#007 袋小路
『日和祭り』は地元の商会などが率先して行うお祭りで、都会で見てきた祭りとは違っていかにもな方々はいない。
長袖を着ていて、その下には龍や観音様が描かれた人、という意味で。
日和神社の下の道路から屋台が並び、長い階段には提灯が並べられている。
基本的にはただのお祭りではあるのだが、メインイベントは二つ。
8時に打ち上げられる花火と、神社の境内横にある、障子などが取り払われた一室で行われる、『神降し』と呼ばれる舞だ。
花火については知っていたがそっちは知らなかったな。
毎年行われているらしく、今年その舞をするのは瑠衣と同じクラスの女子生徒なのだそうだ。
ちなみにその子は数日前に遊んだ相手ではないのだとか。
そんな他愛もない話をしながら、親子連れの多い屋台を冷やかして回る。
「ほら、瑠衣。好きなの選んで良いぞ。どうした、遠慮すんなよ」
「……遠慮も何も、全部綿飴なので選ぼうにも特に良し悪しがない気がするですよ」
ジトっとした目つきで文句を言われた。
「何を言ってやがる、瑠衣。様々なキャラクターの袋に入ってるんだぞ? お前が毎週日曜日の朝に見てる変身少女のアニメとか、その後の特撮ヒーローものとか、遠慮しなくても良いんだぞ」
「っ!? ご、誤解を生むような発言を、何をさも当然のように口にしてやがるですかっ! 別にそんなの見てないですよ!」
あらあらと言わんばかりに笑っているお母さん方に笑われて、瑠衣が顔を真っ赤にして反論してきた。
さぞ俺達は歳の離れた兄妹に見えることだろう。
「おいやめろ。鼻緒が切れるぞ」
さっきから人の足を踏みつけようとしている瑠衣の攻撃を避けながら、俺は瑠衣にそんな忠告をしてやっていた。
結局瑠衣が選んだのは、キャラクターものじゃない袋に入った綿飴だった。
なんだかんだ文句を言いながらも、綿飴を買ってやるっていう俺の言葉には素直に従ったらしい。
「わぷっ」
「ん?」
「あ、あぁ……、グロスにくっついちゃったですよ」
「グロス? あぁ、リップみたいなヤツか。舐め取れ」
「うぅ、油断したです……」
そうは言いながらも綿飴を再び口に運んで小さく口を上下させている瑠衣は、やっぱり小学生とまではいかないかもしれないが子供らしさが全開だった。
俺はロリコンではないが、まぁ可愛らしい姿ではある。
「あ、悠木先輩。射的あるですよ」
「お、懐かしいな」
「勝負です、悠木先輩!」
「……フッ、元東京都代表の射的愛好会のこの俺と勝負しよう、ってのか?」
「っ!? 意外な経歴ですけど何だかカッコ良くないです……! ち、ちなみにその東京都には一体どれぐらいの愛好会があったですか?」
「あ? 知らねぇよ。冗談に決まってるじゃ……おいやめろ、綿飴顔に近づけんな。ひっつくだろうが……!」
汗ばむ肌に綿飴が付着しかねない。
射的は全部で3発。
片方が荷物を持った状態でやる形になるのだが、ここはレディーファースト。
とりあえず瑠衣から先に挑戦させた。
「うぅ……ッ、リーチが足りない気がするですよ……っ」
ギリギリまで台に身体を預けて銃口を近づけた瑠衣が、苦しそうにそんなことを呟いた。
しかしなるほど。
着物や浴衣の下に下着をつけると線が出るとは言うが、確かにその通りらしい。
「ママー、あのお兄ちゃん、あのお姉ちゃんのお尻見てニヤニヤしてるー」
「……あんなお兄ちゃんになっちゃダメよ」
そこは「見ちゃいけません」のパターンじゃないのか。
反面教師か、俺は。
と、心の中でツッコミを入れた時には、すでに瑠衣が射的の銃口を俺に向けて振り返っていた。
「……おい落ち着け……! 近くには純真無垢な子供達がいるんだぞ……ッ! 流れ弾に――もとい、真似をしたらどうするんだ……ッ!」
「その純真無垢な子供に変態ぶりを見せつけた悠木先輩に、とやかく言われる筋合いはねぇですよ……ッ!」
確かに。
そう思った瞬間、瑠衣は呆れたように溜息を吐いて、今度は台にそこまで乗らずに打ってみせた。
「もう、油断も隙もないとは悠木先輩のことです」
「油断と隙だらけだと思うが、俺なんて」
「……もう良いです。はい、今度は悠木先輩の番ですよっ!」
「おう」
さぁやってやろうじゃないか。
俺の銃捌きというものを、そのくりくりとした眼に焼き付けるが良い!
そんな勢いで俺は銃を構えた。
「……」
「…………悠木先輩、全部外れてたですよ」
「……俺もビックリだったよ、何にも当たらないなんて、な……」
3発撃って、3発とも外れた俺のセンスに脱帽だよ。
◆ ◆ ◆
都内の高層ビル内では、美堂コンツェルン主催のパーティーがすでに始まっていた。
前回雪那が参加した華流院家と同じくビュッフェスタイル。
そんな様子を見てつい雪那がくすりと笑うと、沙那が首を傾げて雪那に向かってどうしたのかと尋ねた。
「うん、ちょっと悠木クンを思い出して」
「悠木クン?」
「そう。この前華流院さんってお嬢さんの誕生日があって、ここに来たって言ってたでしょ? あの時悠木クン、ビュッフェスタイルをひたすらバイキングって言い張っていたから」
「……せっかくの立食パーティーがいきなりお手頃価格な感覚になるわね……」
高級感溢れるキャビアなども、塩っ辛いツブツブと表現した悠木の発言。
そんなことを思い出して雪那から聞かされる度に、沙那が遠い目になっていることなど雪那は知る由もない。
楽しげに語る雪那を見て、沙那は呆れ混じりに溜息を漏らした。
悠木と雪那。
二人がまたこうして楽しげに日々を過ごせるなどと、今までに考えたことがあっただろうか。
雪那はその機会を得る為に自ら動いてみせたのだ。
聖燐学園へと進み、篠ノ井ゆずとも仲直り、とでもいうべきか、関係を改善してみせた。
そして悠木とも、恐らくこのままなら恋人にはなりそうな雰囲気を放っている。
雪那がどこまで求めているのかは解らないが、少なくとも沙那の目にはそう映っていた。
そんなことを考えながら雪那の話に耳を傾けていた沙那は、前方から歩いてくるアッシュカラーのロングヘアを頭の後ろでまとめた、今日雪那を呼び出した張本人の姿に気付いた。
美堂コンツェルン、会長令嬢。美堂レイカ。
社交の場で堂々とした振る舞いを見せながら歩くその姿は、堂に入っていた。
「御機嫌よう、櫻さん」
「あ、この前は有難うございました、美堂さん」
「いいえ。あの時はウチの従業員が無礼を働いてごめんなさい」
「従業員……?」
悠木と従業員のやり取りを知らない雪那が首を傾げた。
「お久しぶりですね、レイカさん」
「お久しぶりです、沙那さん。相変わらずですのね。もうちょっと砕けて接していただきたいものですが」
「公式の場、ですもの。さすがにこういった場でまで砕けた態度を取ってしまっては、レイカさんのファンである殿方から睨みをきかされる可能性もありますので」
にっこりと笑って告げる沙那を前に、レイカは苦笑した。
社交の場に出て来るのは若い男が多く、実際レイカは見た目も家柄も申し分ない。
本人にとっては御免被りたい所ではあるが、熱烈なアピールはある意味日常茶飯事でもある。
ましてや美堂コンツェルンの肩書きを持っているとは言え、あっさりと無下にしてしまえば風聞に関わり、それも出来ない。
それ故にこういった社交の場はレイカにとっても苦痛の場とも言えるだろう。
「雪那さん、で良いかしら?」
「えぇ、構いません」
「良かった。私のこともレイカって呼んでください。それと、学友なんですから敬語もやめましょう?」
ぐいぐいと踏み込んでくるレイカの態度に、少々面を喰らいつつ雪那が肯定で返すとレイカが笑顔で頷いた。
「今日は突然呼び出してごめんなさい。出来れば学園で会いたかったのだけど、夏休み中じゃなかなか会えそうになかったから。何か用事があったりしたなら、無理を言ってしまったかしら……?」
「いいえ、大丈夫よ」
「そう、良かった。沙那さん、ちょっと雪那さんをお借りしてもよろしいですか?」
レイカの問いかけに沙那が雪那へと視線を移すと、雪那は「行って来る」とだけ告げ、二人で歩いて行ってしまった。
特に問題はなさそうだが、沙那は少しばかりレイカの真意をはかりかねていた。
わざわざ夏休み中に会いたかったと公言する理由が分からないのだ。
そもそもレイカと雪那は同じ学年で同じクラスに在籍しているのだとか。
ならば何故、レイカが雪那をわざわざ呼び出して交流を図りたいのか、その真意が。
あれだけの社交性を持った女性なら、学園で話しかけるのも特に躊躇う必要はないだろう。
(……雪那を意識する理由が、出来てしまった……?)
沙那は思考を巡らせる。
もしもレイカが雪那を意識せざるを得ない何かを持っていたのだとする。
それが理由で、レイカは急いで雪那へと接触を図ったのではないか。
言い知れぬ不安を伴った虫の知らせが沙那の胸の内を過ぎっていた。
◆ ◆ ◆
巧はその日、自宅のリビングでテレビを見ながら過ごしていた。
――瑠衣の告白、そしてゆずからの連絡による距離を置きたいという宣言。
奇しくも同じ日に起こった出来事から数日。
巧の無気力具合はいつにも増して強くなっていると言えるだろう。
『――ゆずさんの気持ち、いい加減気付いてあげてください』
あの時瑠衣が口にした言葉に、巧の胸中はかき乱されていた。
恋愛相手としてなんて見たことのない幼馴染。
同じく、後輩。
告げられた気持ちを断ったのは、そういう風に見たことがないから、戸惑ってしまったというのが大きい。
それと同じぐらい、もしかしたら今の関係が壊れるんじゃないかという恐怖が、あまりにも大きい。
狭い世界で、日常がそれで構築されていた巧にとって、今の関係は自分の足場とも言えるのかもしれない。
恋愛はもちろん、喧嘩するのだってあまり歓迎はしたくないところだ。
だからこそ、巧は良い人であろうとする。
当たり障りなく、可もなく不可もなしに。
別に幼い頃に何かがあったとか、そういった特殊な経験はない。
強いて言うのであれば、恐らくはゆずの一件ぐらいなものだろう。
だからこそ、とでも言うべきなのだろうか。
幸福な日常が揺らぐのが、誰よりも怖いと感じてしまうのは。
(……悠木なら、どうするんだろうな)
ふと、長い付き合いの幼馴染である悠木という少年を思い出し、巧は考える。
迷った自分を他人に重ねて羨む。
だからと言って何が解決する訳でもないのだが、そうしてしまう。
袋小路に詰まったまま、気持ちもはっきりとしないまま、ただ悶々と巧は日々を過ごしていた。
ゆずが自分を恋愛感情で好きだと見ていることなど、巧は知らなかった。
いや、気付いていなかったと言うべきだろう。
幼馴染だから、という理由を胸にしたまま日々を過ごし、気付かずにいたのだ。
だからもしゆずに好きな人が出来て、恋人の関係になったら、自分は祝ったのだろうか。
そう考えると、不意に胸が締め付けられるような気持ちが生まれる。
――勝手な感情だ。
巧は自分のその気持ちをそう片付ける。
好きかどうかは解らないが、ゆずが他人に自分と同じように接するのは、何だか胸が苦しい。
独占欲。あるいは嫉妬。
そういった感情はこれまでの巧の中には生まれてこなかったものだ。
初めて巧は、篠ノ井ゆずを幼馴染としてではなく、異性として意識しようとしていた。
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