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#001 もう一つの『再会』

お待たせして申し訳ありません。

第三部、プロローグ開始します。

 ――長い夏休みが明けて、俺達の学園生活も二学期へと突入した。


 俺にとっては実に色々な事があった夏休みだ。

 もちろん、良いこと、悪いこと全てを含めてではあるが。


「へぇ、じゃあ篠ノ井の家に遊びに行ったってことか?」

「えぇ、そうなるわね。宿題という名目だったけれど、おかげで最終日――昨日までかかったわ、彼女の宿題は」


 始業式の朝。

 俺は雪那から夏休みの最後の数日間について世間話を繰り広げながら朝食を食べていた。


 せっかくの夏休みの最後を他人の宿題に追われて終わる。

 そんな理不尽を初めて目の当たりにしたのだろうか。

 雪那はどこか不機嫌そうに夏休みについてそう報告していた。


 そんな雪那の横には、顔が青い水琴の姿が。


「……だめだ、一日じゃ昼夜逆転はそう簡単には戻らないよ~……」


 その一言に、俺と雪那は苦笑する。


 どうやら水琴は、昨日まで昼前に寝て夜に起きるという生活にどっぷりとはまっていたらしい。

 おかげで今、俺の目の前で制服姿でぐったりしている。


「宿題、なんとかなったんだろ?」

「……フフフ、ここで勉強していれば誰か見かねて助けてくれると思ってね。そしたらやっぱり、……えっと、何て人だっけ。男子でちょっと痛い頭してた人」

「あぁ、外野クンね」

「……ん、確かそんな名前だったかなー。そんな名前の彼が声をかけてくれて、手伝ってくれたんだよー」


 あははと笑いながら告げる水琴。


 ちなみに、今外野クンねと告げたのは俺じゃない。雪那だ。

 俺があまりに外野外野と呼ぶからついに定着してしまったらしい。


「そういえば悠木クン、あの張り紙見た?」

「張り紙?」

「あれよ」


 サラダを食べ終えた雪那がちらりと視線で促した先にあったのは、夏休み中に決まった新生徒会長の張り紙だ。


 ウチの学園――聖燐学園じゃ、生徒会はウェブページを開いて生徒投票を行う決まりになっている。

 洋風で歴史ある学園ではあるが、こういう所まで近代化している。

 ちょっと違和感があると感じたのは俺だけじゃなかったはずだ。


 雪那に言われ、俺は食器を下げがてらに張り紙の前で足を止めた。


『新生徒会長 2年A組 美堂 レイカ』


「……美堂レイカ。確かあのパーティーであったハーフだかなんだかって子だっけか」

「えぇ、その通りよ」


 後ろから俺と一緒にやって来ていた雪那が返事を返した。

 しかしその声は何故だかずいぶんと不機嫌そうだとでも言うべきか、なんだか刺がある空気を放っていらっしゃる。


「……雪那さんや、どうしてそんなに怒っているのかね?」

「別に怒ってなんていないわ」


 …………。


「いや、どう考えてもそれ怒ってるって言うんだぜ……って、何でもない。何でもないから呪い殺す勢いで俺を睨みつけないでください」


 そっぽを向いていた雪那に睨まれ、俺は言及することを諦めたのであった。












 夏休みは楽しかったですか。

 これから二学期になり、進路が大事になってきます。

 皆さん頑張りましょう。


 ――要約すると、これが始業式となった今日一日の教師達の全ての言葉だ。


 何かとつけて現実を突き付ける教師の言葉にげんなりしたのは、きっと俺だけじゃない。


 そんな、どこの学校でも何ら代わり映えしないであろう一日を過ごした俺と巧、それに篠ノ井の3人は、で久しぶりに『読書部』の部室へと向かっていた。


 しかしその空気は、何だか以前のそれとはまったく違っていた。


「ねぇ、悠木クン。悠木クンは進路どうするの?」

「俺? 俺は今はまだそこまで決めてねぇけど。まぁ希望はあるっちゃあるんだが」

「へー、やっぱり有名大学狙ってたりするの?」

「どうだろうな。巧はどうするんだ?」

「俺はとりあえず、父さん達と同じような道を歩こうかなって思ってるよ」

「へぇ、じゃあ篠ノ井は?」

「私は女子大探してるんだよねー」


 何気ない、普通の。

 特にこれといって引っかかる節すらない、そんな会話。


 だけど俺には、妙に気味の悪い違和感を覚えた。

 篠ノ井と巧の関係が少しだけ変わっていた。


 それはきっと、あの夏休みの中盤あたりにあったゴタゴタが原因だろう。

 思えば、今日も篠ノ井と巧は別々に登校してきていたし、やっぱり変化はあったのだろうか。


 それはつまり、俺がゴタゴタに巻き込まれる可能性がなくなるって事で。

 それはつまり、俺にとっては嬉しい方向に進んでいる訳で。


 ――なのに、変わってしまった事に一抹の寂しさを感じてしまうのは、あまりにも自分勝手なんだろうか。


 嬉しいような、少し寂しいような。そんな複雑な心境で、俺は二人と会話していた。


「おはようございます!」

「おぉう、なんだそのテンション」

「えへへ、なんか久しぶりだから張り切ってみたのですよ」


 部室へとやって来た俺達より先に、瑠衣が『読書部』の部室に座っていた。


 まだ夏の盛も消えていないこの時期だ。走ったのはその肌に張り付いたワイシャツから見て取れる。

 巧より後に部室に入るのが、あまりにも気まずいものだったんだろう。


「……悠木先輩、人のワイシャツじっと見て固まって、どうしたです?」

「いや、汗で透ける時期っていうのはアレだよな、大事だよな……いや、冗談だ。そういうドン引きの視線送るぐらいならいっそ罵ってくれた方が有り難い」

「へ、変態発言です! 悠木先輩はやっぱり変態なのですよ!」

「男の子だもの」

「何を意味の解らない悟りの境地みたいなセリフ吐いてやがるですかっ!」


 ギャーギャーと騒ぎながら、なんとなく今まで通りの空気にほっと息を吐きつつ、俺はいつも通りの窓際の椅子へと腰掛けた。


 篠ノ井と巧もいつも通りの位置に座り、夏休みの前と同じような空気になったところで、雪那がやってきた。


「よう、雪那……って、何で美堂さんまで?」


 部室に入ってきた雪那へと声をかけようと顔をあげると、雪那は明らかに虫の居所が悪そうにむすっと口先を尖らせ、その後ろから笑顔でこちらに手を小さく振っている美堂さんが立っていた。


 ワイシャツにアッシュカラーのロングヘアーが似合う美堂さんは、笑顔からすっと真剣な表情に顔を引き締めると、雪那を伴って部室の中へと足を踏み入れた。


「じゃあ、そういう事だから。雪那さん、よろしくね」

「……分かったわ」

「ユーキ、生徒会新会長として各部を視察に来ているの。ちょっと案内してもらって良いかしら?」

「はい喜ん……謹んでお受け致します」


 美堂さんに言われていつも通りの返事をしようとした瞬間、雪那に殺されそうな視線で睨まれ、軌道修正を果たす。

 やはり美堂さんと雪那の間には、何か確執めいたものがあるのかもしれない。


 雪那が巧達に部の視察で美堂さんがやって来たのだと説明を開始している姿を背に、俺と美堂さんは本棚に向かって奥へと進んで行く。


 その先で、美堂さんが俺に向かって唐突に振り返った。


「こうして本がいっぱいある所で会うと、ずいぶん懐かしい気分にならない?」

「……? 何が?」

「ふーん、憶えてないんだね、ユーキは」

「いや、憶えてないも何も――」

「――あ、何この『脳内相関図』って」

「おい馬鹿やめろ! それは禁忌だ! お嬢様が見ていいものじゃない!」

「あら、この学園はもともとお嬢様学園、でしょう? だったら別に良いじゃない」


 後ろ手にノートを取って笑顔を向ける美堂さんが、俺に向かってそんな事を告げてきた。

 こうするとワイシャツだと胸が強調されるので、俺としては非常に有り難い光景ではあるのだが、あれを見せて変な部だと思われても困るのだ。


「あのなぁ。こういう部だから、ちょっとした危険な趣向というのもあってな。少なくとも美堂さんが見るような――」

「――レイカ」

「は?」

「ねぇ、ユーキ。私、レイカよ」


 何をいきなり自己紹介してやがるんだ。

 そんなことを考えた次の瞬間、古い記憶が今の光景に蘇った。


「……ッ、おい……。お前、ホントにあの外人レイカか……?」

「相変わらず酷い言い方するのね。まぁあの頃は美堂の苗字じゃなかったから、気付かないのも無理はないと思うけれどね」


 彼女は笑った。




 あの夏の終わりに出会った、もう一人の少女。




 ――外人レイカと勝手にアダ名をつけた、7年前の夏の終わりに出会った一人の少女の姿を、今の姿に重ねて。

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