第三章 晃と幻想世界 冒険の準備
青く輝く水の星。地球なんじゃないか? ってぐらいに雲や海の様子は似通っていた。でも大陸の形は見たことも無いデコボコで、山もかなり尖がっているっていうのが俺の印象だった。
衛星軌道という地表からは約千キロほど離れた虚空。10時間もあれば星の周りを一周してしまうという速度で移動しながら、星を見下ろしていた。
『この位置からでは詳しい観察は難しいので、カメラアイと通信機能を強化した作業ロボットによる偵察、調査を進言します。』
「降ろすポイントは?」
『上空からの観察で発見した街と思わしき場所が25箇所。村と思しき場所が2530箇所。公益の中継点と思しき場所が7805箇所。合計10360箇所より選択できます。』
「いきなり街の中に作業ロボットかぁ。俺らが天使を見た時よりも驚かしてしまうんじゃないのかな。向こうに見えないように偵察するとか出来る?」
『潜入用のインセクターの内、映像中継機能に特化したものを使えば可能と思われます。』
潜入用のインセクターかぁ、文字通り見つかりにくい昆虫型なんだろうねぇ。
「ちなみに、インセクターの本来の使い方って?」
『敵方へ潜入し、機械にウィルスを潜入させることと、要人暗殺が主な役割です。』
うん、わかってた。戦争用だもんね。でもやっぱ怖いよエイプリルさん。
『作業ロボットはインセクターと艦との中継用兼、格納庫として使い、人間の入らない森や山岳の急斜面等に身を潜めて配置して情報収集させるという方針にしますか?』
「ああ、それが理想だな。見たところ、国と言う体制も上手く出来上がっていない、中世以前の文明って感じだから、作業ロボットなんか、悪魔の使いとか言われそうだ。」
『了解しました。作業ロボットに、インセクターの格納及び中継機能をつける改造を行います。改造は百機を予定しますが、それでよろしいでしょうか?』
「まずは、いろんな場所の人々の生活状況から知りたいからな。うん、先ずは百機で充分だろう。投下場所は均等になるようにして、細かい補正はまかせる。」
『了解しました。改造が終わり次第随時発進させます。情報収集の第一報は約12時間後から得られるようになる予定です。』
「わかった。よろしく頼む。」
そう言ってシートを降り、訓練場に向かう。状況がある程度わかったら、実際に俺が降りて、現地人とのコミュニケーションをすることになる可能性が高いから、身体を動かすことに慣れていたほうがいいだろうって言う判断。
他にもいろいろ考えてはみた。まずは容姿と、敵対関係になった場合の事。
少しぐらいの顔つきが違うとかなら、このままででもいいかもしれないし、特殊メイクとかでなんとかする、とかも出来るだろう。でも、口や声を出す機能が違ったりとか、動物としての機能そのものが違っていたらどうしよう、とか、いろいろ考えてしまう。
「まぁ、天使が俺を選んだ時点で、問題は無いのかもしれないけどね」
とりあえず、剣での勝負とかあったら困るから、身体を鍛えるのは必要だろう。
でも、念のために持っていくのは、艦の備品のサイレンサー機能標準装備の実弾拳銃と射程が20メートルもある高圧電流を流すスタンガン。がっちり着込めば銃もスタンガンも効かない宇宙服を予定している。
剣の勝負を挑まれた時に、得意げに剣を振り回してたら、拳銃で一発。ってのはお約束だよね。・・・だよね?
持って行く荷物をいろいろ考え、遠足前の気分を楽しみ、ワクワクしながらベッドに入った。やっぱり、なかなか寝付けなかった。
『各地より映像及び音声データが送られてきています。』
起きて、朝食をとってからブリッジに入り、艦長用のシートに座ると同時にエイプリルが言ってきた。
「適当に、おすすめ情報を見せてくれ。」
『特別扱いできる情報はありませんので、ランダムに表示していきます。』
ブリッジの正面に大きなモニターが5面設置され、5箇所ののどかな風景を映し出している。左右の壁面にも3面ずつモニターが設置され、一面が4分割された24箇所の風景が小さく映っている。
「平和だねぇ~」
あくびが出そうな風景だが、今まで戦艦の中でひと月ちょっとを過ごした身には、心の潤いとして嬉しい光景だった。
「あっ、馬車か? 人間かな?」
かなり期待してそのモニターに集中する。
うん、馬車だな。しっかり馬だ。有馬記念に出しても違和感無いぐらいのりっぱな馬だ。
馬車の構造も変わりない。というか、少ない木材で効果的に馬車を作ろうとするのなら、似たような形になる、ってのをしっかりと踏襲した形だ。
そして、人間、これもまったく変わりなかった。いいぞ。これなら、俺がそのままに入っていけそうだ。
御者の男が一人。荷台に男2人、女1人。目、鼻、口、髪の毛、手足、それぞれ変わりない。変わっていたのは、命がけで逃げている、っていう状況で、女は弓を後ろに射ち、男2人は片手に剣を持ち、片手にコブシよりも大き目の石を持って、後ろに投げつけていたってこと。
もっと変わっていたのは、馬車を追いかけていたのが剣や弓を持った5体の骨格標本だった。
「す、スケルトン?」
映像は、馬車を見送るようなアングルになり、スケルトンともども、遠くに去っていった。
他のモニターでも、地面の中の粘土質が人間の形を取りながら立ち上がり、農作業していた人を襲って、きこり風の男が斧を振り回して戦っている映像や、やや大きいボートをこいでいた男の横の水面が持ち上がり、水で出来た女と言う感じの形を作ったと思ったら、男を抱きかかえて水に引きずりこんでしまった。という映像が流れていた。
さらに、段々腹になるほど太った豚が、人間のように二足歩行して、少し手足が長くなった格好で剣を構えている。そんな生物の前にいる男が、何ごとか叫んで手を突き出したら、その豚が突然燃え出した。
豚は地面を転げまわっているのだが、火の勢いは変わらず、豚が動かなくなった後も燃え続けていた。
「ふぁんたじぃ」
夢の世界か。宇宙戦艦の中から幻想世界を見るとは思わなかった。
「エイプリル? 大丈夫か?」
さすがに、コンピューターにファンタジーはどう映るんだろうなぁ。
『この星におけるエネルギー保存の法則は、大きな影響力を持つ別の法則に支配されていると推察されます。暫定的に名前をつけるとしたら、魔術法則と呼べるものかもしれません。』
魔術法則で魔法ってことね。こじつけだろうけど、これからそれを考える上ではちょうどいい名前ではある。
モニターの中には、ユニコーンが走り、大人の犬ぐらいの大きさのカエルが毒を吐き出し、樹木が歩き、中身の入っていない全身鎧が剣を振り回していた。
天使の依頼は、人々によき影響を与えて、人を強くするように導くこと。この強さは知恵を使ってモンスターに対向できるようにすることも含まれているんだろうなぁ。
そうすると、やっぱり俺自身が行って、知恵を披露したり、いろいろ教えたりとかしなければならないんだろう。
「ヤバイな、スケルトンに取り囲まれた時に、拳銃程度じゃ脱出もできそうもない。」
当面の心配事は、俺自身が自己防衛できるかどうかって事。
もしも死んでしまった時に、あの天使が現れ、
東島晃よ死んでしまうとは何ごとか。
とか文句を言いつつ、生き返らせてくれるのならいいんだが、実際はセーブポイントも無い無理ゲーっぽいしねぇ。
武装させた作業ロボットをたくさん引き連れ、上空から援護射撃をしてもらいつつ、モンスターの群れを無双するってのは、人々を強くするっていう依頼に真っ向から反発する手段だろうしね。
「やっぱり、俺がレベル1から始めて強くなるしかないか。」
冒険者ギルドに登録して、はじめはソロで、次々に仲間を増やしてモンスターを討伐するSクラスパーティー。ってなれば、俺の言葉もよく聞いてくれるんじゃないかな。そして、何故か言い寄ってくる美女たちとのハーレム設定。ワクワクものですよ。
実際の苦労なんか考えないで、都合のいい夢物語を妄想してみる。
『艦長が直接降りることは、かなりの危険を伴うため、推奨できません。再考をお願いします。』
あっ、当然反対するよねぇ、どうしたらいいかな。
「俺が降りて、街から街に戦いながら旅をする場合に必要な装備を考えてくれるかな。」
嫉妬ではなく、命令する士官がいなくなる可能性があるから、降りる事に反対するわけだし、可能性を減らす装備があればいいってことだよね。俺もそういう装備があれば助かるから、いい物をエイプリルに選んでもらおう。
『はい。推奨される装備は、重装甲強化服。支援型無人戦闘服。空間破砕砲装備の重装甲戦車。周囲防衛用に120体の武装ロボットが適当と思われます。』
「はい、却下。それは装備じゃなく部隊だ。」
重装甲強化服? までなら装備なんだろうけど、戦車や護衛部隊に囲まれたら、ファンタジー世界の人々とのコミュニケーションができるわけないよね。
「外見的には、あそこで戦っている人たちと変わらない見かけで、それでいて、強化服なみの防御力があればいいんだけどね。」
我ながら、なんて無茶振り。でも正直それぐらいのチート装備は欲しい。死にたくないどころか、怪我もしたくないってヘタレだけど、降りて冒険もしたいんだ。
『かなり難しい要求ですが、確かに必要な条件と考えられます。新たに作成するという状況も含めて、検討いたします。』
「依頼を受けちゃったから、しっかり実行しないとね。軍で言えば難易度の高い作戦命令って感じかな。」
軍艦のコンピューターには、逆らいがたい言い方をしてみる。ちょっと意地悪かも。少し、安心させた方がいいかな。
「俺の状況を随時監視して、いざとなったら上空から砲撃の支援とかも出来るかな?」
『それでしたら、艦長の上空1万メートルで待機。相対移動しつつ何時でも援護できます。』
「地上10キロメートル? そんな場所でホバリングし続ける?」
10キロといえば、ジャンボジェットが飛ぶ最高高度だったはず。飛行機の中では普通に歩けるわけだし、その高度でも重力は1Gだ。その位置に空中停止し続けるってのはかなりの労力なんじゃないかな。
『通常の重力エンジンを使えば、ごく普通に空中待機できます。使用する電力は艦内の生活重力の維持と変わらず、ごく微量で賄えます。』
なんか心配して損した気分。
「じゃあ、地上に降りて俺を回収とかも、簡単に出来そうだな。」
『着地するスペースを考えますと、高速艇か、小型輸送艇の方が対応範囲が広いと思われます。』
た、確かに。
「じゃあ、空中からの支援、援助を念頭にいれて、俺の装備を考えてくれ。」
『了解しました。シュミレーションによる試行錯誤を繰り返したいと思いますので、時間をかけての検討でよろしいでしょうか?』
「あぁ、じっくりやってくれ。あと、ファンタジー世界の情報収集もよろしく。」
ふと思い立って、歩兵部隊用の装備が置いてある格納庫へ向かう。狙いは、野戦服と装備、リュックや保存食のパッケージ。
軍用ナイフなら、この世界の剣をもスパスパ切っちゃうぐらいのモノがあるはず。さすがに宇宙軍にタングステンのバスターソードとかは無さそうだけど、長めの軍用ナイフなら、ちょっとしたショートソード並の物もあるかもしれない。
で、探したらいろいろあった。
野戦服は、夜間用、森林用、ブッシュ用、砂漠用、市街地用の迷彩模様があって、どれにするのか迷った。タングステンのナイフで切ろうとしても切れない防刃仕様ってヤツで、ある程度の防弾効果もあるらしい。でも衝撃吸収は出来ないので、剣や斧、棍棒とかを叩きつけられたら、それなりに痛いようだ。
そして、野戦服とおそろいで、いろいろな迷彩模様のベルトがあった。腰だけじゃなく、胸元にもベルトが横切り、左右に縦のベルトが組み合わされてる。手榴弾とか予備弾倉とか引っ掛けておけるようになっているようだ。
そんなベルトと同じ機能を持ったベストもあった。持っていける装備によって使い分けするような感じだ。
装備で一番重要なのがクツになりそうだ。土踏まずが盛り上がった快適な運動靴に慣れたこの足に、ベタ足のサンダルに皮ひもを巻いただけのクツなんてのは我慢できそうもない。軍用のブーツなら、履き慣れるのにちょっと時間がかかるだろうけど、つま先のところが薄い鉄板で囲われているとか、踏み込んだ時に靴底がしっかり曲がってくれるとか、走りやすくて頑丈という大きな利点がある。
すぐ下に降りるわけでもなくなったので、今から軍用ブーツを履いてブートキャンプの始まりだ。隊長はいない。履きっぱなしで過ごし、歩いたり、軽く走ったりするだけ。軍用ブーツに慣れる為の集中訓練がブートキャンプだもんね。
保存食も見つけた。軍用のレーションと呼ばれるパッケージで、部隊の食事の配給ができない場所で食べる弁当って感じ。一つ開けて食べてみたが、水をかけると膨らむパンや肉は、食べるのにちょっと勇気が必要だった。でも味は悪くなかった。
結局、基本的な服装として、黒い夜間用の野戦服、ベルト、ナイフを長短2本、ブーツを着用し、同じ装備を予備としてリュックに入れた。念のためのレーションを3個、極薄素材の寝袋とテント、固形燃料1個とトーチにもなるガスライターも追加した。
基本装備は、これとサイレンサー付き実弾拳銃と予備弾倉とスタンガン。そして、エイプリルが作成してくれる装備になる予定だ。
軍の歩兵とかなら、これ以外に手榴弾やワイヤー、プラスチック爆弾とかも加わるのかも知れないが、俺自身が使い慣れない物だと、たんに危険な物に成り下がるため辞退した。