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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 二章 『日和祭り』
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#008 許されない言葉

バレンタインネタも入れてますけど、番外編ではありません。



 ――――これは、俺が高校一年目の冬の出来事だ。



 この日、学園の男子生徒は皆浮足立っていたと言っても良いだろう。

 共学化した最初の年。

 男性生徒は全学年の生徒を合わせても6分の1以下の人数しかいない。


 つまり、倍率の低い勝負である。

 男子生徒はその日、朝から浮足立っていた。





 ――――非モテ男子の聖戦(バレンタインデー)が始まった――――





 朝。

 俺は部屋を出て朝食を食べている時から同類共(ライバル)の姿を確認していた。




 バレンタインデーの男子は大きく分けて4つの種類に分かれる。




 まず1つめ――――リア充。

 恋人がいるからって浮かれ、自分は本命がもらえるからと言って余裕ぶっている奴。

 爆死しろ。

 壊滅的な腕前の毒チョコ喰らって死ねば良いのに。


 次に2つめ――――無関係タイプ。

 この日を意識して「もしかしたら」という淡い期待を抱きつつも、「期待してはいない俺」を演じている面白くも何ともないタイプだ。

 義理チョコもらっただけで「俺に気があるんじゃ」と思える。


 ……おっと、俺も義理チョコもらったらそう思う。

 例え義理であってもニヤニヤが止まらなくなる。

 同志の心は分かってしまうが。


 次に3つめ――――当日アピールタイプ。

 髪型を変えてみたりとかしちゃうタイプである。

 そもそもモテたいからと言って髪型をその日だけ変えるのは無意味だ。

 前日、或いはもっと前から準備して今日を迎えるのが用意してる側なのだから。


 そして4つめ――――卑屈タイプ。

 これはある意味一番厄介だ。

 せいぜい無駄な足掻きでお前ら頑張って、と嘲笑って戦線離脱。

 高みの見物を決め込んだフリをしながら、初めから戦場に立とうともしないタイプである。

 このタイプは、義理チョコをもらっただけでツンデレ効果を発揮する。

 ――「べ、別にそういうの興味ないし……っ」とか。

 そして例え相手が義理チョコをくれただけでもホワイトデーには真剣に悩み、逆に引かれる可能性も高い。




 ――とまぁ、こんな具合だ。


 ちなみに俺は、こんな分析をしているぐらいだ。

 当然、この4つの分類に入らないように心掛けている。


 俺は5番目。

 真剣に欲しいと切に願ってやまないが、アピールはしない。

 そもそも諦め気味である。



 その理由は至極単純なものだ。



 ――――登校して教室につくと、俺のもとへと篠ノ井がやってきた。

 どうやら巧はトイレにでも行っているらしい。


「ねぇ悠木クン。巧にチョコ作ったんだけど、どうやって渡せば良いかな?」

「……学校に来る前に渡しておけよ……」

「えー、だって……。普通に渡したら義理チョコだと思って受け取られちゃうから……。何か良い方法ないかな……?」


 学校に着いて早々に相談を持ちかけてきたこの女子。

 鈍感系主人公体質の幼馴染キャラこと、1年にして美少女として有名である篠ノ井。


 コイツと鈍感系主人公体質の巧のせいで、俺は他の女子と交流が出来ていないからだ……ッ!


 いざ聖戦を前にして怪我で戦地にも赴けない男といった所だろう……。

 フッ、笑ってやってくれ。


 俺にとっちゃ目の前にいるこの美少女こそ、ローマ兵士にとってのクラウディス2世だよ……。

 さしずめ、『戦争で士気が下がるから結婚を禁止』というかの帝王の如く、『私と巧の関係に協力してくれるんだから、そんな暇ないでしょ?』的な無言の束縛を受けている様なものさ……。


 もし俺がこの篠ノ井達より先に恋人でも作ろうものなら、きっと俺は聖ヴァレンティヌスと同じく処断されるんだろう。

 クソ迷惑だ。だがやめられない。

 美少女に良い人って思われたいと思うのは、もはや俺の中の第一優先目標だ。


「悠木クン、ちょっと。聞いてる?」

「しっかり聞いてるに決まってるだろ? 俺は巧とは違って人の話はしっかりと耳に入るタイプだからな」

「……はぁ。そうだよね。巧って何言ってもあまり反応ないし、たまに耳悪いんじゃないかって本気で思うよ~」


 そりゃ俺も思うわ。


 篠ノ井は確かに可愛い。見た目だって良いし、性格だって元気で明るい。

 ただ時折、不意に見せた笑顔が偽物めいた物に見える時もあるし、ちょっと巧に対して妄信的とでも言うか、あるいは執着心が強いというか。


 まぁ、そんな節があったって、美少女であればどうでも良い。

 さすがに俺も色々なジャンルのキャラクターを愛して来たが、ヤンデレでさえなければだいたい受け入れられる気がする。


 まぁ、篠ノ井には関係のない話だろう。


「悠木クン悠木クン。二人っきりになる為に呼び出してみたりするのはどうかな?」

「却下だな」

「えー、何でー?」

「考えてもみろよ。あの巧が、たかがそれぐらいで本命だって思ってくれるなら、今日まで半年間――いや、篠ノ井にしてみればもっと長い間振り向かせようと努力してきて気付いていないはずがない」

「……そっか、そうだよね……。悠木クンは、私のことちゃんと分かってくれるんだね」

「まぁ、こんだけ見てりゃ多少はな」

「…………うん、そうだよね。あはは、それはそれで嬉しいよ、ありがと」


 …………ぐはぁ……ッ、そんな笑顔を俺に向けるんじゃねぇ……!

 いきなり俺の好感度が攻略可能域に達してしまったじゃねぇか……!


「……おのれ、巧め。何で気付いてやれないのやら。ホントに、一度死ねば良い――」

「――それはダメだよ」

「なんて思わないでもなくもない。まぁアイツはアイツで良いヤツだよ、うん」

「……そうだよね?」


 慌てて首を縦に振った俺。


 いきなり真顔になって反論してきたから何事かと思った……。

 クソ、巧め。

 こんな良い子の純情に気付かないなんて、ホントに絞め殺してやりたいぐらいだ。






◆ ◆ ◆






「――――なんて思ってた時期が俺にもありましたよ、と……」

「何をさっきからブツブツ言っているのかな、悠木クン。悠木クン、私の話聞いてるよね? 聞いていないと私、さすがにちょっと怒るかもしれない。大事な話をしている最中なのに遠い目なんてして、そういうのってちょっと失礼だと思うんだよね」


 ……久しぶりに来やがった、このヤンデレ……ッ!


 光のない目、抑揚のない口調。

 どこかから包丁でも取り出してしまいそうな気配がするよ……。


 しかもコイツ、瑠衣と巧には背中を向けてやがるせいで、俺にしかその表情を見せない位置を取ってやがる。

 意外と計算されているのがヤンデレクオリティなんだろうか。


「……っていうか、篠ノ井。お前その病みモード卒業してなかったのかよ……」

「何を言ってるのかな? あぁ、そうだ。はぐらかそうとしてるんでしょ。ホントに、ホントにまったく。悠木クンはそうやってすぐにはぐらかそうとするんだから、油断ならないよね。でもね。私はそういうのは通用しないんだよ、悠木クン」


 会話にならないんですけど。


 落ち着こう。落ち着こうじゃないか、俺。

 そもそも篠ノ井は、俺に対して病んでいる訳じゃないんだよ。


 やはりコイツの行動理念の念頭に置かれているのは巧のはずだ。

 何がきっかけで病みモードになって来やがったのかは解らないが、少なくともコイツは俺に対して実害を及ぼす様な真似はしないはずだ。


「何を納得してるのかな? 聞いてるの? 聞いてないんだったら――」

「――バッチリ聞いてますとも。それで、一体何でそのモードに突入したんだよ」

「最近悠木クン、私と巧の間を取り持つのが少しおざなりなんじゃないかな?」


 …………。


「そ、そそそんな事ないッスよ。気のせいッス」

「そう? 何もしてくれてない気がするんだけど。それともあれなのかな? もしかして、もしかしてだけど悠木クン。ゆっきーが来たからって私達の――ううん、私の悩みなんてどうでも良いって思ってるんじゃないのかな?」

「おいおい、篠ノ井。まぁ落ち着け。だいたい今は夏休みだ。俺が間を取り持つのは無理があるだろ?」

「無理? 無理ってどういう意味? 私と巧の間を取り持つのが無理ってこと?」

「そうじゃねぇよ。お前も大概ご都合主義な耳してんのか、コラ……ってのは嘘ですすみませんごめんなさい」


 ピタリと動かないまままっすぐ俺を見てきた篠ノ井に負けた。




 いや、しかしだ。

 これは良い機会なんじゃないだろうか。

 そう、例えばここで俺がガツンと言ってしまえば、解放される、と。




 確かに最近は振り回される程じゃないが、それでもこのテンションに付き合わされる事はないだろう。



 怖い。非常に怖いが、そうも言ってられない。





 男子たる者、ガツンと言ってやるべきなのかもしれない。






 そうだ、俺の鋼鉄の意志を持ってさえすれば、ヤンデレなど恐るるに――――。






「ねぇ悠木クン、手伝う気あるよね?」

「当たり前だろ? 俺を誰だと思ってやがる。美少女のお願いには基本的にNOは言えない男、それがこの俺だ。あまり見くびってくれるなよ」





 ――――……恐るるに足りすぎた。

 だって怖いんだもの、この子。


「そう。だったら悠木クン、私と巧の為に瑠衣ちゃんをどうにかしてくれる?」

「……は?」

「だって、瑠衣ちゃんは巧が好きなんだよ? なのにこのままじゃ私にとっては邪魔(・・)だもの。だったらどうにかした方が良いと思うでしょ? 思うよね? 思わなきゃおかしいよね」

「邪魔ってお前……」

「だからね、悠木クン。悠木クンが瑠衣ちゃんのことをどうにかしてくれたら一番手っ取り早いと思うんだ。それだったらきっと、きっと私もうまくいく」


 …………。


「……悪いが篠ノ井、それは無理だ」


 俺の言葉に篠ノ井の眉が初めてピクリと動いた。


「……どういうこと? 私のこと、助けてくれない――――」

「――お前、今自分が何言ってんのか分かってんのか?」


 篠ノ井の病みモードの言葉を遮って、俺はまっすぐ篠ノ井を睨み付けた。


「言っておくけどな、今のお前の言ってる言葉は最低だぞ。お前もし自分がそれをされたらどれだけ傷付くのか、考えて言えよ」

「え……、ゆ、悠木クン……?」

「俺は『読書部』の連中が嫌いじゃない。どっちかって言えば好きな部類に入るっつか、好きだよ。そこには巧もお前もいて、雪那もいて。瑠衣も水琴もいる。だから尚更、お前のその考え方に対してだけは賛同なんて出来ない。むしろ俺は、それを本気で言っているならお前を応援するつもりはない」


 病みモードで、しかも俺に反論されるとは思っていなかったんだろう。

 篠ノ井の反応は明らかに動揺していた。


 今の篠ノ井は、悪癖にぶつかっている最中だ。

 本心じゃないかもしれないが、本音ではあるんだろう。


 確かに恋敵なんてのは、ぶっちゃけて言えば邪魔だ。

 それは否定しない。

 だけど、それを誰かを巻き込んで排除しようと言うのなら、俺はそのやり方を許すつもりはない。


 病みモードにキツい言葉を言うのが危険であると、俺の中でそう叫ぶ気持ちが確かに存在していた。

 今の俺は間違った言い方をしているのかもしれないし、もっとうまい言い方だってあるのかもしれない。


 それでも、俺は篠ノ井に正面からぶつかって言葉を投げかける。


「……おい篠ノ井。お前のその暴走癖を直せとは言わねぇよ。それが癖になってるなら無理に直す必要はないかもしれないだろうさ。でもな。お前は口にしちゃいけない提案を俺に持ちかけて来た。

 今すぐ撤回しろよ、篠ノ井。お前の事を嫌いだと思った事は一度もないけどな、これを撤回しないんなら俺はお前を軽蔑する事になる」


 光のなかった目が涙で揺れ始めた。

 恐らく、自分が抱いた感情が、口にした言葉が間違っていたと理解したんだろう。


「……わ、たし……は……」

「お前さ、見た目がそれだけ良くて何で巧に対して自信ないのか知らねぇけどさ。いい加減自分の事信じろよな」

「……どういう、意味……?」

「前までは昔の事で記憶がなかったりしたんだろ? だから自信がなかったのは分かる。けどな、今のお前はそうじゃねぇだろ」


 確かに雪那の家と篠ノ井の親父さんの事は、気の毒だった。

 でももう、それを理由に逃げて良いなんて思わせるつもりもない。


 まぁ、これで俺は美少女から嫌われる可能性もあるが。

 何せ真正面から意見をぶつけてるんだ。

 巧に対してならともかく、美少女にイエスマンたる俺らしくない行動だ。


 立ったまま俯いた篠ノ井は、それ以上何かを言おうとはしなかった。

 俺は立ち上がり、篠ノ井と擦れ違うように巧と瑠衣のもとへと歩き出す。


「……今日はもう帰れ。今巧に声かけてきてやるから。今の話は聞かなかった事にするぞ」


 返事もなく頷いただけの篠ノ井を横目に、俺は巧に声をかけて二人を帰らせた。

次話 2/17 22時


久々に熱い男になる悠木でした。

評価・感想、お気に入り登録なども含め、お読み下さり有難うございます。

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