美を出すことも決定した。しかし、お触れを聞いて集まった人々はすくなかった。女王を交代させた者も現れなかった。なぜか?
まず国民にとって、女王たちは関わりがたい存在である、という理由があった。女王たちは、1人1匹魔物を飼っている、と噂されていたからだ。加えて、塔に出向いていた荒れくれ者が帰ってきたときのことだが、彼はぼろぼろの姿になっていた。女王の恐ろしい魔物に食われそうになったのだという。その事件以降、お触れのために塔へと向かう者はいなくなってしまったのだ。
他にも、女王たちが訪れる塔への出入りがずっと禁じられている、というのも関わりがたい理由であった。塔に入れなければ説得のしようがない、と多くの人々は諦めていた。
そんなこんなで季節が変わらないまま数日が過ぎていった。そしてある寒い日の朝、国王は城に仕える兵士を1人呼び出したのだった。
兵士が呼び出されたのは謁見の間であった。部屋は装飾こそすくないが豪華な造りになっていた。部屋の左右には大きな窓が取り付けられていた。
「国王様、お呼びですか?」
「うむ。来たか。君がこの城で一番若い兵士だな?」
「あ、はい」
「うんうん。ならいい。君も知っているだろうが、女王の交代が行われていないという問題が発生しておってな。その問題を君に解決してもらいたいのだ」
「え?」
国王から命じられた任務に動揺したのか、兵士は驚いたような声を出す。そして兵士は不思議そうな顔で国王にたずねた。
「当然受けさせていただきます。しかし、なぜ私にそのような役目を?」
「うむぅ。じつは件の女王たちなのだが、よく城までお茶を飲みに来ておるのだ。そしていつも城の者をからかっていく。だから多くの兵士は女王たちに苦手意識を持っていてなあ。新鮮味をもって説得できそうなのが君くらいしかおらぬのだ」
「な、なるほど。しかし面識のない私に説得できるでしょうか?」
「それだけではない。秋の女王から解決策について聞き出せたのだがな。彼女によれば、感性が若ければどうにかなるらしい。君は若い。感性が若いからどうにかなる。では、任せたぞ」
「は、はい!」
兵士は困ったようすを見せながらもしっかりと返事をした。そして彼は立ち去ろうとするが、国王があわてたようすで声をかけた。
「ああ、待つのだ。忠告がある」
「はい? なんでしょう?」
「女王が働くための塔があるだろう? 冬の女王がいる場所だ。知っているとは思うが、あそこは女王との取り決めによって女王以外は出入り禁止になっておる。入ってはならぬぞ」
「はっ。外から説得してみます」
「うむ。君には期待している。頑張るのだ」
「はっ!」
兵士は一言返事をするとそのまま去っていった。彼は、冬の女王がいるという塔へと向かったのだった。国王はそんな兵士を城から見送っていた。
女王が働く塔は、城から徒歩2時間ほどの山に建っていた。山はとても低く、雪が積もっていたが、20分ほどで兵士は塔にたどり着いた。
塔のまわりは広場のようになっていた。そして更にそのまわりは木々で覆われていた。いずれも雪が積もっているためとても白い。また風がやんでいるのでとても静かだ。空からは、暖かさを伴わない日光が塔に差しこんでいた。
太陽はもうすぐ塔の真上に昇ろうとしていた。そんなお昼を迎えようという時間に、塔の前には1人踊っている人物がいた。
春の女王である。彼女はなぜだか踊っていた。そして遠くのほうへと目をやると踊りをやめた。
「あらら、来客だわ。こんなに寒いのにご苦労ねえ」
春の女王は微笑みながら風かなにかに話しかけていた。流暢な独り言である。するとそこに兵士がやってきた。早朝、国王から若い感性を褒められた兵士だった。兵士は春の女王へと話しかけた。
「どうも、こんにちは」
「ええ、こんにちはー。こんな山奥までなんのご用かしら?」
「はい。国王の命により冬の女王様の説得に参りました。えっと、あなたは?」
「冬の女王に踊りをささげていましたの。名づけて安息の舞」
「は、はあ。まあ確かに冬続きですからね。こんな寒い中、お疲れ様です」
「いえいえ。慣れているから気にしないで。ところで1つお聞きしたいのだけど」
春の女王はそこで一度言葉を切った。そして話し始めた。
「数日前、ここに荒っぽい男が来たのよ。それらしき風貌の人についてなにか知らない? ぼろぼろになって町に帰ったはずなのだけど」
「ああ、知ってますよ。町でも話題になりましたからね。でもどうして?」
「ちょっと返り討ちにしてしまったのよ」
「え、彼は女王の魔物に襲われたはずでは?」
「違うわよー。もう! 美人に負けたなんて言えないから嘘をついたのね、きっと。……彼を返り討ちにしたのは春の女王である私よ。鋭い枝でちくちくとね」
「ええっ! あなたが春の女王様?」
「うふ、意外だったかしら?」
兵士は大きな声を上げて2、3歩後ろへと下がった。春の女王は気にしたようすもなく、笑みを浮かべて1回転した。そして彼女は兵士にたずねた。
「あなたは冬の女王に用事があるのでしょう? 冬の女王ねえ。そんなのもいたかもしれないわねー」
「あの、差し支えなければ冬の女王様を説得していただけませんか?」
「差し支えありまくるわ」
「そこをなんとかお願いします! 国の人々が困っているのです!」
必死そうに頭を下げる兵士。しかし春の女王は顔を背けて話し始めた。
「私、冬って嫌いなのよ。とてもイジワルな人に泣かされたことがあるの。ああ、冬なんてやってられないわ。冬の女王と会ったら泣いちゃうわ~」
「冬の女王様にやられたのですか。ならば共に冬を終わらせましょう!」
「あ、でも冬の生物は好きよ。雪女とか春に欲しいくらい可愛いのよね。雪女が消えちゃうから冬がいいわー」
「ゆ、雪女? えっと、適当なこと言ってません?」
「うん。そうね」
兵士は呆れたように息を吐いた。春の女王はつけ足すように話し始めた。
「でも、これであなたは解決に進むための情報を手に入れたわ。解決策はとても簡単。私の職務怠慢をやめさせればいいのよ。となれば次にとる行動は当然?」
「しまった! 武器を忘れてしまいました」
「そのとおり! 戦っても返り討ちになっていたわ。あなたは知っているものね。荒れくれ者が返り討ちにされた事実を」
「ああ、ええまあ。ならあなたを説得しなければならない、とか?」
「さすがに相手は選んだほうがいいわー」
「ええっ」
「当初の目的を思い出しなさい。さっき言ってたでしょう? 誰かさんの説得、と。そのために行くべき場所は1つしかないわ」
春の女王は塔を指差した。兵士は指差された先を見ると、戸惑うようにたずねた。
「え、塔ですか?」
「まあすごい! 塔に入るだなんて、いいアイディアを思いついたわねえ」
「ですが、女王でなければ塔には出入りできないという規則があるのでは?」
「へえー、規則だから入れないのね。ならばきっとその程度の問題なのよ。お城に帰って、私の仮病だったと報告するといいわー」
「うう。そういわれると見過ごすのは危ないような気が」
困ったように辺りを歩き回る兵士。そして彼は決心したような顔で言い放った。
「やはり国王様の命令には背けません! 私は一旦お城に戻ります!」
「え、本当に帰るの? 塔に入れば、今からでも問題が解決するかもしれないわよ?」
「ですが無許可で入るわけにはいきません」
「国王に許可を貰いにいくのね。ちなみに今なら運よく偶然にも自然な流れでなぜだか塔の鍵が開いているのだけれど」
「え? あの。えっと。その、戻りますからね? 許可があればまた来ますので」
兵士は戸惑うような態度で立ち去ろうとした。しかし春の女王が彼を呼び止めた。
「ちょっと待って。1つ伝えておくことがあるわ」
「あ、はい。なんでしょう?」
「塔の鍵なんだけど、日が沈むまでは開いているかもしれないわー。もし許可が貰えなくても、勝手に侵入するくらいはたやすいことでしょうね」
「……許可が下りなければ入りませんからね?」
「わかっているわ。でもやはり鍵は開いているけどね。では行ってらっしゃい~」
春の女王が手をふると、突如突風が巻きおこり、兵士を空へと連れ去った。兵士は悲鳴とともにお城のある方向へと飛んでいったのだった。
春の女王が手をふるのをやめた。すると塔の前に巨大ななにかが降ってきた。それはとんでもなく威圧感のある人物であった。
夏の女王である。彼女はなぜだか威圧感があった。彼女のごつい巨体は、それだけでも相手を戦慄させるには十分なものであった。しかしそれだけではない。彼女の肌は青色をおびており、背中からは炎につつまれた大きな羽がはえていた。そして彼女の右手には、彼女自身よりも数倍は大きな岩が乗せられていた。その全体像は悪魔のようであった。人間と変わらない姿をしている春の女王とはまるで違うのだ。
夏の女王は睨みつけるように春の女王へと視線を向けた。そして彼女は春の女王にたずねた。
「春の女王よ。貴様、まさか奴を逃がすつもりではあるまいな?」
「こんにちは。奴ってだあれ? さっきの兵士さんのことかしら?」
「ぐぁははははっ! 面白いことをいう! だが忘れぬことだな。我が協力するのは、季節のめぐりを円滑にするためであることを。もしも塔にいる小娘が逃げるようであれば、そして貴様がそれを手助けするようであれば、どうなるか! ……こうだ!」
夏の女王は、右手に乗せていた大岩を軽くなげた。大岩は大きな音をたてて地面へと落下した。大岩はひびだらけになっていて、今にも砕けそうな状態であった。
「この大岩のように、我と貴様はひび割れた関係になるだろう。ぐふふっ。肝に銘じておくことだ」
「その例えのために持ってきたの? 大岩」
「話を逸らすでない」
「彼女が逃げたとしても手助けするつもりはないわー」
「どうだかな。貴様はロマンチスト。どんな犠牲を払ってでも小娘を助けるであろう。たとえ、対価となるのが自身であっても、国であってもな」
「そうかも」
「ぐふふふふ。春の女王よ。今からでも遅くはないぞ。ともに小娘を冬の女王として迎え、貴様の美しい死にざまを見せつけてはどうだ? んー? 奴はきっと貴様のために澄んだ涙を流してくれるぞ。それに、小娘に嫌われるのは本望ではなかろう?」
夏の女王はゆっくりと春の女王へと近づいた。春の女王はさわやかな笑顔を浮かべて答えた。
「うふふ、そのつもりはないわ~。前にも言ったでしょう? あの子をかなしませたくはないのよ」
「ふん! とんだロマンチィ~ストだ! だが、まあよい。季節のめぐりを壊さぬというのならば、貴様のくだらぬ自己犠牲にもうすこし付き合うとしよう」
「あの子に嫌われたいだけよ。自己犠牲ではないわー」
「ふぁはははは! 辛いくせによく言う! 貴様のくだらん企みが果たして上手くいくかな? んん? ことの結末をじっくり見守らせてもらうぞ。ぐぁははははははっ!」
夏の女王は笑いながら、まばゆい光とともに消え去った。春の女王は風かなにかに語りかけた。
「私はね。イジワルな女王が死んだとき、とてもかなしかったわー。死ぬほど嫌なイジワルをされたけど、それでもかなしかった。彼女はやさしかったから。いつの間にか懐いてしまっていたのね」
春の女王は空を見上げた。そして彼女は話し続けた。
「あの子が私に懐けば、あの子もかなしみを味わってしまう。私はあの子より先に死ぬから。そしてあの子はやさしいから。うふふ。でも嫌われてしまえばそんな思いをさせることもない。さあ、そのためにも行かなくちゃ」
春の女王はゆっくりと両手を広げた。すると彼女の体はあっという間にたくさんの桜の花びらとなった。彼女はお城のほうへと飛んでいった。
兵士は城下町へと飛ばされて、そこからお城へと戻っていた。もう太陽は真上に昇っていた。しかし、彼も国王もなにも昼食を食べることなく謁見の間にきていた。
謁見の間は、先ほどとの違いはそれほどなかった。日光の差しかたと、窓がわずかに開いていることと、春の女王が覗いていることが違うだけであった。春の女王は窓の外、それも上側から顔を覗かせていた。さらには彼女は人間形態だった。しかし、数すくない装飾品のおかげか、謁見の間にいる誰もが気付いていないようであった。
国王はとても真剣な表情で兵士にたずねた。
「よくぞ戻った。どうであった? なにか異変解決の糸口は見つかったか?」
「はっ。申し上げにくいのですが、どうやら春の女王様による職務怠慢となんらかの関係があるようです」
「なに? それは原因そのものではないのか?」
「それが、確かに本人もそうおっしゃっていたのですが、どうやら塔になにか秘密がありそうなのです」
「なんだと?」
国王はすこし不機嫌そうになった。兵士は話を続けた。
「そこで塔内を調べる許可をいただきたいのですが、お許し願えませんか?」
「ならぬ。あの塔はなんとしても立ち入り禁止である。これは取り決めには従わねばならぬのだ。とにかくよくやった。君も疲れたことだろう。今日のところは家でゆっくり休むがよい」
「はっ! えっと、この後はどう対処なされますか?」
「塔が怪しいからといって調べるわけにもいかぬ。だが、心配することはあるまい。職務怠慢であれば、他の女王たちがなんとかするはずだ。さあ、もう休むのだ」
「は、はい。わかりました」
兵士は城を出た。彼は家に帰るわけでもなく、城の前でしばらく立っていた。そして彼は走った。朝に歩いた塔までつながる道を、今度は走っていくのだった。そして、そんな兵士をある人物が見送っていた。春の女王である。
春の女王は、お城の窓より高いところに張り付いていた。彼女は城壁に張り付いていたのだ。彼女は兵士を見送ると、ふたたび中のようすを覗いた。わずかに開かれた窓の隙間からは、国王たちの会話が外まで聞こえていた。中にいる護衛兵士は国王に話しかけた。
「国王様、冬続きで入手困難とされていた茶葉ですが、先ほどようやく届いたとのことです。茶菓子も一緒に届きました」
「おお、そうであったか。城にあった茶葉は、女王たちのお茶会で使われてしまったからな。ようやく、私もあたたかい紅茶を飲むことができそうだ。じつに楽しみであるぞ」
「よかったですね」
「うむ。だが女王たちに知られぬようにな。奴らのことだ。きっと客人としてお茶を飲みにくるだろう」
「さむい日が続いて、茶葉の収穫がかなり遅れているみたいですからね。今回だって2人前しか用意できていませんし、きっと王様の分はなくなるかと」
「そういうことだ。このことは他言無用にしておくのだぞ」
「わかっています」
春の女王が中を覗いていると、何者かが彼女の体をつついた。それは見張りの兵士であった。見張りは申し訳なさそうにたずねた。
「えっと、春の女王様、ですよね?」
「あああ。見つかってしまいましたか。で、私になにかご用?」
「あのー、城壁にくっつくのはご遠慮願いたいのですが。女王様こそなにかご用でしょうか?」
「あら、失礼だったかしら」
春の女王は、全身をたくさんの桜の花びらに変化させた。そして見張りの正面に花びらが集まり、人間形態の春の女王が現われた。
見張りは1歩後ろに下がった。春の女王は見張りに1歩近づいた。そして彼女は話し始めた。
「そうねえ。折角だからお茶の予約でもしようかしら。王宮に届いたばかりのお茶とお茶菓子。あれを2人分用意して頂戴」
「はっ。国王様に伝えます。建前上、会談という形になるでしょうから、おおまかな時間をお教えください」
「いいえ、私や国王の席は要らないわー」
「え。あの、国王様や女王様抜きでのお茶会実施は難しいかと思いますよ」
「主役は冬の女王だからだいじょうぶよ。国王に、おたのしみの新茶が飲めるのはもう1ヶ月後だと伝えておいて」
「はああ。その1ヶ月間、俺が国王様に睨まれるんだろうなあ。とほほ」
「そのうち城に来るだろうから、よろしくお願いね~」
「はあぁ~い」
見張りがとぼとぼと歩いていこうとするが、春の女王は見張りを呼び止めた。
「ああ、ちょっと待って。すこしたずねたいことがあるの~」
「なんですか?」
「新入りの兵士さんについて知りたいのだけれど、あなた知ってる? 剣をなんども忘れそうな感じの子なんだけど」
「ああー。きっとあいつだな。えっと、その兵士なら数分前にどこかへ行きました」
「よかった。知り合いなのねー」
「名前は知りませんよ。何度か話したことならありますが」
春の女王は見張りに背を向けてたずねた。
「これは例えなのだけど、困って泣いている子供がいたとするわ。その新入りさんは、そんな子供をぶん殴ったりはするかしら?」
「は? いや、しないと思いますけど。というかそんなことする人間はこの城にはいません!」
「では子供が魔物ならどうかしら? その新入りさんはぶん殴ると思う?」
「えー? まあ、殴らないと思いますよ。無抵抗の相手を殴るような奴じゃなさそうでした。……多分」
「ならいいのよ。そうだ! 教えてくれたお礼に、もっと厄介なお願いでもしちゃおうかしら~」
「あ、俺はお茶の予約に行くので失礼しますー!」
春の女王が見張りのほうを向くと、見張りはあわてたようすで去っていった。春の女王は風かなにかに話しかけた。
「ここで無駄話が続いて、時間が潰れていたならば、私の計画もいっしょに潰れていたことでしょうねえ。しかし時間は潰れなかった。私はあの子に嫌われなくてはいけないわー。あの子を悲しませないために。さあ、そのためにも向かうのよ~。あの塔へ!」
春の女王は盛り上がっているようだった。彼女は、全身をたくさんの桜の花びらに変化させると、兵士が向かった方角へと飛んでいった。そんな彼女の姿を、2人の人物が眺めていた。
それは夏の女王、そして秋の女王であった。2人はお城の屋根よりも高いところに浮いていた。秋の女王は笑みを浮かべていた。彼女の姿は人間そのものだった。となりの女王と同じ仕事をしているとはだれも思わないだろう。
秋の女王はやる気なさそうに話し始めた。
「いやあ、ふしぎな話ですねえ。春の女王さんは、なぜ塔にいる次期冬の女王さんに嫌われたいのでしょうか?」
「ぐふぁふぁ。小僧にやさしくすると、いずれ自分が死ぬときに悲しませてしまう。だからその前に嫌われてしまおう、と奴は考えているのだ」
「それは感動的ですねえ。だからあの子と仲良くしてほしいと頼んできたのですかあ。次期冬の女王さんの幸せのために」
「ありえんなあ! あのロマンチィ~ストの計画ごときで小僧を救えるものか! 考えてみるがいい。小僧が我らになついたとしても、我らはいずれ死ぬのだ。となれば悲しみは避けられないだろう? ふんっ!」
夏の女王は風かなにかを殴った。特に手ごたえはなさそうであった。彼女はふたたび話し始めた。
「それに、奴より我々のほうが死期は近い。小僧ともっとも長い時を過ごせるのは奴なのだ。我々に小僧のことを押しつけて、はたして小僧を救っているといえるか? いや、いえんだろうなあ! ぐぁははははっ!」
「では、どうして春の女王さんの計画に協力を?」
「ぐふふふ。決まっている。春の女王に、奴自身の甘さを自覚させるためだ。奴もいずれは継承者をみつけ、季節を継承するときがくるだろう。だがその前に、奴のなまけた頭を叩きなおさなくてはならんのだよ!」
「まあ。そのためだけにセリフや演芸技の練習をしていたのですかあ?」
「演出は大事だろう? 大事なのだ。そして! 悲劇のヒロイィ~ン気取りの奴のもとへと向かう! 我らが! 嫌われ損であるという現実を! 嫌われた奴へとつきつけるために!」
「巻き込まないでくださいよお」
「ぐふぁふぁふぁ。秋の女王よ。貴様はみているだけでよいのだ。我がすべてなんとかしてやる。さあ、新たなる季節のもとへとゆくぞ」
夏の女王はまぶしい光を発して消えた。秋の女王は風かなにかに話しかけた。
「私、新しい冬の女王さんと楽しくやっていけるでしょうか? 会ったことないから楽しみですねえ」
秋の女王は全身をたくさんの紅葉に変化させた。そして、彼女は塔のある方向へと飛んでいった。
昼が過ぎ、夕方へと向かっていく時間帯。塔の広場に1人の兵士がやってきた。それはお城から走っていった兵士であった。彼は息切れを起こしていた。とても疲れているようだ。
兵士がひざに手をついて息を整えていると、彼の前にたくさんの桜の花びらが跳んできた。桜の花びらは集まっていき、やがてそれは春の女王へと変化した。春の女王は話し始めた。
「あら、また会っちゃったわ。すごい偶然ね~」
「ぜはあうはあ。……あ。ど、どうも」
「ええ、こんにちは。こんなに寒い山をよく駆け登ってこれたわねえ。私になにかご用かしら?」
「ぜえぜえ、ふう。ええと、じつは塔の中を確かめようと思いまして」
「まあ! なら王様から許可をもらえたのねー。わざわざお城まで戻ってよかったじゃない」
「ぎく。と、とにかく塔に入りますね」
「あ。その前に伝えておくことがあるわ」
塔へ進もうとする兵士であったが、それを塔の前にいる春の女王が呼び止めた。春の女王は続けて話した。
「じつはこの塔、雪女がでるって噂されてるのよー。きゃー!」
「はあ。でも噂なのでしょう?」
「ええ。かわいそうな雪女の噂よ。なんでも死んだ母親を食べさせられているとか。イジワルな人っているものねぇ」
「あはは。女王様、そんなイジワルな人も雪女もいませんよ。人間はそういう作り話が好きなのです。お勤めで塔に入っているとき、いなかったでしょう?」
「言われてみれば、そうかも?」
「安心してください。塔を調べるついでに雪女がいるかを探しておきますよ。いないでしょうけどね。ははは」
兵士は笑いながら、塔のとびらについている取っ手をつかんだ。そんな彼に春の女王はたずねた。
「あなたなら、いたらどうするのかしら?」
「ん? そうですねー。私が救ってみせますよ!」
「そうなの。頼もしいわね」
「任せてくださいよ。もしもいればの話ですけどね。では行ってきます」
兵士は塔のとびらを開けて中に入った。彼がとびらについている取っ手から手をはなすと、とびらは閉まった。
塔の中には、装飾品のようなものはなにもなかった。壁には小さな窓とらせん階段があるだけだった。中心部には、大きくてきれいな白い布が敷かれており、布の上にはたくさんの雪が積もっていた。そして雪のそばには小さな子供がしゃがみ込んでいた。また、らせん階段の上側に春の女王が立っていた。
子供は女の子のようで、彼女はなんとも白かった。彼女の髪は白いし、彼女の肌は化粧をしているように白い。彼女の衣装も白く、彼女の周りの雪はとてもホワイトだった。子供は人のような形をしているが、とても人にはみえないほど白かった。彼女はしゃがみ込んだまま兵士に顔を向けた。そして彼女はたずねた。
「だれ?」
「え? え? あれれ? えええ? ど、どんな状況ですか? え、雪女?」
「あたし? うん、雪女。あなたは?」
「ええっ! あ、えっと、私はこの塔の調査にきたただの兵士です。あの、そのー、さっき母親を食べる雪女がどうとか聞いたのですけど、あなたでしょうか? 私はおいしくないですけど」
「う、うん。お母さん、死んじゃって。それで、食べなくちゃダメって、いわれて」
「まさか? 本当に? な、なんてむごい! こんなに、こんなに小さな子供なのに、なんてことをっ!」
兵士は天井を見上げて叫んだ。雪女は兵士を見つめていた。兵士は雪女にたずねた。
「その話だと、あなたは食べたくなかった。そうですよね?」
「うん。でも、私が食べないと、みんな困るって」
「なんですって? 誰がそんなことを!」
「春のおばちゃんが。ううう」
雪女の目から涙が流れた。兵士はしばらくなにもせずに立っていた。数十秒後、彼は雪女に近づき、彼女の頭に手を置いた。そして彼は言った。
「ちょっと待っていてください」
兵士は雪女に背中を向けると、とびらのある方向へと走った。そして彼はとびらにつっこんだ。木製のとびらは、どかっ、と大きな音を立てて、兵士をはねかえした。兵士は頭を押さえながらさけんだ。
「なあああっ! いたいー! いったいー!」
「だ、だいじょうぶ?」
「うううぅ。だいじょうぶです。たび重なる山越えでちょっと疲れているだけです」
「だいじょうぶかなあ」
「心配いりません。あなたの心のいたみに比べれば、まったく平気です」
「そうなの」
「でも、すこし開けておきましょう」
兵士はとびらをわずかに開けた。そして彼はとびらからはなれ、ふたたびとびらに向かってつっこんだ。彼はとびらを開け放ち、外へと飛び出したのだった。
「あ、あれ? 春の女王がいない?」
兵士が不思議そうにつぶやいた。彼のつぶやきと同時に、塔のとびらが閉まった。彼はとびらの方へ振り向いた。
兵士が後ろを向いたちょうどそのとき、春の女王が降ってきた。春の女王は音もなく、兵士の背中側のすこしはなれたところに着地した。そして彼女は話し始めた。
「季節の力はとてつもなく大きい、そしてなによりも強い」
「うわ、春の女王? いつの間に!」
「春の季節をつかさどる私にとっては、瞬間移動なんて朝飯前。母親を食べたくない雪女を救うなんてとてもたやすいことよー」
「なんですって? ではなぜ、あの子に母親を食べさせたのですか! あの子、泣いてましたよっ!」
「ふふふ、すこし違うわ。食べさせたのではないわ。今もなお、食べさせているのよ~」
「今でも? ま、まさかあの雪が? 死体を入れる冷凍庫っ!」
兵士は後ろを向いて、とびらの取っ手に手を伸ばした。そのとき、ものすごく強い風が吹き荒れた。風は兵士をすこし持ち上げて、春の女王の足元へと落とした。兵士は着地した。春の女王は気にしたようすもなく、兵士に声をかけた。
「まだ話は終わってないわー。そうねえ。まずはあの子の母親についてね。雪よ」
「ひええ、怖かったー。って、え? 母親が雪ですって? またそんな嘘を」
「嘘なんかついたことないわよ。正確には、雪状になってしまった冬の女王だけどね」
「冬の女王? あの雪が! しかもあの子の母親だなんて!」
「そう。死ねば季節を表すものとなり、継承者に食べられ、季節を引き継ぐ。それが季節の女王界でのおきてなの」
「なんて残酷な! いや、でも雪だからそうでもないような? うーん」
「でも雪女ちゃんは泣いてたのよね?」
「あ、そうですよ! 彼女は嫌がっています。どうにかならないのですか?」
兵士は春の女王をにらみつけた。春の女王は黙ったまま、笑顔で兵士に視線を返す。そして彼女は答えた。
「応援してあげるのが最善じゃないかしら?」
「そういうのではなくて。たとえば、冬だけはしばらく女王様なしで過ごすとか」
「それはダメね。いい? 季節のない日がもしも1日でもあったなら、いかなる生物であっても狂ってしまうわ。2日続けば、すべてのものが細かく分かれ、目にも見えなくなる。3日ですべて消えてなくなる。こういうことが過去になんども起こっているのよ」
「え、どうしてそんなことがわかるのですか?」
「ううん、なんていうのかしら。季節を継承するときに、そういう経験も引き継いじゃうみたいなのよ。ちなみにさっき起こした風も先人の技でやったのよー」
「ふーん。やはりさっきの風はあなたのしわざでしたか。うわっ!」
ふたたび風が兵士の体を持ち上げた。兵士はバランスを崩して空中に倒れた。彼はあわてたようすで手足を振った。高さは数センチほどだったが、兵士がじたばたしても地面に手足は届きそうになかった。兵士は風に抵抗しながら叫んだ。
「わかりました! わかりましたから降ろしてください!」
「…………あ、ごめんなさい。信じさせるためにやったつもりはなかったのよ。こわがらせようとは思ったけどねえ。はい」
兵士の体はゆっくりと地面に降ろされた。兵士は立ち上がり、体についた汚れをぱっぱとはらった。春の女王は話を続けた。
「似たようなことを他の女王もできるわ。だから雪女ちゃんを連れて逃げることはお勧めしないわ~」
「え、ええ。よく覚えておきます」
「それでどうするの? 雪女ちゃんはまだ母親を食べさせられている。彼女が継承をしなければ世界、ではないけどこの国が滅ぶ。さらに彼女を連れて逃げるには相手が悪い。さあ、あなたにできることはなにかしら?」
「あれ。ほかの国は滅ばないのですか?」
「……ん? そうねえ。季節の女王はだいたい国ごとにいるから、この国の季節がなくなってもこの周辺が消滅するだけよー。まさか雪女ちゃんと国外逃亡するつもりかしら?」
春の女王は空を見上げて、空を眺めながらたずねた。日はすっかり傾いており、赤みのかかった夕焼けの空が広がっていた。兵士は答えた。
「それはちょっと。現状維持はどうですか? ほら、冬が長引いてから3日は過ぎてますよね?」
「今はまだ冬の季節。季節のない状態ではないのよー。たしかに現状維持ならできるわ。でもね、死んだ状態だと、およそ1週間から1ヶ月くらいの間しか季節の維持がおこなわれないのよ」
「そう、ですか」
「こほんこほん。それにねえ、女王の死体は継承者しか触れられなかったり、継承している間はほかの季節が介入できなかったり、いろいろと厄介なのよ」
「厄介ですね。ところで風邪ですか?」
「いえ、ただちょっと遅い気がするわ」
春の女王は不思議そうに辺りを見回した。そして兵士に視線を合わせた。兵士はたずねた。
「なにかを待っているのですか?」
「……ええ、そうよ。あなたは女王の秘密をいくつも知ってしまったわー。そろそろ夏の女王があなたの口封じに来るだろうから待っているの」
「へえー。……え? え、ちょっと。 ど、どういうことですか!」
「うふふふふ。言ったでしょう? 私は冬が嫌いなのよー。あなたはどうやら本気で雪女ちゃんに味方するようだから、消えてもらうために秘密をいくつか教えたのよ」
「そんな。なぜですか! あなたは彼女になにか恨みでもあるのですか!」
兵士は春の女王をにらみつけながら、一歩踏み出した。春の女王は笑いながら答えた。
「だってえ。さっきおばちゃんって言われたのよー? お姉さんだっていつも言ってるのに」
「それだけですか!」
「主にそれだけ。まあ来ないなら来ないでいいわ~。どうせあなたは応援くらいしかできないもの。今日も雪女ちゃんの苦しそうな顔が拝めるわねえ」
「そんなことはさせません! 彼女の継承とやらは、難なく楽しく終わらせますっ!」
「あらあら。それは楽しみねー。ではもう一度たずねようかしら。あなたに一体なにができるというのかしら?」
「…………そんなの、決まってますよ」
兵士は黙って塔を見つめた。数十秒間、兵士はなにも言わず、春の女王も黙っていた。そして春の女王はたずねた。
「それはなにかしら?」
「それはですね。………………そう、それは応援ですよ!」
「そうね。わかっているなら早く実践したらどう? 私は無駄だと思うから邪魔しないわよー」
「その前に! 私からも聞きます。あなたは一体なにができるのですか?」
「え? だいたいなんでもできるわよ?」
「本当ですか? 私にあれほどいろいろ言ったのです。あなたはさぞすごいことができるのでしょうね」
兵士は、余裕がありそうな笑みを浮かべた。春の女王も余裕がありそうな笑みを浮かべた。そして彼女はたずねた。
「あらあら。私になにができないというのかしら?」
「いやあ、べつにたいしたことではないのです。でもたとえばお城の地下にある巨大氷。あれをこの塔に運ぶのは、いくら季節の女王様でも難しいですよね」
「え、氷? 一体なにを? ……まあいいわ。挑発に乗ってあげる。夏に備えて保管してあるあの氷ねー。塔に入れるには大きすぎるけど運んでみせるわー」
「あ、ついでに剣も一本運べますよね? もし季節の女王にすごい力があるのなら」
「もちろんよ~。ちょっと待っててね」
春の女王が両手動かし始めた。すると彼女の手元に花びらが集まり、空高く舞い上がった。そして花びらはすごい速度でお城の方角へと飛んだ。
花びらは数十秒でお城に到着した。そして彼らのほんの一部が群れを抜け出し、たった一人しかいない門番の腰から剣を奪った。そして門番の足をすくい上げて転倒させると、町へと逃げた。門番は花びらの大群を気にしたようすもなく、剣を奪った少数の花びらを追いかけていった。
花びらの大群は空から裏庭に回りこんだ。庭には見回りの兵士がいたが、見回りは花びらの大群を前に足を止めた。
「あ、えっと、季節の女王様。こんにちは」
大群の花びらは高速で左右を行ったり来たりした。見回りは困ったような顔で数秒黙り、そして答えた。
「あなたは、そう! 秋の女王様っ!」
花びらの大群はおだやかな動きになり、ゆったりと見回りの横を通り過ぎていった。そして高速で見回りの正面に回りこみ、見回りの全身にまとわりついた。見回りは悲痛な叫びを上げた。
「今日は外したぁ! ぎゃあああぁっ!」
花びらの大群は見回りのすべての衣服装備を奪い、倉庫へと向かった。見回りは裏庭に座り込んでため息をつくのだった。
倉庫には見張りの兵士が数人いた。倉庫は地上部分と地下部分に分かれており階段でその二つはつながれていた。地上の倉庫は物置という感じで、スコップなどが置かれており、特に見張りはいなかった。なので花びらの大群は地下倉庫へとあっさり侵入できた。
花びらの大群は先ほど見回りから奪った衣服装備を身につけ、一歩一歩、足音を鳴らしながら地下へとやってきた。地下にいた見張りたちは警戒したようすで花びらの兵士を見つめた。そして彼らは叫んだ。
「う、うわああぁっ!」
「くく、首がない! く、首があぁ!」
「うわあぁっ!」
見張りの兵士の半数くらいが花びらの兵士に襲い掛かってくる。花びらの大群は衣服装備を脱ぎ捨て、兵士たちの間を抜けていった。そしてすぐ後ろにあった扉の下側の隙間や、鍵穴から先へと進んでいった。
花びらの大群は巨大な氷の元へと到着した。巨大氷はお城の広間と同じくらいの大きさがあった。小さな家くらいなら簡単につぶせそうな大きさと重さであった。花びらは氷にまとわりつくと、そのまま一気に上昇していき、地下倉庫の屋根を突き破って空高く持ち上げた。そして裏庭に大穴が開いたお城から、塔へと飛んでいった。
巨大氷は花びらの大群によって、お城から塔まで数十秒と数秒ほどで運ばれた。そしてまとわりついていた花びらの大群が離れたため、氷は高速で前進しつつ落下していった。そして氷は塔の壁を突き破り、突き破った壁の反対側あたりにある柱に衝突して止まった。
塔の中には巨大氷とがれき、そしていくつかの人影があった。夏の女王と秋の女王である。近くには巨大な紅葉でできたテントのようなものがあった。雪女がいた辺りが紅葉のテントに包まれていた。夏の女王はため息を吐くと、氷のほうを睨んで話し始めた。
「おのれ春の女王め。氷塊を投げつけるとはなんと無計画なやつだ。次期冬の女王になにかあったらどうするつもりだ」
「私の魔法がなければ危機一髪、といいたいところですけれども。雪女さんへの直撃コースではありませんからねえ。アドリブにしては上手く飛ばしていますよ」
「ふん。そういう事態にならないための事前準備だろう?」
「あら、それなら夏の女王は、春の女王のこの行動も計画に入れてたのですかあ?」
「ぐふぁふぁふぁふぁ。…………ぐぁーはっはっはっは!」
「もしかしたら、春の女王の嫌われ計画自体がなくなるかもしれませんね」
「かもしれん。だが、どっちにせよ奴の計画に穴があることは事実! どう転んでも奴を笑うことができる! さて、兵士が来たようだ。我々は消えるとしよう」
塔の中が光に包まれ、二人の女王は消えた。そして兵士が扉から入ってきた。兵士は辺りを見渡して、つぶやいた。
「うわあ。まさかこんなに大きかったなんて。雪女さんは大丈夫でしょうか? なんか、変なのに包まれているようですが」
兵士は紅葉のテントに歩み寄った。するとテントの側面が揺れ動き、中から雪女が顔を出した。
「ばあっ!」
「うあぁっ! って、あなたでしたか。無事でよかったです!」
「うん。夏のばけものちゃんが守ってくれたの。あと、秋の人も」
「ば、化け物? そうですか。ええっと、雪女さん!」
「なーに?」
「私と勝負です!」
兵士はそう叫ぶと、身に着けていた防具を次々に脱いでいった。そして動きやすそうな衣服だけになると、落ち葉のテントから離れて巨大氷の近くに移動した。雪女は落ち葉のテントから出てくると、周りを見渡してから話し始めた。
「すごく壊れてるねえ。さっきの音はこれだったんだ」
「う。すみません。春の女王に無茶な挑発をしてしまって」
「あ、春のおばちゃん来てるの?」
「あ、ええ。今はいないかもしれませんが」
「そりゃ残念。それで、なにやるの? 剣は持ってないようだけど」
「え、あー。剣は外にあるので後で取ってきます。でも刃を向ける先はあなたではなく、この氷です!」
兵士は目の前にある巨大氷を勢いよく指差した。すると塔の二階から一枚の花びらの添えられた剣が飛んできて、兵士の顔と突き出した指先をかすめて巨大氷に突き刺さった。兵士と雪女は同時に剣の飛んできた方向に目を向けた。しかしそこには何者もいなかった。
「今の、なんだろ?」
「さ、さあ? ええと、それでですね。勝負の内容は早食い勝負です!」
「その氷をぜんぶ食べるの?」
「私はそうです。剣で削って食べます。しかしあなたに食べてもらうのは、そのー、あなたのお母さんだった雪なのですが」
「……ふうん、そう」
雪女は浮かない顔をして、紅葉のテントに目をやった。そしてしばらくなにもせずに紅葉のテントをじっとっ見つめていた。兵士も雪女を無言で見つめていた。十秒ほどの沈黙の後、雪女は話し始めた。
「私はいいよ。やろうか」
「あ、ええ! 負けませんよ! あなたも全力でかかってきてください!」
「うん。でもあなたは本当に勝てるの?」
「私はタフですからねー。勝算は十分にあります」
「そうなの。じゃ、私が勝ったら人生終わりね」
「え? あ、じゃあ私が勝ったら、えーっと、では、勝ったときに考えます!」
兵士は片手を突き出して叫んだ。雪女はそんな兵士の顔を無言で見上げた後に頷いた。そのとき、紅葉でできたテントが草と草をこすり合わせたような音を立てながら、どんどん上昇していき、塔の天井へと突き刺さった。兵士と雪女は紅葉をぼおっと眺めていたが、すこししてから兵士が話を切り出した。
「なんか、今日は変なことが多い日です」
「そうなんだ」
「あ、でもこれでお互いに食べた量がわかりますね!」
「うん。それじゃあ始めるよ!」
「はい!」
雪女は母親をすこしずつ手で掴んで食べた。兵士は剣で氷を削って、防具に盛り付けて食べた。二人の早食い勝負はそれほど休むことなく続き、そして決着がついた。
「やった!」
勝利の声を上げたのは雪女だった。それと同時に、削った氷を食べていた兵士が倒れた。彼の食べた氷は全体の半分にも程遠かったが、それでも彼自身の体重をはるかに超える量を食べていた。量が同じだったなら、間違いなく雪女に勝っていただろう。
雪女は倒れた兵士の近くまでやってきた。そしてしゃがみこんで兵士に声をかけた。
「だいじょうぶ?」
その言葉に、兵士はゆっくりと首を縦に振った。彼はぐったりとしており、ずるずると体を引きずりながら地面を這った。そんな兵士に雪女はたずねた。
「そっちは扉だけど、もしかして春のおばちゃんに会うの?」
「え、え」
「あ、話せてる。じゃあ、今回の勝負は春のおばちゃんに頼まれたの?」
「い、いえ」
「そうなの。春のおばちゃんなにかいってなかった?」
「…………悪口、を、うっぷ」
兵士は気を失った。雪女が顔を覗き込むが特に反応はない。彼女が兵士を揺らし始めると、そこにまばゆい光とともに夏の女王が現れた。夏の女王は言った。
「ぐぉっふぉっふぉっ。どうやら冬の女王として目覚めたようだな」
「あ、夏のばけものさん。ねえ、この人なんとか治せない?」
「治すまでもない。そいつは季節の女王の秘密いくつも知ったようだからなあ。そいつの人生は終わったのだ!」
「うん。それで、私はこの人を冬の女王の継承者にしたいの」
「ぐふぁふぁふぁ! 残念だったな! そいつはもう春の女王の継承者になっているぞ!」
「え! そうなの?」
夏の女王は兵士の首を掴んで持ち上げた。兵士の剣を持っていた手の平は、一部が植物のようになっていた。雪女はたずねた。
「これは春のおばちゃんの魔法。もしかしてこの人、春の女王の継承者になるの?」
「そうだ。春の女王によれば、貴様がこいつを気に入ると知って継承者に選んだと言っていた! さあ、どうする? 春の女王は外にいるぞ? 文句があればいってやるといい。ぐふぁふぁふぁふぁ」
「そんな」
「まあ、春や秋の女王は変身の魔法が使えるからなあ。この兵士にとっては、貴様の継承者となるよりも過ごしやすいだろう。なあ、雪女の冬の女王よ?」
「うう」
雪女はしばらく黙っていた。数十秒後、彼女は外の扉へと歩いていった。そして彼女は扉を開けて外へと踏み出した。
外には春の女王が立っていた。彼女は雪女のほうを見ると、微笑を浮かべて言った。
「よく来たわね、冬の女王」
「……うん」
「夏の女王から聞いていると思うけど、私はあなたがあの兵士を気に入ると思って、あの兵士を私の後継者に選んだわー。私は、冬は嫌いだからねえ。なにか言い分があるなら聞くけど、どうかしら~?」
「…………残念だったね、春のお姉ちゃん」
「え?」
雪女はにっこりと笑って両手で、春の女王の両手を握った。春の女王は驚いたように尻からその場に座り込んだ。
「……あらあら、いいの? 私はあなたを敵対視しているのよ~?」
「春のお姉ちゃんは気にもしてないだろうけどねえ、私が冬の女王になったときにお母さんの記憶も引き継いだの」
「……あー」
「春のお姉ちゃんが私のことをどう思ってたかなんて、簡単にわかるよ。冬が嫌いだって言ってるのも、私たちの寿命で冬が訪れるからなんでしょ?」
「はああ~。ああもう、親しいことが裏目に出たわー。やっぱり、冬って嫌いよ。とてつもなく恥ずかしいわ~、私」
「そう言わないでよ。これからも仲良くしよう? ね?」
「そうね。そうするわ~。ああ、これからは春が嫌いになりそうよ。私の寿命が縮んで、あなたを悲しませるから」
「そうだね。私も春や冬は嫌い」
「でも、そんな春を広めなければならないわ」
「うん。行ってらっしゃい」
春の女王は立ち上がり、塔の中へと向かっていった。彼女は塔の最上階に着くと、両手を広げて風かなにかに話しかけた。
「寿命を削って季節を広めるのよー。私も、イジワル女王も、新しい冬の女王も。……うふふ、まだまだ私の冬嫌いは続きそうねぇ。さあて、さっき嫌いになった春を広めますよ、っと」
暖かい春の風が、塔の外にいる人間を、そして国中を突き抜けていった。
その後、春の女王と冬の女王は、お茶飲み友達になりました。夏や秋の季節に、2人で仲良くお茶を飲んでいるようです。そしてその傍では春の女王の継承者である、植物の魔物のような姿となった兵士がお茶を飲んでいました。
おわり
__そして季節は移りゆく