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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第一章 二人の美少女
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#002 暴走

「巧が風邪?」

「あぁ、今雪那さんと一緒に保健室に……って、おいやめろ! 痛い、痛いぞ! 無言で足を踏みつけるな!」

「どういう事かな。巧を泥棒猫(・・・)と一緒にするなんて。悠木くんは頭がちょっと足りないのかな」

「おまっ、一度本性見せたからって沸点下げてキャラの放出するんじゃねぇ!」


 篠ノ井め。もはや美少女補正を帳消しにする勢いで病みモードを乱発してきやがる……。


「…………」

「どうしたんだよ?」

「ど、どうしよう。私、巧が体調悪そうにしてたの気付いてたのに……。朝起こした時も、いつもより起きるのに時間かかってたから、もしかしたらって思ってたのに……!」


 不意に病みモードから健気な女の子に切り替わった。


 ……分からん。

 女ってのはどうしてこう、感情の起伏というか、波がこんなに激しいんだ。


「別に篠ノ井が悪いって訳じゃねぇだろ。それに、倒れた訳じゃねぇんだから、そんなに動揺してどうすんだよ」

「……悠木くん……」

「だからさ、そのさ……。いい加減俺の足からお前様の足をどけてくれませんかお願いします……!」


 まだ足をどかそうとしなかった篠ノ井に、さすがに俺も限界を迎えた。

 そうしてようやく、職員室から保健室に向かって歩き出す。


「ねぇ、悠木くん。どうして巧は、あんなに鈍感なのかな?」

「知らねぇよ。俺より付き合い長いんだから、篠ノ井の方が巧に関してはよく分かってるんじゃねぇの?」

「……分からないよ。近くにいるのに、近づいてるはずなのに気付いてくれないんだもん……」


 篠ノ井もそういう部分で悩んではいたのか。

 まぁ俺も、強制的に篠ノ井に巻き込まれただけで、これまで本格的に話を聞いた事はなかったけど。

 蚊帳の外にいる感覚な俺からすれば、ずいぶん贅沢な環境だな、巧。

 タンスに足の小指をぶつけて悶絶してしまえば良いのに。 


 ここで俺は、やはり『親友キャラ』を演じるべきなのだろう。

 時に主人公の為に陰でサポートし、そして主人公にフラグを立てさせる。

 アドバイスをするしかない。


「逆にさ、篠ノ井と巧は近すぎるんじゃないか?」

「近すぎる?」

「あぁ。なんていうかさ、当たり前にあるものって失ってみないとその有難みが解らなかったりとかするだろ? そういうのと一緒でさ、巧にとって近い存在だからこそ、それを意識しないと言うかさ」


 我ながらナイスなアドバイスではなかろうか。

 だいたい、幼馴染ヒロインというのは長所にも短所にも言えるが、主人公に近い。それ故に行動を起こすのだが、どうにも空回る傾向がある。

 そう、これは篠ノ井に敢えて距離を取らせ、そうする事で巧に篠ノ井を意識させるという作戦。


 その名も――『離れて気付く! 「あれ? 何だろう、この気持ち」作戦』!


 これはどんな王道展開でもよくある作戦だ。

 王道ながらも手堅い手法と言えるだろう。


「そうやって私を巧から離している隙に、泥棒猫(櫻さん)を巧に近づけるつもりじゃないよね?」

「お前は俺に協力させたいのか疑って敵に回りたいのか、いい加減どっちかに絞って頂きたい」

「むーー……」


 膨れっ面とかちょっと可愛いじゃないか。

 俺の好感度はバーゲンセールどころか、無料配布のポケットティッシュなみに移ろい易いんだぞ。

 ……自分で言ってて虚しくなったが。


「その、悠木くんは信用して…………るよ?」

「その間についてちょっと語り合おうじゃないか。今のその間はなんだ、間は」

「ホ、ホントだよ! なんだかんだ言いながら協力してくれてるし。でもゆっきーは、その……」


 何かを言い淀んだ篠ノ井が、視線を逸らした。


 篠ノ井と雪那さんの関係は、俺もよく分かっていない。

 と言うのも、何も話してもらっていないのだから聞きようがないのだが。

 親しいのか親しくないのか。

 ここで篠ノ井を使って情報を探っておくのも有りかもしれないな。


「雪那さんと篠ノ井って、仲良いんじゃないのか?」

「小さい頃に、ウチのお父さんとお母さんと、ゆっきーのお父さんとお母さんが仲良かったの。その時に何度か一緒に遊んだ事があって、それぐらいだったんだけど。あの頃から私はゆっきーって呼んでるけど、ゆっきーは篠ノ井さんって呼ぶばっかりだし……。本当は嫌われてるのかも……」


 ……ど、どうしよう。病みモードはこっちでも健在なのか。

 段々と篠ノ井がブツブツ呟きながら、黒いオーラを纏っていくようにしか見えない。


「ま、まぁそんな事はないと思うけどな」

「そ、そうかな? じゃあ悠木クンは、私とゆっきーって仲良いと思う?」


 ――まったく思いません。

 なんて、言えるはずもなく。

 ましてや雪那さんも、巧を狙っているかのような発言をしているのは事実だ。


「少なくとも、前からちょくちょく出てる泥棒猫発言とか、そういう疑いの眼差しを向けてるのは篠ノ井の方じゃないか。それで仲良いとか気にするって、違う気もするけど」

「あ……」


 篠ノ井が足を止めて俯いた。


「……篠ノ井?」

「……うっ……うぅ……」


 泣いていらっしゃるーー!

 ちょ、この状況を誰かに見られたりしたら、俺が悪者になるのは間違いないんですが……!


「ね、ねぇ、あれって篠ノ井さんだよね」

「うわ、男子に泣かされてる。マジサイテー」


 ……おい、何故女子はそうやって人の評価を貶したがるんだ!

 白い物もみんなが黒と言ったら黒ですか、そうですか!

 純白は清楚清廉の証ですよ!


「お、おい、篠ノ井。何も泣かなくても良いだろうが」

「だ、だって、そうだよねって。私、私……! ゆっきーに謝らなくちゃ!」

「いやいやいや! 謝られても意味分からないでしょうが! って、速ッ!? 走るの速ッ! 廊下を走っちゃいけません!」


 篠ノ井が動き出した。











 保健室に辿り着いた俺。

 篠ノ井の超人的なパフォーマンスを前にあっさりと引き離された俺は、ゼーゼー言いながらようやく保健室の前へと辿り着いた。

 開けっ放しになっている扉に近付いた所で、突如。中から怒鳴るような声が聞こえてきた。


「この、泥棒猫ッ!」


 え……?


 思わず中を慌てて見てみると、そこにはベッドで身体を寝かせていた巧。

 そして、そんな巧の横に膝をついてベッドに乗り、篠ノ井へと振り返っている雪那さん。

 そんな二人を前に立っている、阿修羅像――もとい、篠ノ井だった。


「た、巧が寝ている隙を狙って何をしようとしているのかな……! ホント、ホントに泥棒猫って櫻さんにはお似合いな言葉だよね……! まったくさ、少し目を離すとすぐにそんな真似をするんだから、油断もあったもんじゃないよね……!」

「お、おい、ゆず。落ち着けって」

「巧は黙っててよ。私は今、櫻さんと話してるんだから……!」


 巧の制止も、どうやら病みモードに入った篠ノ井には通用しないらしい。

 しかし雪那さんはそんな篠ノ井の罵声にも動じる事もなくベッドから身体を起こすと、その長い黒髪を手櫛で払って腕を組んだ。


「すいぶんな言い方をするのね、篠ノ井さん。私はただ、体温計がいつまで経っても鳴らないものだから、しっかり動いてるかを確認しようと思って覗き込んだだけなのだけど」

「そんな嘘、聞きたくない!」


 感情が暴走してる、って感じだろうか。

 触らぬ神に祟りなし、とは言うが、この状況で放っておく訳にもいかない。


 俺はゆっくりと保健室の中へ入り、巧に声をかけた。


「で、巧。まだ熱計ってたのか?」

「え、あ、あぁ。なんかいつまで経っても鳴らないから、おかしいなって思ってたんだけど」

「ちょっと見せてくれよ」


 巧から体温計を手渡され、俺はそれを見た。

 やっぱり、赤いテープがついている。


「このテープがついてるのって、壊れてるヤツだぞ。いつまで待っても鳴る事はないぞ」

「え、そうだったの?」

「って事で、篠ノ井。何を喚いてるのか知らんが、雪那さんは別にやましい気持ちがあったって訳じゃないみたいだぞ」

「……ッ」


 篠ノ井には悪いが、ここで下手にフォローしてもしょうがない。


「まぁ、先生もいないしな。篠ノ井、巧の事頼むわ。お粥でも作ってやれよ。まぁ料理できるかは知らんけど」

「あの……、その……」

「巧、篠ノ井と一緒に帰ってもらえ」

「あ、あぁ、うん」


 気まずい空気に包まれた保健室の中から、雪那さんと俺に見送られる様に篠ノ井と巧は出て行った。

 終始謝ろうとしていた篠ノ井だったが、雪那さんが何も言わずに首を横に振ってそれを言外に不要だと答えていた。

 思っていた以上の気まずさだったものの、どうにかなった。


 二人が出て行った保健室の中で俺と雪那さんは少しの間、無言で突っ立っていた。


「……泥棒猫、だって」


 雪那さんの口から、ずいぶん弱々しい口調で篠ノ井の言葉が反芻するかの様に紡がれた。


「人聞きの悪い言い方だよな……。まぁ篠ノ井も咄嗟に口を突いて出たと言うか――」

「間違いではないわ。私はまず最初に、悠木くんという協力者を奪ったのだから」

「……雪那さん……」

「それに、きっとまだあの時の事をあの子は恨んでるでしょうし……」


 長い髪を手櫛で払い、雪那さんは小さく呟いた。


 俺が思っている以上に、雪那さんと篠ノ井の間には何か深い因縁めいたものがあるのかもしれない。

 そんな事を思いながら、それでも俺には何も言う事が出来なかった。


 雪那さんの横顔はとても辛そうで、寂しげで。

 それはまるで、全部を背負っている様な悲しい横顔で。


「雪那さん、あのさ……」

「さ、悠木クン。帰りましょ。きっとあっちの二人も何か話している頃だと思うし、イベントは発生しているはずよ」


 あくまでも淡々とそう告げる雪那さんは、俺が知っている雪那さんらしい冷ややかな口調だった。

 でもその言葉はまるで、篠ノ井と巧の間に動きがある事を望んでいたかのような、そんな言葉に聞こえた。


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