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第五十四章 晃と事務仕事 ステータス

 ドワーフたちの話しによると、鉄鉱石がある程度以上の量になったので、炭も量を確保しようと張り切っていた所に軍隊蟻の襲撃と言う事になったそうだ。


 ドワーフの戦士ウェイの見立ては、オーガに追い立てられた勢力の移動という事だったが、他のドワーフもほとんど同じ意見だった。


 前回の訪問から10日ほどだったため、出来上がった武器は二本しかなかったが、若いドワーフに戦士見習いとして渡してあったそうだ。そのおかげで初めの襲撃は何とか持ち堪え、村に救援を求める事も出来たと言っていた。


 俺の救援も含め、けっこうギリギリだったのは、ドワーフの戦士にはあまり触れて欲しくないところかも知れない。


 「炭坑の方にもゲートがあった方が良さそうだね」


 「そうして貰えれば嬉しいのだが、俺たちにはそうして貰うほどの対価を用意出来ない」


 ウェイたちの総意見だった。けっこう誇り高いというか、借りは作りたくないって種族なんだろうね。


 「確かにドワーフにとっては大きな借りになるだろうね。でも、ここで借りとかないと、しっかりと前には進めないと思うけど?

 あ、いや、もう一つ方法があった。

 俺たちは人間の国にもゲートを譲って居るんだけど、その時にゲートの設計図も一緒に譲って居るんだ。その国が独自にゲートを作れるようにね。

 だから、ここのドワーフの村にも設計図を渡すから、作ってみない?

 上手く作れれば、人間の商人にも高く売れるようになるよ。高い酒も買えるようになるしね」


 「あれと同じ物を作ってもいいのか? 大まかな構造は村の者が調べていたが、あの水晶以外は簡単だと言っていたぞ?」


 「なかなか頼もしいね。水晶の方は、水晶の表面にあの紋様を刻んでやるだけでいいんだ。あの紋様は俺たちも良くわからないんだけど、ノームから直接聞いたモノだから、あのままじゃないとマズイってモノだよ」


 「の、ノームから直接だと?」


 「水晶を削るには、ドラゴンの爪や牙を使った道具が便利だよ。使い方にコツが必要だけどね」


 「ど、ど、ドラゴンの牙なぞ、どうやって用意すればいいんだ?」


 「あ、なかなか遭遇できないよねぇ」


 「遭遇出来たとして、どうすればいいんだ……」


 「すでに作ってあるドラゴンの爪の工具をワンセットと、加工してない爪と牙と鱗をあげるよ。もし良い形の工具に仕上げてくれるのなら、こっちから道具作りも頼む事にもなるかもね」


 「すでにドラゴンをも………。いや、あの戦い振りを見れば当然か」


 「水晶さえ出来上がれば、後はいろいろ応用出来るよ」


 そこで、通信機、コンロ、水道、ストーブを出して、これもプレゼントすると言った。


 水道は畑の水やりから家事仕事にとても便利だと喜ばれ、コンロは、炭を多く扱うのこの村ではあまり喜ばれないかな、と懸念したけど、炭をいぶすのに使えそうだと喜ばれた。


 炭をいぶす?


 それって、炭をコークスに変える技を持ってるってこと?


 「ウェイ? コークスを作る技術を持ってるの?」


 「コークスとはなんだ?」


 「石炭を蒸し焼きにすると、ただの炭よりも高温の炎を安定して出す引き締まった石炭になる、っていうヤツ」


 「なぜそれを知っているんだ? 特に秘密というわけではないが、あまり教えない技だぞ」


 「ああ、大昔には、けっこう当たり前の技術だったらしい。特に鉄を製鉄する時にはコークスは欠かせないって話しを聞いていたんだ」


 「そ、そうなのか。俺らにとっても、いつも行うわけではないが、特に力を入れて鉄を鍛える時には炭をいぶす事から始める、というのは良く言われていた事なんだ。炭を扱えないで鉄を扱えるわけがない。というのが、昔から言われている教訓だ」


 「コークスを作る時に出る毒ガスはどうしてる?」


 「なに! 偶にだが、炭をいぶすのに番をしていた者が倒れるという事があったが。それが炭から毒が出ていたのか?」


 「たしか、炭をいぶす時は、ほとんど密閉した状況で熱を加えるってなってたはず」


 エイプリルに見せて貰ったコークスの知識を思い出す。あまり覚えてないなぁ。


 地面に木の枝で線を引き、簡単な図を書いていく。炭を入れる場所は蓋が出来るようにして、高い所に煙突が突き出るようにする。その炭を入れる容器の周りに、また煙突付きの囲いを描く。


 「なるほど、鉄の板を使って箱を作るわけだな。いぶす時に出る油の泥はどうする?」


 「コールタールの事も知ってるのかぁ。なかなか優秀なんだねぇ。でも、あれって毒だから、直接触らないようにした方が良いよ」


 「あれも毒なのか」


 「うん。匂いを嗅ぎ続けても危ない時があるよ。でも、外で、風が普通に流れるところだったら、匂いぐらいは大丈夫かな。で、あのコールタールは、例えば材木に塗って乾燥させたら、材木を腐らせないように出来るんだ。水も弾くから、外に出しっぱなしの道具とか、屋根とかに使うとかなり長持ちすると思うよ。

 船とか作る時も、何度も塗って乾かして、ってやって、水漏れもしない、腐りにくい船にするってのも聞いた事あるよ」


 「そんな利用法があったのか。燃やす事も出来るが、かなり臭くて鍛冶仕事には使えない物として捨ててたんだが」


 「捨てた場所は、草木も生えない死んだ場所になってなかった?」


 「むう。ゴミ捨て場だったから気にしなかったが、確かに雑草さえ生えていなかったような」


 「井戸の近くとか、畑の近くにはそういうゴミ捨て場を作らない方が良いね」


 いつの間にか、俺の周りにドワーフの縁が出来上がっていた。けっこう向上心と知識欲が高いんじゃないかな。


 炭は良く燃えて便利だけど、その中には毒が多く含まれている事。扱うには分厚い革の手袋が必須だという事。換気には気を付けて、外の風が吹き抜ける構造で工場を作った方が良い事を言っていった。


 もしかしたら、ここのドワーフは、アカデミーで製鉄と鍛冶仕事を教えるいい教師になってくれそうだ。


 「俺は今、学園を作っているんだ」


 「がくえん? なんだ? それは?」


 「学ぶってことを集中的にできるようにした宿舎付きの街って感じかな。

 人間、獣人、木人、魚人、妖精でもなんでも、貴賤無く、学びたいという者を集めて、学びたいという物を教えていくと言う場所なんだ。

 鉄を扱う技術も教えたいし、農作物を上手く栽培出来るようにする技。魔法や剣の腕も鍛えられるとか、家具や家を造る技も教えていきたい。国の取り扱いや土地の活用法。医者や芸術家やいろんな研究者とかもね。

 そこで学んだ者が地元に帰って、その知識を伝えたら、人全体の力が底上げされるよね。俺はそうなって欲しいんだ」


 「なかなか凄い事を考えるんだな」


 「鍛冶仕事を教えるために、ドワーフからも何人か、鍛冶仕事をしながら教えるという事をする教師になってくれる者が欲しいんだ。

 人間の鍛冶仕事をする教師とかも頼むつもりだけどね」


 「ふむ。直ぐにと言うわけにもいかんが、誰かしらに声を掛けておこう」


 「無理ならかまわないよ。この村で鍛冶仕事を続けたいってのを無理矢理選抜するのはよしておいてね」


 「おう、判った」


 それからしばらくは宴が続き、早々にリタイヤした俺たちは寝るために小型輸送艇に戻っていった。




 次の日、痛む頭を押さえながら、ドラゴン素材の工具や各種魔法道具の設計図をコンテナに入れてウェイに渡し、アカデミーに帰る事にした。このままエルムを探すために亜人の地域を探索するべきかというのもあったが、二日酔いが酷いのと、今はメイが居ないので、あんまり疲れたくなかった。


 ヘタレだ。


 とりあえず、レイミーとメイが帰ってくるまで、アカデミーで教科書データの編纂もどきをしてみようと思う。

 教科書作りのシミュレーションみたいなモノだね。一度やってみないと作り方を指示するのも難しいと思うしねぇ。


 で、帰ってきましたアカデミー。


 やっぱり凄かった。


 中央の役所になる建物が完成しているのは想像ついてたけど、その横には東に大図書館、西に病院がしっかり出来上がっていた。


 その上、地上には下水道施設用の川が掘られ、空中には水道橋が縦横無尽に張り巡らされていた。


 「これって、完成したら、どんな街になるんだろうねぇ」


 「絵本に出てくる精霊の国とか、理想郷とかになりそうですよね」


 「あのぉ、橋はぁ、どういう役割なんですかぁぁ?」


 「山から引いた綺麗な水があの橋の上を流れて、これから建つ予定の建物に水を供給するって事になるんだ。魔法を使わなくても、水があふれる仕組みだね。

 そして、洗い物や風呂、トイレで流した汚れた水はこの川に流されて、最後は下水処理施設にまとめて流れていくっていう仕組み。

 この川は汚れた水専用になって、できあがりはフタがされて、見た目も匂いもしないようにされるはずだよ」


 「綺麗な水が上から流されて、汚れた水は地下を流れて行くってことですかぁ。凄く綺麗な街になりそうですね」


 「どこの王都でも、街の中には糞尿があふれて、匂いのきつい場所も多かったよねぇ。

 人や馬、家畜の糞尿って、人を病気にさせる元が繁殖しやすいんだよね。だからこのアカデミーでは、それの理想的な対策を見せて学ばせるってつもりなんだ」


 「なるほど。いきなりこれと同じ事をやれと言っても、なかなか出来る事じゃないですよね。だから、学ばせて、少しずつでも実現させるように誘導しようというわけですね」


 「まさしくその通り。ここのアカデミーは、初めからそういう設計で街を作れたから実現したわけだしね。今ある街をこれと同じように、なんて、まず無理だよねぇ」


 「上を通る橋ぐらいは造れそうですけどね」


 「本当に重要なのは汚れた水を洗い流す川の方なんだけどね」


 まだ水の入っていない噴水予定地を通り過ぎ、俺たちは中央の役所に入った。


 規模は城。だけど、入り口はまるでデパートのようだ。エントランスは3階分吹き抜けの広い空間になっていて、ガラス窓から太陽の光が注ぎ込んでいる。


 所々に観葉植物のようにあつらえられた植木鉢が置いてあり、簡単な作りだけど丈夫そうな長椅子がいくつも置かれていた。


 入り口を入って、更に扉を開けると、そこが総合受付になっているようだ。


 横長のカウンターにそれぞれ受け付け口が作られ、カウンターのこちら側には書き物をする机が並び、さらに待合いをするための長椅子が並んでいた。

 カウンターの向こう側は、事務机がいくつも並び、その奥に書類棚が並び、行程としては、窓口、清書、保管という流れになるように作られているようだ。


 壁には、このフロアの概略図が描いてあり、それによると、このような受付カウンターが他に3カ所もあるようだ。


 階段を上がり2階に進んだ。


 2階のほとんどは、商談に使うような小さなスペースをいくつも置いてある。


 ミルクスタンドのようなキッチンコーナーも作られていて、取引や相談事なども余裕を持って対応出来るようにしてあるようだ。


 3階は主にビジネススペースとでも言えるのかな。


 管理職のためのオフィススペースや、会議室で、間仕切りを動かしてフレキシブルに使えるようにしてあるようだ。


 4階から7階までは似たような部屋が続いていて、資料室かレンタルオフィスになるのかも知れない。


 「エレベーターかエスカレーターが欲しい」


 『5階ごとに階段を挟んだ部屋に、5階分ずつのゲートを設置してあります』


 「そ、それは早く聞いておきたかった」


 『申し訳ありません』


 「ついでだから、階層毎の説明をよろしく」


 『了解しました。

 1階から3階までが、基本的に役所としての受付スペースになります。

 4階から7階はアカデミー関連の業者用のスペースと考えます。

 8階から10階は要人の一時滞在用の客室。

 11階から15階までをアカデミー関連の重要人物用の居住スペースとしています』


 「俺たちの部屋も作ってあるんだ?」


 『はい。15階を4分割して、生活施設を個別に設置してあります』


 「構造として、中央に丸い柱が通っていて、ドーナツみたいになってるよね?」


 『はい。中央の柱の内側に、上下水道の配管を通してあります。後々、電気配線を通す事も考慮した設計になっています』


 「換気とかはどうなってる?」


 『各階毎の取り入れ口を設け、冬場は、魔法道具のコンロを参考に作成したボイラーを使い暖房を行います。

 夏場は、冷気を発生させる魔法道具を使い、冷房を行います。

 適温になった気流を一時、中央の柱内部に送り、そこからフロア内の部屋に送る仕組みです』


 「あ、中央の柱って吹き抜けじゃないんだ?」


 『はい。構造として竹のように節があると考えるのが適切かと推察します』


 「中央の柱から、どんどん風が送り込まれるわけだね。排気の方は?」


 『各部屋の扉に排気のためのスリットが入っています。各階の一番外側の廊下の窓に、排気用の窓を設けてあります。

 厨房部分には排気用の煙突を設け、塔最上部より排出しています。

 各部屋に簡易構造のスプリンクラーも設置してあり、各階毎に一部屋を使って管理するようになっています』


 「もう、かなりてんこ盛りだねぇ。水晶や銀は足りてる?」


 『新たに見つけた水晶窟と銀鉱脈により、資材は余裕を持って作成出来ています』


 もう、心配だとか、気を遣うだとかは無駄な努力になるんだろうなと、気持ちを切り替える事にした。


 「それで、俺たちの部屋って直ぐに使えるのかな?」


 『はい。光魔法を道具化出来てはいませんが、通常のランプは設置済みです。1週間程度の食料は各部屋に備えてありますので、短期間であれば寝食に問題は無いと推察されます』


 そこで、2階ほど階段を下りて15階に行くゲートに乗り込んだ。


 一瞬で5階から15階に到着。


 壁に貼ってある案内図からそれぞれの部屋を探した。


 「じゃあ、とりあえず明日まで自由に休む事にしようか。足りないモノがあったら小型輸送艇まで取りに戻ればいいし、連絡は通信機でいいだろうしね。ヘッドギアは外してても、ピーピー鳴るのは聞こえるはずだから仕舞い込まなければ問題ないよね」


 そしてそれぞれの個室へ。


 個室ってレベルじゃないけどね。


 中は入って直ぐに20畳ほどのリビングがあり、カウンターバーまでついていた。あいにく酒類は揃っていないけど、簡単な物なら作れるキッチンまであった。そして書斎風の部屋やトレーニングルーム、両足をしっかり伸ばした大人が3人は入れそうな風呂、ダブルと言うよりトリプルを超えそうなベッドに、何人分の服を入れるのか判らないほどの、10畳ほどのクローゼット。


 セレブの使うペントハウスよりはこぢんまりしているけど、エイプリルがそれを参考にした事は明白のようだ。


 これならギリギリ、セレブじゃない俺でもくつろげるかな。


 グラウはリビングの一角に置かれた木を模したオブジェに留まらせる。


 そして俺は装備を脱ぎ散らかし、インナーだけになってから風呂にお湯を溜めさせる。その間、リビングのソファの上に置かれていた丸いクッションに身体を沈み込ませた。


 「ああ、そう言えば、久しぶりに1人になるんだ」


 いつも、同じ部屋に誰かが居た。仕切があったり、2段ベッドの上下とかいろいろあったけど、完全に1人になる事はなかったんだよね。


 この星に降り立つ前は、エイプリル以外居ない宇宙船の中で、1人で生活していたような期間が1ヶ月ほどあった。


 その時には起きている時でも元の世界を夢想するたびに絶望感に襲われ、泣き叫びたい衝動に駆られた。実際に泣き叫んだ事もあったけど、それをしたからと言って絶望感が薄れるという事も無かったので、衝動が沸き上がっても意味もなく叫ぶ事もしなくなった。


 狭い空間で何もせずにイジケ続けるのも不健康と言う事で、どこかの惑星に降りたって実際に探索したり、未知の空間を冒険したりする事を夢見て、トレーニングルームで体力作りを続けた。


 クタクタになってぐっすり眠れば、元の世界を思い出して絶望感に襲われるという事も無くなり、射撃練習場で火薬式の銃を撃つ事も絶望の焦燥感を消していったように思える。


 そして、アレに会い、この星に降り、皆と出会って旅を続けて行くうちに、元の世界との区切りが出来てきたようだ。


 目の前の厄介事を片づけるのに忙しかった、とも言えそうだけどね。


 仲間が居て、目的があって、命がけで戦って、という状況は、俺にとってとても精神安定に繋がっているようだ。


 この時代にいきなり落とされたのは不運以外の何ものでもないけど、アレに出会って以降は幸運だったんじゃないのかなと考えてしまう。


 俺は今、幸せなのかも?


 少しぬるかったので、火の魔法で手の平の上に熱の塊をつくり、湯の中に入れてゆっくりかき回す。そのおかげで直ぐに熱めのお湯になったので、ゆっくりと全身を入れて風呂の中で力を抜き、大きく息を吐く。


 「はぁぁぁぁぁ。極楽極楽」


 極楽なんて行った事無いけど、このセリフは定番だから言わないとねぇ。


 俺は今、幸せかな?


 こういう風呂ぐらいだったら、元の世界でも体験出来たはずだけど、下級ドラゴンの首を超振動ブレードで切り落とし、ドラゴンとの戦いに勝利する。という体験なんかできなかった筈だよねぇ。

 元は学生の身分だった俺がアカデミーなんか作って、他人に教えるなんて事は、出来るとか以前に考える事もしなかった事だよねぇ。

 目に見えない筈の精霊と会話し、魔法を使うなんて、元の世界なら夢物語だ。


 体の芯までフニャフニャになるまで湯につかり、バスローブを羽織ってリビング横のキッチンに行く。冷蔵庫を開いて、しっかり冷えたビールを取り出す。


 さすがはエイプリル。そつがないねぇ。


 プルタブを押し上げ、プシュっと音が響く。空いた片手は腰に付け、ビールをごくごくと咽に流し込む。


 「プハッ! あ~、この一杯のために生きてる!」


 一度言いたかったセリフだ。


 ここで、とても重要な事を思い出した。


 「しまった! まだ、真っ昼間だった」


 そう言ってから俺は残りのビールを傾けた。




 戦闘用装備は外したままだけど、きっちりと服を着て書斎に向かう。


 まだ本棚には何も無いけど、ここが俺の仕事部屋になるのかな? いかにも書斎に置かれる物と感じられる机は、キズ1つ無く艶々だった。

 まるで社長の椅子? って感じの革張り風の椅子を引いて腰掛ける。


 なんか、偉くなったような錯覚がしてくる。


 引き出しを引いても何も入ってない。当たり前か。ここには何が入るんだろうね。


 机の天板の一部に、10センチ角の色違いになっている場所があった。そこを軽く触れると天板の上にキーボードや使い方も判らない操作パネルが浮き上がり、目の前には画像用のパネルが出てきていた。


 立体映像で作られたデスクトップって事だろう。でも、モニターは半透明じゃなく、向こう側は透けては見えない。それだけ密度が濃い投影システムなんだろうねぇ。


 モニターの端に『APRIL CONNECTION』の文字がある。


 「エイプリル、なにか、報告事項とかはある?」


 『緊急を要する件はありませんが、アカデミー建設に関する事項と、製紙工場建設に関する事項、惑星探査に関する事項があります』


 テーブルの上のモニターにも日本語で表示された。


 「上から聞いていこう。建設関連の報告を」


 それと同時にモニターに項目があふれた。


 報告は建物を作る上で指示が出ていなかった部分を独自の判断で行ったという項目がほとんどだった。俺としては問題が出てきた時に対処が出来れば何も問題は無いという方針なんだけど、元々は独自判断で勝手に進めるってことが禁止されていたシステムだから、最低限でも事後承諾の確約は必要になるようだ。


 1つずつ項目の説明を聞き、もの凄く納得しながら、机の上に描かれた手形模様に俺の右手を置いて「許可」「最終承認」と言っていく。


 一括での承認も出来ないそうで、前艦長もめんどくさいと何度も文句を言っていたとか。


 とりあえず今日は時間を空けてあるから、徹底的に事務仕事を処理していこう。


 そう言ったら、過去の報告書についても承認をくれと言ってきた。宇宙服を改造したり、小型輸送艇を改造したり、と、いろいろエイプリルにお任せしちゃってた件の最終承認の確認まで増えてしまった。まぁ、仕方ないよね。


 いろいろな活動の命令、もしくは許可、最終承認と手の平を置いた確認を繰り返す事1時間半。


 ほぼ同じような事を繰り返すってのは、拷問なんだねぇ。とため息をついて、ようやく次の報告になった。


 えっと、製紙工場?


 『紙を作る際、中性紙を目指す場合、石油由来の化学薬品が必要になりますが、石油精製施設を製造する事は可能でも、今後の運用には問題があると推察します』


 「それは大問題だよねぇ」


 『石油由来の科学物質に代わる物を探した結果、一部のモンスターが持つ内分泌液、皮下脂肪、毒腺に代用可能な物を確認しました』


 「そのモンスターを狩って来れば材料は揃うわけだ?」


 『パルプの代わりになる木材は今のところ発見出来ていません』


 「そこら辺は、生育の早い物で、手に入れやすいのを順次試してみるしかないか。

 で、そのモンスターは飼って繁殖とかさせられるかな?」


 『グリーンドラゴンが捕らわれていた人造ダンジョンにて可能と推察されます。その場合、コントロール部分を改造する必要があります』


 「その改造は、ファイエーとかの強力が必要なのかな?」


 『すでに設計は出来ていますので、後は着手するだけです』


 「わかった。じゃあ始めちゃっていいよ。いや、開始するように命令しよう。命令も、これに手を置いてすればいいのかな?」


 『はい。命令内容を声に出して残るようにしてください』


 「じゃあ、エイプリルに命令。製紙工場製作と、人造ダンジョンの改造、素材モンスターの飼育を計画、実行しろ。途中の判断は全てエイプリルの判断に一任する」


 『了解しました。命令を受諾。製紙工場建築、人造ダンジョンのコントロール部分の改造、製紙に必要な素材モンスターの飼育環境の改善、及び、素材回収のためのシステム作りを実行します』


 これで、紙が一定以上確保出来るようになったわけだね。教科書作りが現実的になってきた。


 「あとは、何だっけ、惑星探査とか言ってた?」


 『はい。この星の地質、地形、資源、気象を調査中です。そのうち、地質、地形データから、前文明の物と思われる巨大建造物の痕跡と思われるモノを発見しました』


 「痕跡と思われる、ってことは、ほとんど残ってないってことなのかな?」


 『高度30万メートルからの観測ではそう推定されます』


 エイプリルにとっても、元居た自分の世界の事は知っておきたいって気持ちなんだろうね。


 「そう、判った。エイプリルの判断で調査を始めて」


 『アカデミーの完成に若干の遅延が出る可能性もあります』


 「2~3週間の遅れ程度なら許容範囲だと考えているよ。アカデミーなら追加工事しながらでも運営を始めちゃってもかまわないしね」


 『了解しました。小型輸送艇1艇と作業ロボット1ダースを調査に向かわせます』


 「アカデミーの建設の方だけど、土魔法を使えるガジェットに頼むのはどうなのかな?」


 『艦長がアカデミー内から出ない限りであれば』


 「うん、それで行こう。ガジェットに連絡して、ガジェットなら楽に出来そうな部分をやってもらおう」


 『了解しました。まずは、下水処理施設のためにアカデミー南部に直径30メートルの縦穴を掘るように指示します』


 「いいね。じゃあ、報告は以上かな?」


 『報告事案は以上ですが、艦長より、今後の方針や追加命令を頂きたいと考えます』


 「ああ、そうだね。えっと、魔法の解析はどうなってる?」


 『大まかに分類すると、既存の魔法、未知の魔法に分けられ、更に、既存の魔法は応用が可能なモノと不可能なモノに分けられます。未知の魔法も、動作が推測出来るモノと、不明なモノに分けられます』


 モニター画面に4項目とそれぞれに該当する呪文名が表示された。


 『この中で、光魔法だけは呪文の文言をそのまま唱えるだけでしか利用できません。

 物理魔法と振動魔法に関しては4属性魔法との関連性が確認され、同様の形容詞装飾により効果を変えられる可能性があります。

 通信機に使用されている光魔法の道具化から、他の光魔法の道具化を模索していますが、現在、灯りの呪文でさえ道具化が成されていません。』


 「ああ、状況としては今まで通りってことだね」


 『はい。引き続き調査、研究を行っていきます』


 「そこら辺はファイエーに丸投げしちゃってもいいかもね。そこから上がってきたデータを綺麗にまとめる方が、エイプリルの役割としては適任だと思うよ。

 おそらくだけど、光魔法って人の心が関わっているかも知れないから、術式から機能、効果って順番で考えると、重要なパーツが足りないってことになりそうだからね」


 『はい。ファイエーさんに渡すための資料を整理します。さらに、魔法術式と思われるもので、起動するかも不明のモノについても整理してお渡し出来るようにします』


 「うん、そうして」


 『最後に、ルブロンダルの城で発見した魔法術式についてです。

 これは、接続する事によって必要な機能を組み込む事が出来る魔法回路となりうる可能性があります』


 「え? じゃあ、集積回路とかも作れちゃうってわけ?」


 『簡単な人工知能までなら可能です』


 「人間の言葉による命令を間違えずに実行出来るレベルなのかな?」


 『ゲンブの工作機器を使用すれば、そのレベルのモノも可能ではあると推察します。汎用性を考慮して設計するのならば、工場などで働かせる危険作業分担の作業ロボットが適性と判断します』


 「それはいいねぇ。あ、もしかして、本人確認とか実績記憶とか、ギルドカードに機能を持たせるとかにも使えるのかな?」


 『規定のフォーマットを作り、窓口業務での確認や、中央での情報共有システムを構築するためにも有効だと推察します』


 「それが可能なら、金を預かってキャッシュカードとしても使えそうだね」


 『その場合、冒険者登録を多くの商人が行う事も予想されますが』


 「冒険者ギルド登録、職業=商人、ってのも歓迎だけど、この場合、商人ギルドを作ってもらって任せた方がいいのかなぁ。

 でも、商人ギルドは利益優先ってなりそうだから、あまり自由にさせると、それこそ形のない大国になりそうだから、冒険者ギルド内の1職業ってした方が、やんちゃ出来なくなっていいかもね」


 『同意します。情報交換と金融システムがあれば、独自の商業ギルドを利用する利点が無い事になります』


 「それでも商業ギルドが立ち上がったら、冒険者ギルドはあくまで街の外に出る冒険者のための組織として不干渉の立場にするべきかな。

 冒険者が集めた素材の販売だけが接点って事にしておいた方がいいよね。

 あ、アカデミーに商業ギルドを作られて居座られたら良くないよね、どうしようか」


 『商店においても、個人の住宅にしても、アカデミーがアカデミーの理念にそぐわないと判断した場合は無条件に立ち退くという契約を交わす事で回避出来ると推察されます』


 「ああ、そっか、犯罪の温床になっている可能性のある店とかも、それで排除出来るんだね。相手がぐずったら、嘘発見器で調べればいいか。

 まぁ、立ち退き勧告する前に、警告文を正式に発行とかする必要はありそうだけどね」


 『はい。後は、アカデミー内の調査組織と警邏組織の設立が必要になります』


 「役所、警察、公共施設のメンテナンスの作業員も必要だよね。学生を入れる前に、街として機能するようにしておく必要があるかぁ。食料品は商人から買うって形にするにしても、それだと、単純に金が消えていくだけだね。なにか、アカデミー独自で金を稼ぐ仕組みも欲しいね」


 『紙と本が重要な輸出品になると推察されます』


 「当面はそれかな。かなり安価に設定して、独占させて貰おう。他にも、何かいいインク素材も探して、ペン先も作れたらいいね。あと、鉛筆とかも」


 『アカデミー内で授業に使う資材を外向けに販売する事も利益になると推察されます』


 「教材を専門に作る部署を充実させて、余剰品を販売ってことだね。普通の定規やコンパスもあるし、ガラスが作れるようになったから、拡大鏡や望遠鏡なんかは騎士団とかが大量に欲しがるだろうね。地図と定規とコンパスなんて、戦争にとっては必須アイテムだもんねぇ。

 ああ、地図の販売もできるね」


 『需要はあると思われますが、国が地図その物を規制する事も推察されます』


 「それがあったかぁ。じゃあ、冒険者が使う、大雑把なのしか売れないねぇ。

 他に売れそうな物はある?」


 『冒険者ギルドを運営するシステムはいかがでしょう。ギルドカードの仕組み込みでの販売は?』


 「あー、パス。なんか、やばそう。このシステムを作った魔法理論は教えても良いけど、システムを売り渡すのは危険な感じがする。魔法理論を研究して勝手に作るのはOKってしておけば、文句もあまり出ないんじゃないかな?」


 『売り渡した場合、システムを解析され、こちらのシステムに介入される危険を考慮した判断ですね?』


 「だいぶ先の話しになると思うけどね。俺が生きていない、何世代か後の事だろうけど、その時にアカデミーがクラッカーやウィルスに対応出来るかどうかも不安だしね。

 独自開発なら、フォーマットも違うだろうし、その解析のための攻撃でもあったら、そこから警戒出来るだろうしね」


 『システム侵入に対する防御システムも必要ですね』


 「そこまでのシステムって作れる?」


 『可能です。冒険者ギルドに置くメインサーバ、サブサーバ、セキュリティシステム、中央に置くバックアップサーバ、セキュリティシステム、各街に置くユニット、ネットワークシステムにギルドカードという構成でよろしいでしょうか』


 「通信機の多チャンネル化って出来てる?」


 『設計段階ですが、約100のチャンネルの登録化は可能です。番号選択式の目途は立っていません』


 「ギルドのネットワークシステムって、それで大丈夫なのかな?」


 『問題ありません。直接交信するシステムと、中継器を介するシステムとで平行利用も可能です』


 「じゃあ、あとは、ギルドカードに乗せる情報だね。メインサーバに通さなくても本人確認や貯金残高、依頼クエスト情報とか判るように出来ないかな。出来れば現在地も判るといいね。

 持っている者のステータスが見られるとかならいいんだけど、流石にそこまではできないかぁ」


 『この場合のステータスはバイタルデータでよろしいのでしょうか?』


 「心拍数や呼吸数を出しても意味無いかなぁ。医療用機器でなら需要ありそうだけどね。この場合は、例えば、毒を受けたら、その状態を表示するとか、精神魔法の影響を受けたら表示するとか。

 自分の身体能力で、筋力の最大値や対応出来る素早さ、魔法を使える最大量とかも判ればいいかなぁ」


 『かなり曖昧で、現実の状況には参考にならないデータになると推察されます』


 「やっぱり、そうかぁ。

 でも、身体状況ぐらいは出来た方がいいだろうね。今は出来なくても、後から追加出来るようにスペースを空けておくとかは出来る?」


 『機能毎に独立したデバイスとして導入する予定ですので、身体能力の件も可能です』


 「すると、カードに記載するデータは、

 所持する者の身体的特徴、両手の指紋や鼻紋もあった方がいか。それを映像で確認出来るようにして、他人に書き換えが出来ないようにしたいよね。

 文字としては、名前、性別、生まれ年と年齢、所属国と出身の街、冒険者としての職業は、複数あってもいいよね。そしてギルドに預けている金の額、他にも道具とか、一時的にギルドに預けている物があったら、その記載も必要だね。そしてクエストを受け付けた場合に、その内容と有効期間。時間切れや本人からの申請で失効した場合は、失敗としてカウントするようにしたいね。成功した依頼の回数も当然必要だけどね。

 後は、特記事項の欄をいくつか作っておけばいいかな」


 『了解しました。登録する際に映像情報を記録するための機材が必要になりますが、そこに多重登録防止システムを入れ、各ギルドの受付業務に配置する形式でよろしいでしょうか?』


 「いいね。一応、ギルドがその身分を保障する形になるから、嘘発見器でギルドカードを悪用しないっていう宣誓でもして貰おうか」


 『了解しました』


 「あ、身分は保証される訳だから、ギルドカードを持っていないとアカデミーに入れないってするのも有りかな?」


 『グループの内、1人でも持っていたら入場可能とする場合の方が現実的だと具申します』


 「それもそうか。アカデミーの中にある冒険者ギルドで登録して貰っても良いし、子供を連れているとか、様子見でってのも居るだろうしね。

 アカデミーの直ぐ近くに中間ゲートを作って、カードをかざさないとゲートが起動しないってするのが良いのかな?」


 『ゲート利用料の自動引き落とし機能を採用しますか?』


 「できる?

 町中での買い物も、現金無しで可能になっちゃうのかな?」


 『ギルド関連施設でのみ利用可能とした方が現実的と判断します』


 「個人商店の経理をギルドが把握することにもなっちゃうか。

 それから、例えば、遠くの街のギルドハウスから、アカデミーにいる生徒へ現金の振り込みをするってことは出来るかな」


 『受け取り側が、ギルドハウスでカードの更新をするという行動が必要になります』


 「流石にカードに通信機能は付けられないもんねぇ。でも、それはそれで良いと思う。

 ギルドハウスからカードへ、カードからカードへの振り込みが可能になれば、冒険者同士での取引や、商人たちの取引が頻繁になるだろうね。

 そのための、取引部屋ってのをギルドに作った方が良さそうだね。

 各ギルドハウスには、カードと暗証番号で開く、頑丈な金庫を設置しないとね」


 『ギルドハウスに受付端末、金庫、振り込み用端末、取引用端末、ギルドカード更新用端末を追加と言う事でよろしいでしょうか?』


 「うん、それで充分だね。まぁ、ギルド関係は後でも良いんだけど、仕組みは決めておかないと混乱しちゃうからね」


 『了解しました。では、手を置いての命令をどうぞ』


 「命令。冒険者ギルドのシステム作りを頼む」


 長ったらしく言うのは嫌だったんで、むちゃくちゃ省略しちゃった。


 『了解しました』


 「ホント、エイプリルって頼りになるねぇ」


 『………』


 応えてはくれなかった。




 一通り事務仕事が終わったんで、戦闘装備は着けないまま、俺は1人で外に出た。目指すは何もない広い空間。


 正体不明の魔法を一度試してみるつもり。


 ジェイたちを呼んでもいいんだけど、せっかく1人の時間ができたんだから、ゆっくりして貰うつもりだ。魔法の試験も、俺1人でやって効果が判らなければ、また皆に手伝って貰うつもりだしね。

 同じ理由でグラウも置いてきたまま。実際、気分は散歩ってだけだしね。


 ここには何の建物が建つのだろう。そんな開けた一角にやって来た。


 試してみる魔法は4つ。2つは光魔法に近いモノだと予想され、残り2つはどの系統のモノかもわからない、偽物である可能性が高いモノ。


 先ずは光魔法っぽいのから。


 エイプリルが用意してくれたメモに、原文そのままの文字が書いてある。うん、読める。今まで、下手に起動しちゃったら危ないから、意識的に見ないようにしてきたけど、しっかり見たら灯り、レーザー、幻覚と同じ感じがする。これならしっかり起動しそうだ。


 周囲は100メートル四方何もない。まっさらな建築予定地だから下手な事しても大丈夫だろう。たとえレーザーを放っても、真っ正面は500メートル先に山肌があるだけ。


 よし、安全確保。指差呼称する必要もないぐらい何も無い。


 俺はメモを見ながらその呪文を唱えた。


 すると、光呪文にありがちな、頭の中で何かを決定する項目が現れた。


 それは、どのくらい? どれだけ? という曖昧な2つの項目。何なんだろう。とりあえず何が起こるか判らないので、少なめ、少なめという感じで設定してみる。


 そして起動。


 すると、目の前に森が現れた。


 いや、よく見てみると微かに透けている。幻と同じ? でも幻は頭の中で投影するモノをしっかり想像しないと出来ないはず。しかも、俺は森なんか想像してなかった。出るとしたら駅のホームだったかも。


 「どんな幻だ?」


 訳がわからない。目の前には何も変哲がない森がただ映し出されているだけ。しばらく見ていても全く変わりがなかった。


 只単に森を映し出す魔法?


 訳がわからず、もういいやと消そうとした瞬間、横から何かが現れた。円筒形をした銀色の物体が地面を滑るように移動してくる。


 俺にとっては馴染みも深い、エイプリルの作業ロボットだ。


 遠くの方にも居て森の木々に見え隠れしているので、全体でどのくらい居るのかは判らないけど、作業ロボットたちは木を切り倒し、木の根をほじくり返していた。


 「これは、過去の映像か!」


 俺の叫びと同時に映像が消え、元の何もない広場に戻った。どうやら魔法効果の時間が切れたようだ。


 過去の映像を映し出す、タイムマシンみたいな魔法? イヤ、俺の感覚では違う。何となくだけど、思い出す、と言うような感覚があった。

 しかもこれは光魔法。ならば、光の過去? 違う、光の記憶だ。


 光がモノを覚えるのか? なんて突っ込みは意味がない。光の精霊が居るし、精霊は記憶も出来るしコミュニケーションもとれる。世界の隅々まで魔法が染み渡ったこの状況なら、それも有りなんだろう。


 ふと、この魔法の利用価値を考えてみる。


 重要な場所で、過去に何があったか、そのまま見る事が出来る? 声は聞こえそうもないけど、行動ぐらいは調べられるよね。

 この世界に、過去、何があったかも調べられるのかも。


 エッチな宿屋で、ベッド周辺に掛けたら、そのベッドの上で何が行われてきたか、いろいろ見えちゃうよねぇ。


 って、かなりのプライベート侵害?


 人の知られたくないっていう気持ちを、ことごとく無視する、危険な魔法なんじゃない?


 この魔法、イヤ、光魔法を持っているだけでも迫害される危険もありそうだ。

 犯罪捜査や知的探求っていう利点はあるけど、それを差し引いても、周りに与える恐怖はとんでもない事になると思う。


 場合によっては魔法禁止と魔女狩りみたいな事も起こっちゃうかも。


 ヤバイ。これはヤバイ魔法だ。


 レーザーとかの殲滅魔法よりも、迫害を呼び込む危険がある恐怖の魔法だよ。


 これは、俺だけが世界の真実を知るためにだけ使って、他の者にはその存在さえ秘密にした方がよさそうだ。


 魔法って、使いようで何でも出来るって感じだけど、そのなんでもって所がかなり危険な部分に簡単に入って行っちゃう危うさがあるんだねぇ。


 以前見つけた、自分自身をコピーして戦いに使うという魔法と同様、この魔法も禁呪として伝えないと言う事にした方がいいね。


 一応俺だけは使えるようにして、他の記録は全部壊しちゃおう。


 俺ってヘタレだねぇ。


 俺は使うけど、俺以外には使わせない、なんて、どこのガキ大将なんだか。でも、人の力になる魔法を、危険なモノとして見られないように、危ういモノを隠すのは仕方ないだろうね。


 この魔法の細かい所は、エイプリルと相談しながら進める事にする。エイプリルなら、プライベート規定もしっかり遵守するシステムだし、相談相手としては一番安全で頼りになるしね。


 気を取り直して、次の魔法の試験に移る。


 同じ光魔法の気配のする呪文。見てみるとこれもしっかりとした起動出来る呪文のようだ。


 再び周囲を確認してから呪文を唱える。


 頭の中で設定する項目は無かったようだ。何がどうなったのかな? と見てみると、目の前に光り輝く鎧を身にまとった騎士らしき者が立っていた。


 たぶん、これが呪文の効果なんだろう。でも、この騎士、全く動かない。左手には大きな盾、右手には2メートルぐらいの両刃の剣を持っている。身長も2メートル半ぐらいかな。かなり大きくて、近場にいると見上げるしかない感じだ。


 でも動かない。試しに触ってみたけど、生きているという感じも受けなかった。


 握り拳を固く握って、鎧を殴りつけてみたけど、まったく無反応。俺の力じゃ殴り倒すってことも出来ないほど重厚だと言う事が判ったぐらいだ。………痛いしね。


 痛む握り拳を左手で押さえて、目をつむって痛みに耐えようとした時、変なモノを見た。


 目をこらしても、今さっきの変なモノは見えない。気のせいかと思ったら、一瞬だけ同じモノが見えた。それが2~3度続く。


 あ、まばたきだ。


 俺が瞼を閉じた時にだけ見えるんだ。そこで、しっかりと目を閉じてみた。


 見えたのは、目の前で目を閉じている俺自身。


 どういうこと?


 瞼を開いて見てみると、何も変わった事がない普通の見え方。もう一度しっかり目を閉じてみると、やっぱり俺が見えた。ちょっと見下ろしている感じだ。


 って、これ光の騎士の視点なんじゃない?


 首を動かして自分の身体を見るようにしたら、しっかりと動いた。自分の右手が、両刃の剣を持っているのが見えた。剣を持ち上げて、天にかざすようにする。

 そこで目を開いた。


 俺の目の前の光の騎士が、右手の剣を掲げあげている姿で止まってた。


 つまり、目を閉じている時だけ使える憑依人形って事かな?


 今度はしっかりと目を閉じて、光の騎士の身体を動かす。


 軽い。まるで羽根のようだ、なんていうありきたりな形容詞が出てくるくらいに軽い。

 試しに跳ねてみた。

 1回で2メートルほども飛び上がり、勢いを殺さないように何度も跳ねたら、5メートルぐらいは余裕で飛び上がれた。


 今度は走ってみる。

 振り返って、500メートルほど先の山肌まで行ってみようとしたが、一歩一歩を跳ねるように飛んで走ったら、20歩ほどで到着した。タイムはきっと10秒切ってる。


 オリンピック金メダリストの5倍ってどんだけ?


 でも、そんなに美味しい話しは無いよねぇ。500メートル10秒の速度で、山肌が迫ってきた。


 ぶつかる! っと思って全力でブレーキを掛けたら、なんと一瞬で停止した。


 あれ? 慣性の法則は?


 今度は、元居た位置に向かって走ってみる。そして停止。今度も一瞬で止まった。もしかして、光で構成されたボディだからかな?


 今度は山肌に向かってジグザグに進む。一歩毎に方向を変えてみたが、まるでUFOのように鋭角な切り返しが出来た。さらに迫る山肌に向かって走り、その斜面を駆け上がってみた。


 そして停止。


 ほとんど垂直の壁面に、垂直に直立して止まってる。忍者も真っ青だよ。


 重力も関係無いのかな? そう思って壁を蹴って空中に躍り出たら、普通に落下した。


 やばい。こんな所で墜落死? と、本気で慌てたけど、地面に着いた所で普通に停止した。


 ビックリしたー。


 って声に出したつもりでも声は出てない。今更だけど、この騎士の身体では音が聞こえないようだ。今耳にしている物音や風の音は、俺の本当の身体が感じているモノのようだ。


 あ、さっき、死にそうになった時、目を開ければ良かったのかな?


 で、再度挑戦。壁の垂直登りで20メートルほど登り、空中に躍り出て、そこで目を開けた。


 元の身体に戻った俺は、500メートルという遠距離で、点にしか見えない白っぽいなにかが落っこちていくのをなんとなく見ていた。


 そして、無様に地面に叩き付けられたようだ。


 そりゃ、コントロールしてないから、人形のように落っこちるだけなんだろうね。


 再び目を閉じてみたら、今度は目の前が真っ暗だった。どうやら、落下の衝撃で壊れて、魔法が崩壊したようだ。


 つまり、ある程度以上の衝撃を受けたら壊れるようだ。でも、潜入とか、特攻とか、誰かを犠牲にするような場面で有効に使えそうな魔法ではあるね。


 あ、使っている間、俺の身体が無防備になるのか。


 ガジェットに抱っこして貰って、光の騎士の身体で、「ここは俺に任せて先に行け」ってするのも間抜けだねぇ。一度くらいしてみたいけどね。


 光の騎士の魔法は、後ほど実戦形式で確認しよう。扱うのが俺なんで、剣の達人というわけには行かないだろうけど、慣性の法則を無視出来る動きでもって剣を扱えるのなら、かなりトリッキーな動きで戦えそうだ。


 次は、起動するかどうかも怪しい呪文。


 偽の魔法書を作って高く売る贋作師の作品かも知れない。


 書いてあった文字は読める。そこで、その文字を声に出して唱えてみた。


 魔法を起動した時によくある、ほんの少しだけ心が疲れるという現象も無く、なにも起こらなかった。


 ハズレだねぇ。


 まぁ、判っては居たんだけど、ほんの少しの期待が裏切られるのは、やっぱこたえるね。


 メモに書いてある最後の呪文を見た。雰囲気はハズレと同じだ。だからといって試さないのは消化不良を起こしそうだしね。


 駄目で元々、と言うつもりで唱えてみた。


 なんと起動した。


 心がほんの少しだけ疲れたような、そうでも無いような、微妙な感じがするが、それを感じているということは、しっかり起動しているって事だね。


 でも、なにが起こっているのか不明。辺りを見回しても特に何も見えない。


 もしや自分自身に変化が? という可能性も考えて自分の身体を見てみた。なんと、そこに文字が浮かび上がる。


 東島晃  20才 クラス=ANGEL EARTHLY 男

 魔法属性=光・闇・神聖・魔性・幻性・獣性・竜性・火・風・水・土・物理・音・修復・肉体

 筋力=C

 素早さ=B

 体力=C

 魔力=S

 運=A


 これってステータス? いや、それはいいんだけど、何? この魔法属性って? なに? このてんこ盛り状態は?


 いや、それよりも、クラスのエンジェル・アースリィって何?


 エンジェルって天使の事だよね。アースリィって地球の事で、意味としては地球・地上・この俗世間とかいう意味だっけ? さしずめ、地上の天使って事かな?


 なにそれ? 中二病を患い過ぎて俺は神だと宣言しちゃうような恥ずかしさだよ!


 俺はその場にうずくまり、地面を叩きまくった。


 ステータスを出す魔法はめっちゃ嬉しい。けど、そのクラスで地上の天使なんて、恥ずかしくて自己紹介出来ない! だ、誰か助けてくれー!


 ……………。


 もう一度ステータス魔法を起動する。


 変わってなかった。


 ちくしょー!

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