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剣の道  作者: 底虎
邂逅編
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Extra:遅刻戦争

 朝、それは戦いの時間でもある。

 様々な人間たちが急ぎ足で世界を駆け巡るその光景は正しく戦場といっても過言ではない。

 誰かは言った。


「朝の1分とそれ以外の1分は重みが全く違う」


 そして、ここにもまた一人、戦場を駆ける者がいた。

 彼女の名前は宮本姫奈。

 遅刻常習犯だ。



「今日も遅刻するわけにはいかないっ」


 彼女は走る。

 普段から遅刻上等な彼女も、今日だけは焦っていた。

 校門では朝、教員が立っている事がある。

 朝の挨拶をしたり、身だしなみを指摘したり、と口うるさい。

 といっても、彼女はそんな事気にしない。

 普段ならば。

 もし、今日の朝の生活指導が彼女の部活の顧問である黒田でなければ、彼女はそこまで急いでいなかっただろう。

 そんな彼女も、実は1度だけ、黒田が生活指導をしているときに遅刻してしまったことがある。

 その時に、彼女はコッテリお叱りを受けた。


「いいか、次はないぞ?」


 彼女のお説教はこの言葉でしめられている。

 そう、彼女は黒田の前で遅刻するわけにはいかないのだ。


 朝早くから学校に来ている友人からその旨が書かれたメールを受け取ると、宮本は部活の練習なんかよりも素早く支度を始めたのだった。


「ここまで、走ったおかげか、何とか間に合いそうだな」


 時間的にはもう歩いても十分間に合う距離だ。

 彼女は普段の通学路よりも少しショートカットできる道を歩いている。

 その道はトンネルなのだが、通称お化けトンネルと呼ばれる曰く付きのトンネルなため、近道ではあるが普段はあまり使っていなかった。


「……お化けなんて、本当に出ないよな?」


 彼女は少しビクビクしながら、背中に挿した二本の竹刀に手をかけながら早歩きで、トンネルを進む。

 まだ、朝だと言うのにトンネルの中は薄暗く、交通量も無いためとても不気味な雰囲気を帯びていた。

 突如、地響きのような轟音がトンネルを包む。

 そして、上から石の破片が落ちてくる。


「きゃああああああああああああっ」


 彼女は、幽霊の仕業だと思っていた。

 その場にしゃがみこんで、幽霊をやり過ごそうとする。

 ただ、少し待っても何も起きなかったため彼女は注意深く起き上がる。

 回りを見渡すと、すぐに彼女は違和感に気付く。

 暗いのだ。

 先程まで、トンネルを照らしていた微かな灯りが消えていたのだ。


「……まさか、落盤か?」


 先程の轟音の正体は、トンネルが老朽化によって崩れた音らしかった。

 運がいいのか悪いのか分からないが、彼女の制服が少しボロボロになったくらいで、外傷はなかった。


「こんなところで、時間をとられている訳にはいかないんだがな」


 忘れてはいけないが、宮本は今、遅刻寸前の身である。

 トンネルが落盤したと言うのに、彼女はさして狼狽える様子はなかった。

 寧ろ、幽霊の仕業では無いと分かった分元気になってしまっているくらいだ。

 彼女は記憶を頼りに、トンネルの出口に向かって走り出す。

 走りながら、竹刀を手に持つ。

 彼女は、落ちてきた石を蹴散らしながらただひたすらに出口へと走っていった。

 塞がってしまっている出口も気合いでこじ開ける。

 出口付近には落盤を知り、駆けつけた野次馬がいた気もする。そして、岩と一緒に蹴散らしてしまったような気もするが、彼女はそんな事気にしない。


 走っていくと、彼女は交通量が多いことで有名な交差点へと到着する。

 反対側に渡る為には、陸橋を渡らなければいけないのだが……。


「お婆ちゃんが、スゴい荷物持って陸橋を占拠しているっ!?」


 有り得ないほどの大きい荷物を抱えた老人が、ゆっくりと陸橋を渡っていたため、陸橋には軽い渋滞が出来ていた。

 勿論、そんな渋滞に嵌まっている暇など無い。

 そして、彼女は案外お人好しでもある。

 彼女は、少し跳んで陸橋の柵に飛び乗ると、そのまま陸橋をかけ上がる。

 そして、老人の目の前に立つ。


「さあ、お婆ちゃん私の背中に乗ってください。反対側まではこびますぞ」


 ただ、老人は固辞する。

 押し問答が面倒くさかったのか、宮本は半ば強引に老人を持ち上げると、再び軽く跳んで、陸橋の柵を伝って道路の反対側へとかけていく。

 老人があまりの出来事に泡をふいていた気もするが、そんなの関係ない。

 彼女の最優先事項は自分が遅刻しないことだ。


 そして、遅刻ギリギリになりながらもようやく最後の曲がり角の近くにたどり着く。

 もう、ここまで来てしまえば学校は目と鼻の先だ。


「思えば、あの日も遅刻寸前で焦っていたのか……」


 あの日、彼女がそう思い出すのはつい先日の入学式の日だった。

 彼女は、そこで御剣と出合い、御剣が仲間を集め、廃部寸前だった部活も今では活気に満ちていた。


「……もしかしたら、運命だったのかもな」


 彼女は案外ロマンチストでもあるようだ。

 少しはにかみがちに、そう呟く。

 その時、視界の隅に小さい子供が写った。

 道路に飛び出してしまったのだろう。

 彼女は、少し危ないなと思うだけであまり気にも留めなかった。

 だが、背後からけたたましいクラクションの音が聞こえたため振り返る。

 小さい子はどうやら、トラックの前に飛び出してしまったようだ。

 考えるよりも先に、彼女の体は動く。

 彼女のスピードは、とても速く、子供までトラックよりも先につくには十分だった。

 だが、トラックから離れるにはスピードが足りなかった。

 ドンッという鈍い音ともに、彼女ははね飛ばされる。

 瞬時の判断で何とか子供を抱き止めていたため、子供には怪我はなかった。

 しかし、宮本は流石に外傷をおってしまう。

 ボロボロの制服に加え血まみれになってしまう。

 色んな意味で泣きじゃくる子供に、「もう、ダメだぞ?」と優しく問いかけ、彼女は先を急ぐ。


 そして、ようやく学校についた。

 3分前とはいえ、遅刻ではない。

 彼女はニコニコと黒田に微笑みかける。


「遅刻じゃ無いですよね? 先生」


「…………いや、遅刻とかいいから一回病院行ってこい!」


 血まみれでボロボロの生徒がいたらそう言われるのも当然だろう。

 病院へと付き添った黒田に、常識が足りないと、遅刻とは別の事で説教を受けてしまい、彼女の努力の甲斐はなかったようだ。


 そして、後日友人からこんな話を聞く。


「私の弟の学校で流行ってる怪談なんだけどね、うちの高校の近くの道路を横断しようとすると、血まみれの女の霊が出てきて脅しかけてくるんだって」


 勿論、彼女はその怪談の正体が自分であるとは気付かず怖がってしまうのだった。



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