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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第一章 二人の美少女
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#003 「貸し一ね」

「――……何だ、これ……」


 翌朝の事だ。

 食堂に向かった俺は、寮生に向けての注意事項やお報せといった類が張り出される掲示板の前に出来ていた人だかりを見て、そちらへと歩み寄った。


 そこで目にした物は、驚きの内容であった。


『――寮生の皆様へお知らせ。

 来週の月曜より、高等学科女子寮の改築工事が行われる事となりました。つきましては、現在の高等学科男子寮の三階、四階を仮女子寮とし、男子を二階に集め、この男子寮を合同の寮とする運びとなりました。

 現在三階、四階に住まう男子生徒はそれぞれに部屋の確認を済ませ、荷物を移動して下さい。

 なお、今週の日曜日には清掃業者が入る為、それまでに私物を運び出せていない場合は強制処分する場合もありますので、至急部屋の変更確認を済ませる様に。

 ――学園長』


 二階に住まう俺にとっては痛くも痒くもないお知らせであった。


 しかしこれは何という嬉しいイベントではないだろうか。

 年頃の男女が一つ屋根の下に……!

 ……まぁ、部屋も階も全く違う以上、そこまで喜べるような内容でもないが。


「……マジかよ。女子が来るのか……」

「あぁ、俺達の自由はここまでだな……」


 おやおや、あまり嬉しくなさそうな声が漏れてきている。


「よう、永野。俺達の男子寮ライフは、女子の召使いライフへと変貌しそうだぜ」

「ごめん、誰だ?」


 知らない男子に肩に手を置かれ、そんな声をかけられた。

 まったく。俺にお前みたいなモブキャラの友人はいなかったはずなんだが。


「おま……、隣の部屋に住んでる茅野(かやの)だよ!」

「ああ、確かに茅野(蚊帳の)(外)って感じだ」

「なんだろう、苗字でディスられた気しかしない」


 なかなか良い勘してやがる。


「で、その蚊帳の外くんが何か用ですかね」

「お前隠そうともしないのかよ! それ、俺が密かに気にしてる嫌味なんだからやめろお!」


 喧しい外野くんが何か言ってるが、俺も鬼ではない。

 俺はあくまでもフェミニストなだけで、男子に興味がないだけだ。

 勘違いしないでいただきたい。


「冗談だよ。それで、召使いライフって何だよ?」

「う、うぅ……。いいか、永野。ウチは基本的に女尊男卑。女子が上の階を使うのも、男子禁制にする為の処置だろうさ」

「まぁ、分かるわ」

「女子寮にいる連中は特に、お嬢様が多いんだよ。それこそ、俺達みたいな男子を召使みたいに扱うヤツがな。そんな奴らが来たら、どうなるか。分かるだろ?」


 成る程。つまりは縦ロールの扇子お嬢様が多いって事か。

 オーッホッホッホって言いながら笑う訳だな。

 なにそれ怖い。


「……で、外野くんよ」

「外野!? 蚊帳の外より酷いッ!?」

「素晴らしいリアクションをありがとう。それで、何で嬉しそうな顔してんだ?」

「え、あぁ、うん。お嬢様の召使いなんて、ちょっとそそられるじゃないか……って、あぁっ!? ちょ、ちょっと! そんな冷たい目で下がっていかないで!」


 なんとなく危険な香りがする隣の部屋の住人こと外野くんから離れていく。

 確かに俺は青春を美少女との恋に捧げたい。恋がしたい。青春を謳歌したい。

 そんな俺が、どこぞのお嬢様の召使いなんてそんなの……。


 ……あれっ、悪くないかもしれない。


 いや、落ち着け。

 お嬢様イコール美少女とは限らないじゃないか。

 うん、なしだな。俺にMの素質はないし。











 学園に向かいながら、俺は昨日の雪那さんの横顔を思い出していた。


 あれから寮に帰るまで、俺達はあまり話をする事もなく歩いた。

 俺には気の利いた言葉を言うなんてできなかった。

 経験値が足りない。


「おはよう、悠木くん」

「雪那、さん……」

「ねぇ、悠木くん。その、さん付けをやめてくれるかしら?」

「え?」

「名前にさん付けされるのも、ちょっとむず痒いのよね。それに、皆呼び捨てしあっているじゃない。私だけそんな敬称をつけられるのも、ちょっと仲間外れにされている気がするの」


 だ、だからって名前を呼び捨てなんて、ちょっと……!

 は、恥ずかしいじゃないですか。


「言ってくれないなら、私も永野くんって呼ぶ――」

「――よし、よろしく! 雪那!」


 ………………。


「そ、そう……。そんな食い気味に承諾しなくても……」


 何を仰るのやら。

 美少女から名前を呼ばれるなんてチャンス、不意にしたくはない。

 それに、篠ノ井はやっぱり巧狙いなのは間違いないけど、雪那……は、やっぱりどこか違う気がする。


 名前呼びのノーカンはしばし延期する!

 俺の青春の1ページは刻まれたという事だ!


「……ねぇ、悠木くん」

「ん?」

「悠木くんは、私と篠ノ井さんの事について、聞いておきたいんじゃない?」


 何かを決心したかの様に雪那は俺に向かってそう尋ねてきた。


 確かに、腑に落ちないのは確かだ。

 昨日の一件を見て、改めて俺はそれを知らないのだと気付かされた。


「……確かに、ちょっと篠ノ井とは違うみたいだし、気にはなるよ」

「そう、よね」

「だけどさ。それを俺が知って、雪那はそれでいいのかよ?」

「……それは……できるなら、あまり言いたくはないわ。だけど、この問題に巻き込んだ以上、あなたには知る権利があるわ」

「って事は、義務じゃないんだろ」


 それは俺の本音だ。

 なんとなく、そんな理由から知ってしまってもいい問題じゃない気がする。


「女の子の秘密を知るなら、せめてムードとイベントシーンがないとさ。登校中に知りたいなんて、あんまり思わないしな」

「……悠木くん……。…………クサいわ、そのセリフ」

「うん、言わないで。俺もちょっとそういうキャラやってみたけど、あまりにも似合わなすぎて吐血しそうだったから……!」


 俺は主人公にはなれませんね。




 教室に着いた俺を待っていたのは、どうしようもない程に冷たい視線だった。


「ねぇ、来たわよ」

「あぁ。アイツが篠ノ井さん泣かしたんだろ?」

「私も聞いた。なんか酷い言葉を言っていたとか」


 ……おぉぅ、尾ひれどころか装飾品で着飾っていらっしゃるよ、昨日の出来事。

 女子ネットワークって、何でこう伝達力の早さを発揮するんだろう。


「おい、永野。お前が篠ノ井さんを泣かしたって本気か?」

「ご、誤解です」

「嘘吐き! 見たって言ってたもの!」


 おいぃぃぃ! 見事に追い打ち態勢だな……!


「待って!」


 そこへ登場したのは、篠ノ井だった。










 散々な一日だった。

 あの後、篠ノ井を俺が慰めただけだと告げた。

 俺の弁明は無視されても、篠ノ井の言葉はあっさりと信じてくれる模様。


 なるほど、美少女補正か、これも。

 俺がイケメンだったら信じてくれたりもしたのだろうか。


 クソ、クソー!


 ……とまぁ、俺はなんだかんだで疑いを晴らされた。


 しかし、その後は悲惨なものだった。


 篠ノ井は何か思い詰めたような顔をし続け、何度か俺に声をかけて、すぐに逃げていく。

 ピンポンダッシュを彷彿とさせられた。


 巧は風邪で休んでいるのだが、何にしろ気まずい一日であった。


 とりあえず、勢い良く俺を疑った男子生徒に謝罪請求という名の昼食を奢らせ、さらに追い打ちをかけてきた女子に飲み物を奢らせるだけで許し、暗い一日をなんとか終わらせたという訳である。

 まったく、疑われるなんて災難だ。


「……ねぇ、それって災難だったの?」


 部室で一通りの顛末を教えた所で、そんな言葉をぶつけられるなんて心外だ。


 ……おいおい、雪那さんや。

 まったく、何て言い草だ。

 ちょっと財布に優しい一日だったとは思わなくもないけど。


「それにしても、篠ノ井さん遅いわね」

「まぁ、昨日の今日だから顔を出しにくいとは思うけどな」

「……失礼ね、悠木くん。私が篠ノ井さんを(なじ)ると思ってるの?」


 ………………。


「……ねぇ、何かしらこの沈黙。ちょっと、目を合わせなさいよ。言いたい事があるならはっきりと言いなさいよ……っ!」

「い、いたいいたい! ちょ、顎引っ張るな、この……っ!」


 細い指なのになんとなく柔らかい雪那の指が顎に食い込んだ。

 嬉しい接触です。

 って、爪が食い込んでいらっしゃる気がするんですけど!


 そんな事をやっていると、扉がガラッと開かれた。


 俺と雪那が一斉に振り返る。

 そこに立っていたのは、やはり篠ノ井だ。


「……篠ノ井さん――」

「――ゆっきー、ごめんなさい!」


 雪那の言葉を遮る様に、篠ノ井が謝罪をして頭を下げた。


 まぁ、昨日のは明らかに罵倒だったしな。

 それを謝るって事は、やっぱり思う所があったんだろうなぁ。


 雪那が立ち上がり、篠ノ井の前へと歩み寄った。


「篠ノ井さん、顔をあげて」


 とりあえず波乱は一段落ってとこかな。

 篠ノ井が涙ぐんだ顔で雪那を見上げた。


「……ゆっきー……」


 雪那は篠ノ井の肩に手を置いて、そして笑みを浮かべた。






「貸し一ね」






 雪那の笑みは、実に眩いものだった。

 ビクッと身体を震わせた篠ノ井の姿を、俺はやっぱり見逃さなかった。


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