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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
幕間 密かに進む準備
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幕間 協力者達の思惑

「やぁ、茅野クン」


「お、おはよう、兼末さん」


 寮から学園へと向かう最中、声をかけてきたのは兼末さんだった。


 あの友達からの怪文書……じゃなかった。ラブレターの騒動以来、たまにこうして声をかけてくれるようになった。


 あの騒動がなかったら声をかけてもらう事なんてなかったのに……。

 それに、もし今こうして二人で登校している姿を見られたりしたら……。


 ……そう考えると、なんだかちょっとだけ複雑な気分だ。


「すっかり秋らしくなってきたねー。少しだけ涼しくなって助かるよー」


「もうすぐ10月だからね。聖燐祭まであと少しだし」


 他愛もない会話をしながら、俺は兼末さんと並んで歩いていた。


「そういえば、今日は永野と一緒じゃないんだね」


「悠木クンねー。ほら、あのおかしな噂が出て以来、なるべく周りと話さないようにしてるっていうか、避けてるっぽいんだよねー」


「避けてる……?」


「多分私達と普段みたいに話したりしたら、親しいからって周りに非難されるんじゃないかって配慮してるんだろうけどねぇ」


「……永野らしいね。去年のあの噂の時もそうだったし……。

 でも、去年の噂は相手の女子の為に黙ってるって言ってたけど、今回はどうしてなんだろう……」


 去年の噂。あの真相を俺は知っている。

 永野が長嶺さんを庇って黙っていた、あの噂がデマであるという真相を。


 永野は確かに不良っぽくも見える。

 というか、真面目そうには見えないっていうか、そんな印象だ。


 暴力沙汰に関する噂だって、なんだかんだ言って「あぁ、やっぱり」って反応する生徒も少なくない。

 そんな声を何人かから聞いたりもした。


「茅野クン、今なんて言ったの?」


「え? 何が?」


「去年の噂は相手の女子の為に黙ってる、って。もしかして、その真相を知ってるのかな?」


「……え、あ、あの……」


 マズい。

 口にしてないつもりだったのに、どうやら口を滑らせてしまったらしい。


 兼末さんのメガネが光った気がした。


 そっと逃げようとした俺の鞄の紐が、いつの間にか握りしめられていた。

 腕じゃないんだ、とちょっとガッカリしたりもするけど、今はなんだかそんな事を考えている場合じゃない気がする。


「その話、聞かせてもらえる?」


「う、うん……」


 永野、ごめん。

 好きな人に隠し事するって、俺にはちょっと出来ないかもしれない……。




「――成る程ねぇ。まぁ悠木クンらしいって言えばらしいけどねー」


「な、永野には俺から聞いたなんて言わないでよ……」


「私は言わないかもしれないけど、真相を知ってるのが茅野クンだけだったら、茅野クンから漏れた可能性にはすぐに行き着くんじゃない?」


「っ!?」


 確かに……。


 あ、でも長嶺さんからだって漏れる可能性も……って、何を考えてるんだろう。

 濡れ衣を被せるなんて、最低じゃないか。


 バレる覚悟。

 ……いや、諦めと言っても良いかもしれない。





 

「茅野クン、今日の放課後時間あるー?」


「え? う、うん。あるけど……」


 その日の昼休み、兼末さんが俺の席までやって来て声をかけてきた。


 寮ではちらほらと会話する事もあるけど、学園の中でまでこうして喋る事はあんまりない。

 周りのクラスのみんなが聞き耳を立ててる気がする。


 あ、あまりそういう意味で目立つのも、なんだか胃が痛くなりそうなんだけど……。


「じゃあさ、ウチの――『読書部』の部室に来てくれる? ちょっと手伝って欲しい事があるんだよねー」


「う、うん、分かった」


 なんだ、ただの手伝いか。

 それでも放課後に話すチャンスがあるなら嬉しいと思ってしまうなんて……。

 何だか憐れみの溢れた視線が突き刺さってきてる気もする。


 それにしても手伝いって、もしかしてあのラブレターを出した一件の事なのかな。

 明らかに何かを企んでいるような顔をしてたけど……。







◆ ◆ ◆







「――そう。ある程度の手はずは整った、と考えて良いのかしら?」


「まぁそう考えても特に問題ないんじゃないかしらね。水琴さんのおかげで、長嶺さんの方からは協力を得られたみたいだから」


 聖燐学園生徒会室。

 円卓の置かれたその最奥部、大きな窓を背に座るレイカへと雪那が淡々と答える。


「それで、裏取りは取れているの?」


「そっちはゆずと風宮クンに任せてるわ。一年生の方は瑠衣ちゃんがそれとなく聞き出しておいてくれるみたいよ。

 それより、そっちはどうなの?」


 雪那の答えにレイカが嘆息する。


「特に問題ないわ。一応こっちも三和先生が協力してくれるみたい」


「答えの割りに、ずいぶんと重たげな溜息だと思うのだけど」


「……それは否定出来ないわね」


「何か問題でもあるの?」


「いいえ。ただ今回の騒動さえも利用されようとしているっていう現実に、ちょっとばかりうんざりしているだけよ」


「利用……?」


 何を指しているのか訝しむような視線を向けた雪那へと、レイカは「何でもないわ」とだけ告げて首を左右に振った。


 聖燐学園の教頭である三和。

 彼女は今回の騒動――つまりは悠木の起こしたとされる暴力沙汰、この噂の真相解明と払拭に対して協力的だ。


 確かに、一人の生徒を信じて守ろうとするその姿は教師の鑑だと言えるだろう。

 だが、それだけで果たしてここまでの協力を申し出るだろうか。

 そんな疑問がレイカの脳裏にこびりつく。


 こんな状況だ。

 もしも三和が教頭という立場ではなく一担任であったなら、心情的な理由で動いているのだろうと当たりをつける事も可能であった。

 だが三和はそんな立場ではない。


 言うなれば三和は中間管理職。

 それも、教師を取りまとめなくてはならない、という立場にあるはずだ。

 そんな彼女が、ただただ一人の生徒を守る為だけに動いたりするのだろうか。


 ビジネスライクでない限り、中間管理職という立場はある意味では成り立たないはずだとレイカは知っている。

 両親の仕事に関わる中で、中間管理職と呼ばれる立場にいる人間達を見てきたおかげだが、総じてそんなポジションを務めている者ほど、狡知さに長けているような印象がある。

 とは言え、それもあくまでレイカの偏見ではあるが。


 ともあれ、そんな立場にいる三和なら、悠木をこのまま悪者に仕立てあげ、今回の騒動を沈静化させるという選択が妥当なはずだ。

 それをしないだけのメリットを得ようとしている、という推測に行き着くのは当然であった。


 三和は今回を機に何かを狙っている。

 その何かが、今のレイカには皆目見当もつかない。


 ――何故自分に、悠木の騒動に関わらせるような言い回しをしてきたのか。

 生徒会という立場にいる以上、知っておいた方が良い。

 三和は確かにそう言ったが、それを生徒が知れば何かしらの波紋が生じる事ぐらいは想像出来たはずだ。


 まるで自分でさえも手のひらの上で踊らされているような、そんな気味の悪さちらついている。


「――利用するなら、利用させれば良いんじゃないかしら」


 思考の海に意識を沈めていたレイカが、そんな雪那の一言にはっと顔をあげた。

 雪那は相変わらず立ったままだが、腕を組んで堂々とした様子でレイカを見つめた。


「三和先生が何かをしたい。その為に、悠木クンの汚名を晴らすのが良いと踏んだ。私達にとってはそれだけで好都合だわ。むしろ、悠木クンを貶めてこのまま騒動を終わりにされるより、よっぽど有難いもの」


「……気にならないと言うの?」


「利用されるなんて別に気になんてならないわ。まぁ良い気はしないかもしれないけれど、それこそ向こうが勝手にやってくれれば良いだけの話じゃない。

 利害関係の一致で協力しあう、なんてのは大人になればいくらでもあること。それこそ、アナタの方が私なんかよりよっぽどそういう面を理解しているんじゃないかしら」


 化粧品メーカー『SAKURA』の令嬢とは言え、雪那はそういった社交の場には登場しない。

 そんな自分よりも、美堂コンツェルンの会長令嬢であるレイカの方が、よっぽどそんな面は目の当たりにしているではないか、と雪那は言外に告げる。


 雪那から送られた、激励とも取れるそんな言葉に唖然としていたレイカは、突然笑い出した。

 その様子に冷めた視線を送る雪那であったが、レイカはそのままお腹を抱えるように身体を前屈させ、ようやく息を整えながら顔をあげてみせた。


「えぇ、そうね。アナタの言う通りだったわ」


 くだらない矜持。

 心のどこかで、生徒会の会長である自分と美堂コンツェルンの令嬢である自分に対して芽生えていた間違った矜持があったのだと、レイカは理解する。


(権力や立場を鼻に掛けるなんて真似、あんなに嫌っていたはずなのに、ね。気が付けば私までそっち側にいたなんて、皮肉なものね)


 憑物の落ちたような、晴れやかな表情を浮かべたレイカに雪那も小さく笑う。

 その姿に雪那もふっと頬を緩めた。

 先程までの苛立ちの混じったピリピリとした重い空気が霧散していくかのようだ。


 そんな二人の間に流れた空気が緩んだものへと変わったその時、生徒会室の扉がノックされた。

 レイカの返事を待って開かれた扉から入ってきたのは、件の少年――三神奏その人であった。


「失礼します。櫻さんもこちらにいらしたんですか」


 どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた三神に対し、雪那は短く「えぇ」とだけ返事を返して視線を外した。

 三神はそんな雪那の様子に気付く事もなく、手に持っていた資料を机の上に置いた。


「聖燐祭の準備は今のところ問題ありません」


「そう、お疲れ様です。三神クンも色々あって大変だったでしょうし、少しは休んで良いのよ」


「いえいえ。お気遣いは有難いですが、あんな事で(・・・・・)怯えたりするようなヤワな男ではありませんので」


 ちらりと雪那に視線を送りながら三神がレイカに答えた。

 今となっては自分が被害者である事を堂々と肯定してみせているが、そんな暴力に屈しない男として自分をプロデュースしているつもりなのだろう。


 しかし、アピールする対象である雪那は自分に対して見向きもしない。

 それが面白くなかったのか、三神は得意気な様子でレイカへと再び視線を向けた。


「そういえば、彼の処分は聖燐祭が終わった後になるそうですね」


「……えぇ。ずいぶんと耳が早いのね」


「中島先生から伺ったので。まぁ見ての通り大した怪我もしていないので、寛大な処置をお願いしたのですが……。何分、この学園は歴史ある学び舎ですからね……」


「被害を受けたのに、気にしていないのかしら?」


「きっと彼も一時の感情で振るってしまっただけだと思いますので。

 ですが、このままお咎め無しとしては示しがつかないでしょうし、処遇は学園の意向に従うつもりですよ」


 勝者の余裕とも取れるようなムシの良い話をつらつらと並べてみせる三神に対し、レイカは相変わらずの笑みを浮かべたまま告げる。


「そう。じゃあ学園の決定には従うのね?」


「えぇ、もちろんです」


「分かったわ。それじゃあ、私も仕事があるから」


「えぇ、失礼します」


 最後まで独壇場で演じ切ってみせた余裕からか、三神は頭を下げながらもほくそ笑んでいた。


 そんな三神が退室するに合わせて、雪那も生徒会室の外へと出ると、三神が雪那を待っていたかのようにその場で立っていた。


「櫻さん、前に言った通りだ。やっぱり『読書部』はキミには相応しくない」


「……聖燐祭が終わった後なら、その話の続きを聞かせてもらうわ」


「……フフフ、あぁ、そうだね。ちょうどその頃には、あの男も退学処分を受けているだろうからね。

 まぁ、そんな事よりも。僕は聖燐祭が楽しみだよ」


 その数日が悠木にとっての最後の学園生活になるんだろうから、と言外に告げているかのような態度だ。先程までの謙虚な姿勢を続けるつもりもないのか、笑みを浮かべてそんな言葉を口にしている。


 その浅さに、そして自分達が動いている事など露とも知らず、すでに勝ち誇っている三神の仕草が、雪那にはまるで滑稽に思えてならなかった。

 思わず雪那の顔に冷笑が浮かんだ。


 対する三神も、雪那の性格を考えればまだ何か言い返してくるだろうと踏んでいたのか、冷笑を浮かべてみせた雪那の表情に僅かに動揺していた。


「そうね。私も楽しみだわ、聖燐祭が」


 雪那は短くそれだけ告げると、さっさと三神に背を向けて歩き出す。


 聖燐祭。

 その大舞台に向けて、刻一刻と時間は迫っていた。

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