第六十四章 晃と森の地下 私刑
レゼとキャスに魔法を教えた翌日。
ターナの街の精霊樹に、精霊の加護を隠して貰ってから二日目。今日はターナの街の様子を見に行くつもりでいた。
でも、寝起きに聞いたエイプリルの報告で、その予定をどうするか再考する必要に迫られてしまった。
『レゼさんとキャスさんの二人が大陥没へと侵入するために向かったようです』
「たしか、キャスは土魔法を使えるはずだったよねぇ。練習はしてないけど、呪文に関しては教えたから穴を掘って進むぐらいはできそうだよね」
「アキラ? どうします? 追いかけて連れ戻しますか?」
「レゼのことだから、他人に手間は掛けさせたくない、って感じじゃないかな? だとすると、連れ戻しても俺たちがいない時にはまた単独で強行するって事にもなるだろうねぇ」
「あぁ、全部自分でやる、っていうしっかり者のように見える頑固者ってヤツですね」
「下の立場から見ると頼りになるけど、上の立場から見ると危なっかしく見えるってヤツだね」
「ですね。で、どうします?」
「どうせなら、この勢いを利用して大陥没の調査を始めても良いと思う。特に準備が必要な物も無いし、ここで時間を掛ける必要は無さそうだしね」
「確かに、出現する魔物の事も大体は調べられましたし、あとは実際に現地で調査という状況ですね」
「うん、ただ、ターナの街の方も見ないとならないってのは有るんだよね。さすがに、街一つ分の混乱をそのまま放っておくというのも問題だしね」
「では? いつものように二手に分かれますか?」
「そうだね。俺は役割から言って精霊樹の方になるね。で、地面の下に潜る事になるからガジェットは大陥没組ではずせない。残りの三人でどっちに行くか決めてくれ」
「あぁのぉ。わたしぃはぁ、工房でぇ作業してもぉいいですかぁぁ?」
「あ、そうだね。じゃあ、ファイエーはこの場所に工房を呼んで作業。もしもの場合は俺かガジェットのどちらかの援護に回って貰うって事でいいかな?」
「ふぁぁい」
「じゃあ僕はガジェットさんとレゼさんたちを追います。そして、出来るだけ詳しく中の探索をしてきます」
「ここへの転送魔法用の陣形を忘れないようね。レイミーは俺と一緒にターナの街に行こう」
「うん、判った」
メイにお昼用のお弁当もしっかり作ってもらい、ソードドラゴンとアースドラゴンを呼んでそれぞれの目的地に向かって飛んだ。
そしてターナの街に到着。幻獣のドラゴンをタクシー代わりにするってのに抵抗あったんで、街の北にある広場に転送魔法用目標陣を新たに作っておいた。でも、ほんの短い距離のタクシー代わりでも、ソードドラゴンのゼンはけっこう喜ぶんだよねぇ。なんか、かまって貰いたい子犬みたいな印象がある。
「ゼン! 幻獣界へ帰ってもいいよ」
俺のその言葉に、なぜか悲しそうな目を向けてくる。寂しがってる?
「時間がどのくらいかかるか判らないけど、ここで待ってるか?」
その言葉に、嬉しそうに尻尾を振って、喜んでる目を向けてくる。見上げるほどの巨体と鋭い剣を身にまとうドラゴンなのに、本当に子犬だなぁ。
「人と人の作った物、そして森に被害を出さないようにね。あとは好きにしていいよ」
そう言うと嬉しそうに鼻先をこすりつけてきた。
うっ、可愛い。
手を振って別れ、俺とレイミーはターナの街へと向かった。ゼンは、モンスターでも捕まえて食べたりするのかな? エイプリルに頼んで、どんな行動をするかを見ていてもらおう。
「エイプリル、ゼンがヤバイ行動を取らないか見ていてくれるかな?」
『了解しました』
そして街の結界に到着。レゼがやったように結界に触れると、人として認識され、結界が揺らいだ。そこを通り抜けると、ターナの街。街の中は、特に騒がしいわけでもなく、人の動きに特別な感じは受けなかった。
精霊樹の力を止めたはずだけど、あまり生活に影響してないのかな?
午前中で、これから本格的な仕事の時間という頃合いのせいか、自分のするべき事が忙しくて街の事なんかにはかまっていられない、って事かなぁ?
「レイミー? この街の状況をどう考える?」
「うん、精霊樹の力は、灯りぐらいであまり生活に関わっていなかった?」
「食べ物を焼くとか、水を出すとかぐらいは関わっているとは思ってたけどそうでもないのかな」
街の中央の精霊樹を目指して歩きながら、単なる憶測を話し合う。本当なら、そこら辺の民家に突入して、その生活を見せて貰うってのが一番いい方法なんだけどねぇ。
もしかしたら、俺たちは最悪の犯罪者扱いされているかも知れないんで、その勇気がないんだけどね。それにでっかいしゃもじも無いし。
そして、街の中央に到着。
精霊樹が集う広場の周りには人垣が出来ていた。
やっぱり、それなりの騒ぎになっているのが判って、ホッとしたような、がっかりしたような感じだ。
ほとんどが野次馬の集団をかき分け広場の中に躍り出ると、そこには嫌な光景が広がっていた。
地面に撃ち込まれた杭に一人の人間が縛り付けられ、周りにいた男たちが棒でめった打ちにしている。
杭に縛り付けられていた人間は、ボロボロになり全身から血を出し肩や肘、顎や足からは、血に染まった骨が剥き出しになっていた。
それでも、楽しそうにめった打ちをやめない男たち。
「何をしている!」
俺は飛び出した。もしかしたら、それはこの街の刑法の一環なのかも知れない、という思いもあったけど、目の前の光景に俺の頭が沸騰した。
杭に縛り付けられている人間の前に飛び込み、驚いている周りの男たちを突き飛ばす。
一人、二人目までは簡単に突き飛ばせたけど、三人目は身構えて持っていた棒を突き出してきた。
それもかろうじて避け、手の平を男の腹に当て、そのまま突き飛ばすように全身の力を使って押し出した。
残り二人。と思ったら、レイミーのリュウによって男二人は突き飛ばされ、同時にリュウが俺たちの周りを回って防壁になってくれた。
「貴様! 何者だ! その男の仲間か!?」
水の龍によって、はじき出されて近づけない男が叫んできた。
「こいつが何者かなんて知るか!」
おれは叫び返し、ナイフを抜いて杭から解き放ってやる。
地面に横たえようとした所で、その人間が誰だかを知る事ができた。
「町長じゃないか! なんでこんな拷問を受けているんだ?」
俺の言葉に、拷問をしていた男たちが顔を見合わせる。まぁ、今はそんな事はどうでもいい。
俺は呪文を唱え、町長を診察する。
良かった、生きてる。本当に良かったかは知らないけどね。とりあえず、生きていれば良かったと言えるようになる可能性があるってことだよね。
治療魔法を本格的に起動して町長の傷を治していく。手足や頭の骨が砕け、その破片でさらに筋肉を傷つけ、脳にまで骨がいくつも食い込んでいた。
良く生きてたなぁ。
あと十数秒遅かったら間に合わなかったって感じだねぇ。
診察を治療に切り替え、全身をくまなく治していく。
全てを治療し終えた後に最終的な診察をして、傷と骨折が無くなった事を確認する。これで健康体、ってわけでは無いけど、直ぐに命に関わる事はないだろう。まぁ、糖尿病みたいな感じだけどね。
治療を終えて立ち上がり、町長を拷問していた連中に向き直る。
「何故こんな事をした?」
レイミーのリュウが周りを回って守ってくれている。その水の壁越しに拷問していた男たちに問いかけた。
「その男は、この街を危機に陥れたのだ。これは正統な粛正だ!」
「町長はなにをやったと言うんだ?」
「町長のせいで我々は精霊樹の力を使えなくなった。全てはその男の所業だ!」
なんとなく見えてきた。つまりは、現状をどうするか判らないから八つ当たりをしている状況みたいだ。きっと、こいつらは街の役職でも無いんだろう。
前の町長の言い分を思い出すと、本当に盗賊の集まりみたいな集団になっているようだ。
「精霊樹をお前たちに使えないようにしたのは俺だ!」
そう叫んでみた。その俺の言葉に、さっきから受け答えしていた男と、三人の男が反応したのは見逃さなかったよ。
「俺は、町長もそうだが、その場にいた兵も同罪だと言ったはずだ。覚えているぞ、お前もその場にいたよな」
本当は覚えていないんだけど、余裕を持った顔でニヒルに笑ってみた。
「なぜ、お前は粛正する側にいるんだ?」
あ、周りを見て脅え出した。
「そこのお前、お前もだ、そしてお前も! あの場に居たよな?」
反応があった男たちに、顔だけを向けて指摘する言葉を掛ける。指差すと間違ってた場合に恥ずかしいから顔だけを向けるだけにした。これなら誤差で済むからね。
「町長はその場から逃げなかったのに、お前たちは逃げ出してたよな? 粛正をされるべきは誰なんだ?」
野次馬たちも粛正していた男たちを見つめている。ここで、野次馬たちにも正確な情報を広めておくべきだろうね。
「俺はレゼに、ここの精霊樹を治して貰いたいという依頼を受けてここに来た。
精霊、幻獣、神獣を友とする俺を見て、町長は俺を逮捕すると言った。俺が力を持っているから、それを追いはぎのように奪おうとしたんだ。そして町長の兵は俺に剣を向けた。
つまり、この街は追いはぎの街だということだ」
野次馬たちがざわつき始めた。このざわつき方からすると、正確な情報は伝わっていなかったらしい。
「精霊を友とする俺にしたら、この街の精霊樹の扱いは許せる物じゃ無い!
よって、精霊樹に頼み、精霊の加護の力を使えないようにした!」
ここでざわつきが少しだけ収まり、俺の次の言葉を待っている。
「この街の町長がしでかした事は、この街全ての責任だ! 町長一人を殴り殺せばいいというモノでは無い!
もし町長が死んでいたら、生き残った街の民にその責任を取って貰うつもりだ」
本来、長を決めるってのは、責任を押しつけるという事ではないはずだよねぇ。でも、まぁ、この街は王都に嫁いだ姉のコネで長を決めたみたいだし、町長自身が追いはぎ体質みたいだったから、こういう事を言われても寝耳に水だったかもね。
「俺が要求するのは二つ!
一つは精霊樹の扱いを改め、結界と治療以外には決して使わぬ事。
もう一つは、俺たちに剣を向けた事に対する落とし前だ。前日、俺は町長と、俺たちに剣を向けた兵たちの全財産と言った。そのため、兵たちが暴走したわけだが、それについては街の判断に任せることにする」
俺たちへの落とし前は、後々のアカデミーに対していやらしい気持ちを起こさせないための布石だから、二度と追いはぎみたいな事はしない、って思って貰う程度にはするつもり。
「この二つが確実に実行されなければ、精霊樹の精霊の加護による結界を縮小し、精霊樹のみを守るだけのモノとする」
「横暴だ!」「なんでお前がそんな事を決めるんだ!」「俺たちには何の責任もないじゃないか!」「勝手すぎる!」「わけわからねぇぞ!」
ついに野次馬たちが騒ぎ始めた。まぁ、横暴な町長のせいでなぜ自分たちの生活が脅かされなければならないのか、って思っているんだろうねぇ。
そこで俺は強化紋章の呪文を唱えてから雷撃の呪文を唱え、野次馬と俺たちの間の位置に撃ち込んだ。
本物の雷の迫力の半分はあるかという大音響と、地面を流れる一瞬の静電気の痺れが周りを襲い、直撃すれば丸焼けになるだろうという事実を迫力として伝える事が出来た。
尻餅をついているのもいるようだ。そして恐怖を発端とした静寂が訪れる。
「町長とその兵の勇み足ではあるが、事実として、この街が俺たちに喧嘩を売ったと言う事になる。
これが町長で無ければ、馬鹿な個人の所業と言えるがな。
そして、この街の住民がこの男を町長であると認めていた事が重要だ。町長として認めていなくても、町長である事を放置していた連中も同じ事だ」
まだ納得は行かなくても、雷を落とされてはたまらない、という感情があふれている。
更に追い打ち。
「要はこの街は俺たちに喧嘩を売ったわけだ。そして俺はこの街が敵となったことをしっかり認識した。個人の勇み足だという言い訳を聞くつもりはない。
一つの街との喧嘩だ。言ってみれば戦争だな。
だから、俺はこの街一つを全て焼き払う事も考えている。逃げたきゃ逃げても良いぞ。空飛んで逃げようってヤツは、しっかり撃ち落とすつもりだけどな」
さぁ考えろ! お前たちは今、試されて居るんだぞ。なんてのは調子に乗りすぎだね。
でも、どういう態度と覚悟を持つかを、この街の住民としてしっかり考えて貰いたい。
ああ。出来れば街の住民全てに声が聞こえるようにしてやりたかったなぁ、ってのは後の祭りだねぇ。全住民に情報伝達するっていう事もここにいる連中にできるかなぁ?
ここの野次馬が全員バックれちゃったらって考えるけど、それだけは勘弁してもらいたい。
『艦長に状況報告』
エイプリルからの突然の通信。なにがあった?
「なに? ジェイたちになにかあった?」
『いえ。ソードドラゴンのゼンについてです』
「ゼンが?」
『はい。ゼンは現在、北の広場から西に入った場所で、大量の樹木を切り倒しながら暴れているようです』
「な、なんで?」
『上空からの観測のため、詳しい事は………。
申し訳ありません。原因が特定出来ました。
現在、森の西から街に向かい、人間大のモンスターが大量に移動しているようです。ゼンはこれを向かい撃っているようですが、森の木を荒らすなと言う命令のため苦戦しているようです』
「人間大のモンスターか。どんなヤツ?」
『名称は不明。形態的には蜘蛛と似ているモノ、甲虫に似ているモノ、大型の猫科に似ているモノなどが居ます。推測では小型の何かも居るようですが、存在を特定できていません』
「そっか、引き続き監視と観測を。北の広場に置いてきた転送魔法用目標陣は?」
『損傷は有りません。周囲に脅威も無し。推定ですが十分以内であれば安全に移動出来ると思われます』
ここで言う事は全て言ったかな? とりあえず、また様子を見るため時間を空ける必要もあるみたいだし、このまま行ってしまう事にしよう。
「良し! レイミー! いける?」
水のリュウで防壁を作っていたレイミーが手元にリュウを引き寄せて、腕にからみつく小さな蛇のように小さく変化させた。
リュウはレイミーが使役獣を作る魔法で作り出した水の神獣のコピーだ。本来なら、戦いの場に呼び出して一撃だけ攻撃し、その場で消えてしまうはずの使い捨て召還獣って感じだったはずだが、俺たちはその身に精霊を宿しているため、その力で使役獣の身体を維持し続けている。そのため、普段から維持のための魔法力が消耗されているはずだが、それを負担に感じた事もないし、今回のように周りを回って貰って結界的な防壁を作ってもらっても疲れるという感じはしない。
俺も雷の魔法を使ったけど、威嚇のための一発だけだし、ほとんど疲れたという事もない。
二人とも、体力、魔法力共に消耗なしだ。
力強く頷いたレイミーの肩に手を置いて、転送呪文を唱え、北の広場に置いてきた転送魔法用目標陣を頭に思い浮かべる。
ほんの少しだけ、右足に掛けていた体重を左足に掛け直す、という感覚に近い変化を感じた後には、北の広場に戻ってきていた。
西の方向ってどっちかな? なんて考える暇もなく、少し離れた所から大音響が鳴り響く。
「あっちか。
レイミー、付かず離れずで一緒に行動するようにしよう。森ではぐれたら、お互いの位置が判らなくなって、大きな魔法とかも使いにくくなるしね」
「うん、判った」
頷いて、超振動ブレードを構えるレイミーを見て、俺もブレードを抜き出す。
中、長距離での接敵だと弓などの飛び道具が良いとは思うけど、それについては魔法と銃に頼る事にした。レイミーも水と氷の魔法に加え、使役獣のリュウを放って迎撃するつもりのようだ。
その迎撃をすり抜けた敵に対して、超振動ブレードでの防御という形が今の俺たちの先頭スタイルになる。
「まずはゼンと合流しよう。まだ、森の木を大切に、っていう命令が効いてるとしたら可哀相だしね。グラウは少し離れた安全な場所に避難していて」
「わかった。無理はするんじゃないぞ」
俺の使役獣である知識の神獣であるフクロウ型のグラウはなんの戦闘力もない。知識の検索には偶に役に立つけど、こういう場面じゃ避難して貰っておいた方が助かる。
グラウが大きな翼を広げて飛び上がり、高い位置にある枝に留まったのを確認してから俺たちも走り出した。
始めは森の体を成していたけど、直ぐに林程度の木の密度になり、さらにまばらな小さな広場が目立つようになった。ついでに強い力でねじ切ったと思えるような大木も多く倒れている。
そして、大して間を置かずに攻めてきたモンスターを目の当たりにする事になった。
大蜘蛛だ。
直立すれば二メートルを超えそうな大きな体の黒い蜘蛛。でも、頭と手足は黒くなかった。
頭と手足は、まるで人間の様で、泥に汚れたそれは肌色をしていた。手の先には指もあり、八本の手足の内、前四本が人間の腕、後ろ四本が人間の足の形に近かった。
間接が一つ多かったんで、少しだけ人間っぽく無かったし、頭の部分は肌色のボールに蜘蛛の目をちりばめられ、口には蜘蛛の口が開いていたんで、出来損ないのオモチャのようにも見えた。
「なんて趣味の悪いモンスターだ」
俺のセリフにレイミーも何度も頷いた。あまり仲良くしたいモンスターではないよねぇ。
「フォトン!」
左手の指先で蜘蛛型モンスターを指差し、光の精霊に託した呪文の合い言葉を叫ぶ。
それだけで、詠唱に時間がかかる魔法が一気に起動した。
光を集め、鋼鉄さえも溶かして穴を穿つ魔法のレーザーが蜘蛛型モンスターに突き刺さり、穴が空いた一瞬後に内側から弾けるように吹き飛んだ。
さらに数体の蜘蛛型モンスターが続いて出てきたので、「フォトン」を連発して十秒ほどの間に三頭のモンスターを吹き飛ばした。
「便利」
レイミーがそう言ってきたが、その目にはあからさまに『アキラばっかりずるい』という感情が込もっていた。
あとで、ジェイたちと一緒に呼応の練習しようね。ちゃんと手伝うから。という気持ちを込めてにっこり笑い、先を促す。
再び走り出した俺たちは直ぐに立ち止まり、超振動ブレードを構えて大きく飛びすさる事になった。
ヒョウ? チーター? 細身の猫科の大型獣と思えるモンスターが暗闇から一気に突撃してきた。
レイミーの使役獣である水の龍がそれに反応して飛び出し、狙われていた致命的な隙を補ってくれた。
「リュウが気付いてくれてなかったら、ちょっとした怪我ぐらいはしてたかもね」
怪我をしても跡形もなく治癒してしまうが、戦闘中は命の危険に直結する不具合になるからねぇ。レイミーには、あとでリュウを褒めてあげるように言っておこう。
隠れた場所から飛び出して、先制のアドバンテージを無くしたはずなのに、猫科の大型獣と思えるモンスターは余裕でこちらを見ながら動き回っている。
その色は真っ黒。ツヤのない黒で、森の影に潜まれたり、夜間に攻められたりしたら対応出来るのかと疑問に思えるほど真っ黒だ。
しかも、細身だからヒョウの系統かと思ったのに、首には立派なたてがみがフサフサしてた。
ブラックライオン。
名付けるのなら、そういう名前になりそうなモンスターだ。
野生のライオンと戦って勝てる実力も無いんで、魔法で先制攻撃させて貰おう。
「フォトン!」
ブラックライオンに向かって指を指し、トリガーワードを唱える。光の速度で進むレーザーなら避けられないだろうと思ったのに、ヤツはギリギリかわして飛び上がった。
かなり驚いたけど、驚いたそぶりを見せるのは戦闘が終わってから。ってことで、さらにレーザーを撃ち込む。
「フォトン!」「フォトン!」「フォトン!」
三発目で胸に命中!
どうやら、俺の呼吸に合わせてランダムに飛び上がっていたようだ。なんか、歴戦の戦士のようだ。
でも、そんな歴戦のブラックライオンは胸に大穴を開け、同時に胸の中を焼かれたせいで致命傷を負い、ゲフゲフと息を吐き出しながら苦しみに悶えていた。
「お前は強かったぞ」
そう言ってから「フォトン」を唱え、頭を吹き飛ばしてトドメを刺す。
戦士に対しては戦士の対応。って格好つけてたら他のモンスターに取り囲まれてた。
「アイスランス!」
レイミーの氷の槍がモンスターに向かって飛んでいく。
モンスターを串刺しにして、そのまま氷漬けにしてしまうレイミーの得意技だ。しかし、氷の槍はモンスターの背で弾き飛ばされた。
「え? まさか」
俺のレーザーが避けられた事よりも驚いてしまった。
モンスターは、大人が丸くうずくまったぐらいの大きさの甲虫だった。英語で言うとビートル。日本語だと甲虫だね。
丸い身体を固い殻で覆っている昆虫だ。それが大きくなったぐらいなら大した脅威には成らないんじゃないか? と思ったけど、それは次の瞬間には完全に否定された。
大甲虫は背中の鞘バネを開いて羽根を展開すると、まるでヘリコプターの風切り音のようなバババババという爆音を上げてこちらに突進してきた。
初速は遅いんで余裕で避けられたが、避けられた大甲虫はそのまま木に当たり、俺が抱えられないような太さの木をへし折ってしまった。
ここまで来るのに見た光景はこの大甲虫のせい? でも、速度と威力が合わないような。
俺が見てから避けられる速度なのに、大木をへし折るって事は、見た目よりも重いのか?
考えるよりも実行! ってことで「フォトン」を大甲虫に撃ち込んだ。
大蜘蛛やブラックライオンは貫通したレーザーなのに、大甲虫の表面に丸い窪みを作るだけで精一杯だった。
赤く光る熱せられた甲虫の外骨格。
光魔法のレーザーで人間の頭一つ分は凹んだようだけど、致命傷とはならなかったようだ。高熱で赤く光って湯気まででているのになんで平気なんだ?
こちらに向き直って、再び攻撃として飛び出そうとしているようだ。でも鞘バネが開かず、飛べなくなっていた。
もしかして、身体の大部分が金属製とか?
そう思い、雷撃呪文を撃ち込んでみたら、簡単に命中して動かなくなった。
「あの虫は鉄の塊みたいなモンスターらしい。レイミーも雷系で攻撃して」
「わ、判った」
ファイエーほどじゃないけど、レイミーも風魔法は得意だ。火や土系だと普通の動物相手でも苦労するから、今回は相性としては悪くない。
俺も、光魔法のレーザーと、風魔法の雷撃を攻撃の中心にする事にする。ほぼ同時にモンスターの軍団と遭遇。今回は三種類のモンスターが勢揃いだ。
威力はかなり落ちるが、広範囲に雷を落とせる魔法を俺が唱え、機動力が落ちたり、失神したモンスターのトドメをレイミーに任せた。
俺たちにとって優位に立てる場所を選びながら移動しつつ攻撃を繰り返していく。攻撃が単調なルーチンワークになりかけた所でゼンが見えてきた。
案の定、ゼンは森の木を自分では傷つけないように気を使って攻撃している。ゼンを狙っている大甲虫は平気で木々をへし折っているのにねぇ。
「ゼン!」
俺の呼び声に気付いて嬉しそうに寄ってくるソードドラゴン。木を倒さないようにと気を使いながら動く様はちょっと滑稽で笑いそうになった。笑っちゃマズイから、必死に押さえていたけどね。
「ありがとうゼン。頑張ったね。ここは俺たちで対応するから幻獣界へ帰ってもいいよ?」
大きな体で、森の中のモンスター相手は相性の悪い状況だったよね。でも、帰って良いと言う言葉は拒否されたようだ。
「? まだやってく?」
その言葉に大きく口を開け、そして勢いよく閉じるという形で肯定を表したようだ。
「わかった。森の木は、有る程度なら倒してしまっても仕方ないって事にしよう。放って置いたら、その方が森の木を傷つけてしまう事になるしね。
あと、俺たちからあまり離れないようにして戦ってくれ」
その言葉にも、大きく口を開けて閉じるという動作で応えてくれた。頷くという動作は苦手なのかな。
とにかく、全体の規模も見えないし、手当たり次第という形での対症療法になるけど、目の前のモンスターを倒し続けるしかない。
「エイプリル。このモンスター群の詳細は?」
『現在、正確な観測が不可能のため断言出来ませんが、勢力としては約半数をゼンが駆逐したと思われます』
「この襲撃の原因は?」
『上方からの観測からは明確な原因は発見出来ませんでした。モンスターの個体特性に原因が有ると推察されます』
「発作的な原因か、それとも条件反射みたいな原因かって事かな。まぁ、残り半分、デカイ音を立てて駆逐していけば、引いてくれるモンスターも出てくるだろうね」
ゼンも居るし、他に応援を呼ぶほどの勢力じゃないという判断になった。
おおよその勢力の位置をゼンに見てもらい、そこに俺が広範囲の雷を落とす。そこでひるんでいるモンスターに、レイミーが氷の槍や雷撃を撃ち込んでトドメを刺すという形で駆逐していき、最後には俺たちを見て逃げるモンスターをただ見送るという感じになった。
そして、ゼンの気配に脅えたモンスターも逃げていき、静かな森へと戻った。
「もうここでの問題は無さそうだね。エイプリル?」
『はい。凶暴化したモンスターの移動は観測されていません。原因は依然不明ですが、落ち着きを取り戻したようです』
「良かった。じゃあ、呼応で魔法力を回復させてから、ジェイたちの後を追う事にしよう」
呼応の対象は俺とレイミーとゼン。特にレイミーはトドメの魔法を何度も使って、かなり消耗しているはずだ。
そして森の深い位置。ターナの街から一時間は歩いたであろう位置で呼応をかけた。
魔法力を見るという呼応の世界で、レイミーは大瀑布という感じに見える。ソードドラゴンのゼンは幻獣であるせいか、同じ形に見える。俺自身を見ると、明るい漆黒の宇宙という矛盾した空間の中に樹精が鎮座して、その両端に光の精霊と闇の精霊が仲良く回っているという状況だ。
そこまではいつもの事だったけど、今回は違うモノが見えた。
俺たちの位置から、更に三十分ほど歩いた先に、何かを噴出している火山のようなモノが見えた。
こういう時は誰かと顔を見合わせるとかしたくなる。呼応の世界だから誰もいないし、同じ形をしたゼンを見つめてしまった。
そして、ゼンも火山らしきモノを見つめて、さらに俺を見つめてきた。
同じモノが見えてる?
それは後で聞く事にして、もう一度火山っぽいモノを見てみる。だけど、詳しい事は何も判らなかった。あまり呼応の世界にいると現実世界で心配されるってことで、レイミーとゼンに魔法力を流し込みながら呼応を解いた。
「アキラ? 大丈夫? 長かったけど?」
レイミーにかなり心配を掛けてしまったようだ。
「大丈夫。呼応の時にちょっと変なモノが見えたんで、それが何か考えていたんだ」
「変なモノ?」
「あっちの方向。ちょっと歩いた先に、何かが吹き出ている火山みたいなモノが見えたんだ。ゼン! ゼンも見えたか?」
口をパクっとして肯定の意志を見せた。
「かなり気になるから見に行こうと思う。レイミーは体調はどうかな?」
「大丈夫」
「よし、ゼンに乗ってさっさと行ってこよう」
丁度様子を見ていたグラウも俺の肩に帰還したので、ソードドラゴンの背に乗り二分弱の空の旅と言う事になった。
歩いてなら三十分以上かかりそうな距離なんだけどね。空を飛べるってのは凄いや。今度、ほうきで空を飛ぶ方法を教わってみよう。
そして到着したのはちょっとした丘で、地面がむき出しになっている岩の塊だった。
その根本には地下へと続く洞窟の入り口になっていて、地面にはモンスターの足跡と、悪趣味大蜘蛛のバラバラになったパーツが散乱していた。
洞窟の入り口は俺が四人程真横に並んで歩いても余裕が有りそうな広さで、ソードドラゴンは無理でも、ガジェットの使役獣である大亀のシンなら余裕で入れそうだ。
「どうやら、今回のモンスターはここから出てきたみたいだね。
出てきて、放射状に、適当に進んだ一部がターナの街に向かっていたってだけらしい」
俺の適当な分析に、エイプリルも概ね同意してくれたけど、この洞窟をこのままにしておいてもいいだろうか?
「今後のターナの街や周辺の森の為にも、この穴は塞いだ方がいいとは思うけどレイミーはどう思う?」
「たくさんの水を、この穴に流し込む?」
蟻の巣ならそれで退治出来そうだけどねぇ。
「もしかしたら、ジェイたちが潜った大陥没に繋がっているかも知れないしねぇ」
「あ、そっか」
「土魔法で潰しておく、って方法もあるけど、ジェイたちがこの穴を利用して脱出してくる、って可能性もあるんだよね」
可能性ばっかり考えても仕方ないけどね。ジェイたちにはガジェットがついているから土魔法については充分に余裕があるはず。だからこの洞窟は塞いじゃっていいというのが俺の結論だけど。
「一応、洞窟の中の様子を確認した方が良さそうだ。
ガジェットが居るからジェイたちが出られないって事もないはずなんだけどね。
ゼンはまた、ここで留守番を頼めるかな?」
留守番ばかりもあまり面白くないとは思ったけど、ゼンは快く引き受けてくれた。ゼンの感覚だと敵が居る可能性は低いのかな?
「エイプリル、定期的に信号を発信してくれ。それが途切れたら戻る事にする」
『了解しました』
これで引き返すタイミングも出来たし、洞窟の出入り口もゼンに確保して貰えたし、様子見で洞窟に潜るぐらいは問題なくなったはず。洞窟の入り口から少し離れた位置に、転送魔法用目標陣を作っておく。これで、洞窟からの帰還も問題ない。
そして俺とグラウ、レイミーとリュウとで洞窟に入っていった。
直ぐに俺の光魔法の灯りを天井付近に上げ、俺たちの移動に合わせて一緒に動かしていく。レイミーにも唱えて貰い、俺の灯りは俺たちよりも前方寄り、レイミーの灯りは俺たちの後方寄りに配置して貰う。
これで、どちらかの灯りが消えても対応が出来るし、前後の警戒も出来る形になる。ただ、あまり明る過ぎると、灯りに照らされた場所以外が本当に真っ暗で見えなくなってしまうから、灯りの強さの調整に時間がかかったけどね。
でも、全てはレイミーのため。実は俺には真っ暗闇でも闇の精霊のおかげであまり困らない。明るく見えているという訳では無いんだが、洞窟内の形状や足下の小石までしっかり判る。
便利だ。便利すぎて普通の冒険を忘れてしまいそうだ。
ガジェットがいれば、振動センサーでネズミの動き以上のモノは感知してくれるから、尚更楽が出来そうなんだけどね。でも、冒険者を名乗るからには、これぐらいの洞窟探検は余裕でこなさないとならない気もするしね。
やっておくべき事は、面倒がらずにしっかりとやらないと。
そして、俺が前方警戒、レイミーが後方警戒で、有る程度歩いたらそれを交代するというのを繰り返しながら進んだ。
洞窟内は静かだけど、俺の耳には約三秒ごとにヘッドギアの通信機にエイプリルからの信号がピッ、ピッ、っと入る。音は微かなモノで、レイミーと会話していると聞き逃すレベルで、音のない洞窟を進むには気にならないように考慮されている。
洞窟の入り口から約三百メートルほど入った所で初めての枝分かれに遭遇した。
大きめなのは右側。それでも、今までの洞窟の半分ほどの広さになるようだ。今回は様子見なので、大きな方に進む。
足下もデコボコしてきて、今までの道が整地されていたのかと疑問に思う。この洞窟は、外側から掘られた?
それから、道が大きく下るようにもなってきた。普通に歩ける坂だけど、水に濡れていたら滑りそうだ。
ゲンブに搭載されていた軍用ブーツを履いている為、普通の靴よりは滑らないし、どういう原理かは判らないけど、実際に滑るとスパイクが飛び出るというブーツらしい。
これは俺の理解を超えているんだけど、電気仕掛けではなく素材が反応するそうだ。ホント、良く判らない。けど、便利だからいいよねぇ。
足下の注意は最低限度でかまわない、ってことでさらに先に進んだ。
高低差で言えば二十メートルほど下った所で景色が一変した。
壁が石で出来た四角いブロック状になっていて、壁面は平、天井はアーチ型になっている。
明らかに人工物。洞窟から、石造りの建物に入ったようだ。
「エイプリル! 通じてる?」
『はい。三方式の同時通信で補える状況です』
「現状は見えてる?」
『はい。壁を構成するブロックの大きさ、天井のアーチから、設計段階から地下で利用するために作られた人工物と推察されます』
「ああ、始めは地上にあった建物が、何らかの原因で地下に埋まった、っという可能性は低いってことだね」
『はい。それと、建築技術において、周辺三カ国やターナの街の技術を超えていると推察されます。この技術を持つモノは、さらなる第三者と言える可能性が有ります』
「もしかしたら、地下の魔物が、地上よりも高い技術で作り上げたかも、っていう可能性が出てきたかぁ。
ありがと。とりあえず、もう少し進んで様子を見たら戻る事にするよ」
『了解しました。無事のお帰りをお待ちしております』
光魔法の灯りの位置を直しつつ、レイミーと二人で先に進む。
俺の肩に留まっているグラウは、珍しい物を見てかなり興奮しているようだ。知識が増えるのが嬉しいようだねぇ。
そしてゆっくり歩いていくと、灯りの範囲にそれが入ってきた。
壁に取り付けられた扉。
まるでダンジョンRPGだ。データ量が少ない頃のコンピューターゲームで、使い回ししやすい状況用にデザインされた扉を思い出す作りだ。
「あ、開けるべきかな?」
「え? さあ?」
俺の独り言にレイミーが応えた。そうだよねぇ、判らないよねぇ。
「エイプリル? 扉の向こうの状況は判るか?」
『マイク感度の調整をしていますが、艦長とレイミーさん以外の音は感知していません。高確率で無人か、完全停止状態と推察されます』
「よし、開けてみよう」
扉を見ると、ドアノブという形状のモノは無く、指を引っかけるためだけの取っ手が取り付けてあるだけだった。
取っての反対側を見ると、蝶番がある所には四角く切られた革が釘で留められて、蝶番の代わりになっているようだ。
一応の仕切りとして扉がついているだけのようだ。大事な物を仕舞う部屋ではなく、生活用品を一時的に保管しておく部屋とか、兵の詰め所的な部屋かも知れない。
俺とレイミーは扉の左右に移動し、中から攻撃が来ても避けられるようにしつつ、灯りを扉の前に移動させた。これで、扉を開けても灯りで目がくらむはず。
そして超振動ブレードを抜き、振動は起動しないまま、なまくら状態の剣で扉の取っ手を突っつき、ゆっくりと扉を開いた。
中からの反応は無い。
扉の横の壁に身体を押しつけたまま、灯りだけを部屋の中に突っ込ませる。
それでも反応は無かった。
身を低くして部屋を覗き込む。一気に雪崩れ込んでもいいけど、その必要は無さそうだった。
部屋の中は無人。
無人どころか何もなかった。
縦横五メートルほどの部屋で、外の通路と同様に石のブロックできっちりと作られている。
灯りを天井付近に上げて、ゆっくりと見回してみても何もない。隠し扉や罠の様子さえ無かった。
「た、ただの空き部屋だったみたいだ」
なんか、特殊部隊みたいな突入の仕方を真似たのが恥ずかしくなる。
照れ隠しに部屋の隅々を再確認してみるが、やっぱり何もない。
「アキラ? どうする?」
いい加減、部屋を調べるのに飽きたレイミーが聞いてきた。
「ここに、転送魔法用目標陣を作ってから、歩いて外に戻ろう」
行きと帰りで、何か別の発見が有るかも知れないしね。
部屋の中央にいつものように覚えやすい陣形を土魔法で描き、のれんの役割程度の扉を開けて外に出たらそれが居た。
気が抜けていたってのは有ったけど、驚いてそのまま後ろに飛んで尻餅をついてしまった。
目の前に居たのは、四つ足の動物体型、前足と顔は大鷲、後ろ半分は馬というヒポグリフォだ。
たしか、前半分が鷲、後ろ半分がライオンというのがグリフォンと呼ばれていて、グリフォンがメス馬と交配して生まれたのがヒポグリフォだったはず。
でも、馬の体型で頭が鷲になっているので、鷲の部分がかなり大きい。猛禽類の目も、そのままでも怖いのに握りコブシぐらいはあって、さらに怖い。
そんなヒポグリフォと、扉を出た瞬間に目を合わせてしまった。しかもその距離一メートル。
ビックリして後ろに飛んじゃったのもしょうがないよねぇ。
扉を挟んで、通路のヒポグリフォと部屋の俺とで妙な見つめ合いになった。
その次の瞬間にはレイミーが相手を凍り付かせる呪文を唱え、ヒポグリフォに叩き付けた。
遅ればせながら、俺も超振動ブレードのスイッチを入れて構える。レイミーに氷漬けにされてたら用済みの行為なんだけどね。
でもヒポグリフォは氷を弾き返してなんのダメージも負っていなかった。
いくらレイミーが水の精霊を宿し、水の神獣を使役獣として従えていようと、あの一瞬の詠唱では強い魔法力を含ませる事が出来なかったようだ。
でも、立派な牽制にはなったはず。俺が間抜けにも驚いていた瞬間に、あっさりと殺されていた可能性が高かったからねぇ。
そして、レイミーの攻撃で俺たちを敵と認識したのか、ヒポグリフォは完全に戦闘態勢を取った事が判った。
鳥の足状態の前足を上げ、こちらに爪を向けている。口も半開きで、何時でもついばむ事が出来るように首に力を入れているのが判る。後ろ足は忙しなく足踏みを繰り返し、後方に回ったら馬の後ろ足での蹴り上げを喰らうだろう。
通路と部屋の中という状況で、一気に戦闘開始とはならないようだけど、ヒポグリフォの力で扉周りの壁が壊される事も考えられる。そうなったらこちらが圧倒的に不利になりそうだ。
もし、向こうから攻撃を開始されたら、こちらの打つ手が無くなる。けど、こちらから扉をくぐって通路に出るという行為は、こちらの移動ルートが丸わかりの上、攻撃方法が限られるという状況になる。つまり、いい的になってしまう。
こちらからは突っ込めない。ヒポグリフォに攻撃されたら一気に不利。
あ、詰んだな、これ。
仕方ないから部屋の奥に移動して攻撃された場合を想定し、扉周りの壁の破片を超振動ブレードで消しつつ、ヒポグリフォの突撃を迎え撃つための姿勢を取る事にする。
雨あられと飛んでくる壁の破片をどう処理するかで運命が決まる。
そう思って、精神状態を集中させ、破片の一欠片さえも見逃さないと気張っていたんだけど、なかなか攻撃が来ない。
完全攻撃体勢なのは変わらないけど、部屋と通路とでにらめっこが続いてた。
「レイミー。なんでアレが攻撃してこないのか、理由がわかるかな?」
「判らない。強くした氷魔法を撃ち込む?」
にらめっこが続いているのなら、魔法を強化する時間も稼げそうだけど、本当にそれをしてもいいのかな?
「強くすると、アレに充分に効くと思う?」
「あ! 耐性?」
「うん。水や氷に対する耐性があるのなら、有る程度強めても無駄かも知れないよね」
「風にした方がいいかな?」
「うろ覚えなんだけど、グリフォンってのは風属性をもってたはず」
「え? あれってグリフォン?」
「たぶん、グリフォンと馬の間に生まれたヒポグリフォってヤツだと思う。属性は引き継いでいるとは思う」
「風と水は駄目?」
「もしかしたら、魔法全ての耐性まであるかも。だから、基本はこのブレードって思っておいた方がいいかもね」
「判った」
レイミーと二人、超振動ブレードを構えてヒポグリフォの攻撃を待つ。ガラじゃないけど今回は後の先というつもりで戦闘を組み立てるしか無い。扉周りの壁を打ち砕くつもりで前足を上げたら、こちらからも狙っている壁に超振動ブレードを叩き付けてやる。
その結果がどうなるのか、予測がつかないって所が危険な博打なんだけど、その方法以外に思いつかなかった。
きっと、後で思い出すと、アレも出来たかも、コレも出来たかもって後悔するかも知れないけどね。
扉周りの壁を避けて、ヒポグリフォが扉口を突っ込んできたら? その時はブレードを突き出すだけで勝利なんだけどね。
で、待った。ゆっくりお茶してほっこりと出来たはず、ってぐらい待った。
「来ないねぇ」
「この部屋は安全?」
あ、進入禁止設定とかあるのかな?
俺は全身の力を抜き、ブレードを戻して完全に手ぶら状態になった。
拳銃もスタンガンも直ぐに抜けるし、一言で済む光魔法も有るんで、完全に武装を解いたという訳じゃないんだけど、ヒポグリフォには攻撃意志が無くなったように見えるかな?
治療魔法の呪文を頭の中で反芻し、荷物の中の治療用ポーションの位置を思い出しながら、俺は扉の近くにあぐらで座った。
手は両膝の上。真っ直ぐヒポグリフォを見つめて、どんな反応が返ってくるのかと待った。
するとヒポグリフォは戦闘態勢を解き、俺の目の前に座り込んで見つめてきた。
けっこう頭良いのかも知れない。
鳥の目、特に猛禽類の目は、何を考えているのか判りにくいけど、それでも落ち着いてきたってのは見て取れた。心なしか逆立っていた羽毛も倒れ、身体の前半分をブルブルと振って、落ち着きを取り戻しているってのも判った。
俺たちを攻撃する意志がどんどん消えていくように見える。なら、なぜここに居るんだ? 野生の生き物は、興味が無くなったらさっさと自分の生活に戻るよねぇ。
「このヒポグリフォは俺たちに用事があるのかな?」
レイミーに聞いて、自分自身でも状況を整理するつもりだった言葉に、ヒポグリフォが反応した。
くちばしを大きく開け、そして勢いよく閉じる。まるで、ソードドラゴンのゼンが肯定する時の仕草だ。
犬だったら、一回だけワン! っと吠えたような感じかな。
俺の言葉に反応したって事は、かなりの知恵を持つ個体なんだろうか?
そこでふと、翻訳魔法の事を思い出した。言葉の違う人同士でも同じ言葉を聞くように感じられ、動物の言葉も有る程度は伝わるはず。
まぁ、その時の、腹減ったとか、眠いとかの感情がダイレクトにくるだけって可能性が高いんだけどね。やってみて損はないはず。
昨日の事を思い出しつつ、あの呪文を唱える。そして起動。
「俺たちにどんな用事があるんだ?」
座り込んだままのヒポグリフォに声を掛けた。
すると、驚いた表情をしてこちらを見つめてくる。俺の意志が向こうに通じたって事にとまどったのかな?
するとヒポグリフォは俺に向かって「クワッ! クワッ!」っと鳴き声をぶつけてきた。
魔法の効果か、その意味がわかる。と言っても、人の言葉として判るんじゃ無いんだけどね。
親鳥が雛鳥を呼ぶ為の、合図としての声ってのが判った。言葉じゃなく、あらかじめ決められている合図ってのが、遺伝子に刻み込まれているって事なんだろうね。
「どうやら、俺たちをどこかに連れて行きたいようだ。行ってみようと思うけど、レイミーはどう思う?」
「うん。素直な感じがするから、いいと思う」
「よし、一応、警戒は緩めないという感じで行ってみよう。
エイプリル。通信障害が出ても進行を継続するつもりだから、とりあえず、通信途絶から二時間はそのまま待機しておいて」
『了解しました。早急なる帰還を期待しております。
二時間経過後は、作業用ロボットを投入し、同時にガジェットを艦長探索に振り分けます』
「ガジェットが現在の任務を継続中だったら、そっちを優先でね」
『考慮します』
相変わらずのエイプリルの返答。でも、なんか変わったかな? 微妙な変化を感じるけど、これは森の精霊の宝の影響なのかも。まぁ、微妙な変化の内はこのまま様子見って事にしよう。良い変化ならこのままにして、悪い変化だったら精霊の宝をどうにかするって事を考えないとならないからね。どうか、悪い変化では有りませんように。対応が面倒だからってのが本音だけどね。
俺は手ぶら。レイミーは超振動ブレードを抜刀したまま部屋を出る。そのレイミーの様子も気にしていない感じで、ヒポグリフォは立ち上がって通路の奥に進み始めた。
目の前にしてみるとなかなかデカイ。
鷲の顔が俺の頭の上に有り、その前足は俺の身体を腕ごと掴んでも余裕が有りそうなほどだ。鳥特有の鋭い爪が、石畳を引っ掻いている音も時々聞こえる。
身体が馬をベースにしているせいだろうけど、騎乗しても余裕が有りそうだった。
今までは折りたたまれていたせいで目立たなかったけど、鷲の風格を持つ大きな翼があった。
広げたら十メートル以上は行きそうだ。この体格の身体を飛ばすには、それぐらい必要なんだろうな。ここのような洞窟だと、広げる事も難しそうだというのがちょっと残念だ。
はたして、このヒポグリフォは空を飛んだ事があるんだろうか?
俺が余計なお世話的な事を考えている間にもヒポグリフォはどんどん先に進み、俺たちを振り返っては「クワッ! クワッ! クワッ!」っと声を掛けてくる。
内容は同じ、こちらに来いという意味の声による合図。どうやら、多くの語彙は持っていないようだ。
そして奥に進んでいる最中にエイプリルとの通信が不可能になった。岩の洞窟を進んできた為に、ここまで通信が出来たって方が奇跡だったかもね。
ヘッドギアのアイシールドに時計を映し出し、二時間のカウントダウンでタイマーを入れた。出来れば一時間以内に何らかの決着はつけておきたいねぇ。
ヒポグリフォの後について行きながら周りを観察すると、先ほどと同じような扉がいくつも見つかった。細かい所も似たような感じで、特に重要なモノを置いてある部屋という訳では無いようだ。
更に進むと通路が大きく曲がって、下りの坂道になった。周りの石壁も少し上等な物になり、壁の石は磨かれたように艶々だった。
坂道用なのか、地面の石畳は変わらずにデコボコでざらざらだったけどね。
坂道が終わり、再び平坦な道に戻った後、そこからの壁には立派な扉を持つ、大きな部屋の入り口がいくつも見えてきた。
この扉の奥にはどんな部屋が有るんだろう? かなり気になるけど、ヒポグリフォはどんどん先に進んでいく。
身体が大きいせいか、歩く速度も速く、こちらは小走りを繰り返さなくてはならないせいで、周りを警戒するのも手抜きになってしまっていた。
そして、いくつ目かの扉の前でようやくヒポグリフォが立ち止まった。
ヤバイ、扉の数を数えてなかった。再びここに来た時に、同じ扉を選択出来るか怪しくなった。
そんな俺の本音を無視して、ヒポグリフォは俺たちに扉に入れと促すような目を向けてきた。
扉か壁にナイフで傷を入れたいと思ったんだけど、先ほどの戦闘になりかけた時はヒポグリフォは壁を壊す事をためらった様子だった。
そんなヒポグリフォの目の前で、壁に傷を付けるという行為はヤバイかも知れないと思い直し、後で印を付けようと心に刻みつけた。ちゃんと覚えておかないとね。
ヒポグリフォに促されるまま俺は扉を押す。
扉は重かったが滑りは良く、軋むことなく内側に開いた。どうやら内側にも外側にも開く開き戸だったようだ。
部屋の中は暗く一切の灯りが無いため、俺は天井付近に置いておいた光魔法の灯りに扉をくぐらせ、光量を上げて中を照らすようにした。
部屋の中は荷物が散乱し、右手の壁際の床には人型の盛り上がりがいくつもあった。
テーブルも椅子も無いが、細々とした荷物がいくつもあるのが判る。そのほとんどは埃や砂に埋もれていて、本来の姿を隠しているようだ。
これがヒポグリフォの見せたかった物?
一応、人型の盛り上がりは無視して、人間一人で背負える程度の荷物の山を見ていく事にした。
おそらく生活物資かと思っていたが、荷物の山はほとんどが紙の束だった。
書類の束をまとめて掴み、縦にしてトントンっと床を叩く事で縁を整える。すると雪のように積もっていた砂埃らしきモノが綺麗に落ちて、書類の束が書類の束に見えるようになった。
書類の束とは言っても、縁はガタガタ、文字は薄くかすれ、羊皮紙らしき本体は割れて崩壊しかかっている。
もっと乱暴に扱ったら、きっとこの世から消えて無くなるかもしれない。
「書かれている文字はターナの街で使われているモノのようだね。紋章魔法の印も書かれているから、レゼのお父さんの研究に近い物かも知れない。もしかしたらレゼのお父さん自身の物も入っているかもね」
「どうする?」
「グラウも居るし俺も読めると思うからここで解読は出来そうだけど、専門的な言葉もあるから持ち帰ってレゼに見てもらった方が確実だろうね。
転送魔法用目標陣を作って、一度戻ろうと思う。さすがに今日はじっくり探索ってわけにも行かないだろうしね」
そこで一度ヒポグリフォの様子を見る事にした。まだ扉の前でお座りしているのかな。
扉を開け通路側に出てみたら、やっぱりヒポグリフォは何処にも居なかった。何となく予想はしてたんだけどね。
ここの洞窟の奥がどうなっているのか、あのヒポグリフォはどんな存在なのか、などの疑問が山盛りだけど、今日はここまでだろう。
部屋の中の人型の方は怖いから無視して、書類と思われる物は丁寧に予備の服に包んでからドラゴンの翼皮膜で作ったカバンに入れた。
結構な量が有ったけど、ドラゴンの翼皮膜のカバンになら問題なく収納出来た。書類の他にもカバンに入れられた雑貨も有ったので、カバンごと持ち帰る事にした。
手に取った時、カバンの紐が粉々に砕けたのは焦ったけどね。
そして、ガジェットも一緒に来る事を考えて、余裕を持った広さを確保してから転送魔法用目標陣を作る。
中央に、「どうくつ」っと平仮名で文字を入れておき、この場所のイメージと一緒に覚えておく。
これで準備完了。グラウとリュウがしっかり居る事を確認し、レイミーの肩を掴んで洞窟入り口の転送魔法用目標陣を頭に思い浮かべながら呪文を唱える。
一瞬のバランスの揺れを感じた後で、目の前が急に明るくなった。
ちょっと目が辛い。日の光って、本当に明るいんだねぇ、って再確認しつつ、嬉しそうに近づいてくるゼンを見上げてた。




