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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 二章 『日和祭り』
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#007 瑠衣と悠木の接し方

 結局、巧と篠ノ井の買い物はタオルなどの日用品を含めた、デートらしさが一切感じられない内容だ。


「そんなんだからお前らいつまで経っても進展ねぇんだろうな……」

「何か言ったか?」

「お前一度耳鼻科に行った方が良いんじゃね?」


 ホント、その都合の良い耳は一度手術でもした方が良いと思う。


「ねぇ、瑠衣ちゃん。宿題終わったー?」

「まだ半分近く残ってるですよ……。なるべく涼しい時間に宿題やってるですけど、なかなか終わらないです」

「……偉いんだね、瑠衣ちゃん」

「っ!? ゆずさんやってないですか……?」

「えっ!? や、やだなー、瑠衣ちゃんてばー。そんなのある訳ないじゃない、あははは……」


 後ろから聞こえて来る声に一抹の不安が過ぎる。

 これは夏休みの終盤に俺と雪那に助けを求めるフラグではないだろうか。


 そんなフラグ、俺がへし折ってやる。


「言っておくが、夏休みの宿題まで面倒見る気はないからな」


「「「っ!?」」」


「おいちょっと待て、お前らはともかく瑠衣まで何だそのリアクション」

「わ、分からない所ぐらい教えて欲しいです……」

「あぁ、そうか。そういう事なら教えてやる」

「わ、私と巧なんて分からない所だらけだよっ!」

「それ胸張って言えるセリフじゃねぇよ……。だいたいお前ら、二学期まで追試とか勘弁してくれよ。さすがに高校2年の二学期からは色々と響くぞ」


 ビクッと肩を震わせた巧と篠ノ井の二人。その横で瑠衣はほっと安堵していた。


「言っておくけどな、瑠衣。1年目での授業を落としてたらお前もこの二人と同じ末路を……」

「わ、私頑張るですっ! 雪那先輩に教わるです!」


 俺にじゃないのか……。


 女の子とお勉強なんて、春の俺から見たら吐血するレベルだったんだけどなぁ。

 最近はそのシチュエーションには美味しい展開はさっぱり存在していないってことがよく分かった気がする。

 密着して勉強を教えるとか、そういうのってないんだよな……。


「……おい瑠衣。何でそんな変態を見る様な目で俺を見てるのか、聞かせてもらおうか」

「悠木先輩、言っておきますけど今の心の声ダダ漏れですよ?」

「…………腹減ったな、巧。飯にしようぜ」

「逃げたっ!? 逃げたーっ!」

「う、うるさい。公の場で叫ぶんじゃねぇ……!」






 遅い昼食を済ませた俺達は、駅前のショッピングモールを後にして帰路につこうかという流れになっていた。

 今はまだ昼過ぎ。小学生ならまだまだ遊び盛りだが、用事がないしこの暑さだ。

 早く涼しい所へ行きたいというのが本音である。


「暑いよー、水に浸かりたいよー」

「そうは言ってもなぁ。水着もないしな……」

「うぅ……、ゆずさんに同意なのですよ……」


 まるでゾンビを彷彿とさせる様子で歩いていると、篠ノ井、巧の順番に愚痴が零れる。


 水着か……。

 この前堪能したけど、まだ物足りない。

 むしろやり直しを要求したい。


 とは言っても、雪那もいないしな。

 このメンツで行ったら俺は巧ハーレムのただの邪魔な人になりかねない。

 ……それはごめんだな。


「あぁ。川なら知ってる所がない訳じゃないぞ」

「あ、悠木先輩。もしかして……」

「あぁ、瑠衣は知ってるよな。あそこだ」

「……でも、教えちゃっても良いのです? あそこは何か思い入れがあるみたいなこと、この前悠木先輩言ってた気がするですけど」


 思い入れというか思い出というか。

 別に秘密基地って訳じゃないんだから何も隠してる訳じゃないんだけど。


「なになにー? 何の話ー?」

「あぁ、川があるって言ってたんだけどさ。行ってみるか?」

「おー、いこー! 私そんな所知らないや」

「俺も良い場所あるなんて知らないなぁ。悠木、案内してくれよ」

「へいへい」


 とは言いつつも幼馴染ペアは前を歩いている訳だが。

 そんな二人の後ろを歩いていると、俺のシャツの裾がくいっと引っ張られる。

 振り返ると瑠衣がこちらを見上げていた。


「どうした?」

「……ホントに良いのです?」

「川を教えるってことか?」

「です」

「……なんだ、まだ気にしてたのか? まったく――――」


 なんだかんだ、瑠衣は俺の心情に気を遣ってくれているのだろう。


 例えばこれが、沙那姉と話をする前だったら。

 雪那と再会する前だったら、俺もこうあっさりと教える事はなかったのかもしれない。


 俺だって他人にはそう広めたいって訳じゃない。

 思い出の場所って、なんだか占有していたい気分に浸りたくもなる。


 ――――だけど、このメンバーなら別に教えても良い、そう思う。







 だから俺は、こうして俺の事を気遣ってくれている瑠衣に少しだけ苦笑混じりに笑みを浮かべて、瑠衣の頭をポンポンと軽く叩いた。







「――そんな小さいこと気にしてるから背が伸びないんだぞ」

「っ!? まさかのです! まさかの恩を仇で返すような発言ですっ! 私の心配を返して欲しいですっ!」

「成長とーまれっ」

「この指とーまれ、みたいに言うのやめるですっ! 私はまだまだ伸び盛り……、あれ、最近あまり伸びてないような……。そ、そうですっ! 遅い成長期が来るですよっ! そしたら悠木先輩なんて――」

「――あ、巧。そこ左な」

「あぁ、了解」

「人の葛藤と抗議を無視するなですよーっ!」


 むきゃーと言いながら両手で俺の手を掴んで攻撃しようとする瑠衣を華麗にスルーしながら、俺は巧に向かって道を説明した。









 なんやかんやと騒ぎながら、俺達はあの川辺へとやって来た。


 この川、水も綺麗だし遊ぶ人が多くても良いものではあるんだが、どういう訳かいつも人がいない。

 少し住宅街から離れてるっていうのもあるのかもしれないが、今日も見渡す限りには人がいない。

 ちょっとした日和町の不思議の一つだと思うんだ。


「――という訳なんだよ、瑠衣。もしかしてここって事故とかそういう類が多くて、何か出たりするんじゃ……」

「や、やややめるですよぉ……。私は川には近づかないと今心に誓ったところですぅ……っ」

「……いや、ホントごめん。そういや瑠衣、そういうのダメだったな」


 斜面に並んで座っている俺と瑠衣。

 カタカタカタと小刻みに震える涙目の瑠衣に、出会ってから初めて心から謝った。


 いや、いつもは悪気はあったけど今回ばかりは狙ってなかった。

 肝試しにでも誘ってみようか。


「い、行かないですばかぁ! 全部声に出てるですよぉ!」

「おっと、こいつはうっかり……」


 涙目なせいか語尾が伸びた瑠衣に、今回は悪気があったので謝りはしない。


「というか瑠衣。あいつらと合流して川の中へダイブするぐらいの勢いを見せなくて良いのか?」

「そう言って……、そう言って川に近付いた私をまた脅かすつもりなのは見え見えなのですっ! 私はそんな安易な誘導には引っかかったりしないですっ!」

「おいおい。いくら何でも俺がそこまで嫌がってる瑠衣を、わざわざさらに怖がらせる訳ないだろ?」


 …………。


「ちょっと何処見てるですか。さっきから目が合わないですけど。私の頬の辺りを見て何を固まって……あぁっ! 今一瞬口元がつり上がったですよっ! 私は見逃してないのですっ!」

「ば、バカッ、やめろお! お前、この手は何だ……ッ! 頬を抓る気満々か、貴様……ッ!」

「口での言い合いじゃいつもはぐらかされて負けるですしっ! たまにはこうして反撃ぐらいさせて欲しいです……っ!」


 瑠衣の伸びて来る手を掴みながら攻撃を回避する。何故か取っ組み合いの戦いに発展しかけていた。


 お互いに疲れ、諦めた瑠衣と一緒に巧と篠ノ井に視線を向けた。


 どうやら向こうはかなりびしょ濡れになってしまったらしい。

 ピンクの下着が白いシャツから透けて……ッ!


「……おい瑠衣邪魔だ。何故目の前に立った、お前」

「ゆ、悠木先輩の目がえっちかったですっ!」

「フザけるなっ! 健全なエロさを邪魔するとは、お前は男子の心を何と心得る!」

「っ!? いっそ清々しいぐらいの変態発言ですよっ!」


 斜面の下で立っていた瑠衣が俺の顔を覗き込んでジト目をお見舞いしてきた。

 なんという視界ブロック。


「おい瑠衣。巧は良いのか、巧は」

「巧先輩は人畜無害ですから問題ないです」

「おいお前。まるで俺が人畜有害だとでも言いたげなセリフじゃないか、それは」

「悠木先輩も基本は無害ですけど、だからって見て良いって訳じゃないです。……って、あぁっ! 今舌打ちしたですねっ!?」


 見事に俺のはぐらかし作戦を避けてきやがった。

 さすがに一日に何度も使える作戦じゃないからな。


「……しょうがない、瑠衣。良いことを教えてやろう」

「何ですか?」

「……夏の突然の通り雨は男の味方なんだ……って……お前っ、またかっ! また実力行使に踊り出るのか! なんだそのピースサインはっ! ラブアンドピースは指先を目に向ける凶器の合図じゃないぞっ!」


 まさかの目潰し作戦であった。






◆ ◆ ◆




 一方で、さっきからわいわいと騒いでいる悠木と瑠衣を見て、巧が「へぇ」と声を漏らした。


「どうしたの?」

「いや、なんかさ。瑠衣と悠木って仲良いなって思ってさ」

「……? 前からじゃない?」

「そうか?」


 巧が思い返すのは、宝泉瑠衣という一人の少女がどんな女の子であったのか、ということだ。


 出会いの印象は今も残っている。

 確かに性格も少しずつ変わってはいたものの、やはり周りとは少しばかり距離を置いて付き合ってる印象が強い。それが宝泉瑠衣という少女である。


 しかし悠木と瑠衣のやり取りは、そんな様子が一切見られないものであった。

 それが巧にとって、一抹の淋しさを感じさせた。


「……巧?」

「……なんかさ、瑠衣が成長したなって思ったら、ちょっと感慨深いものがあってさ」

「…………そう」


 フッとゆずの瞳から光が消えた事に、この時の巧は気付いていなかった。


(……そういえばそうだったね。瑠衣ちゃん、巧の事が好きなんだよね。あぁ、そうだ。そうだったよね。まだ私の邪魔(・・)は何も消えてないんだった)


 小さな嫉妬の情念が、ゆずの中の黒い感情を僅かに覗かせた。


「……そうだ、巧。ちょっと瑠衣ちゃんと遊んであげてよ。私悠木クンにお話(・・)しなきゃいけない事があったんだ。すっかり忘れちゃってたよ」

「ん? あぁ、別に構わないけど」

「じゃあ私が呼んで来てあげるから、ここで待っててね、巧」


 返事を待たずにゆずは悠木と瑠衣のもとへと歩み寄って行くのであった。


次話 2/15 22時


お読み下さり有難うございます。

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