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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
幕間 夏の終わりと恋と悩みと
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幕間 幼馴染な二人の夏



 ――――あの日、ゆずが突然家出をした夏の夜から。








 ゆずは俺の家に来なくなった。











 俺――風宮巧は聖燐学園に通う二年生だ。

 これといって勉強が出来る訳ではなく、かといって運動神経が良い訳でもない、取り立てて目立つところもない一般人だ。


 これといって何が得意という訳でもなく。

 またこれといって何がしたいという訳でもない。

 ただ平和に日常を過ごせるのが好きなだけの、我ながら乾いた性格をしていると思う。


 両親がいない俺の家。

 俺の両親は海外を基盤にして仕事を展開している。

 子供の頃に仕事を聞いた時は、バイヤーがどうとか言っていた。

 危ないクスリとかを彷彿とする言葉だったけれど、どうやら違うらしい。

 古美術商、といえば分かり易いかもしれない。


 そんな訳で、俺が聖燐に入学するとほぼ同時に、家を空けて海外を飛び回るようになった。

 隣の家のゆずやおばさんに、何かあったら面倒を見てくれと頼んで。

 軽い育児放棄だ。


 とは言え、俺は別にグレる訳でもなく。

 普通に高校生活を楽しんでいる。




 聖燐学園に入って驚いたことと言えば、悠木の存在だった。


 小さい頃に遊んだ友達の姿を見て、俺は思わず声をかけた。

 だけど、悠木の反応はなんだか、とても小さい頃の印象とはずいぶん違っていた。

 笑って話してはいるものの、どうにも他人と距離を置いているような、そんな気がしたんだ。


 変わってしまったのかもしれない。

 もう何年も前に会った相手だ。


 そんなことを思うと、少しばかり接しにくい気がした。


 なんだかんだであまり話さないまま初夏を迎えて、悠木の噂を耳にするようになった。

 女子に暴言を吐いた、とか。


「……悠木がそんなことするのかな」

「……? どうしたの、巧」

「悠木の噂だよ」

「悠木って、永野クンのこと? どうなんだろう。私あんまり話したことないから解らないけど……」


 ゆずと一緒に帰っていたある日、俺はゆずが悠木を憶えていないのだと理解した。

 子供の頃に遊んだ友達。

 だけど、確かあれはちょうど、ゆずのお父さんが亡くなった夏だった。


 無理もないかもしれない。

 だから俺は、ゆずには悠木との昔の話を引き合いに出さなくなっていった。


 この頃、俺はゆずの家のことも、櫻さんの家のことも知らなかった。

 ただ、ゆずが嫌な思い出に蓋をしているから、俺もあまり子供の頃のことを話さないように気をつけていた。


 そんな頃だ。

 俺とゆずが入った『読書部』の先輩が、部活を引退することになった。


 もともと3人いた先輩は、3年生の女子生徒だった。

 大学の試験やらで聖燐学園の3年生は6月いっぱいで部活を引退する。

 それと同時に、『読書部』は存続の危機を迎えた。


 聖燐学園の部活の基準は、3人以上の在籍で部を存続することが出来る。

 一応、新しい部活を設立するには5人以上が必要らしいが、存続だけなら3人で可能だそうだ。

 生徒会からの予算は酷いものだが、それでも部活を存続させたいとゆずが口にした。


「だって、せっかく巧と一緒の部活なんだもん……。このまま他の部活に入るなんて、なんかやだよ」

「そうは言ってもなぁ。もう普通に部活入ってるだろうし、今から人を集めるなんて難しいぞ」

「むぅー、巧は他の部活に入りたいって言うの?」

「ちげぇよ。そういう訳じゃねぇけど、難しいんじゃねぇかって言ってんだよ」


 学校帰り、俺とゆずは期限が近づいていることもあってか、そんな話をしていた。


 聖燐学園の生徒は、部活に入部しなくてはならない。

 そんな校則がある以上、他に暇をしているようなヤツなんていない。

 クラスのメンバーに当たってみたけど、結局みんな入ったばかりの部活が楽しくなってきた頃で、俺達の声には耳を傾けなくなっていた。


「あ……。そうだ、巧!」

「ん?」

「巧、悠木クンは?」

「悠木? まぁそりゃ知ってるけど……。アイツ確か特待生だろ? 部活に入る必要ないし、入らないと思うけど」

「そうかなぁ?」


 学園内で変な噂が立って以来、俺はちょくちょく悠木に声をかけていた。

 そのせいか、ゆずも悠木クンと呼んでいる。

 だからって、まさか女子じゃなくて男子の名前が出て来るとは思わなかったけど。


「じゃあ私、悠木クンに声かけてみよっかな」

「難しいと思うぞ?」

「やってみなきゃ分からないでしょー」


 ――そうして、ゆずが悠木に声をかけて、悠木が入部してくれるという話になった。




 あれから、もう一年以上が過ぎた。

 誰もいない静かなウチのリビングで、俺はソファーに寝転がってテレビを点けたまま、この一年ちょっとを振り返っていた。


 ゆずがウチに来ないのも、なんだか珍しいけど、正直なところ今は助かる。

 瑠衣に告白されたせいか、なんだか今はちょっとゆずとは顔を合わせたくない。


「……好きとか恋人とか、そんなの考えたことなかったっつの……」


 ソファーの上で寝転がって独り言ちる。


 瑠衣の告白からおよそ一週間。

 ゆずが来なくなってからも、だいたい同じぐらいの時間が流れた。

 その中で、俺は今日もこうしてダラダラと、思考を巡らせていた。


 夏休みももう、残すところあと一週間程だ。





 ……あ、宿題やってねぇや。









◆ ◆ ◆ ◆ ◆








 巧の顔を、もう一週間も見ていない。


 それだけ長い間顔を合わせなかったことなんて、これまであったかな。

 私はふとそんなことを考えて、ノートに走らせていたシャーペンの動きを止めた。


 カーテンの向こう側を開けたら、巧の部屋が見える。

 だから私は、この一週間あそこのカーテンだけは閉めたままにしている。


 もしかしたら巧から連絡が来るんじゃないかって思ってた。

 巧のご飯とか、そういうの私が用意してあげることが多かったから。


 ちゃんと食べてるのかな。

 風邪、ひいてないよね。


 なんだかそういうことばかり考えちゃって、宿題もはかどらない。


 巧が私の気持ちを理解してくれない鈍感クンだってことぐらい、悠木クンに言われなくたって分かってる。

 振り向かせたいし、告白しちゃっても良いかもしれない。


 でも、もしフラれたらって考えると、このままでも良いのかなって思ってしまう。


 だから私は、自分からは気持ちを伝えることが出来ない。

 怖くて、潰れてしまいそうで、なんだかとても不安になる。


 私がどれだけ見た目とか体型とか気を遣って、良い女になろうとしても。

 巧はいつまで経っても気付いてくれない。

 これを鈍感だと言わずに何て言えば良いのか、悠木クンあたりに聞いてみたい。


 悠木クン。

 私と巧のあの頃を知っている。

 ゆっきー……って呼ぶって言ってみたけど、あれからあんまり会ってないし、なんか呼びにくいかなぁ。

 あ、そうじゃなかった。


 ゆっきーと悠木クンと、私と巧。

 あの夏に関わったメンバーが集まって、今私達は『読書部』にいる。


 元はといえば私が引っ張り込んだ形になっちゃったけど、そう考えると不思議。


 悠木クンは私の巧に対する気持ちに気付いて、なんだかんだと話しかける巧と私の間を取り持ってくれていた。

 だから引っ張り込むことになったんだけど、悠木クンは面倒臭そうに頭を掻いてはいたけれど、それでも引き受けてくれたんだっけ。


 よくよく考えてみると、私は勝手だ。

 悠木クンに巧との関係を手伝ってもらおうとしたり。

 瑠衣ちゃんのことで悠木クンに怒られたり。

 そんなことしてたら、悠木クンがああして怒るのも仕方ないよね。


「はぁー……。やっちゃった感じだなー……」


 自分が嫌になるって、多分こんな気分なんだ。


 私は勝手に巧に期待して、勝手に失望した。

 そうして今、勝手に距離を置いている。


 なかなかうまく進まない物事が、私の思考を止めてしまう。

 目の前のノートの残りのページを考えると、正直間に合いそうにない。


 ゆっきー、教えてくれるかな……。


 とりあえず、ゆっきーに電話してみることにした。

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