第八十八章 晃と諸々の準備 その一
午前中は奴隷契約書の作成と、催眠魔法の解呪で終わった。
そこで、一旦休憩にすることにして、軽食屋の夫婦に昼用の軽食とお茶を出させ、しばらく自由にしていていいと言って、俺だけが食堂から退出した。向かうはケットシーの所。
「リロさん。居ますか?」
役所塔のリロさんの部屋の前でノックする。すると、ミニメイが扉を開けてくれた。
中を覗くと、デカイ黒ニャンコが窓際で自堕落してた。
「リロさん。いつの間に、外の世界を知らない家猫になったんですか?」
あまりにも無防備だ。野良猫の経験がある猫は、人に飼われていても、ここまで無防備な姿を晒さないはずだよぉ。
「ご飯は美味しいにゃ。部屋はポカポカだにゃ。お日様は気持ちいいにゃ。最高だにゃぁぁ」
「気持ちは判ります。ですが、リロさんの仕事の部下になる人を連れてきたので、顔合わせと仕事の内容を決める打ち合わせをお願いしたいんですが?」
「にゃぁぁぁ。次の夏まで動きたくないにゃぁ」
一年の四分の一しか活動しない宣言? あまりにも羨ましすぎる発言に、俺はリロさんの首の後ろを鷲掴みにして持ち上げた。見た目よりも軽いなぁ。
「にゃ? にゃにをするつもりかにゃ?」
「目を覚まして貰うために、水風呂にでも放り込もうかと」
「にゃにゃにゃにゃにゃ! それは勘弁にゃ。嫌やにゃ。目が覚めたのにゃ。水風呂はいらないのにゃ」
ケットシーモードの時は性格が幼くなるのかなぁ。とても、アルシンさんと交渉してたリロさんと同じだとは思えない。まぁ、この方が猫らしくていいけどね。
「でもにゃぁぁ。お外は寒いのにゃぁぁ」
「特に気温を感じているわけでも無いのに、何言ってるんですか」
「にゃぁぁ。にゃんでそれを?」
自分の実感として判ってる、ってのは、言わない方がいい感じ。自分でも人間じゃないって認めるような感じだしねぇ。
とりあえず、この部屋のクローゼットを開けて確認してみる。うん、アカデミー従業員用の制服とコートと靴が入ってるね。
「靴は形が合わないでしょうから、今度専用の長靴を用意しておきます。まずはこの、アカデミー従業員用のシャツとコートを着てみてください」
ケットシー用のシャツじゃないけど、大きめのシャツで、袖をまくったら合うんじゃないかな。
「にゃにゃ! これは、ポカポカするにゃ。にゃんでにゃ?」
「火の魔法でほんの少しだけ暖かくする術式を織り込んであるんです。肩のボタンで温度調節も出来ますよ。夏には、涼しくなる仕組みの夏服も支給する予定です」
「これはいいにゃぁ。これがあれば、何処でもお昼寝できるのにゃぁ」
「この役所塔の前には精霊樹を植えた広場が在ります。冬でも、日差しとその服があれば、気持ちよく昼寝出来そうですね」
「精霊樹とにゃぁぁ? それは気付かなかったにゃぁ。にゃあ、早速、お昼寝に行ってみるにゃぁ」
「お仕事が先です」
そしてケットシーを引きずって従業員寮の食堂に到着。いつの間にか、従業員用の制服を着たリロさんに変わっていた。
「初めまして、皆さん。わたしがアカデミーで会計をやらせて頂く事になったリロと申します。以後、よろしくお願いします」
この変わり身、ってのも魔法の一種なのかなぁ?
リロさんに、奴隷である彼らの事について、一通り説明し、商人一家三人をリロさんの直接の部下にした。アルシンさんから受け取る食料の帳簿をつけてもらい、それらを三カ所の厨房へと割り振る仕事をして貰う事になる。
規模が大きくなったら、更に扱う食材や、食材以外の物品も多くなるので、その時までに仕事に慣れて、別の従業員に仕事をさせる管理職になれば、給金も上がる、と、言っておいた。
そして、仕事の経験が無い女性の四人は厨房の手伝いをしてもらい、料理人見習い、という立場になってもらった。
その仕事が性格に合わなければ後々相談して変える事も出来ると言っておく。料理人として一人前になり、美味しい料理が評判になれば、それを教える立場になれるし、給金も上がると言っておいた。奴隷から解放されたら、自分の店を持つ事も可能だとも。
仕事の経験がある八人の女性には、役所の受け付けと各所への連絡係をして貰う事にした。仕事の経験があると言っても、お針子とか、簡単な店番ぐらいで、いきなり事務仕事は出来ない。そのため、始めは読み書き計算と書類作りを中心に学ばせて行く予定。当面は、連絡係として各所に走って貰ったり、通信機で各国と話して貰う事になる。
一日中働きづめというわけではないけど、責任は重大だと言っておく事にした。
男六人には、二人ずつ組んで貰い、教員用の寮と、従業員用の寮、そして、学習棟の管理人として、共同部分の掃除や、保守点検、簡単な修理ぐらい出来る様になって貰う予定。
業務日誌をしっかり書いて貰うという課題も付けたので、読み書きの練習も追加してある。
それぞれに、従業員を追加していくから、その新しい従業員に、正確に仕事を教える事が出来るようにしておけ、と、正式に命令しておく。理不尽な強制力は無くなったけど、主人としての命令だから、きっと真剣に受け止めてくれるだろう。
そして、それからの三日間は俺とリロさんが付きっきりで指導する事になった。リロさんは主に商人親子の教育。俺は、事務仕事と建物の管理人の仕事の方を担当。料理人の方は、とりあえず料理人見習いに包丁の使い方から火の管理ぐらいは出来るように教えるのと、皆の食事を作る事を指示した。
三日目にはメイの遠隔操作ボディが出来上がったけどね。
一通りの準備が終わったので、まずは三カ国の国王宛の手紙を書く。
内容は、教える各教科ごとの内容と、その特徴を伝え、それに合った教師になりうる人物を各一名ずつ、計十人を派遣して欲しい、という事。各王家がアカデミーに滞在するための屋敷も用意してある事も知らせるが、これは箱モノだけで、小間使いや護衛、料理人と食材等は持ち込みでお願いします、と書いておいた。アカデミー式料理の教室も開く予定で、そこに料理人を参加させる事もできると追記しておく。
ついでに、教師に対する教育は、誰でも見学自由として、一時体験として一緒に勉強してみる事も可能だとも書いておく。
そして、本題として、何処にアカデミーと繋ぐゲートを設置するか決めて、通信で教えてくれと書いた。アカデミーには各国のゲートが集中する事になるから、下手に王都と繋ぐと、他国の兵を一気に送り込まれる危険もある、と記す。
当然、アカデミーを戦争利用しようとする国のゲートは停止させるつもりだけど、それが上手く機能しない状況も考えられるので、各国には最悪の状況を想定した対応が出来る位置にゲートを設置してくれ、と頼んだ。
将来的には周辺三カ国だけではなく、他の国々にも参加して貰ったり、エルフやドワーフ、獣人や翼人なども参加させる予定だ。もしかしたら、知恵あるモンスターが居るかも知れない。その時は生徒か教師か、教育や運営に関わる助言を貰う立場になって貰う事もあり得るので、種族や敵、味方、等という概念をアカデミーに極力持ち込まないようにと、念を押しておいた。
そして、教師役に対する教育を始める日は、通信で正確な日を教えるが、約十日後から始める事を予定。その二日前から受け入れを始めるという旨を書いて終了。
これは各国の国王宛の手紙。そして、実際に教わりに来る教師役になる人物への手紙を書く。
まず、アカデミーでは教師寮に住んで貰うことになる。アカデミー内に個人用の家屋も用意してあり、それを個人で購入する事も出来るが、食材などの流通が確立されていないので、少なくとも生徒を入れた本格的な始動までは、寮にて生活して貰うようにと記す。
寮には一人用の部屋と、四人家族用の部屋があり、助手や弟子、側仕えなどは二人までなら同行を認める事にしている。最大利用人数は六人と言う事になるが、今回は本人と随行は二人だけの、計三人以下にしてくれと頼んだ。
食事は、朝と夜、そして昼に軽食が食堂にて出される。紙やペン、教材、そして制服を支給する事になるので、最低でも私服と着替えがあれば、生活に困る事は無い。個人の部屋には本棚と机もあるため、持ち込みの本を収納する事も可能になっている。
ゲートは常に動いているので、いつでも国に帰れるし、商人も出入りするため、商人に依頼する事も出来る。
基本的に、授業以外の私生活に干渉する事はないが、犯罪行為は厳重に取り締まり、その犯罪者の所属する国の国王にも厳重に抗議する事になると書いておいた。
アカデミーでは将来有望な学生を育てるための施設であり、その学生に専門知識をしっかりと教えられる教師になって貰いたいと締めくくった。
それをエイプリルに翻訳清書して貰い、各国宛の三つの手紙が出来上がった。
更に、個人的に派遣して貰う家庭教師や本を頼んでおいたルミス伯にも、国王陛下に手紙を書いた事を説明し、ルミス伯の方で用意している教師役が居るのなら、一緒に寄こして欲しいと書いた。有能そうなのは、出来るだけ欲しいからね。
実は、国が用意する三十人のほとんどが、アカデミーに残らない可能性もあるんで、アカデミーに残って貰えそうな人材確保のためでもある。
この手紙も翻訳清書してもらい、出来上がった四つの手紙、というより、書類の束を抱えて、転移でそれぞれの門番の所に直接渡しに行った。
その方が早くて確実だからねぇ。
その足で、ドワーフの所へと転移した。
一時は鍛冶仕事から離れていたドワーフの村だけど、ゲートで鉄鉱石の取れる山と繋いだために、再び鍛冶仕事に精を出している村だ。
人間の街のように周りを塀で囲う事もなく、畑も家も、見晴らしのいい所にある。もし、モンスターが来たら、ドワーフの男どもが、得物を金槌から自作の斧に換えて迎え撃つという、なかなか逞しい所だ。
久しぶりに来たら、以前とは違って、どの家からも金属を叩く音がしている。ドワーフの逞しい女たちは畑仕事に精を出し、道には石炭や、鉄鉱石を積んだ荷車が行き交っている。
確か、前はウェイをドワーフの代表みたいに付き合ってたけど、それは今でも可能かな? 別のドワーフが村長みたいな役職になってたりするのかな? ちょっと、聞いてみよう。
「こんにちは~」
俺が声をかけると、俺を見たドワーフの荷運び人が驚いた。どうやら、俺を覚えていたらしい。
「なんとも、久しぶりだな~。あんまり音沙汰がなかったから、なにか有ったのかと思ってたよ」
「いろいろ、やらなくちゃいけない事が多くて、あちこち走り回っていました。それで、ウェイは居ますか? ウェイじゃなくても、この村の長にでも挨拶したいんですが」
「ウェイは山の方に行って、毎日見回りや狩りをしてるだな。村長というのは、特に決まっていないだが、一番の鍛冶職のウォートが、鍛冶職たちの取り纏め役みたいになってるな」
「この村に関する事なら、そのウォートと話せばいい、って事ですか?」
「ああ、だいたいは、それで済むはずだな。一応、村全部で話し合いをして取り決め、って事もあるが、ほとんどはウォートに任せておけばいい、と、ここの連中の大半は思ってるなぁ」
そして、そのウォートの家を教えて貰い、そこに向かう事にした。
そこは、他のドワーフの家と変わらない、この村の一般的な、鍛冶工房のある民家だった。槌の音も、重いけれどしっかりとしたリズミカルな音が響いている。鍛冶なんて初心者以下なのに、その音だけで熟練だと判ってしまう。そんな音だ。
扉はなく、のれんと言うか、足下までのカーテンと言うか、そんな感じの入り口だ。上と足下が少し開いていて、換気の意味もあるようだった。
それを片手の甲でめくり上げる。
オヤジ、やってる?
とは言わなかったけど、気持ちはのれんをくぐる感じだ。
「こんにちは。俺は人間の晃です。ドワーフの方々に少しお願いが有って来ました」
槌の音が響いているから、少し大きめの声になったが、熱心に槌を振るっているドワーフは、一瞬たりともこちらを見る事もなかった。
「大事な所でしたか。失礼しました。区切りがつくまで外で待つ事にします」
職人が一心不乱に作業しているのなら、それを邪魔するなんて野暮な事だよねぇ。ちゃんと聞こえたのか、聞こえていなかったのか、確認する事もなく、俺は外に出て待つ事にした。
用事があると訪ねたのに、時間が掛かりそうだからと、声をかけずに帰るほど礼儀知らずじゃないし、工房での仕事が一区切りするまではひたすら待つ事にした。
グラウにも、立てた人差し指を一本、口に当てて、静かにしているべきと合図を送り、近くの木で出来た柵に腰を下ろして、ボー、っとする事にした。
何も考えない時間、というのも久しぶりかもしれない。この地方は雪は降らないけど、それなりには涼しくなる。まぁ、俺は熱さ寒さとは無縁になっちゃったし、鍛冶で炉の前で仕事するドワーフにとっても、これぐらい涼しい方が捗るだろう。
そんな涼しい風を受けて、空に流れる雲を何となく眺めていた。
「待たせたな」
いつの間にか、目の前にドワーフが居た。さっき声をかけたウォートだ。いつの間に時間が飛んだんだ?
「あっと、失礼。え~、初めまして、になるのかな?」
「俺としては、前の宴会で眺めさせて貰っていたがな」
「じゃあ、初めまして、で、いいね。よろしく」
「うむ。お前には、とても返しきれない恩を受けた。改めて礼を言う。俺が今、槌を振るえるのもお前のおかげだ。感謝する」
「はい。その言葉、しっかりと受け取らせて貰いました。これで、もう、以前の事はいいですよね。
それで、ですね。今回は別のお願いが有ってお邪魔しました」
「我らは、お前の願いならば、可能な限り叶える事を約束しよう」
「ああ、そこまで大変な事じゃないですから、構えなくて結構です。実は、前にも言った事が有るかも知れませんが、俺たちはアカデミーという学ぶための場所を作っています」
「うむ。確かに聞いた。学ぶ意志が有れば出来る限り受け入れるという話しだったな」
「まぁ、金はかかりますけどね。で、そこでは、読み書き計算から、畑の耕し方、橋のかけ方、魔法の使い方などを教えていくつもりです。
その中に、鍛冶仕事を教えていく、という事も含まれます」
「ふむ。我らの技を、そこで教えろと言う事か」
「ええ、そうです。アカデミーに大きめの鍛冶工房を作ってあります。そこで鍛冶仕事をしながら、それを習いたいという者にやり方やコツなどを教えていって欲しいんです」
「先ほど、出来うる限り叶えたいを言ったが、少し難しそうだな」
「それは、何故ですか?」
「我らには、我ら一族にしか伝えてはならないという秘技がある。それをドワーフ以外に伝えるのは、祖に対しての裏切りになる」
「では、その秘技にて作った武器を持ってきてくれますか?」
その俺の、あまりにも尊大な物言いに、機嫌を悪くしたようだけど、仕方なくと言った感じで家の中に取りに行ったようだ。
そして持って来たのは幅広の剣。まるでゲームに出てくるような幅がある。
簡単に言うと、大抵の剣は幅が五~六センチ程度で、長さが一メートル強という感じになる。その程度の物じゃないと重すぎて持てないからだ。一瞬だけ持てても、数日間、抱えたまま走るとかしないとならない事を想定しているため、どうしてもそれが限界になる。
剣で斬りつける相手も、ほとんどはモンスターで、ロックゴーレムなどが相手の時は、無ければ仕方ないけど、あれば斧やハルバートを使うという事になる。
でも、ドワーフのウォートが持って来た剣は、幅が十センチ強はある。長さも一メートル半はあり、人間の騎士だと持つ事も出来ないと思われる。
「これが、我らが秘技を使って俺が作った剣だ。まぁ、斧のように丈夫で、剣のような鋭さ、というのを実践したらこうなってしまった。物としては失敗作だがな」
「振らなくてもいいですから、それを構えてください」
俺の言葉で、ちょっと無理しながらウォートが剣を持ち上げて構えた。
そこで、俺は腰の後ろに装備した軍用ナイフを抜いて、ウォートの真横に回って、その剣を縦一文字に切り裂いた。
勢いもあっただろうけど、ウォートの剣はすっぱりと半ばで切れていた。そう、折れたんじゃなく、切れた。
良かった。一発で切れて良かった。これが駄目だったら、超振動ブレードを使う所だったよ。
半分になった剣を呆然と見つめるウォートを横目に、今度は残った刀身に真横からナイフを突き刺した。
ナイフは簡単に突き刺さり、ナイフの刀身の九割は貫通していた。その次の瞬間、剣は刺さったナイフの所から弾けた。地面に落ちるナイフと、刀の破片を見つめるウォートは、何が起こったのか判らないという表情だった。
俺はナイフを拾い、腰の鞘を取り外してからナイフを収め、そのナイフをウォートに差し出した。
「このナイフは差し上げます。同じ物が未だいくらかありますからね」
受け取ったウォートが鞘からナイフを抜いて、その刀身を見つめている。そして、落ちていた砕けた剣の欠片を拾い上げ、ナイフで削る。意外にあっさりと削れた事に、ウォートは驚愕していた。
「そのナイフは、なんだと思いますか?」
「………」
「まず、言っておきますが、そのナイフには魔法は何も掛かっていません。作る時にも、一切の魔法は関与していません。
かなり大昔の話しになりますが、かつての人間が鍛冶仕事を創意工夫して発展させ、そのナイフを作り出す技を編み出していったそうです。
土や山の下には鉄が眠っています。鉄だけじゃなく、金や銀も眠っています。でも、その金は、本当の金じゃない物もあります。銀に見えて銀ではない物も多くあります。そして、鉄にも、鉄に見えて、全く違う鉄も多く存在します。
かつての人間は、その鉄ではない鉄を詳しく調べ、どんな特徴が有るのか色々と試し、それを記して行きました。その記録を読んだ後生の人間がさらにそれを調べ、試し、それを記して残し、更に後生の人間が、また調べ、試し、記して残す、と言う事を繰り返したんです」
ウォートは、ナイフを鞘に収め、俺の方をじっと見つめて居る。
「そして、詳しく判った鉄ではない金属をそれぞれ取り出し、他の金属と混ぜて元の金属よりも固い金属を生み出したり、元の金属よりも柔らかいけれど、扱いが容易な物などを生み出し、用途に合わせて便利に利用していたそうです。
そのナイフは、クロムと名付けられた金属と純粋な鉄を混ぜ合わせ、鉄よりも固く、そして簡単には錆びない金属を作り出して、ナイフとして利用しているんです」
さっきまでウォートは、体が横向きで、顔だけで俺を見ていたが、今は体も真正面に向き、真っ直ぐに俺を見つめている。
「ですが、その技は、この世界が壊れた時に失われてしまいました。始めは、こういった技を後世に残そうと努力した人間たちも居ましたが、それも長い年月には敵わなかったようです。
でも、一度は出来た事です。もう一度調べ、試し、記していく事により、かつての技を越える事もあり得ると思ってます」
そこでしばらく間を開ける事にした。
ウォートは何も言わず、俺を見つめながらも色々と考えているようだ。
「ドワーフの方々にお聞きします」
ドワーフの方々と言っても、ここにはウォートしか居ないんだけどね。ドワーフ種族として考えろって意味で言ってみた。
「ドワーフのこれからの道は三つ有ると思います。
その一つは、一本のナイフにぶつ切りにされる剣を、ドワーフの秘技だと言って、それだけを守り、伝えていくだけの種族になるか。
二つ目は、ドワーフだけで、このナイフを越える剣を作り出す事を試みるか。
そして三つ目は、人間や他の種族と一緒に、新しい技を作り出していくか。
そのどれを選びますか?」
「お、俺だけじゃ決められねぇ。済まないが時間をもらえるか?」
ウォートは、それだけを、絞り出すように言った。
俺としても、ドワーフ全体の事だから、簡単には結論を出して貰うのは危ういと思っている。
「明日、いや、明後日。二日後の今頃にまた来ます。その時ならば、結論が出ていますか?」
「ああ、多分な」
「では、二日後に……」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「あんたの所で鍛冶仕事を教える、という状況が、イマイチ良く判らん。具体的何はどんな仕事になるんだ?」
そこからは、ちょっと込み入った話になった。
まず、アカデミーにある鍛冶工房の直ぐ側にゲートを置き、このドワーフの村と繋ぐ事にする。鉄鉱石の埋まっている山へ行くためにゲートを使っているから、その便利さは直ぐに理解して貰った。
アカデミーにある鍛冶工房は、十の炉を用意してあり、同時に仕事をするのならば、一度に二十人は出来るはずだと言っておいた。これは、実際の運用次第で、十人しか出来ないとかいう場合もあるけどね。
そこで、見本を見せながら、槌の叩き方や石の選び方などの指導をして貰う。教える時間以外はドワーフたちで好きに使ってもいい、とも言っておいた。あくまでも生徒が主役だけどね。
他にも金属の精錬だけを目的にした炉も用意してあり、そこで鉄以外の金属の抽出方法を研究して貰う。そう言った事は、失敗も含めて書き記して残して貰う事になるが、そう言うのが苦手なら、学生を使って記録を残させるという方法もあると言っておいた。
初めのうちは、俺の方から判っている精錬方法や合金の作り方などを教えるので、それらを再現出来るようになったら、それ以上の技を、ドワーフの知恵と、他の種族の知恵を組み合わせて、探って言って欲しいと言った。
そこで学んだ鉄よりも強い金属を作る技は、アカデミーで教え、広めてもらうけど、ドワーフの村でも武器作りに利用してもいい。ドワーフの作った武器は、アカデミーに出入りしている商人に売れば、いい稼ぎにもなるだろう。
基本的に、アカデミーでは学生に知識や技を教えるということを、真剣に、しっかりとやって貰えれば、それ以外の時間は好きにしていい、というのが決まりになっている。もちろん、犯罪行為は禁止で、厳罰に処することになるが、そうでなければほとんど自由だ。
アカデミー経由で他の国に行くのも自由だし、空いた時間を利用して鍛冶以外の研究をするのもいい。
と、そう言っておいたら、ウォートの目がウルウルしちゃってた。
そして、二日後に、っと言う事を約束してから、エイプリルに確認をとる。
「獲物は見つかった?」
『完全にはぐれたと思しき下級ドラゴンを発見しました。翼面積の小さな翼で飛行していますので、その翼には魔法紋様が刻まれていると推定されます』
エイプリルの誘導でその近くへと転移した。
木がまばらにある草原という感じの場所だ。こういう場所なら思い切りやれそうだ。
空を飛べないカッパードラゴンは、魔法を使えなかった。そのため、その血は毒性を持たず、肉も喰う事が出来るようだ。
ワズムル国のガッスの街の連中は、カッパードラゴンの肉を旨そうに喰っていた。本当に旨かったのかは定かではないけどね。
でも、空を飛ぶドラゴンは魔法を使う。体全体の大きさや重さを考えると、もっと大きな翼と筋肉が必要になるはずなのに、その半分以下の大きさの翼で、余裕で空を飛んだり、滞空していたりする。
それは、翼の翼皮膜に刻まれた魔法の紋様が、空間を圧縮する魔法を発動させているためだ。その魔法のおかげで、見た目の二十~三十倍の面積の翼を羽ばたかせているのと同じ効果を持つようだ。しかも、加重さえ相殺している。つまり、翼面積が三十倍分の風を押す事が出来るのに、翼一枚分の力しか使わないで済むようになっている。
その翼の翼皮膜を利用してカバンを作れば、一つで牛一頭ぐらいなら入るカバンが出来上がる。
そのカバンの効果を出すためには、魔法力を利用出来るようにした水晶の結晶が必要なんだけどね。
当のドラゴンは、魔法力を利用する水晶の変わりに、流れる血液に膨大な魔法力が宿っているようだ。
その血は、普通の生き物を、醜悪なモンスターへと変貌させてしまう力がある。
もし、その血を大量に浴びてしまったら、普通に死ねたらラッキーだ、なんて事にもなりかねない。
エルダードラゴンとかは、美味しそうに食べちゃうけどね。
まぁ、とにかく、空を飛び、ブレスを吐くドラゴンを相手にするためには返り血さえも気を付けないとならないわけだ。
そんな下級種だけど危険なドラゴンが、草原に立つ俺に気が付いた。どうやら、ちょっとしたオヤツを発見、っとでも思っているようだ。
俺目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。ブレスを使うと食べる所が無くなっちゃう、ってのは判っているみたいだね。いきなり口でくわえて、咀嚼してごっくん、ってするつもりなのが見え見えだ。
そして、勢いよく飛んでくるドラゴンに向けて、左腕のスタンガンを最高出力で発射した。
はい、捕獲完了。
狙ったのが首筋から頭にかけてだったので、いきなり脳しんとうのような衝撃を受けて気絶したようだ。さらに、その勢いのまま地面に激突して、首が変な風に曲がっている。
「あれ?」
治療魔法の診断をつかったら、首の骨が物の見事に砕けているのが見えた。そのせいで、そのままお亡くなりになったようだ。
哀れだ。
エイプリルにファイターを寄こして貰い、地面に大きく不快穴を開けてから、ファイターで吊り下げて血抜きをする。
その後は、翼皮膜、牙、爪、鱗をとり、残りは穴の底に投棄して埋め戻して終了。
研究すれば、色んな部位が利用出来そうなんだけど、今は単なる危険物なんで、誰も被害に遭わないようにするのが精一杯。
翼皮膜は何処かの街の皮革処理をしている所に頼むつもりだったけど、エイプリルがタンニンの確保に成功したと言う事で、皮鞣しはエイプリルに任せる事にした。
まぁ、アカデミーで、ワーカーという小型ゴーレムが作業するんだけどね。
でも、これで、アルシンさんに渡すカバンが出来上がる。あの一頭で五~六個のカバンが出来るから、全部をアルシンさんに渡す事になるなぁ。
と、言う事で、あと二頭ほど狩る事にした。
ほとんど、同じ手順で終わったのは、余計に哀れに感じたよ。
次は、アカデミーで使うためと、アルシンさんが野菜の交換材料として使うため肉の確保。
まず、アカデミーの牧場の一角に深い穴を大きく開ける。大雄牛が限界までジャンプしても越えられない、って程度にしたから、けっこう深い穴になった。その穴を牛の放牧場ぐらいにしようと思ったけど、用地的に無理だったので小中学校の体育館の二倍ぐらいの大きさにしておく。
そんな穴を三つ。大雄牛と大猪、スパークシープ用に確保した。
エイプリルに、スタンガンを装備したクレーンを穴の横に設置して貰うように頼み、俺はこの場所をしっかりと覚えてから転移で狩りに出かけた。
そして、本気で目が回るほど転移を繰り返し、大雄牛を六頭、大猪を八頭。スパークシープを四頭確保した。
「エイプリル。リロさんに、アカデミーとアルシンさんに渡す用の肉が確保出来たって伝えてくれないかな。餌がないから、早めの処分も必要だしね。
俺は疲れたから、風呂入ってからぐっすり寝る事にするよ」
『お疲れ様でした。お休みなさいませ』
次の日は、かなり寝過ごしてしまった。昨日は夕食を食べる前に寝ちゃったはずなのに、それでも寝過ごす、ってのは、どんだけ疲れてたんだろうねぇ。
エイプリルの報告によれば、俺が寝ている間にリロさんがツーロ商会の面々と協力し、お互いの料理人を出して大雄牛と大猪を捌いたそうだ。
うちの軽食屋の夫婦は牛や猪の捌き方は知らなかったそうで、それを教わる意味も含めて、捌いた肉の三割っをツーロ商会へと言う事で共同作業になったそうだ。
まぁ、一度ぐらいで完璧に覚えるのは無理だろうけど、経験値を上げるにはいい感じだよねぇ。同じ事を何度も続けていけば、料理人が育っていく事にもなるしね。
その夜の夕食は、メイの協力もあって、コショウを使ったステーキだったそうだ。ツーロ商会の料理人もメイの料理の仕方を見て始めは関心していたらしい。
肉を焼く文化は長そうなのに、塩胡椒が無くて、香草を擦り込んだ串焼きや煮込みがメインだった事から、ちょとしたカルチャーショックだったようだ。
特に、野菜を煮込んで作ったソースと肉の相性も良く、食後に料理人がメイに土下座していたという事もあったそうだ。
ケチャップとか作ったら売れそうだねぇ。あ、ファンタジーの定番だとマヨネーズか? でも、新鮮卵が手に入る環境じゃ無いのに広めたら、あちこちで食中毒が頻発する事になっちゃうね。
あとは片栗粉かな? たしかデンプン粉とも言ったよね。ならジャガイモだっけ? 百合の根、ってのは何だったっけ? まぁ、メイとエイプリルに任せれば何とかなるかな?
肉の文化なんだから、唐揚げとかも流行りそうだよね。新鮮卵が手に入る環境ならトンカツとかも再現出来そうだなぁ。トンカツの衣ってパン粉と小麦粉だったっけかな?
「エイプリル? あの大規模農場の麦はどんな感じだった?」
『申し訳ありません。形態は違う物でしたが、麦と同系列の種族であるのは確認しました。ですがグルテン含量が少なく、パンを作るには適していない物でした』
「パンに限らず、パスタとかうどんにするっていう方法も有るけどねぇ。どんなのだったの?」
エイプリルが映像を投影してくれた。
実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
「米じゃないのか!」
思わず叫んじゃったよ。自生種になったのなら、かなり変化しちゃっているはずだろうけど、見た目はテレビで見た事のある米の稲穂だ。タレントが農作業しているのを感心して見てたっけなぁ。
「エイプリル。とりあえずサンプルを。えっと、地面から十センチ程度の所から刈り取って、え~っと、直径十五センチ程度で一括りになるようにまとめたのを五十束ぐらい持って来て」
『了解しました』
こ、米が食える? 米が食える? 米が食える?
前はいつでも喰える物として、あまり拘ってはいなかったけど、喰えなくなるととたんに欲しくなる、ってのが人情だよねぇ。
でも、諦めてた。エイプリルもメイも知らないんだモンねぇ。だから諦めていた。
でも、喰えるかも知れない! あとは、俺がテレビで見た手順を思い出すだけだ。
あ、ちょっと自信がなくなった。
だ、大丈夫かなぁ? 小学生の時に遠足の一環で河原でバーベキューするのを、自分たちの手で、っていうイベントがあった。あの時、飯ごう炊飯は経験している。でも、その飯ごうが無い。
飯ごうって、湯気が出るぐらいの隙間が有るんだよねぇ? それがないと爆発しちゃうしねぇ。エイプリルに作ってもらったら、隙間のないぴったりサイズで出来上がりそうだ。かと言って、どのくらいの隙間が有ればいいのかは不明だ。
米って、圧力が掛からないといけない、ってのは知ってる。
ああ、いきなりちゃんとした米は食えそうもないか。でも、試行錯誤を繰り返せばいけるはず!
と、とにかく、サンプルが届いて、確認するまでは判らないんだから落ち着こう。
大きく深呼吸を繰り返して、窓から外を眺めて、ふっ、っと、鼻で笑う。
よし、落ち着いた。
次の懸案事項の処理を始めよう。
「養鶏場はどうなってる?」
ああ、卵掛けご飯。あっ、醤油がない!
『ケージ型養鶏場、および、ブロイラー型養鶏場は完成しています。ケージ型の方は二百羽の収容が可能になっています。現在、中雛程度に成長したモノが三十羽居ます。計画では、自由交配での繁殖を目指す予定です』
うん、うん。まずは増やさないとねぇ。
「あれ? 餌ってどうしてる?」
『現在は、アカデミー用地を切り開いた時に収穫した、実を付ける草木を置いてあります。その傾向から、望まれる種類は確定されています。ですが、これらが消化された場合の検討も必要と判断します。ただし、アカデミー内の農場での生産物からの転用も可能と推察しています』
「なるほど。それで進めよう。今ある餌は、最低でも三ヶ月以上は持つという事だね」
『はい。但し、予想外の損害が発生しなかった場合という条件が付きます』
「つまり、バックアップが無いって事かぁ。まぁ、今回は、その時になったら、その時に考える、って事にしよう。アルシンさんも出入りしてくれる事になったから、そっち方面を頼る事も出来るからね」
『了解しました』
次は醤油か。たしか、大豆を使うんだったよねぇ。
……………………。
しまった。大豆を使うって事しか知らない。世の中には魚醤と言うモノも有るらしいが、どう作るのかも判らない。魚と塩をツボに入れて漬け込む、ってのは聞いた事有るけど、どのくらいで出来るのか? とか、成功品と失敗品の区別も途中経過の判断も出来ない。
発酵食品って、成功したら美味しいけど、失敗したら毒物だもんねぇ。
俺のジパンググルメ計画は、始動すらしなかった。
それから、アカデミーに勧誘する職人に関する打ち合わせをした。
まず、ガラス職人になれる可能性のある人材の確保だね。この世界では、初めての職種って事になる。
「酒を入れる瓶やコップ、アカデミーで使う実験器具とか、いきなり量が必要になるから、始めはワーカーでもいいんじゃないのかな?」
ワーカーはミニメイと同じアカデミー製の簡易ゴーレムだ。特に人間だと危険な仕事をやらせるために作った。ゴーレムと言っても土魔法で作った土人形を魔法で動かしているわけでもなく、水晶に簡単な自己判断と記憶が出来るようにする集積回路を刻み込んだ頭脳を持っている。電気回路としての集積回路じゃなく、魔法に使う紋様を解析して出来た術式を、集積回路のように細かく、びっしりと刻み込んだ物だ。そして、ボディは金属材質で関節もしっかり作ってある。それを動かしているのは魔法だけどね。
『既に、ガラス工房でのワーカーによる作業は確立しています』
「あ、そうだった。アクリル板モドキが主流だけど、ガラス板も作られていたんだったねぇ。ボトルの方はどうなってる?」
『試験的に一リットル瓶、七百五十ミリリットル瓶、五百ミリリットル瓶の金型を製作し、作成手順と品質検査を行っています。計算との結果のズレが生じているため、現在原因を調査中です』
「計算とのズレ、って弱い方? 強い方?」
『両方です。不純物の有無、品質、製造法を考慮しても、同質であるという結果が出ました。ですが、強度に置いては二倍以上の差が確認されました』
「二倍かぁ、それはさすがに誤差と言うわけにはいかないねぇ。弱い方ってのは、製品としても不合格品なのかな?」
『一般使用に置いては充分に利用出来るとは推察されます。ですが強弱、二種類の製品が同一の物として流通する場合、不慮の事故の原因となる可能性が高いと推察されます』
「ああ、強い方の製品を使っていて、それが当たり前だと思っていたのが、弱い方を使ったら、怪我だけじゃ済まない事故を生み出しそうだねぇ」
『ガラス製品に置いては、強度は強い方が理想であると推察します。例外は有るでしょうが、ごくわずかな状況であると推定します』
「ふぁんたじぃの世界には、ガラスは不向きなのかなぁ? ガラスも魔法で作れって事かな」
『申し訳ありません』
「え?」
『製造過程で魔法力が使用された状況が確認されました。ガラスの品質に関わる原因として、周辺の魔法力が影響する可能性を考察事項に計上していませんでした』
「いや、普通は入れないと思うよ? で、それが原因らしい?」
『不純物を取り除く際、水魔法と風魔法を使用した行程がありました。材質的に、その行程を通過した物と、省略された物を混合したために、均一ではない品質になったと推察されます。
これより、検証作業を行います』
「うん、よろしく。それで上手く行ったら、コップとかレンズとかも含めて、どんどん製品化しちゃって」
『了解しました』
「で、問題は、ガラス工房の職人を育てる、って方だよねぇ。そっちの製造工程とは別にして、素朴な手工業としてのガラス工房を作った方がいいのかな?」
『量産が不可能な場合、アカデミー製品との競争力が不十分であると推察しますが』
アカデミーの製品の方が安くて品質も良かったら、国に帰ってガラス工房を立ち上げても、物が売れなくてやっていけなくなっちゃう可能性もあるよね。
「アカデミーで量産するのは、飾り気のない、一番単純な形態の製品にしておけばいいんじゃないかな? 貴族好み、とか、ちょっとおしゃれな物とかに特化すれば、職人としてやっていけるだろうし、その状態から量産形態を確立していって貰った方が、後々、その職人や社会のためになると思うよ」
『同意します。では、鍛冶工房を参考にしたガラス工房を追加作成します』
「うん、よろしく。
あとは、焼き物。陶器だねぇ。釉薬は出来たんだから、焼き物を作っている所にそれを売りに行けばいいだけ。ってのも有るよねぇ」
『特にアカデミーで教育する事項は少ないと推察します』
「うん。面倒だから、有力な焼き物工房に釉薬を売りに行って、気に入って貰ったら商人経由で手に入れて貰う、って感じでいいかぁ」
実際、今の焼き物は、ほとんどが素焼きのツボとかで、皿などの食事に使う器としては使われていない。素焼きのツボの主な利用方法はトイレだけどね。
食器用として陶器が利用されるには、ちょっと下地がないのが現状だ。まずは、理想的な陶器の食器を作って、広めてからじゃないと、焼き物職人たちが動く事も無いような気もする。
皿を作っている木工職人たちの仕事を奪う事も含まれるしねぇ。
それに、素焼きのツボに使う粘土と、陶器に使う粘土もかなり違う物だったはず。その産出地を探すのも、専門知識を持たない俺たちには難しい話しだしねぇ。
「アカデミーで陶器の食器って作れるのかな?」
『はい、既に試験的制作は繰り返しています』
「当面はそれを見せるだけにして、鍛冶工房とガラス工房の運営状況を見ながら計画を作るって事にした方がいいかな」
『周知に迅速性を必要としない技術であると認識します。アカデミーの運営実績が計算出来るようになってからの再計画で充分と推察します』
「うん、そうしておこう。何でも、かんでもアカデミーで、ってのも歪みそうな感じだしね」
『同意します』
「教師に対するモノだけど、初授業にはジェイたちにも参加して欲しいんだけど、向こうはどうなってる?」
『既に獣人の砦への受け入れも歓迎されています。少数ですが魔法の享受も実現され、獣人の魔法戦士が存在しています』
「それは凄いなぁ」
『ですが、適性は大地か風に限られ、火、及び水の魔法使いは、未だ存在しません』
「種族的な傾向かな?」
『料理等に火を使う習慣はあり、鍛冶仕事も存在しますが、火、そのものは恐怖の対象にもなり得るものだそうです。特に、火傷に対する忌避は人のモノよりも強く反応するようです』
「やっぱ、獣だからかな?」
『可能性は大きいと推察します』
「水も?」
『温暖な気候でもあり、軽い水浴びは行われるようですが、好んでする行為では無いそうです』
「あ~。まぁ、仕方ないのかなぁ。でも、アカデミーに来るなら、入浴の習慣は付けて貰いたいよねぇ。獣人じゃ、きっと、香水も嫌いだろうからねぇ。
で、砦の情勢はどんな感じ?」
『獣人に四名の魔法使いが加わり、ジェンゲルン一行の勢力と合わせて、砦近くからは完全排除が成されました。モンスター軍団の一時撤退を受けて、追撃するか、再侵入を防ぐ処置をとるかで、意見が分かれています』
「なるほど。砦の物資としては、どんな状況なのかな?」
『モンスター軍団が戦力、兼、食料としている大角牛や、ロックヘッドと呼ばれる猪などを撃退するたびに確保していますので、砦の住民の食糧問題は心配されていません。レイミーさんの氷で、短期間ではありますが保存の目途も立ちましたので、余裕もある状況です。
ですが、木材関係の不足が深刻化する兆しを見せています。鉄材は、砦周辺で倒れたモンスター軍団の武器を拾い集めていますので、鉱山採掘よりも効率的に収集されいているようです』
「モンスター軍団が、ほとんどの資材を補給してくれているから、砦が保っている状況なんだね。なんとも皮肉な」
『モンスター軍団は主に北側から進行していて、途中にある隘路を通過するのですが、その部分を要塞化するための木材が不足しているため、一時的に後退させても、砦まで押し戻される事が多くある様です』
そこで上空からの地形を見せて貰った。
谷と呼べるモノではなく、川の跡というわけでもない、山と山の間という感じの狭い地域が少しだけ長くなった道があった。
ここに壁を作って、上から槍や弓で攻撃出来れば、味方の損害を少なくして、敵を多く倒す事が出来るという、理想的な状況を作れるというのは判った。
「ガジェットに土の柱を作ってもらう、っていう案はどうなんだろう?」
『ジェンゲルンさんたちは、ガジェットをあくまで最後のボディガードとして配置しているようです。戦闘にも積極的には参加させていません』
「あれ? 俺って、そう言ったっけ?」
『アドバイザー的な役割というニュアンスは含まれていたと推定されます』
「そ、そうかぁ。まぁ、それはそれでいいんだけど、そのせいでの被害って出てない?」
『ジェンゲルンさんたち自体が員数外ですので、考慮する必要はないと推察します』
「あぁ、そうだねぇ。まぁ、それはともかく、ジェイたちには授業が始まる前に帰ってきて欲しいんだよねぇ。かと言って、俺が手助けするのは良くないと思うんだよね。ゲンブの兵器を使うのは更に良くないよねぇ」
『結果の差異に大きな変化は無いと推察しますが』
「ジェイたちだけでやっつけたらね。砦の獣人もたっぷり協力して貰って、知恵と勇気で乗り切って貰うっていう結果が欲しいんだ」
『申し上げにくいのですが、知恵は常に最高状態で使用していると想定され、勇気とは、単に成功した無謀であると推測されます』
「まったくだねぇ」
知恵と勇気が使えないなら? あとは努力と根性? 友情と奇跡? 駄目だ。どれもこれも、俺には似合わない。
「敵のほとんどはオーガなんだっけ?」
『いえ。小隊規模から全軍規模までの指揮をオーガが担当しているようです。部隊編成は雑多なモンスターの混成部隊と言えます』
「ああ、混成部隊なのに、命令系統がしっかりしているのが不思議って話をしてたよね。その命令系統の謎って、なにか判った?」
『詳細は不明ですが、埋め込まれた宝石の一部に魔法的な効果を確認しました』
「あ、もしかして、その魔法を解除すると、混成部隊って共食い始めたりしないかな?」
『可能性は高いと推察します』
「その宝石って、実物が有れば解析出来そう?」
『カウンターウィルスの可能性も考慮して、独立した解析システムを別個に作成する必要を提案します』
「なんか、大事になりそうだね。でも、あの軍団は放っておけないから、しっかりやらないとねぇ。
どのくらいで作れる?」
『工作室の一部を切り離して、解析用の機材と自律システムを搭載します。完成後は、ゲンブから切り離して地上に置き、そこで実行する予定です。実行可能までの時間は二十時間を推定します』
「明日か。うん、その時になったら、俺が命令上位のオーガを一~二匹、スタンガンで気絶させて持って来よう」
『可能であれば、上位、中位、下位のモノで有れば、解析の効率が上がると推測されます』
「判った。俺たちで、あの命令系統を壊す仕組みを解析して、その対抗策をジェイたちに実行して貰おう。もし、簡単なシステムで、ジェイたちにも解析出来るものなら、砦の連中の前で解析行為を行って貰って、そこで解決策を作ってもらう事にすれば、ジェイたちの株も上がるってモンだね」
期限はあと九日。いや、実質七日というところかな。ジェイと、その新しい仲間たちにも、是非、授業を受けて貰いたい。体験学習じゃなく、教師用教育全部をね。その全てを習得して貰うのは難しいけど、そのうちの一つを専門的に習得して貰えれば、教育係か、その助手は務められるわけだしね。
「あとは、レゼとキャスかぁ。二人はどうしてる?」
『ターナの街にて、基礎教育の一環を担っています』
「三ヶ月ぐらい引っ張り出す事は出来るかな? まぁ、交渉次第か。これは、俺が直接行って話してきた方が良さそうだね」
『艦長に状況報告』
「ん? なにがあった?」
『ルブロンダルより通信が入り、それをメイが受信したそうです。内容は手紙の内容の了承と、ゲートの設置位置、及び、ルミス伯より、三人の家庭教師経験者を送る旨が報告されたそうです。追伸として、ルブロンダル王、及び王妃殿下と姫殿下、側近、護衛、世話係、ルミス伯、ルミス伯の側近等で、教師候補を除いて三十名での来訪が予告されました』
「め、めい一杯で来るんだねぇ。本来ならもっと人数がいたのを削ったのかな。とりあえず、授業開始二日前にゲートを動かすつもりだったけど、更に二日ほど前倒しにして、世話係が荷物を運び込めるようにしておいた方が良さそうだね。
と、言う事で、エイプリル。屋敷の簡単な見取り図とアカデミーの地図の用意を。四日後にゲート設置、五日後にゲート起動を起動させて、世話係等の出入りを許可する事をメイに連絡させておいて。
あ、一番始めに、ルブロンダル王の来訪を歓迎します、っていう挨拶が先だよね」
『了解しました。地図の方は、ゲートを搬送時に添付しておきます。儀礼に関しては、アカデミー自体が「異国」扱いだと推定されますので、礼儀を表する意志を含めさえすれば、問題は無いと推察します』
「いっそのこと、アカデミー式の挨拶でも作っちゃおうか。まぁ、そんな時間も学も無いから出来ないけどねぇ」
単なる学校なんだけど、エイプリルも言ったように異国という扱いになるわけだし、国と国との付き合いを考えると、表向きは柔和な和平路線で行っても、最後の所ではしっかりと舐められないようにしないとならない、はず。礼儀もその一つだよね。
国を預かる政治家のする事は、国の領土と国民を守る事。
アカデミーという教育場所を守り、教師と生徒と、それを支える人たちを守る事が、アカデミーの代表のする事だね。そのためには、他国に対して喧嘩を売る事も躊躇わないし、ペコペコと頭を下げる事も躊躇わない。
その覚悟が大切、だね。
あ~、誰か代わってくれないかな。
『艦長に状況報告』
「え? 今度は何?」
『艦長がコメと表した麦種のサンプルが到着しました』
「よっしゃー! えっと、何処か、機材が整ってる厨房ってあったかな?」
『一番はゲンブの厨房になります。アカデミー内であれば、役所塔一階の食堂の厨房か、学習棟の横に建設した大型食堂の厨房があります。ですが、どちらも設置したばかりで人の手が入っておりませんので、メイの遠隔操作ドロイドの居る従業員棟を推薦します』
「従業員棟の方は、皆の食事の準備を、大幅に邪魔しちゃうと思うんだよねぇ。メイの遠隔操作ドロイド、って役所塔の厨房に、もう一体、寄こせない?」
『可能です。では、役所塔一階の厨房にサンプルと共に移送します』
そして、それからが大変だった。基本的に、稲刈りしたモノは乾燥させるわけだけど、俺は急いで試したかったんではしょる事にした。
稲からモミをとる作業は目の粗い櫛のようなモノを急遽手作りして代用し、メイにひたすら梳いて貰った。飛び散ったモミを集める作業もメイの正確で素早く、飽きる事のない根性でやって貰った。
次は、モミ殻を剥がす作業だ。これは、麦用の臼が有ったので、掛かる力を弱くするように調節してやってみた。多少は丸みを帯びた感じだけど、結果的には上手く行った方何じゃないのかな? 本物の米の脱穀とか、正確に知らないからどうしようもないしね。
そして、金属製の計量カップが何故か有ったので、それに二杯ほどとって、ボールとザルを使って米を洗う。
お米って、研ぐ、って言うけど、俺のやったのは本当に洗うって感じだった。
ちなみに、何故、研ぐ、と言うか? というのを疑問に思って聞いた事があった。昔は板の上に濡れた米を置いて、刃物を研ぐ時の動きみたいにして洗っていたそうだ。
まぁ、俺が聞いた話しでは、そうだったらしい。
そして、やたらと薄茶色い汁が出る米を洗い、水を入れても白く濁らなくなった所で疲れたので終了という事にした。
それを鍋に入れ、水は確か、手の平を置いて、手の甲が隠れるか、隠れないかという程度入れる。
飯ごう炊飯ではそうだったはず。ここでも適用されるかは謎だけど、まずはやってみない事には修正もできないしね。
そして、蓋をするんだけど、多少の圧力が必要だったはず。漫画で、空飛ぶ円盤みたいな丸いお釜の上に、分厚い木の蓋があるのを見た事がある。テレビでも見た事有るけど、あれは、適度な圧力をかけるために、あんなに大きいって事だったはず。
その蓋を再現するために、蓋の上に木製のまな板を置いて、軽く紐で結んでみた。
かなり不安はあるけど、とりあえず準備完了。
魔力結晶を使った火魔法を再現する「コンロ」にかけ、適当に七割程度の火力で熱し始めた。
「飯ごう炊飯では、大体三十分前後で、ぐつぐつと言わなくなったら火から下ろして逆さまにして蒸らす、って事をやったんだけど、これは逆さまには出来ないからそのままでいいと思う。ただ、ぐつぐつという音が聞こえなくなったら火から下ろすのは変わらないはずだから、そこの所は気を付けておいてくれるかな」
一応、自分でも確認するけど、メイに言っておけばうっかりミスも無いだろうからね。
俺。これが成功したら、金属魔法でお釜を作るんだ。
何故か、失敗フラグを立ててみた。お釜だけじゃなく、かまどとか、木の蓋も必要だよねぇ。
そして、蓋の隙間から白い泡が出るのをじっくり見ながら約三十分ほど経過。うん、たぶん、ぐつぐついってない、と、思う。
火を止め、そのまま十五分から三十分ぐらい待つんだっけ?
保温釜じゃないし、冬場なんで、冷めちゃうのももったいないから十五分と言う事にした。
この十五分に蓋を開けて、中を確認したい衝動に駆られながら、冬眠に失敗した熊のようにソワソワしつつ、なんとか時間を消化した。
紐を外し、まな板を取り、蓋を開ける。
鍋に直接当たる所はちょっと焦げっぽいけど、炊きあがったお米っぽくなっている。
これで味が麦だったりしたら泣いちゃうよ。
木の皿にお玉ですくって、木匙で一口。
「お米だ」
確かにご飯の味だ。
「でも、なんか、違うような」
ちょっと塩を振ってみる。
「うん。ご飯の味だ」
ブランド米と比べると、雲泥の差が有りそうだけど、自生種として生き残って来たんだから、これぐらい仕方ない事なのかなぁ?
でも、なんか、覚えがある感じだ。
「もしかして……」
木の皿にもう少しよそって、料理用の木槌でこねくり回してみる。お米の粒を押しつぶし、こねて、こねて、木槌で叩いていく。
うん、伸びるよ。
どんどん叩けば、どんどん腰が出てくる感じだ。
「やっぱり、餅米だったかぁ」
元はうるち米だったのかも知れないけど、自生種として生き残り続けるうちに餅米と同じ性質になったか、元々餅米だったか、そのどちらでもないのか。理由は判らないけど、これは餅米だ。
「ご希望の物ではありませんでしたか?」
メイが気を使って聞いてきた。
「いや。これはこれでいいんだけどね。こうやって、こねて、叩いて、その後乾燥させれば、ちょっとした保存食になるしね。それに、これだって、品種改良していけば、俺好みの米になる可能性もあるしね」
餅米なら大福餅とかも団子とかもできるんだっけ? 柏餅も餅だよねぇ。そうすると、問題はあんこって事になるのか。
それから、炊いた残りの餅米をメイにも手伝って貰って、一枚の伸し餅にした。テーブルに張り付いて扱いにくかったんで、メイが小麦粉を使って打ち粉代わりにした。本来、あれって、片栗粉だったっけ? なんか、課題だけが増えたような結果になった。
後片づけはメイがしてくれる事になったから、俺は小豆を探しに……。違った。レゼとキャスの所へ授業の参加が可能かどうか聞きに行く事にした。
結果は直ぐに快諾。
直ぐにでもアカデミーに行く勢いだったけど、授業開始二日前に向かえに来るから、ターナの街の学校の方の引き継ぎをしっかりやってくれと頼む事になった。
次の日はモンスター軍団のサンプル取り。
一キロぐらい離れた位置から、一匹だけはぐれるオーガを選んで転移で近づき、真後ろから首筋に向かってスタンガンを撃ち込む。
声もなく気絶して倒れ込むオーガと一緒に、転移で予定ポイントへ移動する。あとは、作業ロボットがオーガを診察台モドキに固定して調査が始まる。
騒がれないように、はぐれるオーガが出るのを待つのが面倒だったけど、それを運ぶだけの簡単なお仕事だった。
それを三回繰り返して終了。
と、思っていたら、エイプリルから、他のモンスターのサンプルも欲しいと言われた。
もう三回往復する。
この転移も、大概チートな魔法だよねぇ。まぁ、俺がやっているような使い方は、普通は出来ないもので、通常の魔法使いなら、転移の目標をしっかり書き残してある場所への転移で限界らしいからねぇ。
『結果が出ました』
俺が自分のチートに思いをはせている間に、エイプリルによる解析が終わったようだ。
それによると、宝石には催眠魔法の紋様が彫り込まれていて、魔法力を込めると、相手と自分に対して催眠をかける様になっているそうだ。
「自分に対しても?」
『はい。刻まれた紋様は、前後二面に彫り込まれていました』
「すると、誰かの命令を受けた宝石持ちが、部下に命令する時に、自分にも命令しているんだ?」
『例とするならば、侵攻作戦を全軍でつつがなく行え、という単純な命令で、自動的に全軍に伝達する事になると推察します』
「なるほど。その前に、上位の者は全軍の作戦を考えて実行せよ、中位の者は上位の者の命令を受け、下位の者を指揮せよ、下位の者は中位の者の命令を聞き、小隊を率いて命令を実行せよ。ってあらかじめ染めておけばいいわけだ」
『はい。実際は、更に複雑な命令が組み合わさると推定されますが、命令を受けるのがオーガで有る事を鑑みれば、さらに単純な命令であることも推察されます』
「だね。で、この宝石を砕けばいいだけなのかな?」
『眉間に近い所に埋め込まれて居ますので、狙っての破壊は困難であると推察されます』
「顔、特に目の周りは本能で避けるはずだからねぇ」
『対策としては、催眠魔法阻害紋様が効果的かと推察します』
「オーガたちにあのシール張っていくのは、余計に難しいんじゃない?」
『地面に、紋様を魔法力の伝達が良いモノで描き、端から魔法力を流し込むという方法を提案します』
「魔法力の伝達が良い物、って銀とか? 水晶?」
『ドラゴンの鱗を粉状にしたものを推奨します』
「なるほど。アレなら、ファイエーがたっぷり持っていたはずだね。
よし、ガジェットにアドバイザーになって貰おう、砦の周囲には倒したオーガやモンスターが放置されているんだよね。それをジェイたちに調べさせて、宝石に描かれた催眠魔法術式を見つけて貰おう。そして、対策としての催眠魔法阻害紋様を提案。
ガジェットは、さりげなくやってくれるかなぁ」
『こちらからもサポートします』
「よろしく。特に、俺からの指示でそれを調べる、ってのはやらせないようにね。何とか自分たちで原因を調べていき、それにたどり着いた、って感じを見せる方がいい。じゃないと、モンスター軍団自体が、俺たちの策略じゃないのか、っていう冤罪を着せられちゃう可能性もあるしね」
『了解しました』




