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剣の道  作者: 底虎
vs剣皇編
97/138

男の意地

 上杉という名前が出た時点で武田は既に動揺を隠せていなかった。

 更に、竹間が虎涸という名前を口にすると彼の動揺は頂点に達する。

 何故なら、武田は上杉を知っているから。

 何故なら、武田は虎涸を知っているから。

 そして、虎涸こそが武田が生涯で唯一恋愛感情を抱いていた女性だったから。


「あの娘にお兄さんがいるなんて私は知らないわっ」


「そりゃ、上杉でも俺の存在は秘匿事項として扱われてるから知らなくて当然だろーな」


「それに、あの娘が数年前から行方不明? そんなはずないわ。あの娘は確かに、上杉家にいる筈よ」


 竹間と武田の間で情報に齟齬が生じる。

 竹間は件の少女が居なくなったと言い、武田は少女が行方不明にはなっていないと言う。

 武田が動揺していた理由の1部もここに由来する。

 行方は分かっているのに行方不明となる。

 その言葉が指し示すある一つの最悪な可能性が武田の頭をよぎる。


「あんた、虎涸と仲が良かったんだろ? なら、分かるよな。虎涸が、ある日を境に別人のように成り変わった事をよ」


「…………」


 どうやら、武田の勘は的中してしまったようだ。

 彼の頭に"心隠し"と言うキーワードがチラつく。

 心隠し――それは、最近噂になっている一種の神隠しの様な都市伝説だ。

 特徴的なのは、心隠しに合った人間が消える事は無い事。

 ただ、心隠しに合った人間の心はまるで神様に心を奪われたかのように消えてなくなってしまうという。

 そして、心が抜けた人間の中に入るのは全く別の心。

 別の心が入った人間は、元の人間とは思えないほどに別人となり別人として暮らすと言う都市伝説。

 正直に言って、武田はそんな都市伝説など信じるつもりは毛頭なかった。

 なのに、彼の頭の中でそのキーワードがグルグルと廻る。


「試合の結果になんか関係なく、私は情報を出し惜しみなんてするつもりは無いわぁ」


「一つ言っておくが、俺が勝っても俺が持ってる情報を共有するつもりはねーぜ」


「あらぁ、そんなに大層な情報なのかしら?」


「ああ、有力な情報だ。"心隠し"についての、な。」


 竹間の言葉を聞いて、武田の目の色が変わる。

 もし、彼の言葉通りならきっと武田は過去に思い人の性格が激変したことに驚き戸惑っただろう。

 けれども、きっと彼は自分の中でそれに対する区別をつけたはずだ。

 だが、その時点で思い人は思い人では無くなっていたというのであればどうだ?

 彼は、後悔するに違いない。

 変化を気づけなかった事、異変を見過ごしてしまった事に。

 そして、彼は思う。

 まだ間に合うのであれば、彼女を助けたいと。


「ふぅ。これじゃぁ、余計に負けられない試合になっちゃったじゃない」


「いーぜ、その自信をぶち壊して虎涸の手がかりも奪わせて貰おうじゃねーか」


 二人は再び、向き合い臨戦態勢となる。

 お互いに武器は頼れる我が身のみ。

 二人の拳は再び交わる。

 武田は、拳を直接ぶつけ合うのではなく上手くずらすことでお互いの拳が掠り合うように攻撃する。

 彼は、掠らせるときに自身の腕を小刻みに震わすことで何回も竹間の拳に自分の拳を掠らせていく。

 勿論、触れる回数が多くなればなるほど竹間の能力である"傷肌(ダメージスキン)"によって、武田は余計にダメージを負っていくこととなる。

 それでも彼は気にしない。

 痛みを受ける事でも己の能力は発動するのだから。

 例え、痛みを感じようとも彼が攻撃の手を緩めることは無い。

 それほどまでに、彼にとって虎涸という人間は大切な存在なのだろう。

 だが、彼女の事を大切に思っている者は彼だけではない。

 竹間もまた、彼女の事を大切に思っているからこそ攻撃を続ける。

 二人はお互いに、ノーガードで殴り合い続ける。

 二人の間に守りなど意味をなさなかった。

 少しでも手を休めた瞬間に喰われるだろう。

 お互いに本能的にその事を察しているのか、二人は苦痛に顔を歪ませようとも攻撃の手を止めることは無い。


「中々、やるわね」


「お前こそ、化け物なんじゃねーのか?」


「オカマを舐めないで頂戴っ」



 一体、どれほどの時間殴り合ったのだろうか。

 およそ10分もの間、彼らは殴り合い続けていただろう。

 殴り合い続けていた代償なのか、二人の拳からは血が垂れる。

 ソードロードで流血沙汰というのは、珍しい事なのだが二人の戦いを見ていれば簡単に納得できるだろう。

 お互いの精神よりも先に、体が悲鳴を上げ始めていたのだ。


「これで、御終いよぉぉっ」


 武田は、全ての痛みと与えたダメージによって増幅された力を拳に込めて打ち出す。

 それに合わせるように、竹間も全力の一撃でそれを迎え撃とうとする。

 武田の1撃が勝つか、竹間が耐えきって傷肌によって武田を落とすか。

 二人の試合はこの一撃に託される。

 武田は、拳を伸ばしながら昔の事を走馬灯のように思い起こす。


≪私ね、実は――≫


(ああ、忘れもしないわ。虎涸、貴女が言っていたこと、貴女という人間を、そして間に合うなら私を許して頂戴)


 まるで、死の間際でもあるかのように武田は虎涸との思い出を思い返していた。

 そして、二人の拳が交わろうとする。

 その時、竹間が動いた。

 空いている片方の手で、自分の頭を掴む様に引っ張る。

 すると不思議なことに、脱皮でもするかのように竹間の皮が剥けていく。

 皮が剥け、心なしか肌の色が薄くなった竹間はそのまま武田の攻撃を喰らう。

 だが、攻撃を喰らった彼は先ほどまでに負っていたダメージがまるで嘘だったかのように再び立ち上がる。

 立ち上がった彼は、またも同じような手つきで自分の皮を剥く。


「言い忘れてたが、俺の傷肌にはもう一つ能力があってな。蓄積したダメージを脱皮することで要らなくなった皮に全て混めて捨てることが出来るんだ。要は、体力全回復ってことだ」


 彼は、自身の皮を手で丸く握りしめながら不敵に笑う。

 彼の言葉が本当であるならば、これは武田にとって実質の敗北に相応しい。



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