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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 三章 『日和祭り』――Ⅱ
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#009 夏の終わり

 ――どれぐらいの時間が経ったのか解らない。

 まだ空は花火によって彩られていない、静かな夜闇が広がっていた。


 5分か10分か。それぐらいのものだとは思う。

 瑠衣が泣いている間、俺は瑠衣の言葉を聞きながら、ずっと考えていた。


 ――自分の思いを、傷付くと分かっていながら告げた瑠衣。


 そんな瑠衣に、俺は一体何をどう言ってやれば良いのか。

 そもそも俺は、瑠衣にどうこう言える立場じゃないのだ、と実感していた。


 目の前で泣いている、危うさすら感じさせる瑠衣。


 俺にはとても真似出来るものではない。


 俺とは違って自分の為に動くことが出来ている。

 足踏みして、なんだかんだと動こうとしない俺とは、あまりにも違う。


 ――ふと、自分を振り返る。




 いつからだっただろう。

 自分の為に本気で動く事をしなくなってしまったのは。


 誰かの為に動く俺を、この目の前の少女はカッコ良いと言った。

 でも本当は、カッコ良いものなんかじゃない。


 誰かの為に動いたなら、それが失敗になったとしても自分は傷付かない。

 だから、ある意味じゃ後先考えずに動ける節があるんだろうと、俺はそう思っている。

 それは酷く滑稽で、卑怯でずる賢い。


 ――諦念。

 そんな思いが自分の行動を制限してしまうようになったのは、いつからだろうか。


 あの夏――雪那と沙那姉と過ごしたあの夏。

 あれは確かに俺にとっても傷付く内容だった。

 でも、あの夏だけが今の俺を作り上げた訳じゃないということぐらい、俺にだって解っている。




 泣いている瑠衣の目の前で思考の海に沈んでいた俺の意識が、腹の底にまで響いて来るような音で引き上げられた。

 花火が上がった。


 先程まで薄暗かったこの場所が、上空に咲いた花によって照らされる。

 それを合図にするかのように、瑠衣が小さな両手で涙を拭って顔をあげた。


「ごめんなさいです。ちょっと、カッコ悪い姿見せちゃったですね」


 溢れた感情が落ち着きを取り戻したのか、瑠衣がまた淋しげな笑みを貼り付けて俺へと告げた。


「……カッコ悪くなんてねぇよ。何も恥じる事じゃねぇだろ、ちゃんと自分の気持ちを告げたんだからさ」


 きょとんとする瑠衣に、俺はそう告げた。


 カッコ悪いんだとすれば、それは俺だ。

 瑠衣は一生懸命に自分の気持ちを告げて、どうにかしてみせた。


 結果は伴わなかったかもしれない。

 求めていた結果は得られなかったかもしれない。

 それでも、やっぱり瑠衣は恥じる必要なんてないんだと思う。


「お前、凄いよな」

「……悠木先輩?」

「ずっと好きでいるってだけでも、結構凄いと思うんだよ。諦めた方が楽だし、ましてや巧みたいなタイプだったら尚更だ。それでも告白するまで至れたんだから、むしろ誇って良いと思うぞ」


 瑠衣は俺のその言葉を聞いて、再び目に涙を溜めた。


「だから、そうやって自分のことを安く見ようとすんなよ。もっと胸張って良いと思うぞ」


 ――俺とは違うのだから。

 それは口にしなかったが、心の中でそう付け加えた。


「……悠木先輩鬼畜です」

「おい、いきなり言うに事欠いて……」

「せっかく我慢しようと思ったのに、そうやって泣かせるんですから、鬼畜ですよ」

「……悪い。別にそういうつもりじゃなかったんだが」


 また、笑いながら瑠衣が泣いていた。











 結局、瑠衣とはそのまま神社の下で別れた。


 気の利いた言葉も言えず、ただただ俺自身の矮小さとでも言うべきか、そんな物だけが突き付けられた気分だ。


 何かを言ってやれれば良かったかもしれないが、それが出来ない自分が情けない。

 俺は実に無力だった。


 そんな自分の惨めな気分を胸に、俺は寮に向かって一人で歩いて帰っていた。


「悠木クン!」


 不意に後ろから声をかけられて振り返ると、雪那がカツカツとハイヒールを踏み鳴らして駆けてきた。

 あの華流院さんの家のパーティーで着ていたドレスと似たような服と、走りにくそうなハイヒール姿に、思わず目を丸くした。


「……雪那? どうしたんだ、その格好」


 目を丸くする俺の前で、雪那は自分の膝に手をついて息を整えると、髪留めを外して顔をあげた。


「……ごめんなさいっ!」

「は……?」


 再び勢い良く頭を下げた雪那が、俺に向かって突然謝った。

 一体何で謝っているのかも解らずに思わず声を漏らすと、雪那が泣きそうな顔をあげた。


「せっかく、約束してたのに、一緒に行けなくて……。渋滞のせいで花火にも間に合わなくて……それで……」

「いや、行けないって言ってたし、別に気にすんなって――」

「――いいえ、気にするわ。せっかく今年の夏で、あの時の夏が清算出来ると思ったんですもの……」


 表情を歪ませて雪那が呟いた。


 あの夏に区切りを付けるという意味では、確かに雪那の言う通りだった。

 今日の『日和祭り』が、俺達にとっての一つのターニングポイントだったのは間違いない。


 だからって、何か大事な用事から抜け出すような真似をしているのなら、雪那にとってはマイナスだ。

 それはあまり良い気分はしない。


 そんなことを考えていた俺に、雪那はくすりと小さく笑って「大丈夫、許可はもらっているわ」と告げた。

 読まれたか。


「ねぇ、あの川に行きましょ」

「……おう」


 鋼鉄の意志を持つ俺の精神は、瑠衣のあの一件があったので帰りたかったのだが。

 それでもやはり雪那の提案を断る事は出来なかった。




 夜の川に近付くというのは、少しばかり勇気が必要だ。

 意外と暗すぎて不気味なのだ。


 それでも今日はやけに月が眩く光り、俺達のシルエットをぼうっと浮かび上がらせていた。

 月光をきらきらと反射させた穏やかな川を見つめて、俺達は大きめの岩に腰掛けた。


 着いてからしばらく、会話はなかった。

 つい、泣きながら笑ってみせた瑠衣の顔が俺の瞼の裏に焼き付いてしまい、思い出す。

 花火が上がり、あの瑠衣の姿が浮かび上がったあの瞬間を。


「……何か、あったの?」


 ふと、俺が瑠衣の姿を思い出して考え込んでいると、雪那が声をかけてきた。


「……難しいな、って思っただけだよ」

「難しい?」


 突拍子もない俺の言葉に雪那が目を丸くした。


 この数日、ちょうど雪那が実家のことでバタバタしている間に起こったことについて、俺は掻い摘んで雪那に説明していく。


 篠ノ井の暴走に、巧の困惑。

 そして、瑠衣の告白。


 この数日の間に目白押しで起こった出来事は雪那にとっても意外であったらしく、雪那も驚きの声をあげながら俺の話を聞いていた。


「……そう。この数日間、ずいぶん忙しかったのね」

「まぁ、な」


 確かに、指摘されて初めて気付いたのだ。

 この数日の間に、俺達はやたらと『恋愛』について現実を突き付けられる日々だったと言えるだろう。

 ただ甘いだけじゃなくて、苦い部分も含めて。


「なんだかんだで慌ただしかったな。まぁあんまり進展もないし、変わることもあまりないかもしれねぇけど」

「それでも、みんな少しずつだけど変わっていくわ」


 不意に雪那が呟いた。


「変わっていく?」

「えぇ。良くも悪くも、私達は変わっていくと思うわ」

「……そんなに簡単に、変われるのかねぇ」


 投げやり気味な俺の言葉に、雪那は小さく笑って岩から身体を持ち上げた。

 ハイヒールを脱ぎ捨て、素足のまま脛まで川の水に浸かり、雪那が振り返る。


「だって、春に今の『読書部』のメンバーになって、まだ4ヶ月ぐらいしか経ってないのよ? この4ヶ月で、私達はずいぶんと変わったと思うもの」


 ――4ヶ月。

 言われて初めて、まだたった4ヶ月程しか経っていなかったのだと実感した。


 春に『読書部』へと訪れた雪那が、巧狙いだと告げておきながらも、それがブラフだったという事件。

 瑠衣の登場に、篠ノ井と雪那の和解。

 そして、俺や沙那姉との和解も含めて、確かにこの4ヶ月でずいぶんと環境は変わった。


「それにね。全部、悠木クンのおかげよ」

「俺の?」


 俺の名前が出て来るとはまったく思っていなかった。

 予想だにしなかった雪那の言葉に目を見開いた俺へ、雪那は続けた。


「あの幼馴染ペアのゴタゴタも、瑠衣ちゃんの告白も。それに、私とゆず……、というか篠ノ井さんの関係の改善も、私達のことも。全部悠木クンが関与しているじゃない。極めつけはやっぱり、この数日のことも含めて、だけど」

「いや、俺は別にそこまでは……」

「ううん、そこまでやってるわ。一番近くで見てきたんだもの、私はそれを知っているわ」


 ついそんな風に言われてしまって、俺は気恥ずかしさから視線を逸らした。


 正直に言えば、恥ずかしい思いも確かにある。

 だけど今の俺にとって、それはあまり認められる気持ちではなかった。

 瑠衣の姿を見たからだろうか。

 こんなにも居た堪れない気分になってしまうのは。


 どうしても瑠衣のさっきの顔が、頭から離れようとはしなかった。


「だからね、悠木クン。今度は……」

「……? 今度は?」

「……ううん、何でもないわ」


 何かを言おうとして、雪那は逡巡して首を左右に振った。


「帰りましょ、悠木クン。今日は私も寮に泊まるわ」

「家のこと、良いのか?」

「それに見合うだけの時間は作ったもの。どうせ今日は家に帰っても帰らなくても変わらないわ」


 あっさりと話を終わらせて、雪那と俺は帰路についた。




 近すぎて解らない気持ち。


 近いのに遠い好きだという思い。


 そして、好きなのに何もせずにいる迷い。




 酷く不格好な俺達の恋愛模様に、思わず苦笑してしまう。





 それでも、雪那が言うように。

 俺達は酷く不器用に、ゆっくりとではあるけれど変わろうとしていた。





 長かった夏も、『日和祭り』を終えてみればあっという間に過ぎていく。





 ――夏が終わり、俺達は二学期を迎えようとしていた。

第二部 完

ちょっとあっさり目で終わった第二部でした。



活動報告にも書きましたが、これからは幕間が入り第三部の開始となる予定です。

そこで外野クンエピソードを入れようかとも考えましたが、今はまだ迷い中。

とりあえず近日中に幕間入ります。


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