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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
幕間 夏の終わりと恋と悩みと
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幕間 雪那の夏休み




 例えば私達が、小さい頃に両親のことで仲違いにならなかったなら。

 あの夏、悠木クンが『日和祭り』の日にお姉ちゃんに裏切られ、傷つくことがなかったなら。

 私達はもしかしたら、こうして再会することはなかったんじゃないか。

 つい、そんなことを考えてしまう。


 理由は簡単。

 今日私は、初めてゆず――と呼ぶのはまだ慣れないからゆずちゃんと呼ばせてもらうけど――の家へと向かって歩いているから。


 けたたましく鳴き声を奏でる蝉達と、目も眩むような眩しい陽射しに晒されながら、私は空を見上げた。


 季節は移ろいつつあるというのに、まだまだ夏は終わらない。

 けれど、8月の終わりを迎えようとしているこの時期になると、酷く物悲しい気分になるのは何故だろう。


 これまでの夏とは違う、色々なことが起こった夏を終えようとしているのに、私の胸の中に空いた空虚な感覚は去年とさほど変わっていなかった。


 それはきっと、『日和祭り』を一緒に迎えられなかったという心残りが、確実に私の胸の内にしこりとなって残っているから、かしら。


 自己分析を終えて、私はついに眼前にある篠ノ井の表札がかかった一軒家へと視線を移した。


 ――この一件向こう側の家は来たことがある。

 あの鈍感な少年――風宮クンの家。


 あの時、一度勉強を教えに来た時も素通りしただけで心臓が締め付けられる想いをしたものだけど、今回はもっとおかしな気分。

 締め付けられるような、それでいて力が入らなくなるような。

 なんとも言い難い緊張感。


 こういう時、携帯電話というものが普及していて良かったと思う。


 チャイムを鳴らしてゆず以外の、彼女の母親が出て来たら、私にはどんな顔をすれば良いのか見当もつかないから。


「いらっしゃーい。誰もいないから遠慮しなくて良いよ。あがってあがって」


 到着したという旨を伝えたメッセージを送って間もなく、ゆずが家の扉を開けて出迎えてくれた。


「ねぇ、やっぱり他の場所にしない?」

「あ、やっぱり気になっちゃう、よね?」

「……強がって否定したいところではあるのだけど、そうね。否定しても嘘にしかならないわね」


 やっぱり私が気にすることぐらい、想像ついたらしい。

 それでもわざわざ私をここへ呼んで、こうして素直に居辛いと告げてもゆずは「うーん」と唸って移動するという提案に渋面で唸っていた。


「実はね、お母さんもゆっきーに会いたいんだって。あ、でも勘違いしちゃだめだよ。ゆっきーが大きくなった姿を一目見たいって言ってただけだから。別にお父さんのことを責めたりとか、そういう気持ちはないって言ってたから」


 私は複雑な心境でそんなゆずの言葉を聞いていた。

 ある意味、最悪の予想が当たったのだと言えた。


 正直に言えば、どうして私が会わなくちゃいけないって思ってしまう。


 大人同士の問題であって、ゆずには口が裂けても言えないけれど、過去の話。

 私やゆずがどうのこうの言える問題じゃないし、関係ないと言えば嘘になるけれど当事者ではないのだから。


 私をクッションにして、お父さんとお母さんと会う、とか。

 そういうことを考えているんだとしたら。


 利用されても迷惑かも、なんて。


 ……ううん、別にそんなことは思ったりはしない。

 むしろ、そうすることで妙なわだかまりが消えてくれるのなら、私は進んでその役目を引き受ける程度の覚悟は出来ている。


 お父さんとお母さんから、ゆずのお母さんの話は聞いている。

 あれからもう7年。

 お母さんが今でも時折連絡を取り合っているみたいだから。


 だからそれが必要なら、私はそれを受け入れるべきなんだとは思う。


 そうやって自分の逃げ道を自分で塞ぎながら、私はゆずの言葉に頷いて中へと進んだ。


「お邪魔します」


 家の中へ入ると、玄関の正面の横手にあった扉からゆずのお母さんが顔を見せてきた。

 その表情はやっぱり少し苦い笑みを浮かべているように見えてしまうのは、私が一方的にそう見てしまっているからなのかもしれない。


「久しぶりね、ゆきちゃん。大きくなって、美人になったわね」

「……お久しぶりです」


 こういう時、何て言えば良いのか解らずについ無口になってしまう。

 そのせいで少しだけ困ったような顔をさせてしまったけれど、大目に見て欲しい。

 私はお姉ちゃんと違って、あまり社交辞令に対して耐性を持っている訳じゃないし。


 微妙な沈黙が流れかけて、おばさんがパンと小気味良い音を奏でながら両手を合わせた。


「ねぇ、ゆきちゃん。ケーキ好きかしら?」

「ケーキ、ですか? えぇ、嫌いではありませんけれど……」

「良かった。ゆず、ちょっと買い物お願いして良い?」

「へ? 私? でも……」


 チラっとこっちを見るゆずに、とりあえず頷いて答える。


 きっと何か話したいことがあるのかもしれない。

 私だって気まずさは感じるけれど、こうもあからさまに二人きりにしてくれとアピールされると、それを無下にするのはどうかと思っちゃう訳で。


「……うん、分かった。じゃあいつもので良い?」

「えぇ、お願いね」

「ゆっきー、ちょっとごめんね。行って来るね」

「分かったわ」


 ゆずを見送って、私はおばさんに案内されてリビングへと足を踏み入れた。


 洋間のリビングルームにはソファーとテーブルが置かれているけれど、さすがに仏壇は別の部屋みたいだった。


 もしも仏壇があったなら……、私は手を合わせたりするのかな。

 そこはきっと、礼儀としてはするのかもしれないけれど、あまり私がするのもどうかと思う。なくて良かったかもしれない。


「外、暑かったでしょう? 冷たい麦茶で良いかしら?」

「有難うございます、いただきます」


 おばさんに促されて椅子に腰かけ、私はグラスに注がれた麦茶を受け取った。


「ごめんなさいね、ちょっとあからさま過ぎたかしら?」

「二人きりになりたい、というのは解りましたけれど……。どうしたんですか?」


 つい口調に刺のある言い方をしてしまう。

 身構えた私の悪い癖だ。


「あぁ、そうね。えっと、昔のことを口にするつもりはないの」

「……え?」


 斜に構えた私の態度に、おばさんはあっさりとした調子でそう告げた。


「ゆずとゆきちゃん、今は同じ部活にいるのよね? そこにたっくん――じゃなかった、巧クンもいるんだったかしら?」

「えっと、風宮クンでしたらいますけど……」

「そうよね。それであの二人、最近ケンカでもしたのか知らないかしら?」

「……はぁ……?」


 私が想像していた内容とはまったく、これっぽっちも関係していない内容で驚かされた。


 おばさん曰く。


 風宮クンとゆずはいつも夕飯を一緒にしたり、毎日ゆずが入り浸っているらしい。

 とは言っても、おばさんが家にいる時はあまりそれもないみたいだけど。


 なのにこの一週間。

 つまり、あの『日和祭り』から一週間ちょっとが過ぎて、ゆずが毎日家にいるらしい。

 風宮クンの家には顔も出していないみたい。


 それを心配する母親っていうのも少し違和感があるけれど、おばさんにとって風宮クンはもともと息子のようなものらしくて、ゆずと一緒になって欲しいというのが本音だそうだ。

 そんな、まるで義理の息子と娘の自慢みたいな過去話を散々聞かされている内に、やっぱりゆずはこの人の娘なんだと実感した。


 ……なんというか、暴走ぶりが似てる気がする。


「だからね、ゆきちゃん。私気になっちゃってるのよねー。何か知らないかしら?」


 悠木クンから、あの二人の話は聞いている。

 だけど私はそれをいちいち報告して良いものか迷ってしまう。


 つい言葉を選んで沈黙してしまった私に、おばさんは小さく溜息を漏らすと、笑みを浮かべた。


「言いたくなかったら言わなくて良いのよ?」

「え?」

「私もね、別に全部知らなきゃ気が済まないって訳じゃないの。ただちょっと気になったのよね。でも、ゆきちゃんが言わないでいてくれて良かったって、少しだけそう思うわ。だって、それはきっとゆず達のことをちゃんと考えてくれたからでしょう?」

「……それは、簡単に言っちゃいけないと思って」

「うん、それで十分よ。もともとね、ゆずは少し……、あの一件以来気持ちを塞いでしまった部分があったの。だから、もしかしたらゆきちゃんにもそういう節があるのかもしれないって思ったけれど、私の杞憂だったみたいで安心したわ」

「私に、ですか?」

「えぇ。恨んでいるんじゃないかなって。日和町を出て行かせてしまった訳だし、ね」


 悪く言えば、試されたのかもしれない。

 でも別に嫌な気分じゃなかった。


「恨んでなんていません。こうして自分で戻ってきて、今はもう色々と乗り越えられたと思っていますから」

「……そう。良かったわ」


 私はそんなおばさんの言葉にむしろ、罪悪感を感じてしまう。


 斜に構えていた私を、この人は心配してくれていたみたい。

 被害者とか加害者とかじゃなくて。

 大人として、娘の友達として。


 そんな相手に、自分を利用する為に呼び出したんだと内心ではそう決め付けていた自分が、あまりにも狭量な人間だと実感させられた気分だった。







 




 その後、私とおばさんは他愛もない学園生活についての話を続けている内にゆずが帰ってきた。


 自転車で汗ばんだ身体をウェットシートで拭いて、クーラーの前を陣取ったゆず。

 容赦なく勉強の開始を促して、私達は早速夏休みの宿題と復習に取り掛かった。


 ――けど、それも長続きはしなかった。


 私とゆずの勉強は、ゆずの集中力の欠落とケーキの誘惑に負け、女子会に発展してしまった。

 おばさんは昼から仕事だそうで、私達はそのまま二人きりでゆずの家で話し込んでいた。


 私達はケーキをつつきながら、内容は風宮クンと何があったのか、という話に及んだ。


「――だから、私も巧とはちょっと距離を置こうと思ったの」

「そう」

「……それだけ?」

「……? えぇ、それだけだけど。どうして?」


 私の淡白な反応に疑問をぶつけるゆず。

 もうちょっと面白い反応でもすれば良かったのかしら。


「だって、私と巧って、その、二人で一セットみたいに見えると思ってたから……。だから驚いたりするのかなって思ってたけど……」

「あぁ、そういうことね。実は悠木クンから簡単にだけど聞いていたのよね」

「悠木クンから?」

「えぇ。二人の間で何かがあって、距離を置くようになったって。だから、特に驚く事でもないわね」

「あ、そっか。悠木クンとゆっきー、仲良いもんね」


 仲が良い。

 確かに男女の仲というよりは、むしろ友達の関係に近いかもしれない。

 私もまた、その状況に特に不満がある訳じゃない。


 あの7年前の夏を引きずっていた、夏休み前までと今。


 状況はだいぶ変わったと思う。

 だから、もう少しぐらい変わって欲しいと願ってしまうのは、私のワガママなのかもしれない。


「ねぇ、ゆっきーって悠木クンのこと、好きなんでしょ?」

「へ……?」

「え、違うの?」


 その質問は、ちょっと不意打ち過ぎる。


 好きかどうか。

 そこまで明確な気持ちが自分の中に果たしてあるのか。

 私は今の自分の気持ちが、未だよく分かっていない。


 過去を埋めようと必死になっていたせいで、その感情があるのかは分かっていなかった。

 でも今は、友達って関係じゃちょっとだけ物足りない気もする。


 もし悠木クンと付き合うとか、そういう関係になるとしたら……。


「……? ゆっきー、どうしたの? 顔赤いよ?」

「えっ、あぁ、ごめんなさい。何でもないわ」


 ……想像してみると恥ずかしい気分の方が強くなる。




 2学期を迎えたら、夏は終わる。




 その頃、私達の関係は少しでも変わったりするのかしら……。


いつもお読み下さり有難うございます。


第三部は3月31日からスタートする予定です。

その頃には今の色々な作業も一段落ついていると思いますので……。

おまたせして申し訳ありません。


それでは、これからも「あの夏」を宜しくお願い申し上げます。

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