第三回 武市半平太~その男、高潔にして清廉、そしてテロリスト~
歴史学に、好き嫌いという感情は不要。何故ならば、好悪の感情が研究の結果を左右してしまうからだ。
そうは言っても人間である。その足跡や人柄から、どうも好きになれない、或いは共感出来ない人物は生まれるものである。
それは単に、僕自身の未熟さ故かもしれないが、敢えて〔嫌いな人物〕として挙げたい男がいる。
ただ、嫌いだが興味が無いわけではない。彼については、より深く知りたいと常々思っている。
武市半平太。
土佐勤王党の首魁。その人である。
彼が出る物語を色々と楽しみましたが、どの媒体でも彼に共感したり、好きになったりした事は一度とてない。
どうしても、テロリストの親玉という印象がぬぐい難いのだ。
自らは手を汚さずに、部下を天誅という凶行に使嗾させた。これは時代を問わず、人間として非難されるべき事だろう。
「そうした時代だった」
「土佐藩は身分制度が厳しいから仕方がない」
このような時代のせいにする言い訳を許していたら、世の中はいつだって修羅の国。今、世間を賑わせている中東の問題も、許せてしまうのではいか。
僕は断罪者になるつもりはないが、彼に対して常に負の感情が付きまとう。
一方で、武市は同時代の評判はすこぶる良い。
久坂玄瑞「当世第一の人物、西郷吉之助の上にあり」
田中新兵衛「至誠忠純、洛西にその比を求むるならば、わが大島三右衛門(西郷隆盛)か」
安岡覚之助「人となり、かねて承知には候えども、これほどの好男子とは存知もよらず。(中略)この先生の腸はなかなか太く、頼もし頼もし」
樺山三円「このうちより武市氏のこと承りおよび候ところ、はじめて面会。健なる人物と相見え、武術師範のよし。よく西郷吉之助に似たり。真に君子なり」
佐々木三四郎「至誠鬼神を泣かしむるというのは、まずこういう人であろうと思った」
上田定蔵「なるほど武市半平太は聞きしに違わぬ豪傑の士なり」
志が高く、品行方正の上イケメンで、剣術も学問も芸術にも優れた愛妻家。まるで、パーフェクト超人のような高潔な男だ。
特に一つ年下の妻・富子との夫婦愛は涙を誘うものがある。僕も彼のように妻を愛したいし、愛されたい。ここは尊敬する所である。
しかし、ここで敬愛する池波正太郎先生の人間論を思い出してみよう。
「人間は善い事をしながら悪い事をし、悪い事をしながら善い事をする」
つまり、そういう事である。
高潔な人物だとしても、それがテロをしない理由にはならないのだ。
また、そうした人物であるが故に、邪を憎み、自らの正を他者に押し通そうとするのかもしれない。
このようなキャラクターは想像に容易く、似たようなタイプの男に、フランスのマクシミリアン・ロベスピエールが挙げられるのではいか。
と、この辺りは僕の勝手な妄想であるが、今後この人を好きになる事はあるのだろうか。
いや、ここまで書いていて、一つ気付いた事がある。
口では嫌いと言いながら、実は好きなのではないだろうか?
彼の行為は血腥いものなれど、その人間性は誇り高く、深い味わいがあり、その二面性に僕は惹かれているのではないか?
小学四年生で、初めて〔おーい竜馬〕を読んで以降、武市半平太という男を僕は常に意識しているのだから。
武市半平太
文政12年9月27日(1829年10月24日)~ 慶応元年閏5月11日(1865年7月3日)
土佐藩士。土佐勤王党の盟主として、藩政を一時掌握した。瑞山とも。