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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 一章 聖燐祭
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#001 実行委員と怪文書

 二学期に行われる『聖燐祭』というのは基本的には学園祭のそれである。


 だが、この学園は敷地も十分過ぎる程に広く、エスカレーター式であるが故に様々な学部の生徒達も入り浸る。

 エスカレーター式に上がる大学部なんかも良い例ではあるのだが、そちらでも今度の『聖燐祭』は催しが行われる事になる。


 何が言いたいのかと言うと、それだけ大掛かりな祭りであるという事だ。


 さて、そんな大掛かりな祭りであるからこそ、実行委員会というのは忙殺される。

 大学部と高等部による共催という形にはなるのだが、基本的な露店の位置や通路の管理などは高等部実行委員が全て掌握し、整備しなくてはならない。


 改めて言おう。

 今度行われる『聖燐祭』は、基本的には(・・・・・)学園祭のそれである。

 ただし、規模が普通の高校のそれとは大いに異なるが、だ。


 俺のような、基本的にダラけていたい無気力系男子はそういった立場には入るべきではなく、そうした取り仕切る立場に立つべき人間ではないだろう。


 テストの結果、俺は『立候補権限』を有するクラスの上位5名に名を連ねたが、早々に辞退する所存である。


「――では、今年の実行委員会は田川クンと宮川さんに決定です」


 この時、俺は辞退した自分が正しい判断をしたと思っていた。

 その結果を後に後悔することなど、露とも知らずに。






 相変わらずの暑い学校内。


 季節は移ろうこともなく、まるで迷惑な客人のように居座り続けていた。

 夏は嫌いではないが、二学期が始まった途端に暑さが嫌いになるのは何故だろうか。


 ともあれ、俺は放課後の学園内を部室に向かって歩いて行こうと立ち上がり、廊下を歩いていた。


「あ、悠木クン」


「おう、雪那」


 廊下で声をかけられて振り返った俺の視線の先には、相変わらずの半袖のブラウス姿の雪那が立っていた。


「私、今日から部活にあまり出られなくなりそうなのよね」


「ん、なんか忙しいのか?」


「えぇ。実行委員に任命されちゃって……」


「……は?」


 雪那の口から紡がれた言葉に、つい情けない声で反応してしまった。


 聞けば、どうやら雪那のクラスで行われたテストで、女子で上位に入ったのは雪那とレイカの二人であったそうだ。

 当然、レイカは生徒会長であり、実行委員会の仕事にまで携われる訳もない。


 本来女子の上位5名と男子の上位5名から選出される実行委員ではあるが、何故か雪那のクラスでは立候補者がいないまま、順位が一番上であった雪那が任命される形になったそうだ。


 雪那としても特に断る理由がなく、引き受ける形になったそうだ。


「悠木クン、実行委員はやっぱり辞退したの?」


「あぁ、まぁな。というか雪那も辞退するって言ってなかったっけ?」


「そのつもりだったけど、立候補者が一人もいないなんて思いもしなかったわ……。そのせいで成績上位にいる私が任命されるなんて、予想だにしてなかったわよ……」


「……なんというか、災難だな、そりゃ」


「櫻さん」


 廊下で話し込んでいた俺と雪那の会話に割って入るように、一人の男子が声をかけてきた。

 一瞬俺を睨むような感じで見てきた気がしたが、俺が視線を向けるとさっと俺から視線を逸し、雪那を見つめた。


 そういうの、バレてないと思ってるんだろうか。


「実行委員の召集があるよ。行こう」


「えぇ、分かってるわ」


 わざわざ気障ったらしい態度で雪那に手を差し伸べた男の手を一瞥して、雪那は特に気にする様子も見せずに短く答えた。


「じゃあ悠木クン、夜に連絡するわね」


「ん、了解。がんばれよ」


 雪那にそれじゃあと告げられて、俺は雪那を見送った。

 その横で、雪那に声をかけてきた男に今度は正面から睨まれたような気がした。


「……フン」


 鼻を鳴らして俺に背中を向ける男を見て、俺は思う。

 実際にいるんだな、あんなヤツ。


 勢い良く鼻を鳴らすついでに鼻くそでも飛ばして恥をかくという呪いをかけておきたい。


 何故敵対視されているのか定かじゃないが、とにかく。

 俺は部室に向かって歩いて行く事にしたのであった。










「待ってたよ、悠木クン!」

「お、おう」


 部室について開口一番、迫ってきた水琴に思わず後退った。

 部室にいるのは巧と篠ノ井、それに瑠衣と水琴だ。


 そして机の上には例の怪文書が置かれている。


 しまった、まだ外野クンに協力を頼んでなかったな。


「ぷ、ぷふっ、酔ってる、酔ってるです、この人……っ!」

「うわ~……、いくら何でもこれは……」


 水琴に送られてきた例の怪文書を見て、瑠衣と篠ノ井の二人が酷いリアクションを返している。


「おいお前ら。あまり人の恋文を見て笑うというのは人としてどうかと思うぞ」

「悠木先輩、だったら音読してくだ――」

「――断る」

「早いですっ! やっぱり悠木先輩も笑うんじゃないですかっ!」

「バカ言うんじゃねぇ。そんなモン音読してたら鳥肌がそのまま湿疹に変わって長期に渡って苦しみかねないだろうが」


 …………。


「ゆ、悠木先輩に否定されるのだけは心外です」

「うん、そこまで言ってないのに……」


 女子二人から冷めた視線で睨まれました。


「それで悠木クン。いつになったら協力頼んでくれるのかなー……?」

「あぁ、悪いな。ちょっとバタバタしてたもんで、そのポエミーな怪文書の件をすっかり忘れてた」

「それってもしかして、面倒臭いし面白いからそのままでも良いかな、とか思ってたり……ねぇ悠木クン、ちょっとこっち向いてよ、ねぇ」

「や、やめろ……! 別に新シリーズがちょっと見てみたいとか思ったりはしてないぞ……!」


 水琴に突かれながら、俺は改めて嘆息した。


 確かに怪文書の続きが見たいのは否定しないが、やはり気味悪さはあるだろう。

 気持ち悪いとまでは言わないが、それでも名前もないというのは些か気味が悪い。


 怪文書を手に取り、改めて目を通し……そっと封筒に包んで机に置いた。


「……んんっ、水琴、やはり急ぐべきだな、これは。どう見たって犯罪者一歩手前だとしか思えない」

「っ!? 悠木先輩の言葉がやっぱり誰よりも失礼です!」

「そこまでするとは思っていなかった、なんて言い訳で犯人を見逃す国家権力と俺を一緒にするな」


 つい最近、ニュースでそんな報道があった気がする。

 まぁ冗談ではあるんだが、当の被害者――もとい、受取人である水琴は笑顔が引き攣っている。


 本格的に調べるべきだろうな。

 今夜あたり、外野クンの部屋にでも行って……。


 ……あれ、外野クンって寮の何処に住んでたんだっけか……。


「とりあえず、俺の方から当たってみるよ。今夜食堂にいりゃ顔出すだろ」

「……うん、なんかごめんねー」

「まぁ、気にすんな」


 苦笑を浮かべながら謝ってくる水琴だが、やっぱり怖いんだろうか。

 両手で自分の身体を掻き抱くように、自分の肘に手を当てていた。


 胸を強調しているように見える気もするが、この状況でそんな事に注視するような男ではない。


「……ゆずさんゆずさん、悠木先輩、今水琴先輩の胸見てたですよ」

「悠木クン、そういう趣味があったんだね……」

「おい巧。そこの二人の不埒な発言は、全てお前の監督不行として見なすからな。俺までお前みたいに胸フェチだと思われた汚名を被るのはごめんだ」

「何で俺っ!? というか、さりげなく俺が胸フェチみたいな言い方するなよな!」


 一人で笑っていた巧を巻き込んでおいた。

 バカめ、蚊帳の外で自分だけ逃げていられるなんて思うなよ。


 瑠衣と篠ノ井からの冷たい視線に晒されて、巧も一生懸命弁解していた。

 






◆ ◆ ◆






 結局、部活はいつも通りの平常運転で終わった。

 帰り際に雪那にメールを送ってみたんだが、返事はなかった。


 どうやら実行委員会の顔合わせで忙しいらしく、しばらく待ってみたものの俺と水琴が諦めて寮へと帰り始め、もうすぐ寮へ着く頃になってようやく返事が返ってきた程だった。

 しかも、未だ帰れないそうだ。

 やはりかなり忙しいらしい。


 帰り際に改めて水琴に釘を刺され、俺は寮の自室へと戻った。


 確か外野クンは俺の部屋の……近くの部屋だったはず。

 だが寮には表札なんてものもなく、ハッキリしていない。


 どうせ夕食の時間になれば、食堂で顔を合わせるだろう。

 隣の部屋はいつも静かだし、誰も住んでいないはずだ。

 外野クンの部屋なんて知るはずもなかった。




 夕食の時間になって、部屋着というラフな格好になって部屋から出ると同時に、ちょうど隣の部屋のドアが開いた。

 そこから出てきたのは、外野クンだ。


「あ、よう、永野」

「不法侵入は良くないぞ」

「……ねぇ永野って俺のことからかって遊んでるんだよな? そうだよな?」


 何故か確認を求めてきたが、別にからかって遊んでる訳じゃない。

 そう告げると、外野クンは哀愁漂う様子で涙を浮かべた。


「冗談だよ。からかってるだけだ」

「そ、そう、だよな……?」


 今更本気だったとは言いにくい。

 そういえば、隣の部屋だっていつだったか聞いた気がする。


 それはともかく、遭遇したついでに怪文書の件を持ちだしてみた。


「水琴――っていうか、兼末って分かるか? 多分茅野クンと同じクラスだと思うんだが」

「え、あ、うん。もちろん分かるけど……」

「その水琴に、怪文書が送られてきたんだよ」

「かい、ぶんしょ?」

「あぁ、怪文書だ」

「そ、それってどういう……?」


 その反応は、何やら気まずそうなものだ。

 一体何が気まずいのだろうか。


 例のラブレターの件について茅野クンに説明する。

 とりあえず、俺の説明を呆然としている茅野クンはあまり把握している様子はない。


 ……おかしいな。

 俺の予想では恐らく、茅野クンが何かしらを知っているタイプだと思ったんだが。


「しょうがない。じゃあ内容をこのまま憶えている範囲を朗読――」

「――あぁッ! 俺ちょっと用事があったんだ! ご、ごめん、永野!」


 それだけ言い残して茅野クンは慌てて自分の部屋に戻って行った。


 ……これは、もしやアレか。


 華流院さんという人がいながらも、水琴に対して好意を抱いている、と。

 それはつまり、浮気か何かのようなものか。


 とりあえず外野クンはクロの可能性がある。


 これは詳しく聞いてみる必要がありそうだ。

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