あるサラリーマンのチート能力
「ARに棲む魔」に関わる短編です。
▼狭山という人間の名前に聞き覚えはないだろうか
狭山という人間の名前に聞き覚えはないだろうか。メタな上に手前味噌な書き始めで申し訳ないが「ARに棲む魔」という短編に名前だけ登場したようなしがないサラリーマンだ。社会人としての実績は皆無に等しく、誰にでもできる仕事を叱られながらこなすスマホのゲームだけが趣味のようなつまらない人間だ。しかし、そのつまらない人間の名前をなぜ最初に書いたかというと、彼がつまらない人間なのか、特異な人間であるのかを問いかけたいとそう願っているからだ。
「牛丼・・・セットでサラダつけて下さい、あと玉子。」
深夜の牛丼屋で何の喧嘩に巻き込まれたか、ズタボロの血まみれになった彼が目撃されている。
「いいから。持ってきて。」
心配する店員をよそに、狭山青年は痛む口に牛丼をかき込んだ。
▼遡ること
狭山は夜の待ちで酔客に絡まれていた。否、酔客に絡んでいったが正解だ。質の悪い酔っぱらいが数人で予備校帰りの男子高校生に絡んでいたのだ。
「・・・ここは女性だろ、普通」
狭山は何かに対して恨めしそうにつぶやいた。
「お前聞いてんのか!?srdfyほsfちゅいおp・・・」
何を言っているかは全くわからないが、男子高校生は電信柱の影でガタガタ震えている。慣用表現ではなく文字通り膝が震えていた。狭山は彼のビビりっぷりに哀れみを感じると、酔っぱらいに向き直った。
「・・・おう、なんだやんのかコラぁ!」
「やらねえよ!バカどもが!」
結局始まってしまった。
「こいつ!?粋がってた割にクソ弱いぞ!!」
狭山は必死で防ぎながら反論した。
「4対1で弱いもへったくれもあるか!大の大人が高校生相手に寄ってたかって、恥を知れや!恥を!!・・・高校生君、動画取ってる?」
「は・・・はい!」
酔っぱらいの1人が高校生のスマートホンに気づく。
「お前何撮影してんだ!」
「行かすか馬鹿野郎!」
殴る蹴るされながら高校生に向かった酔っぱらいを掴んで離さない。
~10分後~
「そろそろ懲りたか!?」
酔っぱらいの4人組は泥酔した状態で大立ち回りを続けた結果、スタミナ切れで全員グロッキーな状態になっている。
「ねえ、あなた大丈夫ですか!?死んじゃうんじゃないんですか??」
高校生が血まみれのぼろぼろの狭山をしきりに心配する。
「ああー、ボクのせいだ・・・ボクが助けを求めたから・・・」
狭山は血反吐を吐いて咳き込んだ。
「お前ら、大人数で囲んで人間一人ボコボコにしてただで済むと思ってるんじゃないだろうな!?あぁ!?」
いい加減酔いが覚めてきた酔っ払いが何か言いかけたところに通報を聞きつけた警官がやってきた。
高校生が撮影した動画を見せられると、応援が駆けつけ全員頭を冷やすことになった。
「また、狭山さんですか?いい加減死にますよ?」
「高校生が死ぬより・・・イテテ・・・もう放っておいて。なんかあったら明日以降聞くから・・・。」
足を引きずってその場を立ち去り牛丼屋に倒れこむようにして入ったのだった。
▼魔王との遭遇をかいつまんで
狭山がAR対戦スマホアプリ「ボクセルバトル」を始める少し前の話、たまたま近所のレストランに入ったらキャンペーンのチラシを貰った。それ自体は別に大した話でもないのだが、ボクセルバトルをインストールするにあたって、そのチラシの事を思い出したのだ。
「そういえばチラシのQRコードでレアアバターが貰えるって言ってたな?」
それで始めてみたところ、食糧系というなんとも掴みどころのない能力のキャラクターを入手した。この能力は他の能力には無い圧倒的なパワーが有った。それはゲーム内の行動で消費されるスタミナや戦闘で消耗した体力を自分で出した食糧を食べることで回復してしまうのだ。
「なにこれ?超レベル上げ捗るじゃん!?」
こういうずさんなゲームデザインがボクセルバトルの寿命を縮めた一端かも知れないが、行動力無制限でレベル上げができるため食糧系 VOCのプレイ頻度は長い。しかし、欠点もある。
「これもしかして、レベル上がっても攻撃技覚え無いんじゃないの!?」
レベル上限の50に至るまで、最初から持っている「たいあたり」以外に攻撃技を一切覚えなかった。仕方なく対戦相手がいなくとも戦えるCPUと戦ってレベルを上げるが面白くない。しかし、対人戦を挑んでもレベル差が余程ない限り勝てない。そして、こんなゲームやってる物好きはなかなかいない。レベル50に上げきった時に胸中に湧きだした感情は達成感を上回る「虚しさ」だった。
「まあ・・・、一応やるだけはやったね。」
ジャージ姿でQRコードの載っていた例のチラシを貰ったハンバーグレストランに行ってみると何故かガラガラ。1人でハンバーグが出てくるのを待っていると「魔王」に対戦を申し込まれ、為す術もなく惨敗。負けるだけならまだしもキャラクターをロストし、憮然としていたら、運ばれてきたハンバーグにQRコードがプリントされていた。
「・・・・・。」
そのQRコードでキャラクターを復活させてみたところレベルキャップが外れ、晴れてレベル51になったのだ。
▼食糧系のレベルキャップ開放とは
いつぞやの牛丼屋の話に戻る。
「ええええ!嘘でしょお客さん!?」
店員が目を丸くしている。狭山の傷がどんどんふさがっていくのだ。
「くっそ、牛丼1杯じゃ足りないか・・・牛丼おかわり。」
店員がおかわりの牛丼を手渡すと、狭山は再び黙々と牛丼を食べ始めた。
「最初から、大盛りにしとけば調度良かったな・・・お会計。」
狭山が仕上げに店のおしぼりで顔や手についた汚れを払うと、服がボロボロな事を除けば全くの無傷になっている。
▼狭山なりの解釈
多くのゲーム作品で食物が体力回復アイテムとして設定されているのはご存知だろう。また豪華なものを食べれば食べるほど回復量は増えるし、時には食べたものによって特殊な効果を得ることもある。
「あいつら服だけ絶対に弁償させてやる。」
そう呟きながらすっかり日付の変わった街を家に帰る。胸ポケットに入った携帯がバッテリー切れを報せた。
モンキーG:バッテリー、切レタ
狭山の食糧系VOC「モンキーG」が不都合を訴えた。
「まあ、大したことないっすよ。」
この後、狭山は働くのが馬鹿らしくなるほど慰謝料を稼ぐようになるが、職場をやめてしばらくした頃「質の悪い殴られ屋」としてマークされ無収入になるが、その話を詳しく書くつもりは特に無い。
「食糧系ってどうやって戦うの?」とどこかできかれた気がしたので書きました。