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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 三章 『日和祭り』――Ⅱ
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#005 告白―Ⅱ

遅くなって申し訳ありません。

 巧と瑠衣の二人は、瑠衣の家の近くの公園へとやって来ていた。


(……あんなことがあった後だから、なんか気まずいです……)


 心の中で瑠衣が呟いた。


 さすがに見られていたということもなさそうではあるが、好きな相手に自分が告白されている姿を見られるというのは、些か気まずいものがある。


 裏切りとでも言うべきか、あるいは勘違いして欲しくないだとか、そういった葛藤が心の中に生まれてしまうのである。


 そのせいか、瑠衣は一言も言葉を発しようとはしなかった。


 ――対する巧はと言えば、悠木に言われた一言にショックを受けていた。


 自分がゆずの邪魔である。

 その言葉は、自分で自分に言い聞かせる分には納得出来るものの、他人から言われて呑み込めるかと言われれば首を横に振ることになる。


 お互いにまったく違った内容での沈黙であるが、悠木の言うところ、鈍感系である巧が爆弾を落とさない分、瑠衣にとって好都合である。

 何をしていたのかと聞かれても、答えにくいのだから。


「……なぁ、瑠衣」

「ど、どうしたです?」

「……悠木にさ、ゆずと距離を置いた方が良いって言われたんだ。春頃と今とは違うから、って」


 以前この公園で瑠衣にも話した、ゆずとの距離を置くという話。

 何の因果か、この公園では専らゆずの話題に移ることが多すぎる。

 そのことに以前の瑠衣であれば嘆息し、眉間に皺を寄せたのかもしれないが、今はそういう感情が生まれることはなかった。


 ――そのはずが、チクリと胸を刺す感情が生まれた。


(……あれ、なんか……)


 瑠衣は自分の胸の内に刺さった痛みに、巧には悟られぬように俯きながら瞠目していた。


 最近の巧に対する感情は、熱を失っているかのように思えた。

 それでもこうして話してみると、それは間違いだったのではないかと気付かされる。


「……巧先輩は、ゆずさんとどうするですか?」


 動揺していた。

 瑠衣は自分の中に生まれた痛みが、嫉妬であると理解し、動揺していた。


 想い続けていた相手が自分には振り向かず、幼馴染であるゆずが優先されていること。

 そんな巧に対して嫌気がさすならいざ知らず、諦念を抱くこともなく有耶無耶に過ごしていた自分。


 今しがたチクリと胸に刺さった感情は嫉妬で、それが自分の気持ちを再確認させていた。


「……多分、悠木は間違ってない。アイツはいつも正しいことを言うし、やってみせるから。多分俺はゆずとは距離を置いた方が良いんだと思う」


 巧から返ってきた言葉は、まるで自分の意志とは反していると言わんばかりの答えだった。


 自分がどうしたいか、ではない。

 悠木に言われたからそうした方が良いのかと悩んでいる。


「……ズルいです、巧先輩」

「え?」

「悠木先輩に言われたから。だからそうやってゆずさんと距離を置く。悠木先輩に言われたから、だから自分はそれを納得してなくてもやる。それは何も考えていないのと一緒です。むしろ、悠木先輩を盾にして自分が考えるのを放棄してるようにしか見えないです」


 辛辣な言葉を口にするつもりはなかった。

 口を突いて出た言葉に瑠衣は自分では驚きながらも、心の中ではそれでも良いかと思ってしまう。


 暴走気味の言葉を瑠衣はそのまま続けた。


「悠木先輩を理由にしたり、周りを理由にしたり、そんなのばっかりです……。前にここでゆずさんと距離を置くって言った時も、巧先輩はゆずさんの為って言ってたです。全部周りの為、周りのせい。自分がどうしたいとか、そういう気持ちがなさ過ぎるですよ」

「そ、そういう訳じゃねぇよ。俺はただ……」

「ただ、何ですか? 巧先輩のそれは、自分の選んだ答えに自信が持てないだけです。巧先輩は誰かの為って、聞こえの良い理由を盾にしてばかりじゃないですか……!」

「――ッ! そんなつもりで言ってるんじゃねぇよ……!」


 巧とて聞き流せる内容ではなかった。


 風宮巧は特筆するほど器用な人間ではない。

 悠木の言う通り、鈍感系主人公体質であることは間違いないが、それは何も狙ってやっている訳でもなく、ただ彼にとっては偶然、それが自分を取り巻く環境になってしまっただけだ。


 一介の高校生の少年が、年下の女子にそこまで言われて黙って聞ける程、人間は出来てはいない。

 怒りを抱くのも当然であった。


 まるで自分が悪いように言われる理由を、巧は一切理解していないのだ。


 ――しかしそれは逆にも言える。


 瑠衣や悠木から見れば、巧という少年は優柔不断の流され続けている少年、といった印象が強いだろう。

 それは特にゆずに対して顕著に表れているのだ。


 天然の人誑しであるが故に、好意を寄せられた少年。

 だから寄せられた好意に気付けない。

 その姿は、周りから見ればそれは意志薄弱なただの優柔不断。


 立っている景色が違うが故に、見える印象も異なっていた。


 ――だからこそ、巧は瑠衣の言い分がどうしても納得出来なかった。


 自分だって悩んでいるのに、どうしてそこまで言われなくちゃいけないのか。

 混乱している自分が、どうしてそこまで言われなきゃいけないのか。


 そもそも自分を好いてくれている二人の少女の気持ちに気付いていない巧にとって、自分が責められる道理が解らない。


「だいたい、どうしてそんな風に俺が言われなきゃならねぇのかも解らねぇんだぞ! 悠木にも俺のせいでゆずの邪魔になるって言われて……! それで瑠衣にまで、何で俺がそんなこと言われなきゃいけねぇんだよ……!」

「簡単です。私は巧先輩が好きだからです」

「……は?」


 唐突な告白に、巧は自分の耳を疑った。


 冗談かとも思ったが、まっすぐ自分を見つめてくる瑠衣の視線を前に、それを茶化すことも聞き返すことも出来ずに、巧は唖然として瑠衣を見つめていた。


「……ずっと、中学生の時に、初めて会った時から好きだったです。それを言おうと思って、でも巧先輩にはゆずさんがいつも一緒にいて。一度は諦めようとも思ったです」




 水琴から悠木について指摘されたのはその頃だった。


 確かに瑠衣にとって、悠木という少年は頼りになって、気楽で、一緒にいて居心地の良い相手だった。

 先日出掛けてみた時も、悠木は素直にカッコ良いと思えた。


 ――でもそれは、人としてのカッコ良さであって、確かに惹かれるものはあっても、恋心を胸に抱くかと言われれば首を縦には振れないものだった。


 悠木は瑠衣の気持ちを知っていた。

 だから悠木は瑠衣に対して深く突き詰めた関係を求めようともしない。


 それでも話してくれる相手。

 それは正しく、友達として、兄として接してくれているような、そんな存在だったのだ。


 悠木に対して抱いた感情が恋心ではないと気付いたのは、先日の川原での悠木とのやり取りの中でだ。

 だからこそ、照れずに素直に悠木をカッコ良いのだと直接口に出来た。




 その矢先に今日だ。


 巧と会い、ゆずに嫉妬を抱き、巧への気持ちを自覚してしまった。

 その勢いのままに巧に向かって、その気持ちを口にしてしまったのだ。


 真っ赤に顔を染めあげて、瑠衣は続けた。


「でも、今さっき自覚しちゃったですよ。私はやっぱり、今も巧先輩が、好き、です……。だから、ゆずさんのことについて悩んでいるなんて、聞きたくないです」

「……え……っと……」


 瑠衣の気持ちにも気付いていなかった巧は、顔を真っ赤にして目を泳がせた。

 そんな巧に背中を向けて、瑠衣は再び口を開いた。


「だから、私にはきっと巧先輩を責める権利があるですよ。ずっと好きだったのに遠慮してきた私に、また幼馴染のゆずさんの話を口にする。そんな失礼な人を責める権利は私にはあるですよ」


 振り返り、巧に向かって笑顔を見せつけた瑠衣が断言した。

 その姿に巧はようやく我に返り、俯いた。


「……ごめん。俺、そんな気持ちでいたってずっと気付かなくて……」

「ホントですよ。巧先輩の鈍感ぶりには何度幻滅させられたか解らないぐらいです」

「……瑠衣、その……。ごめん」


 ――二度目の謝罪は、自分の気持ちには応えられないという意思表示だ。

 胸の中がかき混ぜられるような感覚に襲われ、鼻先がツンと違和感を覚えさせ、瑠衣の視界が歪んだ。


 ――フラれた。

 気持ちを告げてしまって、そうまでしたのに拒絶されてしまったのだと、瑠衣は悟った。


「……あはは、やっぱりフラれると思ったですよ……。うん、そうするって思ってたです」


 また再び巧に背中を向けて、瑠衣は目からぽろぽろと零れる涙を隠す。

 嗚咽を堪える為に息を静かに吸って吐いて、泣いているのだと悟られないように振る舞う。


 それでもわずかに震えた肩が、瑠衣が泣いているのだと巧に理解させた。


「……俺、恋愛がどうとかってあまり意識したことなかったし、瑠衣のことは好きだけど――」

「――そういうの、いらないですよ……。フラれた人間に無駄に優しくするのは、卑怯過ぎるです。いっそ嫌われるぐらいあっさりしてくれてる方が、私は楽、ですよ……」


 瑠衣にそこまで言われて、巧は言葉を失った。


「……巧先輩。ゆずさんの気持ちにも、いい加減気付いてあげてくださいね……。ここまで私が言ってあげてるんだから、それでも気付かないのはちょっと、鈍感過ぎるですよ?」

「……あぁ」


 巧の返事を聞いた瑠衣は、そのまま「それじゃ」と告げて駆け出した。

 目から零れる玉のような涙を見せないように、駆けて行く。弱い身体はすぐに息をあげるが、この時ばかりは一刻も早く巧から離れたかった。


 人通りのない住宅街で、瑠衣は荒い息を整えながら膝に手をついた。

 目に映った涙はまだ止まらずに、目からぼろぼろと地面に向かって落ちていく。


 ――ついにフラれてしまった。

 改めてその現実を思い出して、瑠衣は声を漏らして小さな両手で顔を覆った。


 勝ち目はないのだろうと分かっていたが、改めて突き付けられた現実が瑠衣の心に重くのしかかる。


 いっそ、フラれるのを覚悟して告白したのだと、巧は気付かないだろう。


 少しだけ。

 ほんの少しだけの期待を否定はしないが、こうでもして巧に気付かせたかったのだ。


「……損な役回り、ですね、ホントに……」


 悠木がボヤいていたその言葉を呟き、瑠衣は年甲斐もなく涙を流しながら自宅に向かって歩いて行くのであった。

悠木のハーレム説ですが、瑠衣のこの決着は当初から決まっていました。

つまり悠木はハーレめなかったということですね。


バタバタしていたので更新が遅れてしまいました。

ちょっと作業も終わってないので、次話は↓でいきます。


次話 3/4 18時


お読み下さりありがとうございます。

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