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第七十九章 晃と翼人の魔法教室 準備

 エルダードラゴンと簡単な挨拶をして別れ、俺とグラウはテーブル台地の東に泊めた小型輸送艇まで戻ってきた。


 そう言えば、朝ご飯を用意している途中だった。


 そして、一度いい温度で完成しただろうグラタンは、しっかりと冷たくなっていた。


 外はちょっと日に当たるだけで日焼けする程の温度だけど、小型輸送艇の中はやや涼しいという感じの快適空間だ。でも、アツアツのグラタンを冷ますのには充分寒いんだね。


 仕方なく、もう一度暖める事にする。こういう時、なんか負けた気がするのはなんでだろう。


 で、いろいろ困った事が発覚した。左手で宝珠を作っているため、片手でしか作業が出来ない。

 これから、服を脱いだり、着たりとかもあるし、どんな作業が発生するか判らない。左手を使う時だけ宝珠を作る事を止めて、また左手が空いたら宝珠を作る事を一からやり直す、というのが基本だけど、左手を長く使う事になるとちょっとした事で暴走する可能性もある。


 宝珠は完成させちゃうのはマズイから、作るのを止めるのは構わないんだけど、出来れば一瞬だけってのが望ましい。


 「グラウ? 宝珠って手の中でしか作れないもんなのかな?」


 「何を考えておる?」


 「ほら、手が使えないと不便でしょ? 一瞬だけ止めるのは良いんだけど、長く手を使うようだと作業中に暴走しちゃうかも知れないしね。出来れば、手、以外で、例えば胸とか、おでことか、肩の上とかで出来ないかな、って」


 「ならばやってみたらどうじゃ? 考えるよりも作り出すべき、という言葉もある」


 俺の知っているのだと、案ずるより産むが易し、かな? まぁ、言わんとしている事は判るけどね。


 「その通りなんだけどね。ここの所失敗続きだから、グラウの確約が欲しかったって感じ」


 「殊勝な心がけじゃが、お主の状態は特殊すぎて喩える事ができん。死んでみるまで危険が判らんという状態じゃ。ワシなんぞには、なんの助言もできん。いや、精霊全ての意見じゃな」


 「簡単な事で、おそらく何の問題もないはず、って事でも、何が起こるか判らないって事なんだよねぇ。とりあえず、今、問題無いのならそっとしておいた方が良いのかな?」


 「色々な事をやってみる価値はあるじゃろう。そして、やらない価値もあるじゃろうな」


 「もしかしてグラウって、知識が増えれば楽しいから、やってみろって暗に言ってる?」


 「ワシはお主の事が心配じゃよ? ………、いや、マジで」


 一気に胡散臭くなった。


 とにかく、左手が一時的に使い難いってだけなんだから、このままにしておこうか。



 

 そして、昼食状態の朝食を終えた後、外に出て宝珠を作りながら魔法を使う練習をする事にした。


 まず、土魔法で適当な感覚で的を作っていく。走りながらこの的に向かって攻撃魔法を撃ち込んだり、攻撃にならないような魔法も起動させて当てて行くつもりだ。

 頭の中では粉砕するつもりで、一番出力の弱い形での呪文で攻撃する。


 口で呪文を唱える単純詠唱は、強化するためには呪文の効果部分を繰り返し詠唱したりする。つまり、効果を一回だけにすれば、基本的な最低出力と言う事になる。

 魔法の種類によるけど、比較的単純な火弾での攻撃なら岩の的を破壊するのは無理だろう。相手が生物なら火傷してのたうち回るかも知れないけど、岩なら焦げる程度になるはず。


 その焦げる程度の呪文で、頭の中は岩を破壊したいと考える。


 一番いい「結果」は、思いっきり破壊しようとしたんだけど、最低出力の魔法じゃ壊せなかった、って状態。

 最悪なのが、最低出力の魔法は関係なく、大魔法が出て思いっきり破壊される事。

 弱い呪文なら、弱い結果しか出ないって状態じゃないと、制御しきれないからねぇ。


 そして実験開始。片手で宝珠を作る事を忘れないように心がけながら、作ったコースを走っていく。そして、ランダムな間隔で作った岩の的を完全破壊するつもりで、火の魔法、水の魔法、風の魔法、土の魔法を撃ち込んでいく。


 約五十メートル程のコースを走りきり、二十の的に魔法を撃ち込んだ。


 結果は惨敗。


 いや、確かに余計な力は加わらなかった。呪文の威力だけで済んだと思う。


 でも、焦がすはずの火弾は真ん中を熱で溶かして大穴が開いていた。水弾は濡れるだけだったはずなのに、まん丸の穴が開いていた。真空の刃は無機物にはほとんど影響ないと思ったのに、なぜがすっぱりと岩を断ち切っている。石つぶてをぶつけた岩は、共に砕かれていた。


 「結局、むやみに魔法は使えない、って事が判っただけかな」


 「つまり、出さない努力をするだけじゃな」


 「最後はそこに帰結しちゃうわけね」


 その後は、特に何かをするわけではなく、落ち着いて生活するという、心の安定を目指す事にした。

 左手で宝珠を作りながら、教科書作りの原稿を書いたり、エイプリルとカリキュラムについて相談したり、グラウの知識をデータ化して過ごした。


 普段からこういうデスクワークをしていなかったため、効率が良かったとは言えないが、「その内やろう」という分類の仕事がかなり片づいた。

 特にグラウの知識量が増えたので、モンスター図鑑や世界地図が出来上がったのは一番の功績だ。


 まぁ、モンスター図鑑は俺たちが出会ったモンスター限定だけどね。


 何しろ、種類が多く、その上に亜種までいるから、載せきれないってのが現状だ。エイプリルの調査で色々いるのは見て判るんだけど、一般の冒険者が一生に一度出会う可能性が少しだけある、って程度のモンスター情報を一々載せるのもどうかと思う。


 まぁ、アカデミーの方で余裕が出来たら、図鑑として完成させるために補完していくつもりだ。


 追加で、幻獣も含めたドラゴン図鑑とかも作るつもり。これは、人気が出そうな予感がしている。


 他には、まだ本にするほど情報が集まっていないが、モンスター素材の利用法の原稿をチェックした。

 ドラゴンの翼皮膜を使ったカバンや、エイプリルの研究で判った紙の素材、アクリルに似た固さと透明さを持つ板を作る粘液を持つ蜘蛛の素材など、いくつかの情報が集まって来ている。


 モンスターの骨や皮などの利用法が出来れば、それを狩る事を糧にする冒険者も出てくるだろう。


 今は傭兵として荒事仕事をしている連中も、そう言った仕事があれば腕を磨く機会が出来、モンスターに対抗する力になっていくだろうね。


 地図も監修してみた。


 世界地図は、エイプリルが写した大陸の写真を簡略化して、そこにグラウの指示で国境線を大まかに書き込んだだけ。

 そこへ名前を書き込むのは、国によって言葉や文字が違うために保留にしてある。一応、周辺三カ国用のは文字を書き込んでみたけどね。

 地図には、ドラゴンの谷や精霊の集いし聖なる地、地脈の集まる場所は超危険地帯と書いて、本物の危険地帯も織り交ぜておいた。


 もし、本物の危険地帯にわざわざ踏み込むような冒険者が現れたら、その真実は知られてしまうだろうけど、それは冒険者へのご褒美と言う事にしておく。


 まぁ、そう言う場所へ足を踏み入れて、無事に帰ってくる事が出来る冒険者限定だけどね。


 各国の詳細な地図は、防衛上の観点から作成しないで、国の周りの状態が判るように大雑把な森、山、川などの配置を、世界地図とは別物の小さな地図として作る事にした。

 これは、冒険者が旅をするのに使えるように、という配慮で。


 この地図とグラウに手伝って貰ったモンスター図鑑とで、冒険者にとってはかなり有効なアイテムになると思う。


 周辺地図、モンスター図鑑、素材活用辞典、魔法教本。


 この四つを渡す事が、冒険者ギルドの冒険者支援としての活動の第一歩になる。

 この四つをしっかりと読めないと、ギルドに登録出来ないとかするのもいいかも。


 喩え文字が読めなくても、誰かに読み聞かせて貰って覚え、それを言えれば合格というのでもいいしね。


 そして、転移魔法を精霊の紋様で描いて、特定の転送目標陣へと移動出来る巻物を作った。


 以前、エルダードラゴンのユーンたちが大量に落っことして行った龍鱗を削って粉にして、接着剤とインクを混ぜた魔力絵の具を作ってみた。

 これの大元はファイエーがエイプリルと協力して研究していた物で、ゲートは紋様を描くのに銀を使っていたが、その代わりになる物として注目されている。まぁ、エルダードラゴンの鱗なんで、俺たちにとっては邪魔になるほど有るけど、一般人からしたら銀よりも割高になるかもね。


 で、これがけっこう優れもので、火弾の魔法を精霊の紋様で描いたら、ほぼ損失無しで魔法が起動した。


 魔法自体は自分の魔法力が必要だけど、火の魔法が苦手な人や、とっさに呪文が出てこない、なんて時には重宝する。

 簡単な魔法は必要無いかも知れないけど、複雑な魔法なら、紋様を描く時間の短縮にもなるし、間違いも起きないしね。

 今回は巻物として作ったけど、前から計画していたとおり、カードにするというのも考えている。カード化する前に、使えるか? とか、耐久力は? とか、威力は? などを調べる必要があるからね。


 次の課題としては、魔法力も込めておいて、魔法力が残っていなくても利用出来るようにする事だろうな。魔法力を蓄えるように紋様を刻んだ水晶と組み合わせれば出来るだろうけど、仕組みとして複雑になるのはあまり良くないと思う。同じ物を後継者にも作ってもらわないとならないからね。銀や龍鱗を使わない方法も考えないとね。


 出来上がった物はデータとしてジェイたちが何時でも見られるようにしておく。念のため、試し刷り的な感じで印刷して、それも小型輸送艇やアカデミーに置いておく事にした。


 そして一通りの作業に区切りがつくのに、次の日の夕方までかかってしまった。


 実は、まだまだ、「その内やろう」という仕事は残っていたんだけどね。明日の翼人たちへの魔法の授業があるため、寝不足や疲れはしっかり取っておかなければならない、ってことでね。


 今の不安定な状態で魔法教室を行って暴走したら、何が起こるか判らない。攻撃魔法を教える事になるから怪我人が出やすい状況ってことになるしね。その状態で俺が暴走したら、って考えると怖い妄想が実現しちゃいそうだ。色々な意味でね。


 そう言う事でさっさと寝ようとしたけど、肩は凝ったし頭は疲れてたけど、身体は特に疲れていないんで、直ぐに寝付けるか心配だった。ここで寝酒を飲むのは危険だしねぇ。そんな事を考えつつ、ベッドの中でゴロゴロしていたら次の日の朝までぐっすり寝てしまった。


 そして約束の日。


 翼人たちの所へと向かうのに、転移じゃなくスカイボードで行く事にした。


 俺は小型輸送艇を出てスカイボードを取り出し、上に乗って爆発的な風で一気に空へと上がろうとした。


 爆発しちゃった。


 スカイボードの水晶がセットされていた場所を中心に弾け飛び、ボードの前半分が綺麗に無くなっていた。


 爆発の瞬間、一瞬で俺の周りに風の防壁が張り巡らされたみたいで、俺自身はかすり傷も無い。原因は、おそらく俺の力が一気に水晶に入ってしまったせいだろう。

 制御するという行為が水晶と繋がりを持ったようだ。もともと効率良く空中の魔法力を吸収するように作られていたから、俺と繋がった所で一気になだれ込んだんだろうね。


 これを制御出来なければ、水を作り出す魔法具やゲートなども触れる事が危険な事になるかも知れない。

 基本的に俺自身には必要ないけど、誰かに譲る時とかには注意が必要だ。稼働中の魔法具に近づくのも危ないかも知れない。


 「えっと。グラウは大丈夫なのかな?」


 「お主の力が流れ込んで、目を回さないかと言う事を心配しておるのか?」


 「そうだけど?」


 「目なら、ついこの間回したじゃろう。知識の精霊と繋がる原因にもなったものじゃ。基本的には、精霊自身はお主の影響は受けんからの」


 「まぁ、そんな気はしてたけど、なんか、理由有るの?」


 「精霊が集まって精霊王になっておるんじゃ。精霊が精霊王の影響を受けてどうする」


 「あ、そうか。そういう存在なんだねぇ」


 「精霊は世界を分割して制御しておる存在じゃ。その精霊が集まった物が精霊王じゃ。お主は世界そのものなんじゃ。小さな法力結晶なんぞでは影に触れただけで破裂するのも道理というわけじゃ」


 「え? 法力結晶って言うの?」


 「そこか?

 まぁ、今まで呼称は知られていなかったからのぉ。

 あれは、結晶構造の中に魔法力を閉じ込める術式じゃからな。略して法力結晶じゃ」


 「結晶? だったら、塩の塊にも閉じ込めておけるのかな?」


 「できるぞ? じゃが、塩自体が脆いし、漏れ出てほとんど溜めておく事が出来ない上に、縁起が悪いから精霊たちはお薦めしないがな」


 「精霊が縁起が悪いって?」


 「かつて、魔法力を扱うのが上手い妖精がいたんじゃ。この世界になってから間もない時期じゃったせいで、魔法力を研究しようとしたんじゃな。精霊も快くそれに協力しておった。じゃが、その妖精が魔法力を暴走させてしまったんじゃ。

 どのような理屈かは判っておらんが、その妖精は塩の塊に変わってしまった。以来、塩の塊と魔法力は余り結びつけたくは無いようじゃな」


 「うわー、なんか、どっかで聞いた話だなぁ」


 「どうじゃ? お主が研究してみるか?」


 「うう、確かに縁起悪いねぇ。俺も遠慮しておくよ」


 スカイボードの残骸はカバンに入れ、翼人たちの所には転移で行く事にした。片手に宝珠を作り続け、もう片方の手で空中に光魔法で紋様を描く。

 頭の中で光魔法と意識するだけで指先が光り、転移魔法の紋様を頭に思い浮かべただけで全部の紋様が一瞬で描かれた。


 楽でいいんだけどねぇ。


 前は、光り魔法の文字を描くための呪文を唱え、紋様を一つ一つなぞるように書きだして、バランスや紋様の書き間違いがないか神経使ったモンだけどねぇ。まぁ、確かに紋様と全体の構成をしっかり覚えちゃった、ってのは有るけどね。


 とりあえず、凹むのは後でまとめてやる事にして、転移先を選ぶ。すると、転移の紋様が中央から膨らむように広がり、その開いた真ん中の空間に翼人たちの動く姿が見えた。


 「ほっほぅ。転移の呪文をここまで進化させたか。やるもんじゃの」


 「やったつもりはこれっぽっちもないんだけど…」


 試しに真ん中の映像を指差して、ジェイたちの事を考えてみた。すると、男女会わせて五人ほどの前で書き物仕事しているジェイの姿が見えた。なんか、一人の少年がジェイの周りをチョロチョロと動き回っている。あれはどういう状況なのかな。後でじっくり聞く事にしよう。


 ジェイの様子は判ったので、次はレイミーを思い浮かべてみた。すると、ガジェットと、数人の男女と一緒に街の中を歩いているようだった。剣に手をかけ油断していない感じなので、パトロールか、捕り物かだろう。


 こういう映像ならエイプリルに頼めば過去の分も合わせて見せてくれるから、特に便利というわけじゃないけど、転移先として見ればリアルタイム情報はとても助かる。


 二人の仕事ぶりも見れたのでちょっと機嫌良くなった。


 転移先を再び翼人の所に切り替えて、紋様に手を当てて魔法力を流し込む。


 その一瞬で俺は翼人たちの所へと移動していた。


 「あ、アキラ殿。おはようございます」


 「おはよう。皆の調子はどう?」


 朝の挨拶をしてきたバヤガに挨拶を返して、今日の翼人たちの具合を聞く。


 「ええ、一人を除いて、皆、調子は良いようです。普通に喰えるだけで、こんなにも身体が動くようになるのだと、改めて感心しているという状況です」


 「一人を除いて? っていうのは?」


 「あ、はい。自業自得なので構う事はないのですが、昨日、空を飛んでいて、よそ見が原因で他の者と接触、自分の持っていた縄に翼を絡めて墜落した者が居ました。

 はっきりと判る怪我はしていないようなのですが、身体のあちこちが痛いと申して、今日は安静にする事になっています」


 まぁ、確かに自業自得だけど、ここは一緒に学んで貰いたい。せっかく全員いるんだからね。一人も欠ける事無く、っていうのは、言葉以上に連帯感を生むって聞いた事がある。


 「アキラ~!」


 いつものように飛びついてきたネイシャを抱えたまま、その怪我人の所へと案内して貰う。


 寝込んでいたのに恐縮して起き上がろうとした男をなだめて、診察を実行。


 やばかった。


 背骨の神経が傷ついているし、頭の、頭蓋骨の内側に小さな出血が見られる。なんか、出血自体はそれほどでもないんだけど出来ていた傷は大きくて、これだと何時までも出血が止まらなかったかも。放っておくと、血の塊がどんどん大きくなって、脳神経を圧迫してたかもね。


 背骨の方は上手くすると問題なく治っていた可能性は、少しだけ有ったけど、本当に少しだけで、傷が膿んだりしたらそのまま半身不随とかになってたかも。

 悪くしたら心臓とかの臓器が停止とかもあり得る。


 普通に歩けるし、頭がちょっと痛いってだけ、なんて油断していると、いきなり死んじゃうって事になるんだねぇ。


 その場に居た、その男の関係者や、怪我の状態に興味を持った者が覗き込んでいたので、俺が診察した状態を詳しく説明した。

 当の本人も含めて、頭や背中を傷つける事の怖さをしっかり理解して貰ってから治療魔法で全てを治しきった。


 体中の打ち身も完全に治った。


 しきりに礼を言う男に、他の者が怪我をした時にその経験を活かせと言い含めてその場を離れた。

 俺としては、もの凄く格好良い事を格好良く言ったつもり何だけど、張り付いているネイシャのせいで格好良くは無かったようだ。


 そして、全員の手が空くのを待つと言って、しばらく翼人たちの集団から離れる事にした。


 まぁ、ネイシャは張り付いてたけどね。


 翼人たちが集合しているのが見えるけど、話し声の内容は判らない、という距離。ネイシャを引き剥がし、グラウにも地面に降りてもらい、一人でしゃがみ込んだ。


 左手の珠を作る作業を止めて、両手で地面に触れる。


 種別は土魔法。作用は診断。まずはこのテーブル台地の一枚岩の中身を調べる。


 その意志をしっかりと示したところ、一気に岩の情報が頭に入り込んできた。岩の中の空洞やひび割れ、密度の濃い所や質が違う部分まで、直径三十キロ弱、高さは平均で七百メートル。大雑把に見れば岩で出来た板みたいな物だ。地表には二百メートルほど出ていて、表面は風化で滑らかになっている。


 岩の中にいくつか有る質の違う所は、岩が形成される時に取り込んだ別の岩か何かだろう。でも、これは力が加わった時に弱点になるかも知れない。


 そこで、質の違う所を診察していき、その部分を変質させて完全に同化するようにイメージする。量が減った所は継ぎ足しして完全に隙間が無くなるようにした。更に、ひび割れ部分や単純な空洞も消していく。


 珠を作る作業をしていないと、結果を考えるだけで効果が現れる。


 人間一人にはとうてい不可能な作業なのに、ゆっくり十を数える程で五十カ所の同化とその他の修復を済ませてしまった。これが精霊王の力かぁ。一人の人間が持つには危ない力だよねぇ。


 そして、余計な事を考える前に珠を作る事を再開する。


 「いったい、何をしたんじゃ?」「何をしたんじゃ?」


 「この大岩の中を診察して、中に泡みたいに存在した空洞や弱そうな所をこの大岩そのものに、しっかりと同化させたんだ」


 「今の間でか? さすがは……というわけじゃな」「? わけじゃな?」


 グラウが気を使って精霊王の言葉を言わないでくれたようだ。


 「うん。この大岩の中にある全部の空洞を、この位置から埋めて同化させるってやっても、俺自身にはなんの負担もなかったよ。ちょっと、恐ろしいねぇ」


 もし、人間同士の戦争が起こっても、片手間であしらう事も出来そうだ。いや、第二次世界大戦までなら、全部の国を一人で征服とかも出来たかも。

 金属で出来た武器は全て錆び付き、ガソリンに火が付かないって事もできるだろう。海の海流は自由自在、空を飛ぶ戦闘機も風が邪魔して飛び立てないし、飛行場は穴がボコボコという状態に出来る。戦車の通る所はコンクリートよりも固い岩でテトラポッドを数百万個作ったり、兵士には眠りを邪魔し続ける事もできる。ゲリラ的活動も全て察知出来るし、森の中なら樹が味方してくれるだろうね。


 ほんと、人間じゃ無い、化け物だよねぇ。


 まぁ、俺としては末端の戦場じゃなく、司令部を一番無惨な状態にするため攻め続けるって事を選ぶけどね。それはもう、ネチネチと。


 俺の方の用事は終わったので、地面に降り立っていたグラウを肩に乗せると、自動でネイシャが張り付いてきた。まぁ、いつも通り。

 そしてバヤガの所まで戻って、集合状況を聞く。


 「はい。全員揃いました。ですが、中には何が始まるのか判っていない者も居ります」


 「ああ、なら、それは俺から説明しよう」


 魔法だと言われても、そう簡単には想像出来るモノじゃないだろう。それに、ここにいるのは俺が強引に集めたって状況も判ってないかも知れない。この場所が、危険にさらされるって事も聞いていないかも知れないね。


 俺は雷撃の魔法を空に向かって放った。バンッ! という、腹に響く音がして、周囲を静かにさせる。


 土魔法で台座を作ってその上に登り、全員からしっかり見えるようにする。


 「聞け! 俺はアキラ! 元々翼を持たない人間という種族だ。そして、魔法使いでもある」


 ここら辺はよく使うフレーズになっちゃったなぁ。他ではなかなか使えない文句だよねぇ。


 「まず、言っておく事がある。今、俺たちが居るこの大岩のテーブル台地は、あと数日で大災害に見舞われる。

 つまり、その当日にここに居たら、最悪、死んでしまう事になる」


 本当にそこまでの異変が起こるかは判らないけど、避難して貰わないとならないからねぇ。


 そして、これまでの俺の都合を言っていく。

 つまり、翼人たちの都合は判ってる、だけど、そんな事はどうでも良いからこの台地の上から避難しろ。ちゃんと避難する気があるのなら魔法を教えるから、しっかり覚えて他の場所で生活しろ。っていうモノ。


 清々しいほどの我が儘っぷりだねぇ。肩のグラウも呆れている。


 当然反発も有るだろうな、って思ってたのに、静かなまま次の言葉を待っている。アレ? なんかちょっと寂しいよぉ。


 「本来なら全員が集まってから教えるはずだったが、風魔法で空を飛ぶ事は先に教えた。これは、ここに全員を集めるために効率を考えた事による。

 そして、今日、これから、風魔法で攻撃をする方法、水魔法で水を出したり、凍らせたり、氷の槍で攻撃したりする方法、火魔法で炎を生み出したり、火弾で攻撃したりする方法、土魔法で家を造ったり、穴を掘ったり、岩の槍で攻撃したりする方法、そして、治療魔法で怪我を治す方法を教える」


 そう言いながら、風の刃で地面を削ったり、氷の槍を地面に突き立てたり、突き出た岩を炎で焼いたり、即席で小屋を造って見せた。


 魔法は本来、精霊の力と馴染む必要があるので、個人で使えるモノが限定される場合がある。努力すれば全属性の魔法を使えるようにはなるかも知れないけど、そんな努力よりは、使える属性を鍛える方がお得だというのも言っておいた。


 そして、実際に風の刃で攻撃する方法から教えていく。


 まず、俺が土魔法で九枚の石の板を作った。四属性が二つずつでプラス治療魔法、って事で、それぞれの呪文をその石に刻んで貰うつもり。

 鉄筆も作り出して添えておいた。


 まぁ、あまり識字率が高そうには思えなかったけど、記録は残さないとね。


 文字が書ける者に石版について貰って、俺が教えた呪文を、音をしっかりと判るように書き写してくれと頼んだ。


 準備が出来たので、二十人ずつ並んでもらい、五メートルほど離れた所に土を盛った山を作った。それに向けて撃てと言って、呪文を唱えさせる。


 風魔法は全員が習得しているので適性が有るかどうかという心配が無い。そして、真空の刃を撃つ事で、魔法というモノを体感してもらった。


 「攻撃魔法というのは、矢をつがい、弓を引いている状態と同じだというのが判ると思う。つまり、誰かを殺す事も簡単な危険なモノだ。

 だが、モンスターと戦うにはとても有利なモノだ。殻を持った昆虫には効果が薄いが、四つ足の獣型ならば、ほぼ確実に怪我を作り出す事が出来る。まぁ、鎧を着ているような相手だと効かないけどね」


 ちゃんと、効果と弱点も教えておかないとね。


 そして、数発ずつ撃ったら次の列と交代。全員が終わるまでで、ちょっと疲れてしまった。


 「次は水魔法を教える。水魔法は二つだ。まず、水を出すだけのモノと、凍らせた槍を撃ち出すものだ。まず、水を出すだけなら危険がないので、全員でいっぺんに行う。だが、これからの魔法には相性があるから、全員が出来るとは限らない。出来なくても別の魔法との相性が有る場合があるから凹まなくてもいい。少なくても、風は全員が使えるわけだしな」


 この砂漠では水魔法は大きな意味を持つはず。


 俺は、珠を作る事を止め、手を挙げて精霊ウンディーネを顕現させた。これは俺が精霊王の力でこの場で作り出した個体になる。


 ウンディーネは身長三メートルほどの水で出来た乙女という姿をしている。その姿はユラユラと波打ちつつ、太陽の光がキラキラと乱反射して輝く光の点で構成されているようにも見えた。そして、精霊としての存在感も大きい。


 初めて見る精霊の姿なのに、それが水の精霊である事が判るようだった。


 「水の精霊ウンディーネだ。本物だぞ」


 そう言って、その力に衝撃を受けている翼人たちに、手の平に水を発生させる呪文を唱えさせる。


 水仕事に慣れ親しんだ女たちの多くと、数人の男たちに適性が見られ、手の平から水を溢れ出させていた。


 ウンディーネを俺の中に戻し、水魔法を起動させる事が出来た者たちだけに攻撃魔法を教える。


 そして次は火の魔法。


 今度はサラマンダーを精霊王の力で作り出す。これも三メートルぐらいの巨大な炎の塊になった。オオサンショウウオと大トカゲを足して二で割ったような姿をしている。


 その炎の力に多くの者が恐怖を感じたようだ。でも適性を持った者は三割程度は居た。


 手の平の上に炎を作り出せる事が出来た者に、攻撃魔法として火弾をぶつける呪文を教える。


 そして、火の魔法が終わった所で一旦休憩とした。


 昼前から始めたのに、既に二時に近い時刻になっていた。女たちは水や軽食を用意しに走り、他の者たちは起動出来た魔法について各々が話し込んでいる。


 「あれ? ネイシャが来ないねぇ」


 「ああ、水と火が起動出来ないでいて凹んでいるようじゃな」


 「ネイシャは、俺がたっぷり治療魔法をかけてきたから、その適性が有ると思うんだけどね」


 「まぁ、風一つでも充分と言えば充分じゃろう」


 その後、バヤガたちと話しをして、一時間ほど休憩してから続きを再開した。


 今度はノームを出そうと思ったけど、あの爺さんが素直に出てくれるかな? 大きさも三メートルとかは無いだろうけど、どんな出現をするんだろう?


 そう思いつつ、ノームを顕現させる。出てきたのは、いつも通りの大きさのノームだった。これって俺が作り出したノーム? それとも、ガジェットと一緒にいるノーム?


 「そのどちらでもあり、どちらでも無い、というのが正解じゃわい」


 そのノームが俺の疑問に答えてくれた。けど、答えになってないよねぇ。


 土魔法は四割ほどの習得率。土を生み出す魔法の起動が成功した連中には、地面に穴を空けたり家を造ったり出来るような土の操作法を教えた。攻撃魔法へは、それを応用すればいくらでも方法があるからね。


 ネイシャも土魔法を習得出来ていた。俺の目の前で得意そうに土の柱を作る姿が印象的だった。


 そして最後は治療魔法。でも、困った。一番習得して欲しいんだけど、これの精霊って何なんだろう? 光りの精霊じゃないし、神聖なる精霊なんて聞いた事もない。


 そう思っていた所、急に背後が明るくなった。振り返った所、そこには光り輝いてシルエットも見えない、翼を広げた天使が居た。


 あ~。神聖魔法ってそういう事だったの?


 「我が直接力を授けているわけではないが、我に属する力ではある」


 俺にはそう答えてくれた。翼人たちは皆平伏しちゃって、一様に頭を地面にこすりつけたり、シンボルを握って泣いたりしている。


 あ~、はいはい。もう良いから引っ込んで。このままじゃ教える事が出来ないよぉ。


 -近頃、東島晃による我への扱いが軽くなっているようだが-


 軽々しく降臨を繰り返されたら、扱いも軽くなるってモノでしょう。自重して、自重。


 -な、なるほど-


 心の中での会話を終えた時には、光り輝くアレは消えていた。このままじゃ、俺は奇跡の体現者とか神の使いとか言われちゃうかも。

 そうなったら、恥ずかしくて表を歩けないよ!


 街を歩いていたら、子供が俺を指差して、「神の使いだー」「これ! 指差しちゃいけません!」なんて会話が聞こえてきたら泣いちゃうよ。


 気を取り直して、治療魔法の呪文を教えた。習得率は三割程度。今までの経験からは多めだとは思う。これだけ居たら、普段の生活でも困らないだろう。


 ネイシャも習得していた。


 治療魔法には診察と治療があり、身体の中を調べる事と傷を治すのは同じ呪文だけど、気持ち次第で二つを使い分ける事が出来ると説明した。


 まぁ、怪我の治療が出来るというのは喜んでいたけど、自分たちと同じ翼有る存在としての天使様を見る事が出来たと喜んでいる方が大きいのはどうなんだろうね。

 もう、いっそ、教会でも作らせて毎日お祈りでもさせようか? この連中に布教させたら、転ぶのも多そうだしねぇ。


 皆の興奮が冷めてきた所で、魔法の扱いについての取り決めを考えるように言う。これは空を飛ぶのと同じで、生活スペースでは絶対に攻撃魔法は使わない。生活に使う魔法でも、使う時は近くの人に声をかけてから使う、などのルールを作ってもらわないとならない。


 特に子供たちは、生活用の魔法でも保護者の許可がなければ使ってはならない、とした。外で攻撃魔法の練習をするのも、それを監督する大人が居なければやってはいけない。などのルールは、大人の女性陣から強い賛同が得られた。


 攻撃魔法はむき身の剣を振り回すよりも危険だからね。


 後は、取り決めた場所でのみ魔法の練習をして、仲間を傷つけない事を絶対の条件にしろと言っておく。自分が使える魔法の種類を判るようにする工夫も有ってもいいかも、って事で、腰帯に火魔法なら赤、風魔法は白、土魔法は黒、水魔法は青、そして治療魔法なら十字に丸五つを配した図柄を描いておくのはどうかと提案しておいた。


 適性のある属性を誰でも見えるようにしておけば、困った時に声をかけやすいよねぇ。モンスターとの戦闘でも、指揮をする者や、共闘する者同士でも混乱が少ないと思う。

 この方式は良さそうだから、他の国の戦士たちに教えても良さそうだな。まぁ、人同士の戦いだと手の内を読まれるからお薦めしないけどねぇ。


 他に光り魔法や転移魔法も有るけど、一度に教えると混乱すると思い、また明日って事で俺は小型輸送艇に戻る事にした。


 小型輸送艇に戻って、自分自身の調整を考える。


 実は、ついさっき気が付いたんだけど、精霊を作り上げると、その精霊が残ったままになる。つまり、魔法を教えるために精霊を出して、その影響力を使ったわけだけど、その出した精霊は未だに俺の中にいる。


 「消えるとか、大元へ吸収されるとかじゃ無いんだねぇ…」


 俺の中には、光と闇、樹精と酒精、そして風のシルフ、水のウンディーネ、火のサラマンダー、土のノームが居る。呼応を使わなくても、俺自身の中にいるってのが強い存在感を持って感じられる。


 あれ? 今日はシルフは出してなかったけど……。あ、精霊王の力を確認する所で作り出しちゃってたねぇ。


 「俺の中に精霊が居るってのはいいんだけど、チョイスがねぇ。これで、鉄の精霊と海の精霊が居たら布陣が出来上がっちゃうよ」


 「ほう? 確かに出揃うな。今後のためにも出しておいたらどうじゃ?」


 「その結果、また暴走なんてなったら目も当てられないよぉ。そうなったら、精霊王の宝珠を作るとかの作業ぐらいじゃ力を削れそうも無いしねぇ」


 「ほっほ。確かにの。いっそ、精霊王になってしまったらどうじゃ?」


 「人間の人生を謳歌させてよ」


 見ると、珠がほとんど完成しかかっていた。それを一度消して、また一から作り直す事にする。


 「エイプリル。ジェイたちの様子はどうかな?」


 『全ての街の住民が読み書きを出来るようにするという目標が発表されました。更に、道徳的指標を街中に掲示する計画が既に始まっています』


 「それは凄いな。動き出したら早いってのは、その新しい町長のおかげかな?」


 『はい。ノウド氏は他国を回った経験から、ターナの街の改革を考えていたそうですが、その手段を考案出来なかったそうです。なので、この機会に出来うる事は全て行う、と公言しています』


 「じゃあ、その新町長独自の改革案とかもあるの?」


 『ノウド氏の案は、成人した者を旅に出させるというモノでしたが、実用的ではないという反論により却下されています』


 「まぁ、正しい知識を得られるか、生きて帰ってこないか、なんて言う二者択一なんてのじゃ、マズイよね。

 もしかして、木こり衆にも旅してこい、なんて言ってるのかな?」


 『それを匂わせる発言は多かったようですが、人手は少なく、ノルマは多いという状況で実現出来なかったようです』


 「ボードたちは命拾いしたようだね。

 うん、まぁ順調だね。その新町長が居てくれた事が、あの街の最後の救いだったって感じだねぇ。

 エイプリルは何か気が付いた事はあるかな?」


 『精霊樹の広場に不法占拠を目的とする集団が小屋を造っています』


 「なんだって?」


 『あの空間に人の身体を活性化させる効果が有る事に気付いた者が、その空間を商業利用しようとしているようです』


 「それは許せないな。

 許せないけど、どうしよう?」


 殺してしまって、禍根と恨みをあの場に残すのは得策じゃないよねぇ。かといって、秘密裏に済ませてしまうと、同じ事をやる馬鹿も出てくるし、見せしめ的に絶対に後悔する方法じゃ無いとならないね。


 「例えば、悪夢を見せて泣きながら改心させる、とかは?」


 「精霊樹の広場が恐怖の対象になりそうじゃな」


 ……却下だね。


 「精霊樹の結界を操作して、ゆっくり追い出すとかは?」


 「結界が無くなったら性懲りもなく、同じ事を繰り返しそうじゃな」


 それじゃ意味がないね。


 「をぅ、をぅ、をぅ、をぅ。誰に断ってこのシマで店出してんだぁ?」


 「どこのチンピラじゃ」


 「うう。いい方法が無い~」


 「素直にそいつらが原因で結界が消えると言えばいいのではないのか?」


 「今までと全く同じ方法だけど、それしか無いかぁ」


 「なんじゃ。別の方法にしないとならないのか?」


 「マンネリ対策ってわけじゃなく、それで、その連中が出ていって、結局は言うだけでやらない、って事を繰り返してたら、効果が薄くなりそうだからね」


 「なるほど。繰り返すほど、舐められていくわけじゃな」


 「舐められないためには一度ぐらいは被害を出すべき、ってなりそうだけど、そうなると死んじゃう弱者も出そうだしねぇ。しかも、大元の原因を作ったヤツとは関係ないのがとか」


 「ふむ。そうなると、精霊樹への印象も変わりそうじゃな」


 「なんか、面倒だよねぇ。いっその事、家ごと結界の外へ転移させちゃおうか。焦って街に戻れば問題無いでしょ」


 「家の荷物を持ち出せない距離なら、資材的にも同じ事は繰り返せないというわけじゃな。じゃが、まぁ、悪い噂は立ちそうじゃな」


 「あぁ、そいつらが、八つ当たりの暴言や嘘をばらまくだろうねぇ。どうしよう」


 「なら、それこそ事前に言っておけば良いだけじゃな。精霊樹に対して礼を失した行為を行った者に罰を与える、とかじゃな」


 「そんな感じかなぁ。まぁ、俺がやらなくなったら抑止力が無くなるって問題は残ってるけどね」


 方針が決まったら早速実行。こういう問題は早めにやらないと色々こじれるからね。


 転移でターナの街にやって来た。周りはもう暗い。一般人は夕食を食べ終わったぐらいだろうね。農家の皆さんは既に就寝準備が終わったかも。


 「あ、グラウ。俺、そいつらの名前知らないけど、グラウにはわかる?」


 「なんじゃと? あ、なるほどのぉ。確かに判るな」


 以前はこういう知識は判らなかったけど、今は判っちゃうんだねぇ。便利、便利。


 そして俺は風の魔法を起動。即席で、声を拡大させる紋様を作り出した。上手くいくかなぁ?



 『「聞けぇ!」』


 うん。大成功。グラウは目を回しかけてる。


 『「俺は精霊樹を守る者だ。精霊樹の結界を停止させると宣言した者だ」』


 少しずつ、家から出てこちらを遠巻きに眺める者が出てき始めた。


 『「精霊樹の結界を止める事は、ノウドとの交渉により一時取り止めている。だが、精霊樹の聖なる息吹の力を我が物のように扱う者が現れた」』


 そこで、その者の名をはっきり言う。しかも、親の名前から子供の名前までバッチリと。


 『「この者の精霊樹に対する愚行を俺は許さない」』


 許さなければどうなるの? って感じの疑問を持っている者が多いけど、俺は始めから同じセリフを繰り返した。

 そして、言い終わった後に、精霊樹の広場の真ん中に立てられた掘っ立て小屋を中身ごと結界の外に転移させた。


 一応俺も一緒だけどね。


 転移した場所は街の結界からおおよそ五百メートルぐらい。大陥没を挟んだ反対側。大陥没を見れば、街の位置もわかるから森を彷徨う事は無いだろう。でも、小屋の中にある荷物は、ほとんどを諦めるしか無いかもね。


 明日の昼間までにここまで来る力量が有ったとしても、それまでにこの小屋が残っている保証も無い。


 中にいる者たちは脱出の準備を始めたようなんで、俺も安心して離れる事にした。


 転移で大岩の所の小型輸送艇に戻る。こっちは未だ夕方だった。


 ソファに座って大きく息を吐く。今頃はターナの街の、精霊樹の広場の周辺は大騒ぎだろう。でもそれは知ったこっちゃ無い。

 気になるのは、騒動の原因を作った連中。今はきっと、暗闇の中、ターナの街の結界に戻るために森の中を歩いているだろう。モンスターに襲われないといいね。襲われてもどうでもいいけど。


 ターナの街に戻った後、街の住民からどのような目で見られるか、それが問題。


 最悪なのが、あの連中は下手をしただけ、俺ならもっと上手くやる、っていう言葉が飛び交う事。次点で悪いのは、精霊樹に手を出すと不幸が襲うという話しを元にした恐怖の感情が広まる事。まぁ、これは、畏れ多い、っていう言葉の元になるから、最悪では無いんだけどね。


 そして、今回の事を機に精霊樹に対する神聖な物という意識を育てて貰いたい。


 「精霊樹に対する意識が変わるかなぁ?」


 「まぁ、出来んかったら、別の手を使えば良かろう」


 諦めたら、そこで、ってヤツだね。安西先生! ダイエットを成功させたいです! 安西先生って誰?


 「とりあえず、今は結果待ちだね。もう邪霊は居ないんだから、そろそろ目を覚まして欲しいよねぇ」


 そこで、俺は夕食までの短い時間をどうするか迷った。いつも通りのレトルトの暖めだけど、それを始めるのにも一時間以上開いている。かと言って、書類仕事を始めるには時間が短い。どうせなら、魔法を使う練習で、今まで使った事のないモノを試してみようと思う。


 「今まで使った事のない魔法で、便利そうなのは何かあるかな?」


 「そうじゃな。鉄の精霊の力で剣やナイフを作るというのはどうじゃ?」


 「ああ、良いかもねぇ。今までも、剣やナイフを買いに飛び回った事が多かったしねぇ。鉄の精霊って、鉄しか扱えないの?」


 「土の精霊から分かれた存在じゃからな。鉄以外にも、地面の下に埋まっている鉄っぽいモノも使えるはずじゃが」


 この世界では、まだ、ほとんどの金属が鉄って扱いなのね。


 「金や銀は?」


 「ああ、それも扱えるな。金を掘り出して、それを金貨に変える事も出来るぞ」


 「便利そうだけど、世間に広めちゃマズイよねぇ。どうしようかな。金や銀を掘れるけど、金貨に変えられないようにと、鉄の精霊に頼めないかな?」


 「掘るのはいいのか?」


 「鉱山で働く人も、金や銀を見つける事は有るよね。それを国が買い取って金貨にするわけだから、掘るのだけなら構わないんじゃないかな。

 魔法を使わないで、金を金貨に鋳造するのは普通に犯罪だと思うから、それは国が取り締まればいいと思うしね」


 「なるほどのぉ。なら、お主が直接、鉄の精霊に命令すれば良い」


 「俺が命令したら、これから先、ずっと鉄の精霊がそれを守ってくれる?」


 「お主。お主は自分を何だと思って居るのじゃ? まがりなりにも精霊王じゃぞ?」


 「あ、そうだった」


 で、さっそく。


 「あ、あれ? すると、俺は鉄の精霊を作り出さなくちゃならない?」


 「命令しなくても良いが、それだと、鉄の精霊は金貨作りに手を貸す事になるのぉ」


 「く、くそう。なんか、負けた気がする」


 「後は海の精霊だけじゃな」


 「それだけは回避しないと……」


 で、珠を作る事を中止して、手の平を突き出し、「鉄の精霊よ」とのたまってみました。


 はっきりとした鉄の精霊のイメージは出来なかったんだけど、土の中の鉄、ってイメージだけで充分だったみたいだ。


 精霊樹の所で見た、ゴツイ銀色の精霊。それが、俺の手の先に立っていた。


 見た目は人型と言えるけど、髪の毛は銀色、手足は銀色を含む鈍い鉄色、胴体は銀色の鎧を着ているような感じだった。そして、なぜか顔は赤い。


 「ああ、あんたが精霊王か」


 しゃべったね。ノームの系属だから、まぁ当たり前かな。


 「初めまして。鉄の精霊。俺はアキラ。よろしく」


 「ああ、よろしくな。だが、鉄の精霊ってのはよしてくれ。俺は鉄だけの精霊じゃねぇんだ」


 「そうだよねぇ。チタンやニッケル、銅や鉛、タングステンとかも有るのに、鉄だけってのは無いよねぇ」


 「ちょっと待て精霊王! なんだそれは? そんな名前は聞いた事がないぞ」


 この世界では、金、銀、以外はほとんど鉄と呼ばれてる。土の中の金属を扱う精霊にとっては、大雑把に鉄と言われる事に、少なからず思う所があったようだ。


 俺は自分の腰に装備してある軍用ナイフを抜いて、鉄の精霊の前に差し出した。


 「これは、主に鉄とクロムっていう金属を合わせて溶かして作ったナイフなんだ」


 「ちょっと待て、良く見せてみろ!」


 精霊なのに、なんか人間くさい感じがする。拘りのある人間が初めての知識を知る時のような嬉しさと驚きと、ほんの少しの悔しさを含んだ興奮状態だ。


 「うぬぬぬぬ。こいつは初めて見た。いや、初めてじゃねぇ。だけど、扱った事はねぇんだ。なんだこれは。おい、精霊王! 頼みがある。鋼の精霊も出してくれ」


 鋼の精霊の加護を受けた精霊樹はアカデミーに持っていったねぇ。鋼の精霊は、たぶん鉄の精霊の系譜なんだろう。もともと、鋼とはその製法から合金の事を言うってエイプリルに聞いた事がある。だから、このステンレスのナイフも鋼の精霊なら理解出来ると思ったのかも。


 俺は珠を作るのを止めて、手を突き出し、鋼の精霊をイメージした。でも、なかなか出来ない。


 「そう言えば、鋼の精霊ってよく見ていなかった。あの時、あの場に居たんだろうけど、ちょっと印象が薄いなぁ」


 「あぁ、あいつは取っつきにくい性格だからなぁ。頑固で細かい事も譲らないってヤツなんだ」


 「エイプリル。映像とか残ってる?」


 『はい。空中投影します』


 「な、何じゃそりゃ?」


 鉄の精霊が驚いてるけど無視して、エイプリルの出してくれた映像を見てみる。


 鋼の精霊は、鉄の精霊よりも金属の塊って感じだった。


 「なんか、ロックジャイアントを連想させる姿だねぇ」


 「おう、全くだ。まぁ、ロックジャイアントとは比べモノにならないぐらい固いヤツだけどな」


 エイプリルの映像と鉄の精霊の評価で、何となく鋼の精霊の事が判った気がする。再び手を伸ばしてイメージすると、そこには鋼の精霊が居た。


 「はじめてお目にかかる。俺は鋼の精霊」


 「はじめまして。俺はアキラだ。よろしく」


 「挨拶は済んだな、鋼の! これを見ろ。これはお前なら判るだろ? どうだ?」


 確かに最低限の挨拶は終わったけどね。鉄の精霊って短気? 江戸っ子?


 たたみ掛けるような鉄の精霊の勢いに、鋼の精霊が押されつつも俺の軍用ナイフを見つめる。そして、食い入るように見つめ続けて、少しだけワナワナと震えている。


 「こ、これは?」


 「こいつは、精霊王が持っていたナイフだ。それに見ろ。ここは俺たちが見た事もない鉄であふれているぞ」


 そう言って小型輸送艇の中を見回した。


 俺とグラウを無視して、二人? の精霊が、小型輸送艇のコンテナ内を舐めるように観察している。まぁ、熱心だねぇ。


 「す、すげえぜ精霊王。じゃあ、サクサクと教えてくれねぇか?」


 「あぁ、じゃあ、エイプリル。金属についてと、合金についての講義をよろしく」


 『了解しました』


 俺のあやふやな知識よりも、影ぷりの知識の方がいいよねぇ。途中で交代するよりも、始めからエイプリルに任せる事にした。


 そして、土の中には、純粋な鉄と、クロムやマンガン、コバルトなど、金属と金属に含まれるけど金属質ではない鉱物など、色々な物が埋まっており、様々な組み合わせで合金が出来、その性質が変化する事の例を挙げていった。


 「す、すげぇ、あんなに種類があるなんて、俺の思った以上だぜ。しかも、それをしっかり判別出来るなんて、この姉ちゃんはすげぇなぁ」


 鋼の精霊も同じ意見らしい。素直に頷いている。


 「精霊やモンスターや魔法がこの世界に来る前までの人間の集めた知識が、エイプリルに書き写されているんだ。エイプリルは森の精霊の宝を受け取って、魔法も使えるし、心も有るけど、実は人間が作った道具なんだよね。だから、人間が正しい判断をするための知識が収められて居るんだ。まぁ、専門家の知識じゃなく、利用出来るって程度の知識に押さえられてるけどね」


 「何言ってんだ精霊王。鉄の精霊が知らない知識を知ってるなんざ、有り得ない奇跡だろう。俺は驚いちゃったぜぃ」


 あ、またしても鋼の精霊が頷いている。


 「有り得ない知識じゃなく、失われた知識ってのが正解だよ。もともと、精霊がいた世界には、意識していない物質は存在してなかっただろうけど、こっちでは星が出来る時に一緒に出来た金属だからねぇ。細かい数字は言えないけど、だいたい、出来てから四十五億年ぐらい前から有るんだと思うよ」


 「失われた、ってかぁ。まぁ、ここの鉄を見れば、そうなんだろうなってのは判るけどなぁ」


 「一度、エイプリルに鉱石の金属サンプルでも用意して貰おうか?」


 「なに? まじか?」


 「実物が有れば、改めてそれを認識出来るんじゃないかな? 鉄の精霊、じゃなく、金属の精霊って呼ばれるためにも、精霊自身がしっかり認識して、人間やドワーフとかの、鉱山で働く者たちや鍛冶屋にも知って貰わないとねぇ」


 「お、おう。じゃあ、そのさんぷるってやつを頼むぜ」


 「エイプリル。どのくらいで用意出来る?」


 『現在、ゲンブ内で保管しているサンプルは二十一種類になります。採取可能なサンプルは三十種類前後と想定されますが、完成させますか?』


 「いや、とりあえず有る物でいいだろう。あと、合金の方は?」


 『種類と配合率により百を超えると想定されますが』


 「なら、代表的な、出来れば、アカデミーで再現出来るタイプ限定で」


 『了解しました。艦長が居る現地時間で明日の朝には到着出来るように手配します』


 「よろしく」


 これで、鉄の精霊も金属の精霊と呼ばれるようになるかな?


 「さすが精霊王だ。まったく敬服もんだ」


 鋼の精霊も頷いている。それでいいの? 鋼の精霊?


 「あ、そうだ。鉄の精霊に頼みがあって呼んだんだった」


 「お? 何でも言ってくれ。出来る事の頼みならやらせて貰うぜ」


 「鉄、というか、金属の精霊に頼んで、金をたっぷり掘り起こして貰う事が出来ると思うけど」


 「おう、金でも銀でも任せてくれ。精霊王もご要望かな?」


 「魔法の道具を作るために銀はあった方が助かるけどね。頼みってのはそうじゃなくって、金を鋳造して金貨にして、人や国は物の売り買いに使っているんだ」


 「ああ、そりゃ、知ってるけど?」


 「貨幣は国が鋳造して、それの価値を国が保証して、はじめて取引に使えるようになるってのが前提条件であるってのは判るかな?」


 「ああ、ただの金の塊じゃなくて、国が決めた形が必要ってわけだろ」


 「うん。だけど、金属の精霊由来の魔法で、国とは関係のない個人が、国の金貨と同じ物を簡単に作り出してしまったら、最悪、国が成り立たないって事になるんだ」


 「なるほどな」


 「金属の精霊との相性がいい魔法使いが一人居れば、国を滅ぼす事も出来るってわけだね。そうなると、そこに住む人たちは、最悪滅びる事になっちゃう。鉱山の鉱夫も鍛冶屋も居なくなっちゃうわけだね」


 「そいつはまじぃな」


 「だから、金として流通している金属に関しては、国以外は同じ物を作れないって取り決めを、金属の精霊に受け入れて貰いたかったんだ」


 「判った。精霊王の言う事は一々もっともで、鉄……、じゃない、金属の精霊としても同じ気持ちだ。だが、こうして直接出てきて、この目で見るのならともかく、人どもが使う金属を一々区別するのは難しい。一つの国だけなら、まぁ、何とかなるだろうが、全てとなったらまず無理だ」


 「そっかー。じゃあ、金と銀だけは、魔法という手段では加工が出来ない、っていうのはどうかな?」


 「そ、それもなぁ。そんな事したらノームから雷落とされるぜぃ」


 「あ、そうか、そういう金属細工もノームの特徴だったねぇ。なら、どうしようか。グラウはいい考えはある?」


 「金属精錬のワザで、形を登録しておく方式が有ったと思うが、それはどうなのじゃ?」


 「ああ、鎖を作る時に重宝するわざだな。同じ形を作る時に使うワザだが、それをどう使う?」


 「形を登録しておくだけじゃがな。それで、登録のある場所以外で同じ形が作られたら、探知はできんもんかと思ったわけじゃ」


 「あ~、だめだ。形から登録へという、逆の流れは持ってねえ。よしんば、新たに付け加えたら、全ての金貨からの情報を集める事になっちまう」


 「現実的じゃないって事かぁ。エイプリルは、いい案はあるかな?」


 『申し訳ありません。新たな金貨を作るという限定条件以外の提案はありません』


 「そうだねぇ。今、現在出回っている普通の金貨を無視出来ないからね。ありがと。

 ということは、今は出来る事が無いってことだね。

 金属の精霊と鋼の精霊には、来て貰っておいて悪いんだけど、無駄足させちゃったみたいだね。謝るよ」


 「いやいや、俺たちにしてみれば、さんぷる、いや、そのナイフを見せて貰っただけで充分元は取れたって気分だ。なのに、俺たちにも益のある精霊王の願いを聞けないって方が不甲斐なさで申し訳ねぇ。

 どうか、この件は引き続き考えさせてくれ」


 「ありがと。そう言って貰えると助かるよ。俺の方でも考えてみるけど、誰か、他の者がこの事に真剣に対処しようとしてたら、力を貸してやってくれないかな。しっかりと見極めた上で、って条件が付くけど」


 「判ったぜ。任せておきな」


 そして、明日、サンプルが到着するまでは用がないって事で、二人? の精霊は俺の中で休む事になった。

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