#004 告白
「……俺が、ゆずの邪魔になってる……?」
瞠目した巧が俺の言葉を繰り返して呟いた。
俺のこの言葉は予想だにしていなかったのかもしれない。
巧は篠ノ井に対して、兄貴的と言うか親父的というか、とにかく恋愛云々のポジションにいない。
俺も人のことを言えた義理じゃないが、少なくとも俺だって女子を意識している健全な男子だ。コイツは俺とも違う。
いずれにせよ、今の篠ノ井と巧の関係に進展を齎せるのであれば、一度関係をリセットするのが一番手っ取り早い。
「お前が保護者やってる限り、篠ノ井は変わらねぇ。変われねぇんだよ。お前だって薄々気付いちゃいるんだろ? 篠ノ井は危うい。バランスを崩したらそのまま転げ落ちるぐらいに危ういんだよ。お前が支えてそれが成り立ってる」
「……ッ、でも、だったら俺が一緒にいなきゃ、ゆずは――」
「――だったら。……だったらお前、今の中途半端な距離じゃなくて、付き合うなり何なり形にしろよ」
押し黙った巧を見て、俺は嘆息した。
「……俺、ゆずと付き合うなんて……。一緒にいるのが当たり前だったし、そんな風に見たりは……」
「じゃあ篠ノ井と距離を置けよ」
「は……?」
「お前と篠ノ井の家庭の付き合いってのは、あまりにも近すぎる。それじゃアイツはお前に依存するし、お前も篠ノ井に肩入れしたままになる。以前お前が距離を置こうとしたのは間違っちゃいなかった。ただタイミングが悪すぎて、あの時は止めたけどな。でも今は違う。お前は離れるべきだ」
確かにあの時は止めた。でも今は違う。
俺は巧に離れることを推奨する。
「なぁ、巧。お前が篠ノ井のことをどう思ってるのか、俺には判らん。ただの幼馴染として付き合うにはお前らは近すぎるし、かと言って他に恋人が出来たりもしそうにない」
「まぁ今の所はそんな話もねぇけど……」
そんな話はない、か。
この言葉をもしも篠ノ井が聞いたら、きっとまた笑顔を貼り付けたまま傷付くんだろうな。
そんなことを思うと、やっぱりこの鈍感系体質ってのは罪だと実感させられる。
「そりゃ、今の関係は心地いいだろうさ。仲の良い、気兼ねなく付き合える理解者が近くにいるんだ。でも来年はどうなる? 再来年はどうする? 受験や就活なんかが始まって、大学に進んで別々の大学に行ったらどうするんだ?
同じ大学に進んで、また4年間同じ日々を過ごすのか? そうやってお前らは、何も変わらない日々を享受してそれで満足か?」
まくし立てるような言葉をつらつらと口にして、俺は巧へと問いかける。
俺達の、十代の青春ってのはやたらと日々が濃密だ。
流れるように日々が過ぎるなんてことも滅多になくて、毎日何かが起きる。
友達との会話だったり遊びだったり、テストの勉強だったり。
ただ淡々と過ごすなんて、もったいない。
だけど巧と篠ノ井は、まるで同じ日々を昔から繰り返しているだけに見える。
ルーチンワークのように淡々と日々を過ごして、このまま何もなければ、きっとなし崩し的にはひっつくのかもしれない。
別にそれは悪い話じゃない。むしろ巧と篠ノ井だけの世界なら、それで良いのかもしれない。
なら何で俺は、そんな二人の話を聞いて、助言をしているのか。
決まってる。
――瑠衣の為だ。
アイツは巧と篠ノ井に気を遣ったまま、このままじゃ不完全燃焼に終わりかねない。
ちょっとばかり喧しくて、小動物みたいな雰囲気を放った可愛い後輩。
そんなアイツの存在を無視して、面倒だからと以前のように丸投げしたりは出来なかった。
きっと俺は、瑠衣という一人の少女の力になりたいと思っているんだろう。
「……なぁ巧。実は俺、篠ノ井にもお前に言ったことを告げたんだよ」
「距離を置け、ってことか?」
巧の質問に頷き、肯定を返す。
「……篠ノ井はそれで納得してたよ」
「え……?」
「お前と距離を置くって、アイツは決めたんだ。だからお前もそれを頭に叩き込んで、篠ノ井と少し距離を取れ。納得出来ないってんなら納得しなくても良い。ただ篠ノ井の為だけに、お前はそれをやってやるべきだ」
それ以上、俺達は何も話そうとはしなかった。
◆ ◆ ◆
「――俺、宝泉さんのこと気になってたんだ」
「……はい?」
友達に誘われて一日遊んだその帰り道。
すっかり空も暗くなってしまい、帰りが遅くなった瑠衣を送ると告げたクラスの男子生徒が、瑠衣に向かって声をかけた。
(……気になってる、とだけ告げられても。これって告白なのかどうなのか、よく解らないですけど……)
そのまま何も喋ろうとしない男子生徒を見て、瑠衣はそんな当たり前の感想を抱いていた。
それぐらい、瑠衣にとっては感動も何もない言葉だった。
「宝泉さん、俺と……――!」
「――私、好きな人がいるです」
「……は?」
素っ頓狂な声を漏らしたのは、今度は男子生徒の方だった。
決死の覚悟で口にした告白――のつもりであった言葉をあっさりと遮られ、少年は唖然として瑠衣を見つめた。
「だから、告白は聞かない方が良いと思うですよ。これからも友達でいる為に」
瑠衣なりの、後に禍根を残さない常套文句だ。
――宝泉瑠衣はモテる。
その小柄で整った顔に、高い声。そしてどこか清楚に見える独特な雰囲気。
周囲の男子から下心を持って接して来られることも多く、ある意味こういったシチュエーションに関しては耐性がある。
とは言え、決して嬉しい経験値という訳ではない。
告白の厄介なところは、告白してきた相手を断った後の微妙な空気だ。
自然とお互いを意識してしまい、断った気まずさと断られた恥ずかしさが、お互いの距離を疎遠にさせる。
だから瑠衣は、告白されたくない。
好きな人からじゃない限り、なるべくなら聞きたくもないのだ。
(……我ながら、酷い女だと思うですよ)
沈黙の中で瑠衣は自己嫌悪していた。
他人の決死の告白を、言い切る前から潰しにかかるなんて。
そう思うだけで、胸の内をチクチクと痛みが生まれる。
それで嫌われるなら仕方がない。
ただ普通に断るぐらいなら、いっそ嫌ってくれた方が相手もすぐに自分を忘れるかもしれない。
そう思うからこそ、瑠衣はあっさりと、慣れた様子で先んじたのだ。
「悪いけど、諦めないから!」
「……は、い?」
「宝泉さんのこと、そう簡単に諦めたりするつもりはないし、フラれたってまた言うと思う。だから、俺と付き合って下さいっ!」
唖然。
瑠衣の心境はまさにその通りであった。
言っている言葉は支離滅裂で、フラれることを前提に先んじる瑠衣に向かって告白する男子なんて、今までに見たこともない。
普通告白というのは、ただ自分の気持ちを告げる自己完結で終わるはずがない。
少なからず結果は求めるだろうし、気持ちを伝えてハッキリしたかった、などというのは所詮は詭弁であり、フラれた自分を装飾しているのだと瑠衣はそう判断している。
だからこそ、フラれる前提で告白してきたその少年は、あまりに異質で、不思議で。
それでいて、迷惑だった。
「ごめんなさい。付き合いません」
「……はは、付き合えないじゃなくて、付き合いませんって……。キッツいな……」
苦笑しながら答える少年に、瑠衣は何も言おうとはしなかった。
せっかく友達が出来て、今日は一緒に遊べるものだと考えていたのだ。
学園でやっと、友達らしい友達が出来るのかと思っていたのだ。
なのに蓋を開けてみれば、この少年が瑠衣に告白する為に周りの生徒に頼み込み、告白するこの機会を作る為だけに誘われたような、そんな気がしていた。
もちろん、そのつもりはないかもしれないが、瑠衣にとってはやはり迷惑な話だった。
男をフッたという噂も少しは流れるだろう。
そのせいで、きっと周りはまた少し、瑠衣から距離を置く。
今までがそうだったから、瑠衣にとっては迷惑としか言いようがなかった。
「……じゃあ、帰るです。ここまで送ってくれて、ありがとです」
「あ、あぁ、うん……。じゃあ……」
何かを言いたげにしていた少年に背を向けて、瑠衣は自宅に向かって歩き出した。
――友達が出来るのかと、期待していたのに。
瑠衣が抱いていた期待とはあまりに違った言葉を告げられたせいで、瑠衣の交友関係はまたゼロに戻り――いや、むしろマイナスに戻った気さえしていた。
せっかく告白してくれた気持ちを踏み躙りたくはない。
だけど今は、期待を潰されたことに罵倒の一つでも口を突いて出てしまいそうだったのだ。
「……瑠衣?」
逃げるように早足で夜道を歩いていた瑠衣に声をかけたのは、悠木の部屋から帰っている最中の巧だった。
次話 3/1 18時
区切りが良いので今回は少し短めでした。
お読み下さり有難うございます。