口を滑らす
「ああ、サル君ったら可哀想に……」
「そうだな、あいつはいい奴だったよ」
「……まさか、あんな姿になるなんて」
「いやいや、俺はまだ戦いに行く前だからなっ!?」
桐木勢は次鋒戦であるサルの試合が始まる前から、彼が既に負けてしまったかのように話を進める。
それに異を唱えるサル。
けれども、周りが彼の負けを予想してしまう姿に憤りこそすれど簡単に否定は出来なかった。
その理由は、先鋒戦にあった。
部内でも屈指の力を誇る宮本が、丸で遊ばれているかの様に翻弄され最終的には殆ど手も足も出ずに負けてしまった。
別に、彼らは強豪校である剣皇高校を侮っていたわけではない。
彼らの予想を遥かに超えるほどに、剣皇は強かったのだ。
「俺は負けないっすよ。宮本先輩の分まで、勝って来ます!」
「あらぁ、恰好いいわねぇ。勝てたら、私が特別にご褒美をあげちゃうわぁ」
「止めろ、タケちゃん。猿田の目が軽く死んでるぞっ!?」
皆、平静を保って会話しているかのように見えたが内心穏やかではなかった。
特に1年生達への精神的ダメージは計り知れないだろう。
けれどサルの瞳に迷いは無い。
彼は、ゆっくりとコートに向かって歩き始める。
彼が、コートに向かったのを見て対戦者である桜も歩き始める。
サルの対戦相手は、彼らのことを若干冷たくも案内した和風の少女だった。
「今年の1年生の中に、私たちの脅威となる者がいる。私の予知は外れやすいのですが、貴方に心当たりはいますか?」
桜はサルを値踏みする様に上から下まで観察する。
そんな彼女に対し、サルは何の躊躇もなく言い放つ。
「心当たりも何も、そりゃあ俺の事じゃないっすか?」
「なるほど。では、私を満足させてくださいね」
挑発するような言葉。
その言葉は二人に静寂をもたらす。
そして、審判の試合開始の合図と共にその静寂が破られる。
先ず、先に動いたのはサルだった。
「そう言えば、次鋒戦ってあの娘なのねぇ。因みに、部長が言っていた諸事情って何なのかしらぁ?」
試合が始まってから、武田は卯佐美に誰にも盗み聞きされない様に小声で話しかける。
卯佐美も、試合からは1ミリも目を離さず武田だけに聞こえる程度の声で返す。
「美子ちゃんだと、相性が良……諸事情は諸事情だぴょん」
危うく何かを滑らせかける卯佐美だったが、確信を突く一言は洩らさなかった。
武田も、彼女の態度に諦めの色を見せ大人しく試合を応援することにした。
サルは序盤から、能力を交えての連携攻撃で上手く桜を狙っていく。
それを桜は彼女が持っていた杖を用いていなしていく。
サルが能力を使って桜に攻撃し始めたころから、不思議なことに彼女の瞳は黒紫色の妖しい光を帯びていた。
恐らくは、何かの能力を使用している。
それは、サルも理解していた。
けれども、何の能力かまではまだ分かっていなかった。
「流石は、剣皇だな。あんた、やっぱり強いっすよ」
素直にサルは彼女を褒めた。
桜が杖を持っているという事は、彼女は後衛の人間だろう。
それなのに、ここま前衛で戦うサルと互角の試合をする彼女に彼は賛辞の言葉を贈らずにはいられなかった。
彼に褒められると、桜は顔を朱色に染める。
まるで、照れを隠すかのように彼女は早口でしゃべり始めた。
「べ、別に褒めても、私の能力が念動力と予知だなんて言いませんからねっ」
果たして、その言葉は嘘か真か。
ただ、彼女の発言の後に剣皇サイドの人間は全員口を開けて少しの間固まってしまっていた。
「……あんた、念動力を使えるのか?」
「何故、その事が分かったんですか!? まさか、私の目が光っている間が念動力を使用しているって事まではバレていませんよね?」
「……全然、気付かなかったっすよ」
彼女の言葉を聞いて、剣皇サイドの人間は全員が頭に手をやる。
まるでシンクロしているかのように見事に揃った動きだった。
彼女は少し抜けている所がある。
実は、それ故に椿から普段はなるべく喋らず、知らない人間には極力関わらないように命じられてきていた。
桜は放っておけば、高校生になってまでも知らない人に騙されて着いて行って誘拐されてしまいそうな少女だ。
彼女は椿の側近であるが、実際は桜が心配になった椿が出来るだけ自分の傍に置いておくことで彼女を危険から守ろうとする椿なりの配慮だったりもする。
勿論、サルはそんな事を全く知らない。
彼女が言った言葉が嘘か真か判断することが難しいだろう。
ただ、彼は剣皇サイドの態度を見て確信する。
彼女が言っていることが全て真であることを。




