夢の様な現実
初日から学校に遅刻した剣太郎は、恐る恐る自分の教室になるであろう部屋のドアの隙間から教室の中を覗いた。
中ではスラッとしたモデル顔負けの体型に短く切り揃えられた髪を掻き上げながら美人な女性が何やら気怠そうに生徒に向かって話しをしていた。
恐らくは、彼女が剣太郎の担任となる人物だろう。
剣太郎が、彼女を観察しているといつの間にか彼女と目が合っていた。
見つめ合う事、数秒。
出席簿を持った彼女はドアまで歩いていくとドアを開け、手に持っていた出席簿で彼の頭を叩く。
「初日から遅刻とはいい度胸だな?」
「初日だし大目に見てくださいよ」
彼は、精一杯舌を出して可愛らしいポーズを作って謝ってみるが、どうやら逆効果だったようだ。
もう一発叩かれてしまう。
「初日だからこそ、時間くらい守れってんだ」
そのやりとりに、剣太郎は初対面のはずのクラスメイトからクスクスと笑われてしまう。
居ても立っても居られたくなった彼は、先生から自分の席を聞き、足早に着席する。
剣太郎は、恥ずかしいながらも教室を見渡し知り合いがいないか確認する。
(……知り合いが結構いるな…)
彼が見つけた知り合いの中には、彼の二人の幼馴染もいた。
その姿を見て、彼はようやく安堵するかのように息を吐く。
先生の話が終わり、少しの休憩時間になると、剣太郎の元に幼馴染が寄ってきた。
因みに、彼の二人の幼馴染が彼をクスクスと最初に笑い始めた人物でもある。
高身長に細マッチョ、モテそうな要素を持っているもなかなかモテない男、猿田秀吉。
幼馴染の1人、通称サルはどこかニコニコとした表情で近づいてくる。
それとは対照的に、大きな瞳を曇らせ、横に結わいた髪をどこか悲しげに揺らしながら、もう一人の幼馴染である幹日美子は近づいてきた。
朝、彼の携帯に残された膨大な通知の犯人は彼女だろう。
対照的な表情をする二人に、剣太郎は思わずなぜそんなにテンションに差があるのかを質問をする。
すると、二人の幼馴染は声をそろえて剣太郎に言う。
「「遅刻するかどうかかけてたんだ(です)」」
「人を勝手に賭けの材料に使うなよっ!」
二人の対照的な表情の理由に、剣太郎は思わずジトッと二人を見つめる。
そんな二人は至って悪びれる様子もなく、むしろ「次こそは」と燃えているようにも見えた。
ただ、本題は彼をからかう事ではないらしい。
彼が遅刻した理由。
幼馴染二人が今一番の関心を寄せているのはこの事だろう。
二人は、まさか剣太郎の冗談が本当になったとは夢にも思っていない。
当事者である剣太郎ですら、何処か夢だったように感じられてしまうくらいだ。
自分ですら、信じられない出来事だ。
彼が何度、朝に起きた事を説明しても、幼馴染二人は全く剣太郎の話を信じようとはしていなかった。
「おいおい、よせよ剣太郎。エイプリルフールは終わったばっかりだぞ?」
「そんな下らない妄想なんてしてるから遅刻するんですよ? 剣君はもっと現実に目を向けたほうがいいと思うのです。……近くに、こんなにも可愛い女の子がいるじゃないですか……。」
二人からのツッコミを無視するかのように、彼は彼女から剣道部に誘われたことを口に出す。
宮本はどこか口ごもってたけれども、彼を剣道部に誘った事には変わりない。
「いやいや、いくら剣太郎の家が剣道用具専門店だからって、その嘘は流石になあ?」
「もし、本当だとしても剣君は騙されているに違いないですよ。桐木の剣道部って割と有名で、部員なんて掃いて捨てるくらいいるはずです。それに、女子剣道部とか女子マネージャーなんていなかったと思うのです。」
本当にあったはずの出来事が、簡単に否定されていき、彼はついに朝の出来事が自分でも信じられなくなりかけてしまう。
だが、そこで宮本が言っていたことを思い出す。
「……そういえば、今日の放課後その先輩が会いに来るって言ってたぞ!」
「……剣君、この学年に何クラスあるか知ってるのです? 私たち三人が同じクラスになれたのが奇跡的なレベルにクラスが多いの知ってるのですか?」
「きっと、一クラスずつ見て回ってくれるんじゃないかなー……?」
最後の方は、彼の希望的観測が混じっていた。
そんな彼に美子は何か言いたげだったが、丁度担任が戻ってきたためにその反論は美子の口から発せられることは無かった。
入学式や新入生歓迎会といった、初めての学校行事が終わり放課後となった。
入学したての新入生は、入学してから少しの間は好きな部活を見学したり体験したりすることが出来る。
剣太郎も帰宅部になるつもりではあったが、幼馴染と共に部活を冷やかしに行く予定だった。
しかし、朝の出来事も有り、剣太郎は教室に残ることに決める。
「なあ、本当に待つのか?」
「信じてないなら、二人で部活見学に行っててもいいんだぞ?」
「……剣君が一人じゃかわいそうなので一緒にいてあげますよ。べっ別に、気になってなんか無いんですよ?」
「俺も、剣太郎の言葉を鵜呑みにしたわけじゃあないが、1人は寂しいだろ?」
「なんで、二人はかたくなに僕の事を信じてくれないんだよ」
3人は他愛も無い話をしていたのだが、話に夢中になり時間はあっという間に過ぎていく。
過ぎ過ぎて、もう教室には剣太郎たちしかいなくなるほどだ。
「今からでも見学には間に合うと思うが、どうする?」
サルが、遠回しにあきらめるように諭す。
剣太郎も、からかわれていたのだろうと思いとりあえず立ち上がった。
丁度、3人が帰ることに決めた時、唐突に教室の扉が開かれる。
ドアの向こうには、剣太郎が出会った少女が立っていた。
宮本は剣太郎を見つけるなり、ニッコリと笑う。
「待たせたな、御剣少年」
朝の出来事は剣太郎の妄想なんかではなかった。
決して来ることのない、剣太郎の頭の中の人物と決めつけていた人間の登場に美子とサルは驚く。
「「本当だったのかよ(です)!?」」
そして、二人は口をそろえてそう言った。
二人の発言が、まさか自分に向けられているとは思ってもいないのだろうか。
宮本は、二人のリアクションに微塵も反応を示さず剣太郎の元に寄っていく。
二人が宮本をまるで幽霊化のごとく見つめるからか、宮本は小首を傾げながら剣太郎に二人が何者か問いかける。
そして、二人が彼の幼馴染であり、入る部活もろくに決まっていないことを知ると朝同様の怪しい満面の笑みを見せる。
「剣道部に女性はいなかったはずなのです。あなたは一体何者なんですか?」
美子の言葉に、宮本はしまったという顔をする。
実は、彼女は剣道部とは何の関係もない人間だった。
けれども、遅刻間際の時間が無い中で彼女が入っている部活の事を説明するのが厳しかったから彼女は剣道部という名前を出したのだ。
「すまないな。あれは、とっさについた嘘だ」
「嘘だったんですか!?」
「だが、剣道要素が全くないわけでもないぞ? 私が入っている部活は"ソードロード"部と言うんだ」
「「「ソードロード……?」」」
三人はそんな部活の名前を聞いたことは無かった。
彼らは宮本が何の話をしているのか全くついていけてなかった。
けれども、どうやらそのことは想定内だったのか、宮本はさして驚かずに告げる。
「百聞は一見にしかずと言うし、実際に私たちの練習を見てみないか?」
三人は即答で首を縦に振る。
きっと、彼らは退屈な生活に新しいスパイスが欲しかったのだ。
この選択が、今後の人生の大きな分岐点になるとも気づかずに彼らは答えを決めてしまう。
そして、彼らは思う。
練習場は自分たちがいる世界とは別の世界なのではないかと。
練習場で彼らを待ち受けていたのは、常人離れした動きと、魔法のような不思議な力をつかった戦いだった。