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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 一章 聖燐祭
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#002 意識の変化

 ――用事がある。

 そんな言葉を言い残して俺の前から逃げていった外野クンであったが、もちろん俺がそのまま逃すはずもない。

 このまま食堂で待っていてやろう。


 そんな事を考えながら食堂で夕食を食べていると、疲労困憊といった様子で帰ってきた雪那がこっちに向かって歩いてきた。


「おう、お疲れ――」

「――ホントに疲れたわ」


 いつもの雪那なら、冷めた様子でそんな言葉を呟いたりもする。

 だが今日は全く違う、吐き捨てるような言葉と共に雪那が机に鞄を置いて椅子に腰掛けた。


「どうした?」

「……ちょっと面倒臭い人がいるのよ」

「面倒臭い?」

「えぇ。今日悠木クンも会ったでしょ?」


 そう言われて思い出したのは、あの鼻を鳴らした男子か。

 俺の事をまるでゴミ虫でも見るかのように睨み付けてきた男だったな。


「あぁー、あのキザそうなヤツか……」

「人を見た目で判断するのは良くないわよ。否定出来ないしその通りだけど」

「おい、それって注意してんのか?」

「今の私には、あんなタイプの人をフォロー出来る程の精神的余裕はないわ」


 いつもの雪那らしからぬ程の辛辣なセリフに、思わず唖然とさせられた。


「……ずいぶんお疲れみたいだな」

「えぇ、本当に。肩が凝るとか気疲れするとか、そういう次元じゃないもの」

「……そっか」


 本格的にお姫様は苛立っていらっしゃるらしい。

 これは下手を言えば俺にまで矛先が来るんじゃないだろうか。


「……何よ」


 触らぬ神に祟りなし、とは言うが。

 触らなくても祟られる事もあるそうです。


「やぁ、お疲れ様、ゆっきー」


 登場した救世主たる水琴のおかげで、雪那からのジト目は回避出来た。

 危ない危ない。

 危うく俺に八つ当たりの嵐でも飛んで来るかと思った。


 水琴に向かって、その男子の愚痴らしきものが語られていく。

 聞けば、雪那と一緒に仕事をする――と言うより、一緒にいるべきなのは自分のような男であるべきだ、と言い始めたらしく。


 そのまま『読書部』の批判やらまで仕事をしながらゴチャゴチャと言われたらしい。


「……なかなか大変だね、ゆっきー」

「もーー! 水琴さんまで何でそんなに他人事みたいに!」


 おぉ、珍しく雪那が癇癪を起こしかけた。

 少し肩で息をした後で、雪那は周囲から視線を受けて我に返ったらしく、一つ息を吐いて長い髪を耳にかけて落ち着いてみせた。


「……とにかく。あの人は私達が気に喰わないみたいよ」

「……それってむしろ、ゆっきーが付き合っている連中が気に喰わないってだけなんじゃないかなー」

「何よそれ。赤の他人にそんなこと言われる筋合いないわ」


 水琴が言わんとしている言葉も、なんとなく俺には分かる。

 要するに、そいつは雪那と一緒にいたくて嫉妬しているってところだろう。


「イライラし過ぎて食欲失せたわ。部屋に戻るわね」

「おう」


 まだ少し苛立った様子ではあったものの、雪那はそれだけ言い残して椅子から腰をあげた。


「……やれやれ、鈍いというか純粋というか……」

「……だねぇ。でも、それを悠木クンが言うのはどうかと思うけどねー」

「俺? 俺は別に鈍くはねぇだろ」

「……さぁ、どうだろうねー」


 ニヤニヤと笑いながら告げる水琴だが、何を言っているのか俺にはさっぱりだ。

 少なくとも俺は巧もどきではないはずだ。


「あ」


 何かを言いたげな水琴であったが、俺はそんな水琴ではなく、視線の先に獲物を見つけてロックオンしていた。

 外野クンがキョロキョロと周囲を見回しながら姿を現し、俺とは目を合わさずに安堵の様子で溜息を吐いている。


 俺がいないとでも思ったのか。


「水琴、俺も先に戻るわ」

「あぁ、うん。了解ー」


 水琴にそれだけ言い残して、俺は席を立って外野クンに近付いていく。


「……ま、私達の中で一番鈍いのは、ある意味じゃ悠木クンなんだろうけどねぇ」


 そんな言葉を呟いている水琴の声など、聞こえるはずもなかった。


 一方で俺は、安堵した様子でカウンターに向かう外野クンに近づいて、そっと肩に手を置いた。


「茅野クン、誰がいなくてほっとしてるのかな?」

「ひっ!?」


 背後からこっそりと外野クンに近付いて声をかけると、まるで心霊現象を目の当たりにしたかのように上ずった声をあげられた。

 やはり俺を避けようとしたらしい。


「な、永野、いたんだね……」

「おう。俺がいなくてほっとしたのかもしれないが、残念だったな」

「そ、そんな事ないよ……」

「おい、目を逸らしながら言っても説得力ないぞ。そんな事より茅野クン、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」


 問い詰める俺の前で、外野クンが何かを諦めたかのように溜息を吐いた。


「……分かったよ。でも、さすがにここじゃ……」

「んじゃ俺の部屋で良いだろ。飯食ったら来いよ」

「……うん」


 ……なんだろう、この空気。

 まるで俺がいじめられっ子を呼び出しているみたいじゃないか。


「なぁ、茅野クン。別にからかったり脅すつもりで言ってる訳じゃないぞ、俺も。ただ水琴がちょっと怖がってるからな。少し話を聞きたいだけだ」

「こ、怖がってる……?」


 意外だと言わんばかりに驚いた様子で、俺に視線を向けた茅野クンが尋ね返してきた。


「あぁ。まぁそういう部分もあるから、ここじゃ話しにくいんだよ。とりあえず飯食ったら部屋に来いって」

「……あぁ、分かったよ」


 ようやく納得してくれたらしい外野クンに、それじゃと告げて俺も部屋に戻って行く。


 外野クンが水琴に怪文書――もとい、手紙を出した張本人であることは間違いない。

 まぁ、その結果が最悪に繋がりつつあるだけで。

 とにかく、詳しい話を聞いてみないとな。











「お、お邪魔します」

「おう」


 部屋で軽く勉強していると、外野クンがようやく部屋へとやって来た。

 やはり緊張しているらしい。

 取り調べを受ける容疑者のような心境だろうか。


 机の近くにあった椅子に座るように告げて、俺もベッドに腰を下ろす。

 飲み物でも出そうかと思ったが、スポーツドリンクのペットボトルを持ってきていたので必要なさそうだ。


「さて、茅野クン。とりあえず聞かせてもらおうか。どうしてあんな怪文書を書いたのか」

「……え?」

「え?」

「いや、あの、ラブレターのこと、だよな?」

「あぁ、そうだけど」

「あれ、別に俺が書いた訳じゃないんだけど……」

「……は?」


 どういうことだ。

 あれだけの反応を見せておきながら、書いたのは外野クンじゃない、だと?


「……てっきり、俺は茅野クンが書いたのかと思ってたが。さっきも廊下で朗読しようとしたら慌ててただろ?」

「な、内容までは知らないけど、なんかの詩集を参考にして書いたとは聞いてたから。だから下手に騒がれても困るし」

「……なるほどな。つまり外野クンはその犯人を知ってる訳だ」

「ツッコミどころが満載だよ、永野……っ! 俺の名前とか、ラブレターの差出人を犯人扱いとか……!」

「おっと、つい本音が」

「本音で俺のこと外野って呼ぶなよ! 全国の茅野さんに謝れよ!」


 なかなかのツッコミぶりだ。

 感心した俺の前で、勢いの良いツッコミから外野クンが落ち着こうと深呼吸した。


「……でも、俺が、その、……兼末さんを好きだっていうのは間違ってないんだ」


 …………は?


「いや、だってお前、水琴にその怪文書送るの手伝ったんだろ?」

「つ、机に入れてくれって頼まれたんだよ……。でも断ったりしたら、俺が兼末さんのことが好きだってバレちゃうし……」


 まぁ、そりゃそうだろうな……。


 怪文書の差出人と茅野クンは友達関係なのかもしれないが、同じ人を好きになったなんて言えるはずもない。

 正直、瑠衣と篠ノ井なんかはレアケースだ。

 頼まれた外野クンは、きっと複雑な心境だったんだろう。


 確かに、内容を思い返せば外野クンとは少し一致しない。

 学園生活が始まらなくても、寮にいれば水琴を見かける事は出来るはずだ。

 怪文書の内容では確か、学園生活が始まって水琴を見かけられるようになる、とか書かれていたはずだ。


「俺だって断りたかったよ。ホントは、この二学期から『読書部』に入るつもりだったんだ」

「なんだ、入れば良いだろ?」

「出来ないって。アイツが兼末さんの事が好きだって知ったのは、そのラブレターを送った当日で……。今から『読書部』に入っても……」


 横取りを企んでいるように見られる可能性がある。

 そう外野クンは考えたんだろうか。


 間を取り持つような言葉を並べてみても、そう言ってしまったら外野クンは水琴に対して近付いたりも出来ない。

 苦しくなるだけだ。


「……じゃあ、諦めんのか?」


 俺の問いかけに外野クンは俯いたまま、何も答えようとはしなかった。

 しばしの沈黙から、外野クンが顔をあげた。


「諦められないよ……。お前だって、もし櫻さんにそんな気持ちを寄せてる相手がいたら、諦めたりしないだろ?」

「雪那、に?」

「だって、永野は櫻さんのこと、好きなんだろ?」

「……俺は……」


 ――俺は、どうなんだろうか。


 雪那に対して、特別な感情を抱いているんだろうか。

 正直、それがハッキリとはしていない。


 確かに雪那は美少女だ。

 男として、惹かれるものがない訳じゃない。

 あんな美少女と付き合いたいとか思ったりもしたし、名前で呼ばれて有頂天になってみたりもした。


 最近じゃそれが当たり前になっていたけど。


 あの7年前の夏を、沙那姉と雪那との過去を清算したと言っても、付き合うとか好きとか、そういった意識はした事はないのかもしれない。


 俺が、雪那を好きになってる……?

 そう考えただけで、やたらと心臓の鼓動が速く脈打ち、顔が熱くなる気がした。


「……そう、かもしれないな」

「だろ? どうすれば良いんだろう、俺……」


 どうすれば良いんだろう、か。


 それは多分、俺の心境と酷く似ていると思うぞ。


次話 5/29 18時

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