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第三十八章 晃とシャシルの戦争 亜人 その2

 そして、いよいよ王都に到着。王都の街の外壁から、王城まではかなり長い。ゲートは街の外壁の外に作るべきなので、ガジェットにはそこで作業を初めてもらう。あとは、城の兵にゲートの管理を任せなければならず、城まで行って話を通さなければならないという作業が残っていた。

 つまり、城まで走る? この時間だから、街の中を巡る馬車も動いていないし、この時間に外を歩いていると、警備の兵に職務質問されるという愉快な状況も待ってる。


 こっそり作って、さっさと砦に行っちゃおうか? とか、本気で考えちゃった。


 「アキラ殿ですね?」


 いきなり職質? とか思ったけど、今、名前呼ばれたよね?


 「はい、アキラです。」


 「陛下より伺っております。ゲートの設置をお手伝いします。」


 ナイス! 陛下。いい仕事してます。通信機を置いていって良かったねぇ。


 「設置はこのガジェットという大男がやります。兵の皆さんは、周囲の警戒を。

 実は、王都に魔法を阻害する魔法を使う何者かがいるようなのです。そのせいで、陛下との通信や、ゲートも使用できなくなる可能性があります。

 場合によっては、その妨害者を追いつめる必要もあるかも知れませんので、それまでは周辺の警戒状態で待機していただきたい。」


 「判りました。魔法に関してはまだまだつたない我らですが、お役に立てる時はいつでも言ってください。」


 そして、城の兵士と確認しあって、ゲートの設置場所を決め、ガジェットには作業を始めてもらった。


 俺はグラウと相談。


 「今、阻害魔法を使っていない状態なら、見つける事は困難か?」


 「まぁ、普通はそうじゃな。ただ、使っているという状態でも、見つけるのは難しいじゃろう。」


 「魔法の力を感じて、その影響を知る事ができる存在ってのはいるか?」


 「ああ、そう言えば、神獣や霊獣と呼ばれるモノたちは、そういうのが得意じゃな。」


 「いきなり、灯台元暗しか? グラウもできるとか?」


 「いや。わしはできんな。もともと、そういった力を感じる能力がないじゃでな。じゃが、一番得意なのがそこにおるぞ。」


 「まさか、シン?」


 「うむ。あやつなら、この街のどこで、どんな魔法が使われたか、匂いをたどるように感じる事ができるじゃろう。」


 方針が決まったので、俺もゲートの設置を手伝う。ガジェットが作った詰め所を参考に、ゲートの裏に詰め所を作った。王都用だから、ちょっと大きめにしちゃったけどね。


 そして、ゲートの警備に4人ほど残し、残りの兵と共に王都の都の外壁の中に入った。


 「じゃあ、ガジェット。シンに王城以外で強い魔法が使われた所を探させてくれ。」


 「了解しました。」


 シンが頭を巡らせて、周りを嗅ぎ回る。亀の首ってけっこう伸びるんだねぇ。


 「見つけたようです。」


 「ようし、走ろうか。」


 間違ってました。ごめんなさい。


 亀なのに凄い勢いで走っていった。ちゃんと道なりに進んで、街の建物は壊していないけど、その走りはオフロードレースそのもの。亀の足がドリフトしている姿なんて、誰が見た事あるんだろう。


 そして、あっという間に置いてかれた。ついて行けてるのはガジェットのみ。


 「あー、エイプリル? ナビゲートよろしく。」


 『了解しました。次の十字路を左です。』


 呆けた感じで歩いていくと、とある宿屋の前で2階の方を見つめているガジェットとシンを見つけた。


 「この宿屋の2階にいるってことなんだ?」


 「はい。あの窓が一番怪しいようです。」


 俺は城の兵に頼んで、半分は外で待機、半分は俺と一緒に中に入ってもらった。


 宿の主人に金貨を2枚放り、指を口に当てて、静かにしろと言っておく。そして兵と共に2階に上がり、問題の部屋の前に到着、扉をノックする。


 「ちょっと、宿代の事で話があるんじゃがな。」


 わざと声を作って、宿屋の関係者のつもりをする。


 「なんだ、余計に支払ってあっただろう。」


 「それのことなんですよ。」


 そう答えておいたが、宿代を余計に支払うなんて、ちょっと怪しいねぇ。


 俺は足を上げて、扉がほんの少しでも開いた瞬間を狙って、扉に蹴りを入れた。


 一緒に吹っ飛ぶ中の男。


 そして一気に部屋に飛び込んで、吹っ飛んだ男を組み伏せる。


 ヤバイ、もう一人いた。


 しかし、こちらも兵がいる。一緒についてきた兵が、俺を見習って男にタックルをしかけたが、簡単に避けられた。

 一度、俺の方を向いて、仲間を助けるかどうか判断したようだ。結果は、俺の下敷きになっている男は見捨てて窓から逃げようと飛び出した。


 そして、ガジェットに簡単に捕まったようだ。


 俺が下敷きにした男は、城の兵士の協力で縛りあげられ、目隠し、猿ぐつわのオマケまでついていた。


 宿の部屋には、メモ用紙らしき殴り書き。


 「べすえってぃえまが………、なんか意味がわからないな。なんだこれ。」


 「これは、周辺の魔法力を集めて、魔法力を何らかの物に吸収させる術の一部じゃな。お前らのプレートに近いモノじゃが、かなり乱暴な術式じゃな。」


 「何らかのもに吸収? たとえば?」


 「まぁ、いろいろあるがの。そこら辺を探してみれば、何かあるんじゃないかのぉ。」


 それで探してみたところ、あの連中の荷物の中に、かなり赤黒い石が、数個、大事に包まれて置いてあった。


 「ドラゴンドロップじゃな。ドラゴンの身体の中に含まれていると言われる石じゃ。魔法力を吸収して、他の魔法の力の大元になると言われておる。その力を全て引き出した者はいないとも言われておるな。」


 「なんか、とんでもないモノだね。」


 「アキラ殿、来てください。」


 なんか、慌ててた兵士の声で外に出てみる。そこでは、捕らえられた男の周りで、兵士が言い争いをしていた。


 「どうした?」


 「実は、この捕虜に怪我をさせてしまったんじゃ無いのか、という。」


 「俺はそんな事はしていない。するはずも無いじゃないか。」


 「だが、現にこうして切られているのだからいいわけにはならんぞ。」


 要領が得ないので、俺もその傷ってのを見せてもらった。


 それは捕虜の首筋。アゴの骨の下側だった。ぱっくりと開いて細かい繊維状の内側が見えている。これはエラじゃない?


 「エラ? この男は魚人じゃないかな?」


 「「「え?」」」


 灯りの魔法を唱えて、周辺を明るく照らす。これで、傷とエラの違いぐらいは区別つくよね。


 「ほ、本当だ、エラだ。こいつ魚だったのか。」


 「今、陛下が兵を出しているのは、亜人との戦争のためだしね。その亜人の一人なんじゃないかな?」


 「そ、そうか。」


 「そっちの男もあわせて、2人をしっかり捕縛しておいてね。あと、猿ぐつわは外されないように。こいつら、魔法を使うからね。

 この2人が留まっていた部屋の荷物は残らず押収して、何をしていたのか、しっかり調べるように頼んで。」


 「判りました。」


 「じゃあ、俺たちはシュミラの砦に戻るよ。あとはよろしくね。」


 「「はい。」」


 元気のいい返事をもらい、俺たちは王都から森の中の小型輸送艇の所に戻った。シンに乗せてもらって、突っ走るという案も脳裏に浮かんだが、あの見事なドリフト走行を見てしまったために、それは断念した。


 小型輸送艇で残りのゲートの材料を受け取り、ガジェットに抱え上げてもらう。


 そして、俺、グラウ、ガジェット、ガジェットの持つゲート、そしてシンを範囲に入れて、転移魔法を唱える。目標は砦の内側に作った転移魔法用の目印。


 ちょっとだけ無理したかな、って感じだったけど、見事成功。


 念のため目印は残したまま、その近くにゲートを設置するようにガジェットに頼んだ。ここなら砦が直ぐ近くにあるため、詰め所はいらないだろうね。


 あとはガジェットに任せて、国王陛下にゲートがほぼ完成したと報告に行く。ついでに、都に潜り込んでいた亜人の事も言っておかないとね。


 「ほう、早いな。これで、いつでも直ぐに城に戻れるのだな?」


 「直ぐというわけには行かないように、わざと遠回りにしましたけどね。

 ここから、タティスの街を横切ってから、グルナルドの街を横切ると、王都の外壁の直ぐ外に出る事になります。必要な時間は、3つの街を横切る時間ですね。」


 「うむ。それだけの距離と時間があれば、もしもの時に城で備えられると言う事なんだな。」


 「はい。ゲートを外壁の外に設置してありますので、もしもの時は門を閉じて、抵抗すると言う事もできます。」


 「まこと、大儀だ。礼を言っても言い切れん。」


 「それはこの戦争が上手に終結してからにしましょう。

 俺はこれから、ゲートの管理をしてもらう兵を、それぞれのゲートに送り届けます。

 タティスとグルナルドでも、ゲートの起動を心待ちにしていますから。」


 「うむ。それにはわたしも立ち会おう。」


 「陛下? 珍しいモノが見たいってだけですね?」


 「もちろん、その通りだ。」


 「………、判りました、行きましょう。」


 引き留めて、駄々をこねられて時間を無駄にするのも意味無いよねぇ。


 そしてゲートの管理をする兵をまとめていたランディウスの所に行き、王と共にゲートへ移動。まずは、ここのゲートの管理者に、通信機の扱いとゲートでの注意事項を教える。他の兵もしっかり聞いている。陛下がいるせいかな?


 そして、ゲートの管理者に主導権を渡して、一番目に、向こうのゲートを管理する兵士を送った。


 通信機から、無事に到着したという声が届き、アニスの声も聞こえた。


 そして、王と共に俺も移動。ガジェットにはここに残って、ジェイたちに合流してもらう。直ぐ戻るしね。


 そして、タティスの街の中を歩いてもう一つのゲートに向かい、そこからグルナルドの領地に移動。カイエルさんが出向いていて、陛下の登場に恐縮していた。


 そしてまた、グルナルドの街を横切り、別のゲートから王都の外壁の前に移動。


 さっきまで一緒だった兵が、俺と陛下を見て、急いで跪いた。


 それをいさめて、外壁の直ぐ外から王都を眺める陛下。


 「うむ。まさしく王都。これで、この国はもっと強くなるのだな。」


 そう独り言を言って。感慨にふけっていた。


 一度グルナルドに戻り、カイエルさんに挨拶してから、ゲートを使わず、俺の転移魔法で陛下と、陛下の直接の部下を一気に砦まで転移させた。


 陛下を砦の中に戻し、俺はジェイたちと合流すべく、砦の前の荒れ地を歩いていた。


 荒れ地には大きな穴がたくさん空いている。隠れるのにはいいけど、馬車が走れないと兵たちも文句を言っていた。まったく、誰がこんな事をしたんだろうね。


 穴の空いていない荒れ地でたき火を囲んでいるジェイたちに合流。互いに報告会となった。


 「一度、山の中に入ってみようと思ったんですが、暗くて足下がおぼつかない状態で敵に見つかったらと思うと、怖くて入れませんでした。」


 「うん、それが正解だね。夜目の利く亜人とかがいたら、ヤバイもんね。」


 「アキラは、今後、亜人がどう動くと思いますか?」


 「戦争だからねぇ。戦争なんて、相手が思いもしなかった行動を取った方が主導権握ったりするものだからね。

 たとえば、今夜も、夜襲があると思って警戒しているのなら、夜襲しないという手もかなり有効だしね。夜襲を警戒していないなら、夜襲してしまうのが有効ってのも当然あるしね。」


 「そうですよねぇ。全てに備えるなんてできない状況で、敵が裏をかいてくるという事を考えなければならない、ってのはかなりきついですね。」


 「陛下の方は、増援のあてができたんで、今夜は来て欲しくないって考えだろうね。

 相手が本当に千の部隊だったら、今夜あたりに先遣部隊が夜襲をかけて来そうなモンなんだけどね。」


 「アキラは、千の部隊ってのは有り得ないと思うんですか?」


 「まず無いと思うよ。先遣部隊の夜襲が無いとしても、斥候部隊同士での争いまで無いのはおかしいしね。

 向こうは山の森の中、こっちは木も無い荒れ地に集まっているのに、弓矢の1本も撃ち込んで来ないのも不思議な話だしね。」


 「そうか、千の部隊にしては大人しすぎるんですね。」


 「戦争するために集まってきた兵士だからね。敵の前では殺気立って、落ち着かないのが普通だよね。だから、統制も取りにくくなって、勝手な事するのも多くなるはずなんだ。それが無いんだから統制の取れる人数ってので間違いないと思う。

 たぶん、百から2百ってとこかな。」


 「エイプリルさんの言う百じゃないんですか?」


 「念のための数字だけどね。もし、リザードマンが伏せて寝ていたら、赤外線映像にもかからなかったかも知れないからね。」


 「えっと、なんです? その、せきがいとかは?」


 「ああ、ごめん。えっと、人や動物は暖かいよね? その温かさを見るのが赤外線映像なんだ。まぁ、大雑把な言い方だけど。

 エイプリルは、上から、その温かさを調べたんだ。その温かさの大きさから、小さな動物とか、大きすぎる動物を除外して、人の大きさの暖かさだけを数えて、百と言ったんだ。」


 「そんな事もできるんですかぁ。」


 「でも、トカゲとか蛇とかは自分では暖かくはならないっていう動物なんだよね。周りが暖かくなければ動けないという身体なんだ。だから、冬に冬眠とかして、動かずに過ごすんだけどね。

 もし、リザードマンがそれと同じ特性を持っていたら、エイプリルにも調べられなかったかも知れないんだよね。」


 「は~あ、なんか、いろいろ考えなければならない事が多すぎて、どうしたらいいか判らなくなってきますねぇ。それに、知らない事も多すぎるって感じです。」


 「実際、この世の中なんて、そんなモンだよねぇ。

 亜人がどういったモノかも知らないし、どんな考え方をしているのかも知らない。集団ではどんな戦い方するのか、とか、普段は何を食べているのかも知らない。

 知っていれば、戦い方も変わってくる情報のはずなのに、それを知らないから、場当たり的な対応しかできなくなるんだよね。」


 「そういえば、僕たちは亜人というのしか知りませんね。ここの兵士なら、もう少し知っているかも知れませんが、どんな亜人がいるかも判らなかったんですね。」


 「王都に潜入していた亜人は、魚の亜人で、見た目は人と変わらないけど、アゴの下にエラがあったよ。」


 「魚の亜人ですかぁ。すると、今回も戦う勢力にいるんですかねぇ。」


 「水場が無いから魚の特徴としての力は発揮して来ないだろうけど、人一人分の働きは普通にできそうだったね。」


 「それだけでも戦争には脅威ですよね。」


 「もしも、ここに大きな川でも流れていたら、それだけで戦局が大きく変わっただろうね。」


 「もしかして、亜人と戦うってことは、人にとっては、もの凄く不利な事なんですか?」


 「うん。そう思う。友好的な亜人と一緒に街作りできるようにならないと、戦争でもそのうち負けちゃうかもね。」


 そう話している内に夜も更けた。今日は夜襲もありそうにないので、大きくなってもらったシンに物陰を作ってもらい、ガジェットとエイプリルに監視してもらいつつ、俺たちはぐっすり眠る事にした。



 そして、次の日の朝。いつもよりも早い時間で、まだ眠気は残っているけれど起きる事にした。


 タオルに水を含ませ、それで顔を拭く。昨日、思いっきり走り回って汗かいたのにそのままだったため、ちょっと気分が悪い。濡れタオルで身体を拭いて、新しい野戦服に着替えたが、頭を洗うわけにもいかず、ちょっと不満の残る状態だ。


 ファイエーに水道の魔法道具を3つほど出してもらい、それを、周りの兵士の食事係の所に持っていく。井戸との往復にヘトヘトになっていた食事係の下っ端が泣いて喜んでいた。


 俺たちは俺たちで、レトルトのシチューを温め、柔らかい丸いパンにハムを挟んだだけという、「簡単」な食事で朝食を終えた。まぁ、他の兵士は、薄いスープに固くて囓るのも苦労するパンで、一応空腹ではないと言う状態にしただけっていう食事みたいだったけどね。


 朝食も終わり、落ち着いたところで、戦況の確認。


 「エイプリル、敵勢力の分布状況を教えて。」


 『夕べの内にインセクターを配置。半径10キロ程度の範囲で索敵が可能になりました。』


 「さすがだねぇ。で、結果は?」


 『リザードマンの軍勢を50確認、その他、種族不明が80、エラを持つ魚人が20、植物系と思われる人ともモンスターとも区別できないモノが20。鎖でつながれたモンスターが30確認されました。』


 「モンスターを入れて200の軍勢かぁ。モンスターの内訳は?」


 「角の生えたグリズリーが5体、鎧竜のようなモンスターが5体、体長2メートル程のヤマアラシが3体。それと、炎を吐く虎を1体確認しましたが、鎖で拘束されているうえ、身体に何本かの銛が突き刺さっていて、戦力として計上すべきか疑問です。

 あと、イノシシが16体いますが、これは食料としても併用されるものと推察します。」


 エイプリルが映像付きで見せてくれた。幾分、画像が荒いけど、その脅威はよく判る。


 「スローターベアーにソードストーム、ニードルラットにファーネスタイガーじゃな。」


 「スローターってどういう意味だっけ?」


 「虐殺じゃ。」


 「ファーネスって?」


 「炉とか窯とかいう意味じゃったな。」


 「まさしく、名は体を表すだねぇ。」


 ソードストームと呼ばれた鎧竜は、アルマジロのような姿なのに、その背中の鎧部分に剣のような突起が何十本も生えている。まさしく剣の嵐だ。


 「ジェイはファーネスタイガーに興味ありそうだね。」


 「炎を宿した生き物ですからねぇ。あの虎は精霊なんですか?」


 「伝説では精霊とモンスターの間に生まれたとか言われておるな。真実は不明だ。知識としてそれを知っている者が居らんのじゃな。」


 「ジェイ? 助けてあげたいという気持ちはわかるけど、あの状態だと、鎖を外したとたんに、無差別に暴れ回る事も考えられるから、扱いは慎重にね。

 始めに杭を抜いて、傷を癒して落ち着いてから鎖を外すとかの方法を考えておいて。」


 「あ、はい、判りました。」


 「さて、軍勢を率いている武将の存在は確認できるかな?」


 『指揮系統と見られる行動を行っている場所が1カ所確認できます。

 その場所に、リザードマン3体、魚人1体、植物系1体、巨人系1体を確認。』


 「グラウ? この植物系って、ドライアドなのかな? 俺の知ってるドライアドは精霊だと思ったけど。」


 「精霊? あれも立派な人じゃよ。まぁ木の特性を持った亜人というやつじゃな。エルムと呼ばれておる。もともとは大人しい種族のはずじゃが、戦争に出てくるとはなにかあったのかのう。」


 「グラウ? そのエルムって、どんな事ができる? 森の中に潜んで、見つからずに攻撃とかできるかな?」


 「うむ。それぐらいならできるじゃろう。一時的じゃが、そこらの木と同化できたはずじゃ。」


 「それはやっかいだね。全身鎧でも着ていないと、後ろから弓を射られるとかもありそうだ。」


 「確か、ヤツらの使う弓は協力じゃぞ。全身鎧でも近場から射られたら簡単に貫かれるじゃろう。」


 「すると、ある程度安全なのは俺たちぐらいしか居ない、ってことになっちゃうね。」


 「どうします? このまま僕たちだけで森の中に入りますか?」


 「ここの兵士と連携が取れないと、それも意味無さそうなんだよね。一度、この観測結果を持って、陛下と話した方がよさそうだ。」


 そして、ようやく朝の支度が終わった陛下を襲撃して、武官、参謀役と一緒に映像情報付きで内容を見てもらった。


 「陛下、すみませんが、亜人の部隊の宣戦布告は、どのようなモノだったのですか?」


 陛下が参謀役に頷くと、その参謀役がたくさんの資料の中から一つのファイルを取り出して読み上げ始めた。


 「我らは貴国の西に位置する、貴殿らが亜人と呼び蔑む種族の雄志。東に位置する下賤なりし人の王よ、これより、千の力持ちて貴国の土地を我らが大地へと併合する。祖は疾く疾くその地を離れ、我らに跪きて許しを請え。」


 参謀役が読み終わった。


 「今のが、城の騎士が惨殺され、その胸に刺さっていた槍にくくりつけられていた文だ。」


 陛下が最後の補足を入れてくれた。


 「えっと、まず、簡単に判る所から、

 雄志と言っていて、国とは言ってませんよね。つまり、国としての後ろ盾を持っていないか、おおっぴらに後ろ盾になれないっていう事情があるって事ですよね。

 と、言う事は、多くの資金を持っていないって思うんですが、どのように考えます?」


 「なるほど、そうだな、資金が無ければ、部隊を維持する事もできないだろう。金というモノを使っていなくとも、部隊に必要な物資を確保するには、それなりの資財が必要になるわけだしな。

 参謀殿はどう思う?」


 陛下が参謀として参加している3人の内の1人に目を向けた。


 「はっ。もともと、亜人の勢力圏内には、それぞれの種族の小さな部族が集まっているだけという報告でした。ですので、部族間協力はあっても、国という体勢はできて居らず、国という表現をとらなかったモノと考えます。

 ですが、仰るとおり、部族間協力すらない、個人的な反抗勢力でしかないというのは納得できます。」


 「俺が思うに、リザードマンの部族が中心になって、その武力や考え方に同調した一部の亜人たちが思い思いに参加しただけ、という感じしか受けません。おそらく、千というのも、幻をみせる魔法か、一時的な欺瞞工作でしょう。

 もともと、亜人だけで千の勢力と言っているわけじゃなく、全てで千の力とか言ってる時点で、巨人が居れば100人力とかいう数え方だとか言い出しそうですしね。」


 そこで、皆が軽く笑った。千の数の亜人でなければ、実際は怖くないという気持ちが働いたんだろう。


 「アキラ殿は、ここはどのような戦い方をするべきだと考える?」


 武官として参加している3人の内の1人が聞いてくる。


 「森に入る事は愚作になると考えます。エルムという樹木の特徴を持つ亜人が居ますので、敵を1人も倒せないのにこちらは全滅とかもあり得ます。

 ですが、森を焼き払うのはもっと愚作だと考えます。戦いには勝っても、森を失う事は、この地で生きていく事が困難になるという事でもあります。

 近くに森が無くなっても、少し足を伸ばして、ちょっとだけ遠い森に行けばいいだけ、という考えもあるでしょうが、その、ちょっと遠い森で、人や兵士が襲われるような事になったら、原因解明も対処もできずに、ただ人員や食料や生活物資を消耗していくだけになってしまいます。

 ゲートがあるのだから、別の場所から物資を運べばいいという考え方もあるでしょうが、そうすると、この場所を維持するための負担を、別の場所に強いる事になります。

 負担になれば、それは疲労という形で国を圧迫します。

 もし、他の場所で似たような事をされたら、戦ってもいないのに国が傾くということにもなりかねません。

 この砦は、近くにイノシシが来て、薪も取れ、薬草も採れる森も、砦の一部だと考えるべきです。」


 戦いで命を落とす事を考えるのなら、将来の不安はとりあえず無視、っていうのが戦争の基本になるとは思う。でも、そういう刹那的な考え方しかしないようでは、人は強くなれないと思う。これは、俺の持論だけどね。


 「なるほど、考え方は理解できます。で、森を焼けない、森に入れないで、どのように戦います?」


 「敵にとって、森は都合のいい壁です。こちらから森に矢を放っても、届く事は無いでしょう。

 なら、敵に森から出てきてもらうのが一番です。

 なぜか、砦の周りには、大穴が至る所に開いていますから、それも利用できますしね。」


 「で、具体的には?」


 「少人数で敵の裏側に回って、煙でいぶしたり、周辺のモンスターを追い立てたり、蜂の巣でもあればそれを投げつけるのもいいでしょうね。

 何しろ、相手は200程度の小規模部隊です。

 煙が迫ってきたら、山火事を考えるでしょうし、それを止められるとは考えないでしょう。

 左右から攻めれば、砦前の空き地に誘導もできるはずです。」


 「それほど上手く煙が動きますか?」


 「風魔法を使えば簡単です。広く開けた場所だと煙も拡散してしまうでしょうが、あまり風が吹かない森の木々の中なら比較的楽に煙を動かせると考えます。」


 「そうか、風の魔法があったのだな。風の魔法は敵を斬りつけるモノと考えがちであった。」


 「森を焼かないように気をつけなければなりませんが、その煙で追い立てられた亜人たちは、俺たち人が森に火をつけたと考えて、死にものぐるいで戦ってくるでしょう。

 敵にしてみれば、逃げ場が無くなった状態ですからね。」


 「だが、森から出たヤツらは、地の利を生かせない弱くなった集団というわけだな。」


 「はい。すでに、こちらの兵士も基本的な攻撃の魔法は使えますし、森から出たのであれば、火の魔法も充分に効果を発揮するでしょう。敵を森から出した時点で、こちらの勝利が決まると考えます。」 


 勝利宣言で、周りの雰囲気も明るくなった。


 「煙でいぶし出す方は俺たちで行います。密かに背後に回らなければならない作戦ですから、少ない人数で、同時に事を起こさなければならないという状況ですので。

 ここには、レイミーとガジェットを置いていきます。2人は俺たちと通信できますし、レイミーは水の魔法で大規模な火災でも防ぐ力を持っています。ガジェットも、城ぐらいの大きさの防壁を作る事ができる土魔法の使い手です。」


 「すまぬなアキラ殿。今の我らの兵の熟練度では、成功する可能性もあるが、失敗する可能性も高いからな。ここは確実な手として、アキラ殿たちに頼らせてもらおう。」


 「こちらは追い立てるだけですので、上手くいけば剣を抜く必要もない役割です。実際に命がけで戦う兵たちの方に目を向けてください。」


 そして、細かい作戦行動を決める。


 「皆の通信機は常に入れておいて、個人的な会話でも、皆にそれが聞こえるようにしておいて。まぁ、今から入れておく必要は無いし、俺たちが森の中に入ってから俺が通信を送るから、その合図で始めよう。

 通信のスイッチを押す時に強く押し続けると常に通信状態になったという合図のピンっという音が聞こえる。それが聞こえたら、押すのをやめても通信状態を維持してる。切る時はいつも通り1回普通に押せば切れる。一度やってみよう。」


 目の前にいるのに通信機を入れて話すってのは、電話番号を確認するために目の前に居るのに携帯で話す時のような感じがした。

 携帯の時は、ひどければ一秒ほども声が遅れて聞こえたけれど、この通信機の場合は、ほんの一瞬の遅延で声が聞こえた。高性能だねぇ。


 「レイミーは、できるだけ騎士団の指揮をとる人の近くにいて、俺がどのタイミングで行動を開始するかを伝えて欲しい。実際の戦いが始まったら、砦や森の状態を気にかけるだけでいい。ガジェットも同じ。レイミーをしっかり守ってくれ。」


 「判った。」「了解しました。」


 そして俺、ジェイ、ファイエーの3人で小型輸送艇の場所に向かった。その途中、


 「グラウ。いぶすのにいい植物ってなんだろ?」


 「油の多い針葉樹などが一般的じゃの。生木を強引に燃やしてもいいじゃろう。黒く粘性のある地面の下に埋まっている油の塊も、かなりの煙を出すな。」


 「松とかがいいって事かな? エイプリルの方にはなにかない?」


 『発煙弾及び催涙弾が存在します。』


 「おお、そっちの方が使えそうだね。それなら周りを燃やす心配もないのかな?」


 『弾体自体が150から200度の温度になりますので、火傷の心配はありますが、可燃性の物を近づけなければ火災を起こす危険は低いと推察されます。』


 「発煙弾の方はそれで行こう。催涙弾の成分ってなにかな? 周りの自然や俺たちへの影響とかはどうなる?」


 『分解性の高いガスを発生する仕組みで、発生から10分ほどで分解が始まり、30分ほどで完全に消滅するタイプです。植物に対しては、30分は影響しますが、それ以降は影響力が無くなりますので、若葉や新芽の一部が枯れる可能性があるだけに留まります。』


 「まぁそれぐらいはどうしても必要だってレベルなんだろうね。でも、使えそうだ。その2つを作戦に必要と思われるだけ用意しておいて。」


 『了解しました。』


 「アキラ? 聞こえていましたが、説明をお願いします。」


 ジェイとファイエーがこちらを見ている。


 「ああ、発煙弾は、その名の通り、煙だけを発生させる物。弾って言う事で、普段は敵の中に撃ち込む物なんだ。今回は敵陣の後ろから煙を出させる事になるけどね。

 催涙弾は、そうだなぁ、例えば、ジェイはたき火の煙で、目が痛くなって涙が出た事はないかな?」


 「え、ええ、ありますが。」


 「その、目が痛くなる成分を強くした煙を発生させる物って考えるのが一番近いと思う。咽も痛くなるから、咳も止まらなくなって、目が痛くて涙も止まらないって状態にしちゃうんだ。」


 「それは毒薬ですか?」


 「そういう部類に入ると思う。まぁ、涙と咳が止まらないってだけで、コップに入れたお湯が冷めるぐらいの時間で効果も無くなるようだけどね。」


 「そういうのがあるんでしたら、本当の毒薬もありそうですね。」


 「ありそうだなぁ。エイプリル?」


 『存在しません。毒ガスを使用する状況が想定できません。住民抹殺を狙うのなら、電磁波照射や、質量兵器などの方が効率的です。』


 「は、ははは、なるほど。」


 やっぱ怖いよ軍用兵器。


 「アキラ?」


 「つまり、殺すだけだったら、他にいくらでも手はあるから、使い勝手の悪い毒薬なんて持って無いって。」


 「毒ってそんなに使い勝手が悪いものなんですか?」


 「ここで使った場合を考えると、毒のせいで植物も枯れるだろうし、場合によっては、俺たちもその効果範囲に入る事ができなくなるからね。そのうち効果が切れるだろうけど、森が復活するには、普通の荒れ地よりも時間がかかるだろうね。」


 「なるほど。でも、城の兵士が殺される事を考えて、それと比べた時に、毒の方がいいという考え方もできてしまいます。」


 「そうだね。でも、そのために兵には魔法を教えてあるし、実際に戦わなければ強くなれないってのもある。それに、俺たちがこの戦いを終わらせてはいけないっていうのもあるし、悲しい事だけど、実際に痛みを知らなければ賢い政治を行えないという現実もある。

 この戦争は、この国の人たちが、この先に行くための通過儀礼の様な物かもしれないしね。」


 「僕たちの目的は人を強くする事。それは、再び同じような戦いが起きた時に、僕たちに頼らずに賢く勝利する道を選べるようにする。と言う事ですね。」


 「その通り。その勝利も、戦争に勝つというのも有りだけど、できれば敵を作らないという勝ち方も選べればいいよね。」


 「なるほど。」


 そのあとしばらく、ジェイは物思いに浸っていた。


 小型輸送艇に乗り込み、敵陣の後ろ、少し離れた場所に降ろしてもらう。そこで別の小型輸送艇が発煙弾や催涙弾を持って来てくれるのを待った。


 その時、通信機の作動を知らせる電子音が鳴った。


 『艦長に状況報告。』


 「どうした? エイプリル。」


 『インセクターによる偵察で、亜人の指令本部内の会話を盗聴しました。その内容をお聞きください。』


 「判った、聞かせてくれ。」


 『「いつまで待たせるのだ? こうしている間にも、お前らに捕らわれている我らが子たちが心配でならん。」「戦争なのだ。この程度の時間で何を狼狽える。お前らの子もこの程度の時間で干涸らびるなら、初めから生まれて来なければいい。」「何を言う。それは、初めから我らが子を殺すつもりだということか?」「いいばべんにじろ。ぼぼばじくじだだってぼれば、ぼばえばぼこごぼだびばばんどがえっでばる。」「トカゲの言う事、良くわからない。」』


 えっと、音だけだから、良くわからなかった。


 「エイプリル? 解説して?」


 『エルムの指揮官と思われる人物が、種族の子供を複数人質として捕らわれている様子です。主犯はリザードマンと推察され、魚人がこれに荷担している可能性があります。巨人族は特に詳しい事を考えている様子がありませんでした。』


 「なるほど、つまり、エルムの人質を助ければ、森の中でエルムと戦わないですむって事だね。どこに捕らわれているか判るか?」


 「西に30キロ程離れた場所にある洞窟と推定されます。監視要員と思われるリザードマンを2体確認しています。」


 「よし、煙の前に救い出しておこう。ここはジェイとファイエーに任せる。エイプリルの指示に従えば設置は簡単なはずだ。俺が向こうで救出したと同時に作戦を実行、煙に紛れてエルムの指揮官に接触。子供たちを救出した事を伝えて、煙に紛れて戦線を離脱してもらう。ってとこかな。」


 うん、作戦としては完璧だね。これで無駄な戦闘が避けられるし、森の中の脅威がほとんどなくなる。


 「ふぁぁぁ、ダメですねぇぇぇ。」


 「え?」


 「うん。ダメですね。」


 「ええ?」


 なんか2人にダメだしされた。なんで?


 「ええと、なにがダメなのかな?」


 「エルムの子供たちを救出する役割は僕がやります。アキラにはここで全体指揮とエルムの指揮官の説得をお願いします。」


 「俺がそっちじゃダメなの?」


 「ダメです。子供の救出は大事ですが、それにアキラ自身が行く事はないですから。」


 「そ、そうかな?」


 「そうです。」「でぇぇす。」『的確な判断と考えます。』


 「反論できない………。これが数の暴力かぁ。まぁ、仕方ない、人質救出はジェイに任せよう。」


 「はい、お任せください。では、エイプリルさん、僕をその場所の近くまでお願いします。」


 「ジェイ、気をつけて、無理そうなら引き返すんだよ。」


 「はい、判っています。」


 「ジェイ、知らない人について行っちゃダメだからね。」


 あ、ジェイが倒れた。


 「ジェイ? 体調が悪いとかない?」


 「そ、そ、そ、そうじゃなくって………。」


 「ジェイ、ポーションは足りてる? タオルは大丈夫かな? 携帯食料はある?」


 「あ、あ、アキラァ、子供のお使いじゃないんですから。」


 「え? そんなつもりないけど?」


 「もういいです。行ってきます。」


 半分自棄気味に小型輸送艇に乗り込んで飛んで行ってしまった。大丈夫かなぁ。


 その小型輸送艇と入れ替えに、発煙弾と催涙弾を持って来た小型輸送艇が目の前に着陸する。


 「エイプリル。信管はどうなっている?」


 『無線式信管を取り付けて頂く事になります。』


 「エルムの説得もあるから、催涙弾の方は別にしたいんだよね。」


 『無線式信管は周波数を設定する事で個別の起爆が可能になっています。今回は赤と青の固定周波数で識別、起爆します。』


 「じゃあ、発煙弾は青、催涙弾は赤にしよう。」


 エイプリルの指導に従って、発煙弾と催涙弾をセッティングする。


 発煙弾は長さ1メートル半、太さ20センチほどの鉛色の弾丸形状。その鉛筆みたいにとがった先に鉛筆のキャップに似た形状の無線信管を取り付ける。そして、無線信管の方を下にして地面に突き刺して設置完了。胴体の真ん中ぐらいから煙が吹き出るので下向きの方が効率がいいそうだ。


 催涙弾の方は、発煙弾とほぼ同じ形状だけど、黄色と黒のCAUTIONの帯が至る所に描かれていた。ヤバイ物なんだねぇ。

 発煙弾と同じキャップ型の無線信管を取り付け、こちらは尻を埋めるように突き立てていく。信管のある頭の部分が吹き飛んでから、中の薬剤を煙のように噴出するそうだ。


 それぞれの弾を、風の通りを意識した場所に、5メートル間隔で5本ずつ配置、後ろをとる位置としてはこれで充分だそうだ。

 あとは左右。北側は小型輸送艇で運んでもらって、同じように配置した。南側は、一番初めの西側に降ろしてもらってから、歩いて移動した。俺が8本、ファイエーが2本。ファイエーがライにも運ばせるかと聞いてきたが、静電気バチバチの虎に運ばせるわけにも行かず、男の子として、見栄を張って8本を運んだ。


 そして、南側の設置地点で、ゼー、ゼー言っている間にファイエーが配置をしてくれた。こういう機械的な物を扱うのは得意みたいなんだよね。


 森の中をブツブツ文句を言う俺をなだめながらファイエーが軽快に走る。インドア派でも、さすがはエルフだねぇ。森の中を走るのはライも楽しそうだ。ニャンコじゃなく、虎になって飛び回っている。


 西側の第1地点に戻り、ジェイの報告を待つ。そこに何かが近づく気配がするとファイエーが言ってきた。


 「人みたいですぅ。1人。森に慣れている感じですねぇぇ。」


 「じっとして。発煙弾と俺たち、ライも含めて、幻覚魔法で無い様に見せる。」


 光魔法を唱えて、幻を作り出す。俺たちだけを灌木や、朽ちた倒木に見えるように幻を重ねた。


 やってきたのはエルムの男。あの、指揮官かな?


 「なにか、大きな物の気配を感じたが、気のせいだったのか?

 いや、見えないだけで、確かに存在する。どこだ?」


 さすがはエルム。森の中では凄い知覚を持つんだね。フェイエーにライを出してもらってごまかそうかと考えた。声を出すわけにも行かないから、上手く伝わるといいんだけど。


 ファイエーの肩に手を置いてから、ライを指さして、その後、西の方を指さす。


 判ったかなぁ?


 そして、ファイエーがライを幻の中からゆっくり出させる。


 エルムの男にとっては、いきなり目の前に大虎が現れるという状況。上手く逃げていってもいいし、腰を抜かしてもいい。

 さぁ、どっちになるかな?


 グルルルル。


 虎の唸り声が出た。なんであんなに響くんだろう。俺でも怖くなっちゃうよ。


 「ま、まさか、森の神さま。」


 あれ? なんか怖いっていう感じじゃなく、出会いの奇跡に感激してる?


 エルムの指揮官はその場に膝をつき、土下座して頭を下げちゃったよ。

 虎を目の前にして、そんなんでいいの? 普通は食べられちゃうよ?


 バババババ!


 ライの身体を覆う静電気が雷の1歩手前という程度の放電を行った。


 その音に驚いて顔を上げるエルムの指揮官。でも、なぜか喜んでいるような感じがする。


 あ、その顔が苦く苦しむような表情に変わった。


 「神様、申し訳ございません。お招き頂けたのは無情の喜びでございますが、今はこの身を捧げる事ができません。どうか、もうしばらくお持ちください。」


 「それは、リザードマンに捕らわれている子供たちの事ですか?」


 俺は、幻を解除して立ち上がった。


 「お、お前たちは?」


 「この戦争の人間側の者です。」


 「なっ。」


 その時、ライが小さくなりながらファイエーの腕に飛びつき、肩を回ってその腕に収まった。


 それを見てさらに驚くエルムの指揮官。


 「彼女の虎は、あなた方の神ではありません。おそらくですが、あなた方の神の一部の能力、知識を写し取ったモノを形にしただけの使役獣というモノです。」


 「使役獣だと? たとえ、一部でしかないとはいえ神獣の力に匹敵するほどの魔力が無ければ形にする事すら敵わんはずだ。それが、今も存在し続けているなど、どれほどの魔力だというのだ。」


 「ほっほっほ、詳しいのぉ。さすがは長生きすると言われるエルムの民じゃわい。」


 「フクロウがしゃべった?」


 「わしは、知識を司る神の象徴の一部を写した身じゃ。まぁせいぜい、しゃべる事ぐらいしかできんがの。」


 「知識の神、フクロウ。そんな。」


 「こやつらは精霊に気に入られとるでな、精霊の力を直接使って居るようじゃ。

 その娘などは、今にもシルフを呼び出せそうじゃでな。」


 ビックリした目で、見つめられてるねぇ。


 「あ~、グラウ?」


 「なんじゃ?」


 「ファイエーは、シルフを簡単に呼び出せるけど?」


 「な、なんじゃと?」


 「でもねぇ。」


 「でも?」


 「シルフって呼び出しても見えないんだよねぇ。魔力的にはそこにいるって判るんだけど、透明っていうか、実体がないっていうか。

 試しに、呼び出してもらおうか? ノームだと上等な酒が無いと文句言うけど、シルフならそんなの無くても文句言わないと思うし。」


 「いやいや、呼び出さんでいい。とんでもない連中じゃな、お前らは。」


 けっこう初めの方からだから、なんかとんでもないって言われてもピンと来ない。


 あ、エルムの指揮官が両手をついてうなだれている。どうしたの?


 「どうしました?」


 「我らの負けは決まったようなものだ。我らの願いはここに潰えた。」


 「ああ、子供たちの事かぁ。それなら、俺の仲間が救出に向かってますよ。」


 「な、なんと。だが、どうやって。」


 「ここから西に、山道だと、日が昇り始めたぐらいから、日が沈む頃まで歩いたぐらいの位置の洞窟に向かいました。

 1人で行きましたが、サラマンダーを持った魔法使いなので、リザードマン程度は苦もなく倒せるでしょう。」


 「さ、サラマンダー?」


 「大丈夫、エルムの子供たちが捕まっているというのは知っていますから、子供たちには火傷1つ負わせないでしょう。」


 「そういえば、連絡が遅いなぁ。なにかあったのかな?」


 ピッ! タイミング良くジェイからの通信が入った。タイミング良すぎない?


 「あ、アキラ? 聞こえますか?」


 「ジェイ? 大丈夫? なにかあったのか?」


 「いえ、ちょっと手こずったのは確かですが、なんとか全員救出しました。」


 「手こずった? なにがあった?」


 「その、大したこと無いんですが、エルムの老人らしき1人が、ボウエスの助けじゃなくちゃ出ていかないと言いまして、外に出すだけでも手こずりました。今は、無理矢理に引きずり出して、水場に連れてきたんですが、なかなか水を飲もうとしなくって。」


 ジェイの言葉を、そのままエルムの指揮官に伝えた。

 指揮官ったら、涙流しながら伝えて欲しいとか言ってきた。


 「ジェイ? 通信を常時接続にして、それをその人に使えるようにしてくれないかな。」


 「あ、はい。」


 そして、俺も、ヘッドギアを外し、耳の所から向こうの声が聞こえて、飛び出した所がこちらの声を向こうに送ると説明して、エルムの指揮官に渡した。


 俺がつけていたのを見ているから、ごく普通に耳を当てて、その声を待った。


 そして、


 「私だ。ボウエスだ。聞こえているか?

 うん、うん。

 そうだ。

 ああ、皆無事だ。まだ、始まっていないからな。

 うん、うん。

 ああ、そうする。

 ああ。」


 そして、ヘッドギアを返してくれた。


 「これは凄いな。歩いて半日はかかる遠くと話ができるとは。」


 「俺たちと仲良くなってくれるのなら、これの作り方も教えますよ。」


 「なに?」


 「アキラ?」


 「あ、ジェイ。そっちは落ち着いたかな?」


 「ええ、今、ボウエスという人と話したんですか?」


 「ああ、こっちのエルムの指揮官の人が、今目の前に居る。」


 「なるほど。交渉はいい方向に行きそうですね。こちらは、これからどうします?」


 「できれば、彼らの居住地まで送ってあげた方がいいよね。ご苦労だけど、小型輸送艇でそこまで付き合ってあげてくれないかな。って、そういえば、そっちは何人いた?」


 「えっと、今の老人以外は全部子供たちなんですが、全部で23人です。」


 「23人かぁ。」


 あ、横でボウエスってエルムが頷いている。


 「念のため、中型輸送艇にした方が良さそうだね。それで送ってあげて。あ、ちょっと待って。」


 俺はボウエスに向かい、


 「エルムの住む場所まで送っていきたいけど、場所は教えるとマズイかな? なんなら、今の場所で待ってて貰って、そっちで家まで送っていくか?」


 「使役獣とはいえ、神獣を作り出すほどの方たちだ。我らが里を知られても、それは運命と言えるだろう。助けて貰って、さらにとは、ぶしつけな願いだが、できるだけ早く里に送って欲しい。」


 「まぁ、これから、エルムと戦争にならないっていう事の方がお得に感じるからね。これぐらい遠慮無く受け取って欲しいな。

 で、エルムの里ってのは? だいたいの位置でいいけど?」


 「戦争をしたくないのは、我らの願いでもある。

 我らが里は、子供たちが捕まっていた所から、南西に行った大きな森にある。距離としては、どう言ったらいいか。」


 「エイプリル。上空画像出して。」


 『了解しました。』


 エイプリルが、洞窟の前に居るジェイたちを上から見ている画像を出して、それをズームアウトしていく。そして、南西の森が画像に入ってきた。


 「どの辺かな?」


 俺が聞くと、ボウエスがだいたいこのあたりだ、と指さした。すると、エイプリルが画像を拡大。土を盛った洞窟状の家という感じの集落を見つけた。


 「ここでいいかな?」


 「そ、そうだ。凄いな。」


 それ以上は声が出ないようだ。


 「じゃあ、ジェイ、エイプリル、ちゃんと送り届けてね。」


 「はい、判りました。」『了解しました。』


 これで、問題の1つが片づいた。俺はボウエスに向き直り、


 「さて、あなたには、リザードマンの所に戻ってもらい、密かにエルムたちに伝えて貰いたい。

 俺たちは、ここで煙を焚いて、その煙を東に流していく。その後、同じような煙だけど、その煙を吸うと、目が痛くなり咳が出て呼吸も苦しくなる煙を出す。

 だから、単なる煙の時に、混乱した振りをして、エルムの戦士にはこっちに脱出して欲しいんだ。」


 「なるほど。だが、我らは、単に脱出するだけでいいのか?

 我らも、戦い、子供たちの救出の礼をしたいのだが。」


 「ここでの戦いでエルムが傷ついたら、リザードマンの策略に負けたような気になるんだよねぇ。 

 さっきも言った、目が痛くなって咳が出まくる煙で、リザードマンや魚人、巨人の戦士たちは、森から追い立てられて、砦の荒れ地に飛び出す事になるからね。砦の兵士たちは、それを待ってる状態なんだ。

 そこに手を出して、一緒に攻撃されて怪我したら、怪我しただけ損だよねぇ。」


 「むう。確かにそうだな。」


 「礼をしたいなら、戦いが終わった後しばらく経ってから、エルムの里を訪ねたい。その時に、有意義な話ができれば嬉しいと思う。それが、俺にとっては充分なお礼になるよ。」


 「そ、それでいいのか?」


 「それだけで充分。

 さて、そろそろ戻らないと拙いんじゃないかな? エルムの戦士にする伝言はどのくらいで終わりそうかな?」


 「うむ。しばらく待ってくれ。」


 あ、そういえば。


 俺はカバンをゴソゴソとやって、前に用意して置いた手の平サイズの四角い通信機を取り出した。それをボウエスに渡して。


 「この丸い所を押せば、俺に声を届けてくれる。そこを押しながら、終わった、と言ってくれれば、こちらも行動に出よう。」


 1回だけ、試しにやって貰ったら、しっかり理解していた。これで安心。


 そして、ボウエスは森の中に走っていった。


 ボウエスが消えてしばらく経ってから、俺は通信機をボウエスのだけは除いて常時接続状態にする。


 「レイミー聞こえる? 一度押しっぱなしにしてスイッチ入れて。」


 「遅かったかな。こっちは準備できてる。いつでもいい。」


 「ごめん、遅くて心配かけたね。とりあえず、細かい状況を説明するよ。」


 そして、エルムの事を話していった。実は、ジェイと俺との通信が聞こえており、だいたいの状況は判っていたそうだ。


 近くに陛下がいるそうで、俺の話を伝えて貰う。


 陛下も、森で一番の脅威となるエルムという亜人が、戦線離脱するのは歓迎と言っていたそうだ。


 その後、ファイエーと風魔法について打ち合わせをする。北と南、そして西から、ゆっくり風を送るぐらいなら、1人で充分だそうだ。

 煙を流す前から、ゆっくり風を送ってもらった。特に疲れる事もなく、これなら1日中続けられそうだとも言っていた。これも、魔法力吸収プレートのおかげかもね。


 そして、ついに、


 「終わった、始めてくれ!」


 と通信が入る。


 「レイミー始めるよ。」


 「判った。陛下! 始めます。」


 レイミーが陛下に言う声がしっかり聞こえる。


 「エイプリル! 青、点火!」


 『了解しました。』


 エイプリルの了解の声が終わったと同時に、発煙弾の中央から、上向きに煙が吹き出した。


 5メートルは離れた位置から見ているんだけど、なんか、とんでもない量。いきなり、3階建てのビルの屋上ぐらいの高さまで煙が盛り上がった。


 その煙を、ファイエーの風が押していく。


 「凄いねぇ。」


 それが俺の感想。目の前は煙で城壁ができているって感じだ。


 「凄いですぅねぇぇぇ。」


 風で押し出しているファイエーの感想も同じだった。



 「ファイエー? 左右の方もしっかり流れているかな?」


 「左右の方はぁ、ここよりもぉ、ゆっくりぃぃにぃしてありますぅぅ。」


 「ああ、それがいいね。でも、この煙で、エルムたちは脱出できるかなぁ?」


 「大丈夫だ。」


 いきなり、聞いた事のない第3者の声が聞こえた。脱出してきたエルムの戦士の1人らしい。


 エルムの戦士は煙の中から飛び出ると、俺たちの方に走ってきた。


 「あなた方が、我らがエルムの子たちを助けてくれた人間ですね。おや、そちらはエルフの方ですか?」


 「はぁぁい、エルフですぅぅ。」


 ファイエーがちょっとした悪戯心を出したようで、ニャンコを大虎に戻して、静電気バチバチをやらせた。

 それを見て、1歩下がって土下座するエルムの戦士。


 「ファイエー、悪戯しすぎだよ。エルムの方。これは使役獣です。本物ではありませんから。」


 それから、次々にエルムの戦士が煙を乗り越えてやってくるが、同じように土下座祭りになってしまった。最後に指揮官がやってきて、俺がファイエーの悪戯を謝る事になってしまった。


 21名のエルム族が脱出した。


 それをレイミーに伝えて、これから催涙ガスによる攻撃を開始するとも伝える。これから、本格的な攻撃が始まる。


 「エイプリル。赤、点火!」


 『了解しました。』


 そして吹き上がる、ちょっとだけ黄色い煙。


 「ファイエー! 風を強めて! でも、行き過ぎないように!」


 「ふぁぁぁいぃぃ!」


 催涙ガスが俺たちの方に来ないように。それでいて、森を抜けて砦の方にまで行かないように、という微妙な力加減をファイエーに任せた。


 1人の珍しいモノに興味を持ったエルムの戦士が、吹き出ている催涙ガスの近くに行き、ちょっと嗅いでみる、という格好をした。


 そして、涙を流しながらゲホゲホと悶え苦しんでいた。


 しっかりと、どうなるかは教えたはずなんだよねぇ。言葉では理解できないってのはどこにでもいるモンだね。


 もっとも、試しに匂いを嗅いでみようとしたこの戦士を、本気で止める者が1人もいなかったのは、ここに居る全員の秘密だ。


 可哀相だから、水を出して目を洗わせ、その後に治療呪文を唱えてあげる。


 なんか、その行為に凄く感激されてしまった。俺も、結果が見たくて、止めなかったんだけどねぇ。


 「レイミー。状況は?」


 ごまかすために通信を入れてみた。まぁ、常時接続してるんだけどね。


 「こっちからも、凄い煙が見える。あ、巨人が出てきた。灰色の身体で、目は2つ、普通にあるようだが、顔をかきむしっていて良くわからないかな。」


 俺はヘッドギアの音声出力をスピーカーに替えて、音声を周りのエルムにも聞こえるようにした。


 レイミーからの報告は続く。


 「もう1体、巨人が出てきた。こちらは前に倒した事のあるサイクロプスかな。たぶん1つ目。こっちも目を閉じて顔をかきむしっている。

 あ、人が飛び出てきた。普通の人に見える。あれが魚人かな。」


 そこで、大事な事を思い出した。


 「しまった。忘れていた。」


 まず、ヘッドギアを外して、通信状況が聞こえるようしたままにして、近くの倒木に置いた。

 一緒にグラウも無理矢理剥がして倒木の上に。

 そして、カバンの中から別のヘッドギアを出して装着。アイシールドをいっぱいまで降ろして、口元をタオルで覆う。


 風魔法で俺の周りの空気を回転させて、風の防御を作り出し、カバンの中から水筒を取り出してしっかりと手に握る。


 「ファイエーここはよろしく!」


 そう言って、驚いてるファイエーとグラウを残して、俺は煙の中に飛び込んだ。


 向かう先は、炎を吐く半精霊の虎、ファーネスタイガー。発煙弾の時に救出するつもりだったけど、すっかり忘れていた。


 「エイプリル! ファーネスタイガーの所に誘導して!」


 ヘッドギアのヘッドアップディスプレイに方向と距離が出る。その横には、危険、脱出せよのマークも点滅。DANGER、ESCAPEと、繰り返し点滅して、逆に前が見えなくて危険って感じだ。


 そして顔をかきむしろうにも、鎖で動けない虎を発見。風の魔法を広げて、虎も範囲に入れる。


 まず、動けないうちに、水筒から水を出して顔に流してやる。炎の精霊に水はどうなのか心配だったけど、少しは楽になった様だ。


 そして、横に周り、突き刺さっている杭を握り一気に引き抜く。


 グオオオオウ!


 とんでもなく響く叫びが出た。それにちょっとだけビビる。けど、止められない。


 ポーションを出して穴になった傷口に振りかける。それだけで、傷は綺麗に無くなった。


 続けて、別の杭。抜く時はまた叫び声が響く。そしてまたポーション。


 それを杭の数だけ繰り返した。


 獣医さんって、動物好きなのに、動物に嫌われる職業だってのが実感できそうだ。


 炎の虎が俺を見つめてる。ファイエーの虎もそうだけど、虎の瞳って、けっこう深い感じがするねぇ。


 杭が無くなったので、後は四肢と首輪の拘束だけ。


 超振動ブレードを取り出して、後ろ足の鎖を切り裂く。鎖は鍵とかで締めてあるんじゃなく、麻紐みたいので何重にも巻いて鎖が解けないようにしてあるだけだった。量は必要だけど、それだけでも充分効果的だね。


 別の鎖もブレードで切り裂き、残すは首の鎖だけになった。


 はたして、襲われる? 理解してなにもしない? どっち?


 「首の鎖を切るけど、お願いだから暴れたり襲ったりしてこないでくれ~。」


 声に出して言ったが、お願いを聞き届けてくれたかなぁ。


 でも、このままと言うわけにも行かないので、首の鎖を切り裂いた。


 かなりへっぴり腰で、一気に離れる。超振動ブレードをしっかり構えているが、これを使う事にはなって欲しくない。ここまで来た事が無駄になっちゃうからねぇ。


 「ようし、判るのなら俺と一緒に来てくれ。風の守りが無いと、また目が痛くなるぞ。」


 のっそりと立ち上がった虎に、そう声をかけた。虎は聞いているのか、身体をブルブル震わせたり、手を舐めてから顔を洗ったりしている。


 ああ、明日は雨かな。なんて、間抜けな事を考えてみる。このまま、じっとしているわけにもいかない。


 「よし、いくぞ。こっちだ。」


 そして歩き出すと、しっかり後を着いてきた。とりあえず、理解する頭はあるようだった。


 虎のために大きめに風の防御を行いながら走り、何事もなく発煙弾の効果の外に飛び出せた。


 「アキラ!」


 あ、ジェイの声。戻ってきたんだねぇ。


 ファーネスタイガーは、煙の外に出た事を確認してから、俺に向かって一声吠えた。どういう意味だろう。お礼? それとも、もう必要ないからお腹の中に入れって事?


 でも、ジェイが近づいたら状況が変わったようだ。


 ジェイを近くで見たとたんに伏せて、しかも腹を出して仰向けに甘えるような姿勢を見せた。


 そこにジェイが近寄り、しゃがみ込んでアゴの下や腹をなで回している。それを受け、本当に喜んでいる様子のファーネスタイガー。なんか、見た事あるような。


 その姿を、ファイエーとライ、そしてエルムの戦士たちも呆然と眺めていた。


 「こりゃ。無茶な事をするな。」


 そういって飛んできたグラウに、ちょっと待てと、合図を送る。そして、離れた所に1人で行って、頭の上に水を出して、全身を流水で洗い流す。ちょっと、しつこくやっておく。30分で分解するにしても、気分のいい物じゃないからね。


 そして次は風魔法で、全身を風であぶる。完全乾燥は期待できないけど、ある程度で我慢する事にした。


 「おーい、ファーネスタイガー。お前も身体を洗え。毛の中にも痛くなるガスが残って居るぞ。」


 はたして、通じるかな?


 ファーネスタイガーはジェイの顔を見た。おいおい。そして、ジェイが頷くと、渋々俺の方にやってきた。なんだ、しっかりわかってるんじゃん。思わず、横浜言葉で言っちゃうじゃん。


 ファイエーにも協力して貰って、水を盛大に出してファーネスタイガーを洗う。洗う事自体はジェイに頼んだ。

 水浸しになって、泣きそうな声を出しながら耐えている虎という姿は、なかなか見られないものだね。エルムも珍しいモノを見たと、しきりに感心している。


 一通り終わった所で、次は乾燥。ジェイのスザクが元の大きさになり、炎の鳥になると、エルムがまた土下座しそうになった。


 ファーネスタイガーはスザクの熱に心地よさそうな顔をしている。すぐに乾いたようだけど、かなりの熱をそのまま受けていたようだ。さすがは炎の炉とも呼ばれる虎だねぇ。


 余談だけど、俺もスザクの熱の余波でしっかり乾いた。


 なんか、「猫洗いマス」ってのでのんびり過ごしたけど、砦の方では戦争してたんだよねぇ。


 レイミーに聞いたら、催涙ガスで追い立てられた亜人たちは、ほとんど戦闘力が残っていなかったらしい。戦争なのに、そのまま殺すのがはばかれるなんていう、哀れな状況で、仕方ないから縛って拘束するだけにしておこう。なんていう扱いだったようだ。


 何人の兵士が死ぬか、とか考えていた陛下も、戦争する前に敵を捕らえて終わったって事に大爆笑してしまったそうだ。


 俺からの助言で、主犯のリザードマンと、共犯の魚人はしっかり取り調べを行い、それなりの処罰をするそうだ。エルムの方は、シャシル王国としては何の被害もなく、人質を取られていただけという状況もあり、おとがめどころか、今後のための友好国にならないかという打診があった。


 きっと、初めは上手くいかなくて、親しいわけじゃないが、知らない間柄ではない、という関係に落ち着ければいい状態だろう、という俺の助言で、お互いゆっくり関係を築こうという所でまとまった。


 そして、ジェイはファーネスタイガーに懐かれているということで、俺が付き添ってエルムの戦士たちを里に送る事になった。ジェイが乗って戻ってきた中型輸送艇で21人を里の近くの空き地まで送り、こちらも落ち着いたら再び訪れると約束した。


 ジェイとファイエーの所に戻ると、2匹の虎がじゃれ合ってる。片方は炎、片方は雷特性なのに、大丈夫なのかな? ジェイとファイエー自身はのんびり眺めているだけだった。


 「ジェイ? そのファーネスタイガーはどうする?」


 「できれば、元住んでいた所に帰したいんですが。」


 「そうだよねぇ。充分強そうなんだけど、俺たちの戦いに着いてこれるかは微妙な感じだしねぇ。

 場合によっては、ジェイに着いていくのも難しいって事にもなりそうだしね。」


 「はい。それで、いろいろ聞きたいんですが、このファーネスタイガーは何を食べていたんでしょう。どんな場所なら落ち着けるのでしょう。同じ種族ってのは居るのでしょうか?」


 グラウの出番だね。


 「ふむ。前にも言ったが、半精霊とも言われておるから、詳しい事は判らん。じゃが、炎を喰ったとか、赤く熔けている溶岩を囓っていたという話も残って居る。口の中を見れば一目瞭然じゃが、口の中には炎が渦巻いて居るから、普通の肉では胃袋にも届かんじゃろう。

 目撃されるのは、ほとんどが、煙を吐く火の山ということじゃ。そういった所じゃないと、生きていけんのかも知れんな。」


 「エイプリル。この近くの活火山は?」


 『現在地の真南。海を挟んだ先に溶岩を流す山があります。』


 「そこは、どこかと陸地がつながってる?」


 『いえ。単独の島になります。島自体が100年以内に発生した火山による溶岩で形成されています。』


 「それじゃ、もしファーネスタイガーが、溶岩を食べないとか、溶岩以外にも必要って場合や、火山の島が沈むとか言う事になったら、逃げ道がないね。

 別の火山を探して。」


 『西。250キロに火山を確認しました。近くにカルデラ湖があり、活火山の影響を推察できます。』


 「そこって、もしかして、もともとこのファーネスタイガーがいた場所っぽいね。」


 『可能性は大きいと推察できます。』


 「ジェイ? そこに行ってくる?」


 「はい。お願いします。」


 「なんだったら、一晩ぐらい付き合ってもいいけど、あまり深入りし過ぎないでね。」


 なんか、神妙な表情でジェイが頷いた。溶岩を喰う虎なんて、ペットにもできないしねぇ。まぁ、肉を食う虎もペットにはできそうもない状況だけどね。


 小型輸送艇でファーネスタイガーと一緒に飛んで行くジェイを見送って、俺とファイエーは転移魔法で砦に戻った。


 レイミーとガジェットが迎えてくれる。


 「お帰り、かな?」


 「ああ、ただいま。」「ただいまですぅぅ。」


 これから、砦の中で戦勝会という名の宴会だそうだ。俺の本当の戦いはこれから始まるのだろう。

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