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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 一章 聖燐祭
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#009 『読書部』の結束

 聖燐祭実行委員として仕事をするべく割り当てられた空き教室内。

 その一角で、提出された各団体からの書類に不備がないかを確認していた雪那は、来る当日に向けて最終チェックを進めていた。


 残り一週間を切ってしまえば、残りの雑務など以前の忙しさに比べれば楽なものである。それに加えて、男子生徒はそれぞれの機材使用許可に付き合っているおかげか、ここには女子しかいない。

 つまり、あの鬱陶しい言葉ばかりを口にしてきた三神もここにはいなかった。


 あの日、雪那が思わず口を滑らせ、本音を叩きつけた。

 それ以来、三神との間に会話はなく、時折確認作業の一環で一言交わすぐらいなものだ。

 言い過ぎたとは思うが、良い薬になったのだろう。


「櫻さん、生徒会長が呼んでるよー」


 他のクラスの女子生徒に声をかけられ、雪那が手を止めて顔をあげた。

 言われるままに向けた教室の入り口に立っているレイカに、いつもなら雪那も辟易とした気分で嘆息でもしそうなものだが、この時ばかりは違った。

 レイカからはいつもの余裕を感じさせる態度は見えず、何か切羽詰まった様子に見えたのだ。


「ありがとう」


 一言お礼を述べて、雪那はレイカのもとへと歩み寄っていく。


「忙しいのにごめんなさい。少し、アナタの耳にも入れておいた方が良い用事があったものだから」


「何かあったの?」


「……えぇ。とりあえず、場所を変えましょう」


 レイカの物言いからも、やはり何かがあったようだと感じられる。

 雪那は訝しげな視線を向けながらもそんなレイカの言葉を呑むと、歩き出したレイカの後を追うように付いて行くのであった。






「――……悠木クンが?」


 廊下の一角で足を止め、人の気配がない事を確認したレイカは、早速三和から聞かされた悠木の一件について、雪那に説明した。


「その様子だと、本人からは何も聞かされていないのね」


「えぇ……。最近は実行委員で忙しいから、顔を合わせてないし……」


 雪那と悠木の二人が寮でも一緒に行動している、というのはレイカも耳にした事がある。

 とは言え、夏休みが明けるタイミングで寮に入ったレイカと、そのタイミングで実行委員の仕事に追われる日々となってしまった雪那の生活もあり、レイカがそれを目の当たりにした訳ではない。


 てっきり、毎日のようにメールなりで連絡を取っていると考えてレイカにとって、雪那がその一件を知らない、という事実は些か予想外であった。


「アテが外れたわね……」


「アテ?」


「雪那さんとユーキの事だから、てっきり今回の顛末も聞いているのかと思ったのよ。雪那さんになら、ユーキが事情を話しているんじゃないか、ってね」


「私になら、って……。そう言われても、最近はあまり顔を合わせる事もないから……」


 恥ずかしがりながら顔が赤くさせる雪那をからかうつもりであったレイカだが、返ってきた反応はそれ以上に落ち込んだ様子の言葉であった。

 からかうには少々やりにくい、というのがレイカの本音であり、苦い笑みを貼り付ける。


「しょうがないわね。それで、三神クンからは何か聞いてないの?」


「……どういう事?」


「ユーキが問題を起こした相手が、アナタと同じクラスの実行委員。三神クンなのよ」


「……いいえ、何も。以前ちょっとキツい事を言ってしまってからは、特に会話もないわ」


「キツい事?」


「『読書部』を、私の居場所じゃないとか。とにかく色々言われて、つい言い返しちゃったのよ。後悔もしていないけれど」


「ふーん……、ちょっと詳しく聞かせてもらえる?」


 一件の顛末について、雪那がレイカに説明を始める。

 思い出すにつれて段々と込み上がってくる怒りに雪那の口調が荒くなるが、レイカも大体の話の筋は呑み込めた。


「――……成る程ね。それでユーキを狙った、って事かしらね」


 雪那の話から、三神が雪那に対する固執から悠木にちょっかいも出したのだろう事は、あっさりと理解出来る。

 レイカがそれらを含めて呟いた言葉に、雪那が眉をピクリと動かした。


「どうして? 私に対して文句があるなら、悠木クンじゃなくて私に言えば良いと思うのだけど」


「……アナタそれ、本気で言ってるの?」


「えぇ、本気だけど」


 はぁ、とレイカが深い溜息を吐いた。

 三神がどうして悠木を狙ったのか、その背景が浮き彫りになったのだが雪那はそれに気付いていないらしい。


 同時に、レイカは思考を巡らせた。


 悠木と雪那。

 どうやらこの二人は、相変わらずのようだ。


 少なくとも、悠木の普段の交友関係や寮での噂を聞く限り、ただのお友達という関係はとっくに通り過ぎていてもおかしくはないはずだと言うのに、その自覚がない。


 以前会った華流院家のパーティーでも、二人の姿はレイカもしっかりと確認している。

 その間柄は、決して友達という括り以上の繋がりが築かれているものかと思われたのだ。

 だからこそ、レイカは悠木に接触を図り、その本意を探ろうとした。

 その結果分かったのは、悠木は少なくとも雪那に対して好意を持っているだろう、という事である。


 レイカは思い出す。

 あの7年前の、ちょうどこの時期。

 悠木と知り合った当時に彼を取り巻いていた、(しがらみ)を。

 何気なく語ってくれていた彼の素性を、レイカは今でも憶えている。


 だからこそ、わざわざ二人の間に楔を打ち込む形にした。

 雪那を自分のワガママと称して呼び出し、敢えて敵対するかのように振る舞ってみたのだ。

 その結果が、三神というイレギュラーによっておかしな方向に転がり始めてしまったのだろう。


 培われてきた感情の機微を見抜くレイカの力は、そんな雪那の心情を見抜いた上で、自分の行動に対して嘆息したものであったのだが、雪那はそれに気付いていない。

 まるで呆れたと言わんばかりに嘆息したものだと考えた雪那は、そんなレイカの態度にぴくりと眉を動かした。


「悠木クンは、私のせいでハメられたってこと?」


「十中八九はそうでしょうね。ただ、アナタのせいではないわ。これはどう考えても、三神クンの暴走でしょうね」


 歯に衣着せぬ物言いでレイカは雪那に向かって答えるのであった。






◆ ◆ ◆






 聖燐祭まで、残り4日。

 週が明けた学園内では、すでに悠木の名前が出た状態で噂が実しやかに囁かれていた。

 同時に、悠木は聖燐祭が終わるまで部活参加を禁じられた。


 理由は、なるべくの自宅謹慎というものに近いものであったが、それがかえって噂を強調させる形となっていた。


 その日の放課後。

 学園の空き教室を使った一室、『読書部』の生徒が集まるその場所では。

 悠木以外の面々の顔が揃っていた。

 当然、そこには最近まで慌ただしい日々を送っていた雪那の姿もあった。


 場を支配しているのは沈黙だ。

 悠木の噂についても、全員が全員、触れずとも耳にはしていた。

 その経緯として雪那から説明を受けた後で、『読書部』の面々は沈黙を貫いていたのである。


「……ヘェ。それじゃあ、何かな。

 悠木クンはハメられたせいでおかしな噂が流れて、それで今部活にも出て来れてないって事になるのかな。

 それも、悠木クンは別に何もしていないかもしれないって事なんだよね? おかしいよね、そういうの」


 最初に言葉を放ったのは、感情があまり表に出て来ていない淡々とした口調で喋る少女――ゆずである。

 近くに座っていた瑠衣が、その喋り方に悪寒すら感じてその瞳をちらりと見ると、ビクッと身体を震わせた。


 その瞳は光を失ったかのようなどんよりと濁った瞳をしていた、と後に彼女は語る。


「何だよそれ。別に悠木は悪くねぇじゃねぇか」


「どうだろうねぇ。胸倉を掴んだっていうのは悠木クンも認めてる訳だし、それは悠木クンの落ち度かもねぇ」


「悠木が悪いってのか?」


「うーん、そうだねぇ。まぁ、せっかく一方的に糾弾出来る状況だったのに、それを潰しちゃったっていう点を考えると、悠木クンが悪いかもしれない、ね……?」


 苛立たしげに告げる巧に対し、メガネをかけた女子――水琴が怪しげな笑みを浮かべて答えてみせる。

 が、その笑みはどう見てもただの笑顔ではない。

 沸々と込み上がる言い知れぬ黒い何かを湛えているような、そんなドス黒さが見え隠れしているのだ。


 瑠衣はその光景に、ついに震えがちに雪那を見つめて口を開いた。


「こ、怖いですけど、皆さん……! ゆ、雪那先輩、先輩からも何か……!」


「えぇ、そうね。愚かだとは思っていたけれど、まさか悠木クンを巻き込んで何かをしでかそうなんて考えるなんて、愚かの真髄を極めているわね。このまま彼の思い通りにいく、と。本当にそう思っているのかしら、ね」


「っ!?」


 期待していたのは周囲に対して落ち着かせる発言であったり、そういった部類のものである。

 が、どうやら雪那もまた瑠衣以外の面々とは全く持って似た態度を取っていた。


 瑠衣とて、その話を聞いた限りでは苛立ちだって覚える。

 それはそうだろう。

 何せ、悠木には世話になっている。


 だが、周囲のこのドス黒い何かは、瑠衣が怒って声をあげるより先に部室内に充満し、瑠衣の怒りすら引っ込ませる程のものになってしまっているのだ。

 周りがパニックになるとかえって冷静になる、とは言うが、正にそれと似たような状況だと言えるだろう。


 なまじツッコミ役の代表である悠木がいないせいか、その空気は留まる事を知らない。

 瑠衣の正常な感覚でツッコミを入れようにも、目の前のそれは強大過ぎると言っても過言ではない。







「さて、それじゃあ話し合いましょうか――」





 すっと、空気が変わる。





 そして、雪那は続けて口を開いた。





「――悠木クンの仇討ちには、やっぱり社会的な抹殺ぐらいは覚悟してもらわないと、ね?」






 ――この日、瑠衣は実感する。




 あぁ、この人達だけは敵に回したくはないなぁ、と。 

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