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剣の道  作者: 底虎
兄妹編
41/138

もう独りじゃない

前回のあらすじ

幸を立ち直らさせるために手を貸すという影野

彼の真意はいったい…。

「幸、お願いだ。あいつを倒せるのはもう幸しかいないんだ」


 剣太郎は幸に、狙撃するように頼む。

 だが、幸は首を横に振る。

 外したらきっとまた一人になってしまうと考えていたのだろう。

 短い間ながらも、友人がいる暖かな世界に慣れてしまい、もう孤独な世界には戻りたくないと思ったに違いない。

 だからこそ、幸は余計に狙撃をすることを躊躇ってしまうようにも見られた。


 剣太郎と、影野は見せつけるかのように切り合っていた。

 茶番ではあるが。

 影野が、剣太郎の攻撃を全て弾いていく。

 対する剣太郎も徐々に彼から、隙を突かれ切られてしまう。

 だが、これは演技ではないだろう。

 最早、剣太郎は茶番であるにしろまともに打ち合うほどの体力など残っていなかった。

 影野から攻撃を受けるたびに剣太郎はうめき声をあげる。

 だが、決して倒れはしなかった。


「消えちまわない程度に傷をつけてるけど、こりゃ現実むこうに戻った時体は無事でも、精神は無事じゃねえかもな」


 その言葉に幸はひどく動揺する。

 だが、その言葉を受けてなお剣太郎は手を止めようとはしない。

 そんなふうに頑張り続ける意味が幸には理解できなかった。


「……剣太郎、もういいよ。……もう諦めようよ、もう十分頑張ったよ?」


「皆でここまで辿り着いたんだ。あいつらの思いを僕は諦めたくないんだっ」


 その言葉は、幸の心のみならず影野の心にも響く。


(仲間が好きな馬鹿野郎だな……。ああ、俺も仲間が好きな馬鹿野郎なのか……)


 影野は、幸と同レベルの実力者と言っても過言ではなかった。

 彼の周りで彼の名前を知らないものなどほとんどいなかった。

 そして、影野は幸と同じくその行き過ぎた実力によって周囲から敬遠されていた存在でもあった。

 だからこそ、彼は高校進学に当たって住み慣れた東北を離れ、一人自分の名が知れ渡っていない関東に上京してきた。

 その際に、実は彼は何度か剣皇からスカウトを受けていた。

 けれども、彼はそれを断った。

 実力主義で、仲間すら蹴落とすような校風の学校が気に食わなかったから。

 彼は、真の意味で仲間と呼べる人間が欲しくて自分の事を知る人間があまりいないであろう弱小の柿実高校への入学を決めたのだ。

 だが、彼を待っていたのは想像から外れた、今までとなんら変わらない現状だった。

 先輩たちはほぼ全員が幽霊部員。

 自分同期の人間も、剣皇へと入学できなかったために実力へのコンプレックスを抱えた者ばかり。

 あまつさえ、他人を蹴落とし自身の実力をあげようとするものさえいた。

 そして、新人は言う事をあまり聞かない。

 柿実のソードロード部に団結という言葉は欠片も存在していなかった。

 そんな惨状に影野はひどく落胆した。

 だが、そんな時転機が訪れる。

 剣皇へと編入できるかもしれないという誘い。

 それによって、1年生は歪ながらもチームとして纏まっていった。

 彼は歪んでいるものの、仲間という存在を心地よくも感じていた。

 彼が、剣太郎を泳がしたのはもともとは試合終盤まで無傷で生き残って確実に仲間に勝利をもたらすためだ。

 だが、剣太郎の姿を一番近くで見ているうちに信頼という物を少しずつではあるが知ることとなる。


 真田幸という存在を影野が初めて見たとき、一目で同類だと見抜いた。

 試合へと準備を進めるうちに、彼女が自分と同じ逆境にあっていたことを、不慮の事故で折れてしまったことを知る。

 そんな彼女の事を影野は哀れにも思っていただろう。

 だが、試合が始まって彼の彼女に対する思いは真逆の物へと変成していた。

 憧れだ。

 彼女には、真の意味で仲間がいたことを悟る。

 似た者同士だからこそ、彼女には自分と違う、自分には選べなかった可能性を見てほしいとまで思うようになってしまった。


「(まだ、ぶったおれるんじゃねえぞ)」


「(誰が倒れてやるもんか)」


 ひそひそと、行われる会話。

 剣太郎の言葉を聞いた影野は安心したかのように、更に剣太郎を切り刻む。

 演技ではない剣太郎の生の悲鳴も大きくなる。


「幸、お願いだ。もう幸しかいないんだ」


「……私には無理だよっ。……多分美子の予知だって、この事を言ってたんだよ!?」


「だとしてもだっ。例え失敗しようとも、踏み出す勇気を笑うやつなんていないよ。何回外そうとも、幸が成功するまで、何度撃たれようともここで立って笑って見せる。だから、幸お願いだっ!!」


「……それでも、無理だよっ。私には剣太郎を傷つけることなんてできないよっ」


 剣太郎の言葉はかえって逆効果だったのかもしれない。

 彼の言葉は彼女の心へと重くのしかかる。

 そんな、幸の態度に影野は腹を立てる。

 自分には無い物を持っている似た者同士だからこそ、彼は余計に腹が立っていた。


「調子に乗ってるんじゃねえよ、この偽善者がっ。お前は、仲間を助けるために、守るために、自分には力しかないからって戦ってるんだろ?そのお前が、力を躊躇ってどうするんだ。信じて待つ仲間がいるくせに、勝手に諦めて怖気づいてるんじゃねえよ」


 影野の言葉は紛れもない本心だった。

 影野の心に触れた剣太郎は、彼が幸と似ていることに気付く。

 そして、なぜ彼がこちら側に手を貸してくれたのかもなんとなく理解してしまう。

 分かってしまったからこそ、彼の思いを剣太郎は無為にはしたくなかった。

 しかし、剣太郎に限界が近づいていた。

 彼は、一瞬攻撃に耐えきれず膝をついてしまう。


(ここで倒れる訳にはいかないのに……)







 真田幸という人間は、仲間とはなんなのか理解できなかった。

 そんな彼女ではあるが、初めて強くなろうと思ったのは仲間に認められたかったからだ。

 彼女は努力と持ち前の才能からどんどんと強くなった。

 けれども、彼女はいつの間にかその力しか見てもらえなくなってしまった。

 ただ、彼女はそれでも周りが喜んでくれるならそれでもいいと、割り切ってしまうようになる。

 そうすることで、少しでも自分が周りと繋がっていられるような気がしたから。

 そんな彼女はいつしか独りになっていた。

 周りが喜ぶことで、嬉しく思っていたはずの心もいつの間にかボロボロになっていた。

 そうしていつの間にか、何のために自分が頑張っていたのかさえ忘れてしまった。






「(おい、お前ももう限界じゃねえか。何かねえのかよ、あの嬢ちゃんを奮い立たせるような言葉)」


「(そんな便利なものあるわけないだろ)」


「(だらしねえな、それでも仲間なのかよ?)」


「(うっせえ、そんなものあったらとっくに言って――、いやあるかもしれない)」


 彼は、幸の事を深くは知らなかったから、彼女にどういう言葉をかけるのか正しいのかわからなかった。

 だが、彼は知っている。

 彼女にかけるべき言葉を。

 彼女をずっと見守ってきた兄からの言葉を知っていた。


「なあ、幸。お前はまだ寂しいのか?不安なのか?でも、もう独りじゃない、がついてる」


 それは、励ましからは少し遠いようにも思われた。

 だが、その言葉は閉ざされた幸へと届く。

 止まっていた彼女は一歩踏み出そうとする。

 幸は、気付いたのだ。

 もう、昔とは違って独りじゃないことに。

 そして、何のために自分が頑張ってきたのかを。


「……ありがとう剣太郎。……私、頑張ってみるよ。だから、絶対に目を離さないでね?」


「当たり前だ」


 幸は、影野に向けて照準を定める。

 その手は先ほどとは異なり、一切ブレずに彼を狙う。

 対する影野はそんな幸を見てどこか満足げに笑っていた。

 もう、幸には不安や迷いなど残っていなかった。

 彼女の目から、心から流れていた涙はもう消えていた。

 彼女には不安や迷いなど一切残っていない。


「そっか、私はもう独りじゃないんだよね」


 彼女は温かくそう呟くと、青白く光る弾丸を影野へ向けて放つ。

 放たれた弾丸は影野を正確に撃ちぬく。


「なんだよ、やりゃ出来るじゃねえか」


 影野はそう言い残して消えて行った。

 全てが終わり、幸はその場にへたり込む。


「……ねえ、私頑張れたよね?」


 その言葉と共に、二人もVR上から消えていく。




 幸は、目を開けるのが怖かった。

 果たして、みんなの仲間を散々引っ張ってしまった自分をみんなが迎えてくれるかわからなかったから。

 彼女は恐る恐る目を開ける。

 すると、彼女の予想とは裏腹にがそこに待っていた。


「……みんな、足を引っ張っちゃってごめんね…。」


「幸ちゃん、謝るのは私の方なのですよ。私が変なことを言っちゃったせいで……」


「……ううん、気にしないで。……だって、仲間なんでしょ?」


 照れながら幸が言った仲間という言葉に部員は歓声を上げる。

 だが、黒田は少し仏頂面だった。


「おい、真田妹。仲間を名乗りたいんだったら、今これをかけ。私は忙しいんだ。いつでも受け取ってくれると思うなよ?」


 そう言って、黒田は入部届を差し出す。


「……私、みんなと一緒にいてもいいの?」


「「「当たり前だっ」」」


「…………みんな、ありがとっ」


 彼女の瞳からは一筋の雫が零れ落ちていた。

 だが、それは試合の中で見せた者とは違い暖かで優しさにあふれていた。






 歓声が静まったところで、幸は昌に向けて話しかける。


「……最後の剣太郎の言葉って、お兄ちゃんがけしかけたんでしょ?」


「ばれてたのか!?」


「……バレバレだよ。……剣太郎も俺なんて言っちゃってたし。……でも、ありがと。……今まで冷たくしちゃってごめんね」


「冷たいのもそれはそれでありだったけどな」


「……ねえ、お兄ちゃん。」


「なんだ?」


「……私、もう寂しくないよ。だって、もう一人じゃないんだもんね」

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