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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 一章 聖燐祭
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#004 解消

すみません、遅くなりました。

 久しぶりの雨が残暑の熱を押し流していた。


 聖燐祭が近づくに連れて、雪那は忙しそうに日々を過ごし、『読書部』の部室では巧、篠ノ井、瑠衣、水琴の四人がそれぞれに本を読みながら、今日も他愛無い会話に花を咲かせている。


 それでも、相変わらず巧と篠ノ井の間には微妙な距離感が生まれていて、瑠衣と水琴もそれには気付いているらしく、時折二人に会話を振ってなんとか繋げようとしてみたりもしている。


 巧も篠ノ井も、二人揃ってそういう気遣いにはあまり気付いていないのか、瑠衣と水琴の会話は狙い通りに進みはしなかった。


 そんな中、困った顔をしながら瑠衣がちらりと俺に視線を振って、助けを求めてきた。

 一体どうしろって言うんだろうか。


「……あぁ、そうだ。水琴」

「んー?」

「あの怪文書の件だが、ちょっとだけ進展があったぞ」


 俺の言葉に、4人が一斉に俺を見つめた。

 会話の糸口を見つけようと思った俺の一言であったが、思った以上に4人の注目を浴びるハメになってしまった。


「は、犯人が分かったですか!?」

「お前は名探偵シリーズのお約束フレーズ要員か。まぁ、分かったと言えば分かったんだが……」


 瑠衣にツッコミを入れ、俺は言葉を濁した。


 結局、外野クンの知り合いが犯人――というより差出人であって、今は外野クンの方から名乗り出るように説得してもらっている。

 そうでなければ、外野クンも自分の為に動けないだろうと助言した。


 とは言っても、他人に言うのは簡単で。

 俺自身はまだ、雪那に対して何も伝えたりはしていない訳だが。


「詳しく聞かせてくれるよね?」

「ま、水琴にはな。当事者だし。って言っても、状況を色々説明するだけになるが」

「それでも良いよ。だったらちょっと場所変えようかー」

「っ!?」


 水琴の一言に、瑠衣が明らかにびくっと肩を震わせた。

 篠ノ井と巧の二人と一緒に置いて行かれるのは、少々複雑な胸中なんだろう。


 そんな瑠衣に気付いたのか、水琴が手をポンと叩く。


「るーちゃんには色々聞いてもらっちゃってたし、一緒に来る?」

「だったら俺達も――」

「――たっくんとゆずっちは、もうちょっと二人で話した方が良いんじゃないかなー?」

「え……?」


 話を聞こうとした巧に向かって、ついに水琴が釘を刺す発言を口にした。

 巧と篠ノ井の二人が顔を見合わす。


「二人とも、最近少しおかしいよ? 無理に自分達の在り方に納得しようとしてるって言うか、そんな感じが見て取れるからねぇ。少し二人きりで話すと良いよー」


 相変わらずのどこか間延びした口調で、水琴はついに二人にそれを告げると立ち上がり、瑠衣と俺に声をかけて颯爽と部室の扉を開けた。

 水琴が頼もしい。


 瑠衣もそれに倣って後を追い、俺も立ち上がり、後を追いかけようと歩き出した。

 ちらりと見てみると、巧は唖然としながら俺を見ていて、篠ノ井は手元の本を見ているようで、その視線はまったく違う場所に落とされていた。






◆ ◆ ◆






 3人が出て行った部室内で、巧とゆずの間にはしばしの沈黙が流れた。


 ――最近の二人の生活は、これまでとは劇的と言って良い程に変わっている。


 毎朝巧を起こしていたゆずも、その行動を自粛している。

 あまりにも家事をしない巧の為に、お弁当だけは相変わらずゆずが用意しているが、それを渡すのはチャイムを鳴らし、玄関で手渡すだけだ。

 時には、玄関先に置くだけで顔を合わせることもなくなっている。

 夕食も一緒に食べることはなくなり、ゆずが差し入れを持って行くぐらいだ。


 そんなゆずの態度に、巧はどう接して良いものか解らないままでいた。

 確かにゆずの独り立ち――というより、巧に対する依存ぶりは尋常ではなかったが、今になってあまりにも変わり過ぎている。


 夏休み、ゆずが作り出した明らかな距離。

 あれから一ヶ月が経とうとしている。


 それに対して詰め寄ろうとはしないまま、巧は日々を過ごしていた。


「二人で話せって言われても、なぁ」


 所在なく頭を掻きながら、巧は沈黙を打ち破るように呟いた。

 窓を打ち付ける雨音。

 晴れてさえいれば蝉が鳴いて、沈黙なんてものとは縁遠いBGMが流れる部室も、今日ばかりは静かなものだった。


「……最近、朝ちゃんと起きれてるんだね」

「あ、あぁ。前までゆずに頼りっぱなしだったけど、最近はな……」

「うん、学校で巧を見て、ちゃんと起きれたんだなぁって、少しほっとする」

「……まぁ、もうガキじゃねぇんだし」

「うん、そうだよね」


 二人のぎこちない会話が途切れ、雨音だけが鳴り響く。


 巧も、ゆずも。

 最近の会話はこんな調子で終わってしまうことが多い。

 いつもなら「それじゃ」とゆずが告げ、逃げるように去って行くのだが、部室で二人きりにされてはそれも出来ない。

 帰ってしまったりすれば、水琴や悠木、瑠衣達にまた気を遣わせる事になるだろう。


 一度空いてしまった距離は、時間が経つ程に溝を深めてしまうようだ。

 ゆずは改めてそんな事を感じていた。


 巧は気付いていないが、悠木はとっくに気付いている。

 ゆずは学園内でも元気がなく、周りとの会話もどこか上の空になりがちだ。

 不意に巧に視線を送ってしまうが、巧はそれに気付いてはいない。


 そんな日々を過ごしているせいで、いざ話せと言われても言葉に詰まるというのが本音である。


「……なんか、気まずい、よね」


 ゆずが呟いた。

 思わずそれを口にするのかと巧も言いたくなるが、否定出来るような空気ではなく、長年一緒にいたからこそ、それは自分もまた気付いている。


「私ね、巧に甘えてたんだと思うんだ。

 悠木クンにも迷惑かけちゃったし、そんな自分が嫌で「変わりたい」って願った。

 だけど、今のこの状況が。本当にこんな空気になるのを、私が望んでたのかって聞かれたら、やっぱりそれは違うと思う。

 自分勝手だよね、ホントに。私がこの状況を作ったのに、それが望んでるものとは違くって、それが……ちょっと、苦しい」


 独白する様子で、ゆずが告げた。

 今にも零れ出しそうな涙を誤魔化すように、笑顔を浮かべてゆずは巧に向かって笑いかける。


 何度も見てきた、自分に向けられるゆずの笑顔。

 ずいぶんと懐かしくすら感じられるその笑顔に、巧の心臓が強く脈打った。

 顔が僅かに熱を帯びて、胸の内に広がる温かな感情。


(……そりゃ、ちょっと卑怯だろ……)


 巧は視線を外しながら、頬を掻いて心の中で呟いた。

 いつの間にか、ゆずは小さかったあの頃とは違う、少しだけ大人の少女へと変わっているのだと。

 巧は初めて理解した気がした。


「……俺は、前みたいに戻っても良いと思ってる」

「え……?」


 小さな声で呟いて、巧は恥ずかしさをかき消すように頭を掻いて「あー」と声を漏らし、ゆずを見つめた。


「そういう部分がゆずに芽生えたんなら、それで良かったって、そう思ってるよ。

 確かに前まで、ゆずは少し不安定っつーか、危ういっつーか……。そんな印象があったけど、今はそういうのもないし……。だったら、前みたいに一緒にいたって、問題はねぇだろ……。

 その方が、その、俺も楽しいし、なんつーか気楽だ……」


 我ながらに、実に女々しい言葉だ。

 巧は相変わらず目線を外したまま、自分の言葉に辟易としていた。


 ぶっきらぼうな口調ではあるものの、言葉に端々には「前みたいに一緒にいて欲しい」と言っているようなものだ。


 結局、ゆずが巧に依存していただけではなく、巧もまたゆずの存在があって当然だと思っていたのだ。

 本人はそんなことを自覚していないが、少なからずそれが現実だった。


 気恥ずかしさから視線を合わせようとしなかった巧に、ゆずからの返答はなかった。

 しばしの沈黙の後で、巧は自分の申し出にゆずが見損なったのかと不安になり、ちらりとゆずの顔に視線を向けた。


 そこで目にした光景に、巧は目を瞠った。

 ゆずは大きな瞳から涙を零し、口元を両手で抑えていた。


 巧にとっては予想だにしていなかったゆずの反応であったが、ゆずにとっては当然とも言えた。


 勝手なまでの行動によって、巧から距離を取ったのだ。

 もはや、嫌われてしまうかもしれない。そんな予感さえしていた。


 これまでゆずは、巧に対して嫌われるだろう行動だけは避けてきた。

 それは別に、計算高いという訳ではなく、ただただ繋ぎ止めておきたいだけの想いから。

 だからこそ、悠木の言うヤンデレ的な要素が彼女には兼ね備わった。

 巧が自分の傍から離れてしまうことへの不安から、そうした要素をゆずは大きくさせてしまったのだ。


 そんなゆずが、自分で巧から離れる決意をして、今日までを過ごしてきたのだ。


 本当は話しかけたかった。

 昨日は何があって、それが楽しかったとか。

 巧にそれを知ってもらいたかった。

 共有したかった。

 自分が感じたこと、想ったことを理解して欲しかった。


 それを出来ないまま日々を過ごすのが、これ程までに苦痛で、淋しいだなんて想像したこともなかった。


 ――もう、そんな贅沢な日々に戻れることはない。

 そう感じていたゆずであったが、それを巧が望んでくれるとは思っていなかった。


「……うん、うん……。ごめんね、巧……」

「お、おい、泣くなって……」


 二人のぎこちない日々が、ようやく終わりを迎えようとしていた。






◆ ◆ ◆






「――……悠木先輩も水琴先輩も、趣味が悪いですよ……」


 ひっそりと声を押し殺しながら、瑠衣が俺と水琴に向かって呆れたように口にした。


 俺達の状況はまさに、盗み聞き状態。

 部室の外でこっそりと話を聞いていた訳だ。


 というのも、あの二人があの調子では、こちらが気まずいというものだ。

 何かきっかけがあれば、と思っていた水琴の提案に、俺達は乗った。


「そうは言いながら、瑠衣だって笑顔じゃねぇか」

「っ!? そ、そんなこと――!」

「――バカやめろ。声が大きい……!」

「ご、ごめんなさいです……」

「まぁ今のは悠木クンが悪いけどね……」


 俺と瑠衣のやり取りに、水琴が呆れながらツッコミを入れて歩き出した。


 素っ気ない態度だ。

 そんな態度をしたって、笑顔じゃ説得力なんてものはないけどな。


「さあ、行こうかー」

「そうですね。まだ二人きりにしてあげた方が良いですよね」

「あ。うん、そうだね」


 ………………。


「おい水琴。お前とりあえず怪文書の犯人の方が気になるから、もうあの二人は放っておいて良いやとか。本気でそう思ったりしたんだろ」

「っ!? や、やだなー、そんなことないよ……?」

「悠木先輩、水琴先輩ギルティです」

「あぁ、間違いない」


 ――やれやれだ。


 あの二人が落ち着いてくれて、あとは水琴の件が片付けば。

 またいつもの日常が戻ってくる。


 俺が雪那を好きだと自覚してしまった事を除けば、いつも通りの日常が。


評価、感想、お気に入り登録有難うございます。


次話 6/6

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