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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 一章 聖燐祭
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#008 不確かな証言

「……そういえば、去年もおかしな噂が出てこの部屋でキミと話しましたね」


 俺とはもう無縁だろうと思っていたはずの一室、生徒相談室。

 そんな部屋に一年と数ヶ月ぶりに呼び出された俺は、担任の教師――四十後半のおっとりとした女性教師の三和先生と向かい合って座っていた。


「そんな事もありましたね」


「あらまぁ、ずいぶんとご機嫌ナナメね。まるでホントの不良生徒を呼び出しているみたいで、なんだか懐かしいわ」


 懐かしい。

 そんな言葉に反応を見せた俺に向かって、三和先生はかつて自分は公立の男子高校で教鞭をとっていたのだと告げると、懐かしそうに目を細めた。


「あそこの学校は、ホントに手のつけられないぐらいにヤンチャな子もいたけれど、この学園はやっぱり違うものね」


「そう、ですか。自分で言うのも何ですが、今回の俺の件は恫喝――いえ、暴力沙汰、だそうですね」


「……えぇ、そうみたいね」


 まるで他人事のような言い方で、三和先生は「だけど」と言葉を続けた。


「永野クンがそういう事をする生徒だとは、到底思えないのよねぇ」


 困ったように頬に手をあてて、相変わらずおっとりとした口調で三和先生が語る。

 ちなみにこの先生はウチのクラスの担任ではなく、教頭という立場にいる。

 一年前に俺の噂が広まった時も、こうしてここで顔を合わせた相手だ。


 ちなみに三和先生には一年前、真相を伝えはしなかったが、どうやら真相を知られていたらしく、「男らしくてそういう判断も良いと思うわよ」などと言われた。


 何気なく見抜く仏の三和様。

 俺の中ではそんな印象である。


「それで、永野クン。今回は(・・・)真相を教えてくれるのかしら?」


 瑠衣の事まで三神が貶し、それにカッとなってやった。


 確かにそれが事実でもあるが、正直に言えばそれだけじゃない。


 雪那に対する訳の分からない執着が、癪に障った。

 単純に言えばただそれだけで、瑠衣の事はきっかけになったに過ぎない。

 だから理由を言うつもりもないし、言える訳もなかった。


 それに、だ。

 瑠衣がもしも何処かから、俺が手を出すハメになった原因が瑠衣への貶し文句が原因だったなんて知ったりすれば。


 アイツは――瑠衣は。

 自分のせいだと考えてしまうかもしれない。

 それだけは避けなきゃいけない。


 考え過ぎかもしれないけど、それでも。

 今回の事に巻き込まれて良い理由なんてない。


 ……なんて思いながら、俺は本当は自分が嫉妬に近い感情で暴走した、と。

 それを公言したくないだけなのかもしれないけれど。


「……いいえ、今回も(・・・)言われた通りの内容が真相ですよ。俺がキザ――三神クンの言葉に頭に血が上って、胸ぐらを掴んだ。それだけです」


 お互いの間に、沈黙が流れた。

 未だ夏を堪能しているらしい蝉の声を聞いていると、三和先生は困った様子で深く溜息を吐いて沈黙を破った。


「……ねぇ、永野クン。一年前の事は、男女の事だったから大げさな噂になっているだけだったって誤魔化せたけどもね、今回の件はあまり良くないの」


 急な三和先生の言葉に、しばらく視線を落としていた俺も三和先生の顔を見つめた。


「……男子生徒を目の敵にしている教師がいる、という話ですか?」


 レイカが言っていた、学園内――それも教師間にある微妙な不和。

 それが、男子生徒を受け入れるに至った上で生じ、レイカが問題視している問題だ。


 俺がそれを指摘してみせると、三和先生は僅かに目を瞠った。


「……知っているのね。まぁ、有り体に言えばそれも間違いではない言い方よ。

 とにかく、そういう状況で男子生徒同士のいざこざなんてなると、暴力を振るったなんて汚名を被れば、その矛先はキミに向けられるかもしれないわ。

 それはあまり良い事とは思えないわねぇ」


 要するに、男子の代表と言うよりも、問題児イコール男子として俺の名前が出て来る可能性がある、って事だろう。


 男子を毛嫌いする、という程ではないかもしれないが、俺の起こした問題は少なからず波紋を呼び、槍玉に挙げられる可能性がある、と。

 恐らく三和先生はそれを示唆している。


「……それを踏まえて、処分はどうなりそうですか?」


 だからと言って、それで暴露するつもりもない。

 そんな俺の意志を汲み取って、三和先生は何度目かになるであろう億劫な溜息を吐き出した。


「はぁ、相変わらずね、ホントに……。

 正式な処分は、聖燐祭の後になるでしょうね。今は聖燐祭の事でバタバタしているし、あまり公になって欲しくない問題だから。それに、この学園にとっては前例のない問題よ。今後の基準となる可能性もあるから、厳しい処罰になるかもしれないわね。

 そうは言っても、こっちでも少し調べてみるつもりだから、結局のところはまだ言い切れないわね」


 最後には茶目っ気を含めた言い方をして、三和先生はそう締め括った。


 本来、もしも普通の公立高校なら、こういう問題は大して軽視はしない方が良いけども、殴ったりはしていない以上はただの注意で済むような問題だという見解なのだろう。


「……一つ、良いですか?」


「あら、理由を話してくれるのかしら?」


「『読書部』――俺のいる部は、今回の件とは何の関係もないはずです。そちらにまで言及はしないと、約束してもらえませんか?」


 大した期待もしていないのに軽口を叩くあたり、三和先生は人付き合いに慣れている、という印象が強い。

 それに答えたりもせずに尋ねてみる。


 三神は、雪那に対して執着し、そして俺に来た。

 恐らく、雪那を説得しようとして失敗した、といったところだろう。

 だとしたら、何かしらの形で『読書部』を追求してくる可能性もある。


 巧にも釘を刺す必要がありそうだ。


 一応、水琴や瑠衣にも一言ぐらい言っておくべきかもしれない。

 いずれにせよ、俺が原因で『読書部』が言及される、というのは納得出来ない。


「……そう、分かったわ。約束しましょう」


 何かを悟ったかのように、三和先生はそう告げると俺に帰宅を促した。

 俺は席を立ち、挨拶をして扉を閉めた。


「……さて、美堂さんの方はどうかしらねぇ……」






◆ ◆ ◆






『聖燐学園生徒専用掲示板』。


 ネット上にあるそれは、さながら巨大なネット掲示板と似ている。

 あくまでも学園の生徒達が匿名で意見などを書き込める場所ではあるが、IDが固定化されている為、IDの持ち主さえ分かれば書き込み主はすぐに特定出来る。


 とは言え、そのIDが誰のものであるか。それを照会する事が可能なのは、教師か生徒会のみ。


 倫理的に問題があったりしない限り書き込みなどは削除もされず、その監理は生徒会によって徹底されている為、生徒会に所属する生徒はIDから書き込みをした当人をすぐに割り出す事が出来るのだ。


 匿名で意見を出し合い、学園を過ごしやすい環境に整える為に言い合えるように、という名目であったのだが、その実は学園の裏側――つまりは生徒の中で問題になるような、イジメであったりを告発する場として提供されていた。


 最近では聖燐祭の事で盛り上がっている専用掲示板の流れであった為にチェックを怠っていたのだが、とある噂と報告を耳にしたレイカの指示により、その日は書き込み内容の確認が行われていた。


「でも、タイミング的には助かりましたね」


 レイカの指示によって集まった生徒会メンバーが、生徒会室に備えられたパソコンとそれぞれに支給されるタブレット端末と睨み合いをしている中、場の空気を和ませようと口にした女子生徒がレイカに声をかけた。


 レイカはその言葉に笑みを作り上げて同意を示すものの、再びすぐに手元のタブレットへと視線を戻した。


 ――確かに幸いと言うべきだろう。


 聖燐祭まであと6日。

 ある程度の段取りなども済まされ、ようやく一段落といった具合であった生徒会の事情としてもちょうど良いタイミングであったと言える。


 この夏休み明けから新興したばかりの生徒会で、聖燐祭準備と重なるタイミングで事件が起こったとなれば対応も難しい。

 しかし対応出来ないかと問われれば、それぐらいは十分に出来ると答えただろう。


 それでもレイカが眉間に皺を寄せて端末を睨みつけている理由。

 それは、レイカの耳に入ったとある教師からの報告によるものだった。




――――




「――暴力沙汰?」


 ――――時間は遡る。


 昼休み、生徒会顧問であり、教頭という立場にいる女性教諭――三和に呼ばれたレイカは職員室へとやって来た。

 職員室内に訪れてみたものの、いつもの温和な空気とはまた違う、どこかピリピリとした空気の中でレイカは思わず尋ね返す。


 どうやら教師達の間でも、その事件の関係で何かと問題が生じているのか、ピクリと反応を見せる姿も散見出来る。


「えぇ……。アナタと同じ2年の男子生徒なんだけどね」


「その生徒の名前は?」


「……本当は言うべきじゃないんだけど、生徒会のデータにも書き込みが必要でしょうし……、しょうがないわね。

 加害者と言われているのは2年C組の永野悠木クン。それで被害者は……、A組の三神奏クンね」


「……ッ、永野クンの事なら知っています……。ですけど、彼は決してそういう問題を起こす生徒じゃないとは思いますが……」


 知った名前を口にされ、動揺しながらもレイカは冷静に答えてみせる。

 しかし三和はどこか困った様子で告げた。


「それはもちろん、私だって知っているわ。以前アナタが生徒会の男子生徒に任命したいと言っていた生徒の一人だし、お話した事もあるものね。

 確かに彼は問題児って訳でもないし、素行が悪い訳じゃない。むしろ成績は優秀な方よ。だけど、ね……――」


 ちらりと他の教師達に視線を向けて、言葉が濁された。

 教師はそのままレイカに顔を寄せ、周りには聞こえないような小さな声で言葉を続けた。


「――ほら、一年前の事も以前話したでしょう? その件に続いてだから、男子生徒を毛嫌いしている先生達が過剰に反応してるのよ……。

 生徒会の男子生徒の席だけど、あの話はとりあえず流れる事になったわ」


「……納得出来ません。そもそも彼は――永野クンはどう答えているんですか?」


「一応今日の放課後には話をするつもりだけど、今のところは、何も話そうとはしないのよねぇ……。「軽率でした、すみません」とか、「殴ったりはしてません」とか、そんな事だけ言われて、放課後に改めて聞くまでは何とも言えないわね……。

 でもね、被害を訴えてきた生徒の方の証言も、なんていうか曖昧なのよねぇ……」


「曖昧、というと?」


「校舎裏だったらしいんだけど、そこで話をしていたら急に胸ぐらを掴んで脅された、って言っていたんだけど、話していく内に壁に叩きつけて脅されたとか、お腹を殴られたとか……」


「その目撃者はいたんですか?」


「えぇ、何人もね」


「何人も、ですか……」


 三和の言葉にレイカが眉をピクリと動かすと、顎に手を当てながら考え込む。


「とにかく、生徒用の掲示板の方でも話題に上がってるみたいだから、そっちのチェックもお願い。もし問題が起きそうだとか名前が挙がってたりしたら、それを削除するようにお願いね」


「分かりました。あとはこちらで対処しておきますね」


 レイカは短く挨拶を付け加え、職員室を去って行ったのであった。




――――




 ――まず間違いなく、悠木はただ暴力を振るうような性格はしていない。

 レイカはそう確信している。

 それに加え、三和から告げられた不可解な情報の数々だ。


 まるで悠木を吊るし上げる場面を作りたがっているような、そんな作為的な意図をレイカは感じ取っていた。


「……やっぱり、ね」


 レイカが独りごちる。

 ようやく見つけた書き込みは、犯人を特定するような言い回しでも、被害者を庇うような言い回しでもなく、ただただ火種を放り込んだかのように、暴力沙汰があったらしいとだけ書かれている。


 多少の反応はあるものの、それが思った以上に大きな波紋にはならないせいか、流れつつある展開だ。にも関わらず、数分おきに暴力沙汰があったらしいと書いた書き込みに対して話を及ばせるような質問が飛んでいるのだ。


「会長、これってまるで……――」


「――誰かが作為的に問題を広げようとしている、という印象が強いわね。それも、複数の生徒が」


 レイカの隣で声を漏らした女子生徒の言葉にレイカが続けた。


「このIDの持ち主達、調べますか?」


「えぇ、お願い」


 レイカの横でパソコンを起動した女子生徒が、早速IDを検索して生徒達を調べる。

 何かしらの共通点があるならば、恐らくはその面々が扇動しているという証拠になると、そう踏んだのだ。


 これで書き込みをしている面々の共通点が見えれば、扇動しようとしている者の特定には繋がりやすいだろう。

 パソコンの画面を覗き込んだ女子生徒から声をかけられ、レイカは画面を見つめた。


 IDから生徒の情報を割り出してみるものの、それらの生徒には特に関連性があるとは思えない。

 部活や学年、クラスまでもバラバラだ。

 強いて言うならば、その書き込みに関わった生徒達は全員男子である、という事ぐらいだろうか。


 暴力沙汰、ともなれば男子の方が過敏に反応を示すネタなのかもしれない。

 そう考えたレイカであったが、どうにも何かが引っかかっているような、そんな気がしたのであった。


「会長、どうします? この暴力沙汰がどうとかっていう書き込みと関連した書き込み、削除しますか?」


「……確かに問題が大きくなって混乱を招く可能性があるって考えると消すべきかもしれないけれど、これだけじゃ削除対象にはしにくいわね……」


 実に微妙なラインに対する書き込みだ。

 レイカとしても判断しにくい、というのが本音であった。


「……でも、本当に暴力沙汰なんて問題があったんですか?」


 そもそもこの情報がでまかせだと言うなら、無意味な煽り文句として削除する理由にはなる。

 今のところ、水面下の掲示板上でちらほらと話題に出ているだけで、その真相が周知の事実であるとは言えないような状況だ。


 もしやこの情報そのものが嘘なのではないかと女子生徒が尋ねるが、レイカはそれには答えずにしばし沈黙し、目を閉じて逡巡すると、静かに口を開いた。


「そうね、調べる側の皆には知っておいてもらった方が良いかもしれないわね。

 実際、先生から聞いた話によると確かにそれに近い状態になったと訴えてきた生徒はいるらしいね。でも、暴力沙汰と呼べるような大きな事件とは言えないような内容みたい」


「被害者とその加害者の生徒はどう答えてるんです?」


「加害者側は、軽率な行動をしてしまったけれど殴ってはいない、と答えてるらしいわ。でも、被害者側は少し証言にブレが生じているみたいね。

 どうもおかしな、というより引っかかるのよね、その内容……」


 確かに実際に暴力を振るわれた側が、徐々に真相を話すようになるという事はあり得るかもしれないが、そこまで話が変わる事などあり得るのだろうか。

 レイカはその被害者として自ら悠木を糾弾した三神のデータを自分の端末に呼び出し、その情報を見つめながら考え込む。


(……三神 奏。確か、雪那さんと同じ聖燐祭実行委員だった、わね)


 見覚えのある名前と顔から、生徒会と実行委員での打ち合わせの際にちらりと顔を見た事を思い出し、レイカは椅子から立ち上がった。


「とにかく、このまま調べて裏取りしながらおかしな書き込みや噂が広がらないように、監視しましょう。

 私は少し、関係者に会ってみるわね」


 ――雪那と悠木、それに三神。

 どうにも引っかかる、この三人の取り合わせ。


 レイカは早速、雪那に何か事情を知らないかと聞きに行く事にしたのであった。

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