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うらしまたろうとおとひめ

 竜宮城には、それはそれは美しい姫様がおりました。

 女性にしては背が高く、すらりとした手足に絹のような肌。輝くような黒髪に、人々を虜にする笑顔が魅力的な姫様でした。


 姫様は自分が魅力的な容姿をしているのは良く分かっていました。そして、自分の魅力を最大限、生かす方法も知っていました。


 その才能を生かし、竜宮城・英雄マーケットを営む乙姫様。


 乙姫様は何よりも、お金が大好きでした。




「まいどありぃ!」


 金持ちのくせして財布の紐が硬い桃太郎が、珍しく奮発して買い物をしてくれたので乙姫は上機嫌だった。

 いつもいいカモな金太郎はどうでもいいとして、金が無いくせに竜宮城に通う浦島太郎も付いてきていた。


「おとちゃん、おとちゃん」


 金回りのいい他の客を相手にしたいのに、浦島太郎が名指しで呼んでくるので相手をしてやらなきゃいけない。

 乙姫は笑顔で聞こえないように舌打ちをした。


「うらちゃーん。いらっしゃーい。うふ」


 あからさまに可愛い子ぶっても、浦島太郎は尻尾を振る犬のように嬉しそうにするから、乙姫からしたら扱いゆすい。

 桃太郎や金太郎は、そんな浦島太郎の様子に可哀想なものを見るような目を送る。


「おとちゃんてさ、どんな物を貰ったら嬉しい?」

「え~、急にな~に~?うふ」


 さてはこいつお金もないのに、この乙姫に何か贈り物で気を惹く魂胆だな。


 いいかげん諦めてもらう為に、この際だからと乙姫は、あえて貴重で高価な物を選ぶ事にした。


 浦島太郎はその答えを早く知りたそうに、目をキラキラとさせている。


「あのね~実は、これが欲しいの」


 乙姫が指差したのは、厳重なセキュリティケースに入れられた灰かぶり姫のガラスの靴だった。

 元灰かぶり姫は、ガラスの靴を結婚してから何十年もクローゼットにしまい込んでいたので、使う事がないなら寄付しようという事で思いきって売りに出したとの事。

 意外と王道ラブストーリーな話が好きな乙姫は、仕入れの際にガラスの靴に目をつけていた。


「こ、これは!」


 ゼロの数が浦島太郎の財産オーバーだった。

 白目を向いて倒れそうになる浦島太郎を、桃太郎と金太郎が支えた。


 乙姫は、これで諦めるだろうと思い、その場から離れようとしたが、なんとか体制を立て直した浦島太郎が乙姫を呼び止めた。


「おとちゃん!た、試しに履いてみなよ!」

「はあ?」


 意外な言葉に乙姫は、つい驚いてしまった。


 馬鹿なの?金もないくせに、本気で買おうってか?あああん?


 そう言いたそうな乙姫の迫力のある顔に、桃太郎と金太郎は縮こまった。

 浦島太郎だけは嬉しそうに首を縦に、ぶんぶんと振りまくっている。


 純粋に乙姫を喜ばせようと頑張る浦島太郎に絆され、ちょっとぐらいなら、いいかなと乙姫はガラスの靴を試しに履く事になった。





 桃太郎、金太郎、浦島太郎の三太郎が乙姫の試着をハラハラと見守っていた。


「ぐぬぬぬぬぬ」


 足のサイズが合わず入らない。


 意地になってしまった乙姫は、なんとしてでもガラスの靴に自分の足を入れようしていた。


 元灰かぶり姫は小柄な女性だ。背が高い乙姫の足がガラスの靴と合わないのは仕方がない。


 有名な灰かぶり姫の姉三人に、乙姫は負けず劣らずの形相だった。


「おとちゃん、もうこの辺にしといた方がいいんじゃないかな」


 桃太郎の提案に金太郎が、物凄い勢いで首を縦に振りまくっていて、浦島太郎は純粋に乙姫を心配していた。


 乙姫と目が合ってしまった金太郎はキッと睨まれた。


「何、見てんのよ!」


 完璧な八つ当たりだった。





 結局ガラスの靴は履けずじまいで、乙姫に追い出される形で三太郎は竜宮城を後にした。


「おとちゃん、あんなに頑張って、ガラスの靴よっぽど履きたかったんだね」


 人一倍お人好しな浦島太郎の澄んだ目には、健気に頑張る乙姫に映ったらしい。


「う~ん、それは、違うんじゃない?」


 桃太郎からしたら乙姫は嫁の姉だけあって、それなりに性格を知っているが、健気に頑張るタイプではないのは確かだ。

 あの姉妹は鬼より怖い。


「おとちゃん、誕生日だから、どうにかしてあげたいなぁ」

「誕生日つっても、歳を教えないんだし祝ってほしくないんじゃない?」


 金太郎はもう投げやりだ。


「う~ん、それは、違うんじゃない?」


 三太郎は、それぞれ家路についた。




 今日も竜宮城・英雄マーケットは大繁盛だった。


「まいどありぃ!」


 竜宮城名産品として有名な羽衣は女性に大人気で、プチ玉手箱は男性に飛ぶように売れた。


「こら亀!ノロノロすんじゃないよ!そんなんだから、子供に虐められるのよ」

「へ、へい~」


 乙姫は商売人としては頭が切れるが、相変わらずのパワハラだ。


「エイ!ヒラメ!サボるんじゃないよ!」


 乙姫の叱咤に皆、てきぱきと働いている。中には新しい境地が目覚めたのか、乙姫の叱咤に悦に浸る者も現れた。


 一日中働き通しで、気付いたら店じまいの時間まで忙しかった。

 最後の客を見送って、疲れているだろう叱咤しまくった部下達を先に家に帰し、乙姫は店に残って後片付けをしていた。


 ふと、乙姫は自分の誕生日が明日だという事を忘れていた。


 前は妹と一緒だったが、ボンボンの桃太郎の所に嫁に行ってしまい、家に帰っても一人なのだ。

 仕事も上手くいき、お金もあって、美人中の美人で充実しているはずなのに、なんだか妙に乙姫は寂しくなった。


 カランと閉店後なのに店に人が入ってくる音がしたので、確かめる為に乙姫は扉に向かった。


 すると、そこには見覚えのある顔が立っていた。


「うらちゃん」


 乙姫を見つけた瞬間、浦島太郎は嬉しそうな笑顔を見せた。

 純粋に乙姫に会えたから嬉しいという笑顔だった。


「おとちゃん、居てよかったー!」

「どうしたのよ一体…」


 浦島太郎の手元には、綺麗な包装紙に包まれた箱があった。


「おとちゃん、お誕生日おめでとう」


 急なサプライズに乙姫は驚いた。


「私の誕生日、知ってたの?」

「うん!!」


 乙姫は、単純に嬉しかった。


 この間のシンデレラの靴騒動を思い出すと、浦島太郎が自分に誕生日プレゼントを買いたくて、欲しいものがないか聞いていたのだと、合点がいった。


 意地悪しないで素直に、可愛らしい物を言えば良かったと乙姫は思った。


「うらちゃん…ありがとう」


 乙姫は久しぶりに心の底から笑った気がした。


「おとちゃん、開けて開けて」


 早く見て欲しそうにしている浦島太郎を、つい可愛いと思ってしまう。

 自分の為に考えて選んだプレゼント。中身はなんでもいいが、どんな物か気になった。


 近くにあったテーブルに置いて、綺麗な包装を広げて見ると四角い箱に蓋があったので取ってみた。


「ガラスの靴!」


 光に反射してキラキラと輝くガラスの靴が入っていた。


「これ、ど、ど、どうしたの?」


 生半可なお金じゃ買えない貴重で高級なガラスの靴。

 まさか全財産はたいて借金までして買ってしまったんじゃないかと、乙姫は心配になってしまった。


「貰った」

「そう…貰ったの。も、貰った!?」


 何度も言うが生半可なお金じゃ…以下略。

 そんな靴をポイとくれる奴なんていない。まさか偽物を掴まされて、お金を取られてしまったんじゃないかと乙姫は、また心配になった。


「なんかね、杖を落として困ってたお婆さんに、杖を一緒に探して見つけて、おとちゃんの事を話したら、お礼にお婆さんがガラスの靴をくれたんだ」

「お婆さん?」

「たまに魔法使いやるんだけど、たまに過ぎて、よく杖を無くすらしいよ」

「魔法使い…」


 浦島太郎のお人好しも、ここまで来ると奇跡的だ。


 そう言えば浦島太郎と乙姫が知り合ったきっかけも、竜宮城の亀を浦島太郎が助けたのがきっかけだった。


 浦島太郎が杖を見つけてあげた魔法使いはきっと、灰かぶり姫に魔法をかけた人物と同一人物だろう。

 会いたくても会えない、伝説の魔法使いだ。


「お婆さんが、おとちゃんにピッタリだから大丈夫だよって」

「ええっ?」

「履いてみて」


 浦島太郎はガラスの靴を持って乙姫の足元に跪いた。

 あの灰かぶり姫がガラスの靴を履くシチュエーションと同じ。

 乙姫は柄にもなく緊張しだした。


「ほら、おとちゃん」


 優しく促してくれる浦島太郎のいう通りに、ガラスの靴に足を入れた。


「ぴったりだよ。おとちゃ~ん」


 世界に一つだけのガラスの靴。


 乙姫は、つい涙が出てしまった。


「お、おとちゃん、どうしたの?」


 浦島太郎は乙姫の予想外の涙に、あたふたしている。


「ううん。違うの。嬉しいの」


 こんなプレゼントをしてくれた人なんて今までいない。

 だが、それよりも自分の事みたいに嬉しそうに笑う浦島太郎の気持ちが、何よりも乙姫は嬉しかった。


「うん。お誕生日、おめでとう」





「で、何歳になったの?」

「教えなーい!」

「えー、金ちゃん知りたそうだったよ」

「はあ!?」


 乙姫は内心、次に金太郎が竜宮城に来たら、ぼったくってやろうと心に決めた。

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