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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第一章 二人の美少女
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#001 嫌悪に近い感情

 過ごしやすい陽気になってきた春の暖かさ。

 昼頃には空腹が集中力を欠かせ、午後はうららかな陽気が俺の眠気を発揮させるという、なかなかに苦行な陽気だったりする。


 さて、授業というのは、どんな工程の授業であろうとも教師次第だ。

 覇気やメリハリのない授業は退屈を生み出し、逆に無駄に声が大きかったりすると喧しく感じさせる。

 幸いこの学園の先生方はそういったバランス感覚が高く、退屈だとは思わせない。

 実に見事である。


 そんな訳で、俺は勉学に励みながらも、不意に視線を窓の外へと向けた。


 ――フラグブレイカー。


 俺の後ろ、窓際最後尾で座って授業を受けている巧について、俺と雪那さんはこれから、あらゆる手を使って恋愛脳へと発展させていく必要がある。

 それはつまり、出来事の全てがフラグであると気付かせる必要がある、という事だ。


 その為に俺は、今一度、それこそ完全なる親友キャラを演じなくてはならないのだ。

 女子の好み――この場合、篠ノ井と雪那さんの二人の興味を把握し、そしてデートのセッティングをさせてみたり。

 二人の誕生日をさりげなくアピールする事で、プレゼントを渡させたり。

 巧と篠ノ井、もしくは雪那さんとのエンディングを迎えてもらう必要がある、という訳だ。


 何が悲しくて、自分の高校生活の為に他人のエンディングを支援しなくてはならんのだか。

 まったくもって迷惑な話である。


 となれば、まずはフラグを立ててそれを回収させる必要がある。


 俺の見える所でフラグを成立させ、そして巧を強制的にイベントに参加させる。

 とまぁ、そこまでは考えつくものの、どうしたものか。






 放課後。

 鞄の中に教科書を詰め込んだ俺は早速立ち上がり、巧へと振り返った。


「巧、部室行こうぜ」

「あぁ、悪い。俺ちょっと今日体調があんまり良くなくてさ。帰るわ」


 これは――イベント発生だ。

 日常とは違った出来事はイベントとなる。

 それはつまり、好感度を上げるチャンスと言える。


 篠ノ井はまだこちらには来ていない。

 となれば、俺から篠ノ井に声をかけ、帰宅に付き合わせるのが妥当か……?

 雪那さんとの親密度も一度上げておきたい所だが、ヤンデレを放置する訳にはいかん。

 ならば、やはり正攻法だ。


「篠ノ井ー! あのさ、巧なんだけど――」

「――ごめん、悠木クン! 私ちょっと職員室に行かなきゃいけないから、また後でねー!」


 なん、だと……!


「んじゃ、悠木。悪いけどそういう事だから」


 ど、どうする! 何でこんな時に篠ノ井が動けない!

 まさか、フラグブレイカーの能力は他者の行動にまで影響を及ぼすってのか……!


 ここで俺に取れる選択肢は多くない。

 しかしこのまま一人で帰らせるのは上策じゃない……! イベント回避に繋がってしまう!


「そうだ、巧! 保健室でちょっと熱だけでも計ってもらおうぜ!」

「いや、家帰って寝るから……」

「保健室、行こうぜ!」

「い、いや、だから……。ちょ、悠木、顔。顔が怖い。それに痛いんだけど、その肩を掴む手!」


 フザけんじゃねぇ! せっかくのイベントをみすみす逃させてたまるか……!

 今は一度保健室に撤退して、時間を稼ぐ。その間に篠ノ井に連絡を取って、二人で一緒に帰らせる。それしかない。


「あら、風宮クン。どうしたの?」


 教室の入り口からそう声をかけてきたのは、雪那さんだ。

 ナイスタイミングだ!


「あぁ、櫻さん。体調悪いから今日は部活を休もうと思ってさ」

「そうなんだよ! だけどこいつ、家に親がいないから保健室で熱を計らせて、篠ノ井に帰りを付き合わせようと思ってさ!」

「あら、そうだったの」


 その時、俺と雪那さんの間では、視線で会話が交わされた。


《篠ノ井が教室を離れてるんだ! イベント成立させる為にも協力してくれ!》

《分かったわ》


 以心伝心である。

 コクリと頷いた雪那さんがこちらへと歩み寄り、そして巧の額に手を伸ばし、触れた。


「え、ちょ……!?」

「少し熱がありそうね。風宮クン、確か篠ノ井さんとは家が近いのよね? ここは一つ、私と一緒に保健室に行って熱を計って、篠ノ井さんに帰りを付き合ってもらった方がいいと思うの」


 クソ、クソー!

 額に触れられて熱を計られるなんて、クソー!

 羨ましいぞ、俺も熱を出したい!


 そんな葛藤をしていた俺に、雪那さんから鋭い視線が飛んできた。


《乗ってあげたわ。追い打ちをして》

《はい。俺が熱なんて出してもこういうイベントは有り得ないって事ですね》


 バッチリ意思を汲み取った俺は傷心しつつも、今は巧を乗せる。


「じゃあ、雪那さん。俺篠ノ井呼んでから保健室に行くから、巧の事保健室に連れてってやってくれ」

「えぇ、分かったわ」

「いや、悪いって! それに俺なら大丈夫――」

「いきましょ、風宮クン。さ、立てる?」

「ちょ、ちょっと、櫻さん!? そ、その、当たってるから……!」


 腕を回した雪那さんに狼狽しながら、巧は保健室へと連れて行かれた。


 ああぁぁぁッ! 当たってるとか羨ましすぎるぞ、この鈍感系!

 ハーレム系主人公補正なんて滅びろ! クソ、クソー!


 血涙を流しかねない勢いで俺の心が叫び声をあげた。








 ◆ ◆ ◆








 私――櫻 雪那――は今、巧くんの腕を敢えて強く抱きしめながら、廊下を進んでいた。

 周囲から向けられる視線は、何事かと気にするような、それでいて生温かいような視線も含めたものばかり。


 ――そろそろ、かしら。

 ふと強引に引っ張る巧くんを見ながら、私は彼を見上げた。


「あの、櫻さん。その、歩けるから、腕を……」


 ――来た。

 予想通りの反応を示す巧くんに、思わず小さく苦笑しそうになりつつも、頬に力を入れて表情を作る。


「あ……っ、その、ごめんなさい……! 私ってば、何を……」


 腕から離れ、巧くんに背を向けて呟く。


 ――ここまでは作戦通り、といったところかしら。

 あえて触れていた事を大袈裟に恥ずかしがりながら、不意を打つ。

 こうする事で、普通の男子ならば当然気恥ずかしくなり、声を掛けてくるだろうと踏んでいたけれど……。


「心配してくれたんだな。なんか、わざわざ付きあわせてごめんな」


 ――……やっぱり、一筋縄ではいかないわね。

 思わず、心の中で小さく舌打ちする。


 ただの鈍感系主人公のラブコメならば、ここで恥ずかしがっている所へ篠ノ井さんあたりが登場し、修羅場の一つでも生まれてくれただろう。

 しかし、フラグブレイカーの巧くんは、きっとそんな王道展開すらブレイクする。

 あっさりと普通のテンションに戻ってしまっては、この状況を篠ノ井さんが見たとしても焦りはしない。


 ヤンデレ要素のある篠ノ井さんなら、あるいは一緒にいるだけで暴走しかねないけれども。


 仕方なく、敢えて王道を貫く事で巧くんへと軽いアプローチを試みる事にした。


「そ、その、気にしないで。私が風宮くんの事が心配だっただけだから」

「あはは、ありがとな。同じ部の部員ってだけなのにさ」

「そ、そういう意味じゃ……」

「ん? 何か言ったか?」

「……何でもないわ」


 口を尖らせながら、視線を外す。

 そして同時に、その長い髪で表情を隠した雪那は取り繕っていた表情を一瞬にして消し去り、思考を巡らせた。


 鈍感系に正攻法はやっぱり通用しない。

 かといって、過剰なアプローチをしてラブコメにした所で、それは篠ノ井さんと同じ。何にしても、データが足りないわ……。


「それにしても、風宮くん。悠木くんと仲良いんだね」

「あぁ、うん。アイツはいい奴だよ。そういう櫻さんこそ、悠木とずいぶん打ち解けたみたいだな」

「えぇ。同じ寮生だもの、帰り道も一緒だから。……私、誰かと一緒に帰るってあんまりした事なかったから、なんだか嬉しくて」


 この言葉は真実だった。

 化粧品メーカーの社長令嬢。そして、自分で言うのもおかしな話だけれど、私はそれなりに容姿が整っていると自負している。

 そんな私に、気軽に近付こうとする者は少ない。


 孤高の令嬢、高嶺の花。

 そんな風に扱われているのは知っている。

 それを利用して、敢えて誰とも深く関わろうともしなかったのは、他ならぬ私だ。


 敢えてそんな真実をクッションにしつつ、私は続ける。


「篠ノ井さんと風宮くんは、幼馴染だものね。いつも一緒なんて、羨ましいな……」

「何言ってんだよ。これからは俺がいるだろ?」

「え……?」

「同じ『読書部』なんだからさ。もう一人きりって事はないだろ?」

「……えぇ、そうね」


 ――……さすがは天然たらし、ね。

 冷めた思考(・・・・・)で、私は巧くんをそう評した。


 今の流れで、自分が一緒にいるという歯の浮くようなセリフを告げる巧くんの態度は、私にとって――正直に言えば好ましくない(・・・・・・)

 自覚がなければ許される、というのが一般的な鈍感系主人公の風潮ではあるものの、いっそ目の当たりにしてしまえば――浅い。


 鈍感系主人公はみんな、フラグブレイカー。

 こういった言葉を言うクセに、他人の気持ちに気付かない、靡かない。

 その姿はいっそ――酷く滑稽なものに思えてしまった。


 ――私がゲームの中に入り込んだ、なんてストーリーなら……。あるいはこんなキャラクターがいても納得はできるでしょうけど。


 自嘲気味に、目の前の現実をそう断じる。


「……気味が悪いわね」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も。ほら、風宮くん。着いたわよ」


 保健室の扉を開き、も誰にも聞こえる事のない、目の前の現実に向かって投げつけた自身の本音。

 それを私は――今はまだ、誰にも言う訳にはいかなかった。


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