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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 二章 『日和祭り』
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#003 水琴の提案

 部屋にやってきた、可愛い後輩であるるー(瑠衣)ちゃん。

 彼女がここにやって来たのも、最初は私が目的ではなかった。勉強を教えてほしいと言われたのは、悠木くんとゆっきー(雪那)の二人。でも二人はなんだかパーティーに参加する事になったとかで、それができないと言われて私にお鉢が回ってきたといったところだった。

 聖燐学園。その特待生枠にいる生徒は、むしろ私や悠木くんのような、由緒正しいお家柄じゃない生徒の方が少ない。それは寮生活の生徒の姿、立ち振舞いを見れば一目瞭然で、私みたいな一般人とはどうにも価値観が違うらしい。

 パーティーなんていう華やかな場所に興味がない訳でもないけれど、私だったらできれば遠慮願いたいところだけれども、それはあくまでもネタになるから、という前提がある。

 肩肘張る空間に長々と居続けるなんて、私の柄じゃない。


 相変わらずの小動物を思わせるような大きくて丸い目を、私――兼末水琴――の部屋に置かれた画材や資料なんかに目を輝かせている。

 可愛らしい顔に愛らしい仕草は、本当に絵に描いたような少女だと私は思う。

 こんな子が、昔はそれを利用していた節があったなんて話を聞かされた時には、さすがに私も驚かずにはいられなかったねぇ。


「今頃二人はパーティーだっけ? 大変だねぇ」


 飲み物を用意しながらるーちゃんに声をかければ、るーちゃんも苦笑を浮かべて頷いた。


「それにしても……なんだか悠木先輩の部屋よりもずいぶんと……その……。ふ、踏み場がないのです……」

「……いやぁ、面目ないなー」

「これ片付けた方がいいです……。手伝うですよ」


 私の部屋には資料やらその他諸々が乱雑とあちこちに置かれている。

 元々、部屋に人を招き入れる機会もなかったので気にしていなかったのだけれど、さすがに人を招き入れるには些か……狭いねぇ。

 るーちゃんのおかげで始まった部屋掃除をしながら、私達はくだらない会話に花を咲かせていた。


 ある程度片付けも一段落したところで、私とるーちゃんは久しぶりに引っ張り出したローテーブルの近くに腰掛けて、飲み物を口にして一息。

 そんな中、ふと鎌首をもたげる好奇心から、ついついニヤリと笑みを浮かべながら口を開いた。


「そういえば、るーちゃん。良かったのかな?」

「何がです?」

「悠木クンと沙那さん、それにゆっきーのことだよー」

「……?」

「だってるーちゃん、悠木くんのこと好きなんでしょ?」

「――ぶふっ!」


 おやおや。これは……予想通り、かな?

 るーちゃんが口にしていたオレンジジュースを噴き出しそうになりながら、涙目であわあわと手を泳がせた。


「けほ……っ。な、何言うですかいきなり!」

「んー? 見てれば分かるんだよねぇ。というより、何やら複雑そうな気配って言うのかなー」

「……複雑、ですか?」

「そうだねー。るーちゃん、たっくんと悠木くんの二人の間で揺れてるんじゃなーい?」

「……な、何言ってるですか!」

「いやー、私のこの手の勘は当たるんだよねー。人間観察が趣味みたいなものだからねー」

「ほ、ほめられた趣味じゃないと思うですよ……」


 からからと笑いながら告げてみせると、るーちゃんはふと表情に影を落として自分の持っていたコップに視線を向けながら、小さくため息を吐いた。


「……ホントは、よく分からないです。私はもともと、巧先輩の事が好きで読書部に追いかけてきたみたいなものですから」

「ほほう、たっくんも罪な男だねぇ」

「巧先輩には告白しようと思ってたですけど、タイミングが悪くて有耶無耶になっちゃったですけど……。でも、その事は悠木先輩も雪那先輩も、ゆずさんも知ってるですよ」


 コップの水滴を小さな手で拭いながら、るーちゃんはぽつりぽつりと続けた。

 聞けば、るーちゃんが読書部に入ったちょうどその頃、ゆずっちとたっくんの間では微妙ないざこざが生まれていたらしい。

 そのタイミングで巧に告白さえしていれば、もしかしたら巧はゆずと距離を離す意味合いも兼ねて瑠衣のその言葉を受け入れたのかもしれない。


 しかしそれは、きっとうまく続かない。

 誰も幸せじゃない。


 そんな思いが過ったのだと、るーちゃんはゆっくりと続けてくれた。


「――そうして、間延びしてゆずさんに遠慮してる内に、悠木先輩と一緒にいる事が多くなって……。あ、でもホントに好きかどうかは分からないです。ただ、悠木先輩は全然、私の事を特別扱いも贔屓もしないから、それがちょっと心地良いです」


 なるほど――と思う。

 自慢でもなんでもないのだけれど、私も比較的、男性からは見た目で優遇されている節があるし、それに気付かない訳ではない。

 けれど、私の場合は自分で言うのもなんだけれど、残念な性格と恋愛っ気のなさを表に出している事もあって、そうそう特別扱いされるには至らない。


 でも、るーちゃんは見るからに愛らしく、可愛らしい女の子だ。

 保護欲というか、そういったものを掻き立てるような見た目と、見た目の小ささも相俟って、守りたくなるような見た目をしている。

 それが理由で、るーちゃんは今でも友達らしい友達はなかなか作れないらしい。


「うん、美少女ならではの悩みって感じだねー」

「え……!? あ、いや、そういう意味じゃないですよ!」

「あぁ、気にしなくて大丈夫だよー。るーちゃんの場合は、自慢で言ってるって感じでもないし、普段から見ててもそういう節あるからねぇ」

「そうですか?」

「だいたいね、そういう事を言うのは“悲しい自分”ってのに浸ってるってパターンが多くて、その上で八方美人を貫くんだよねー。なんだかんだ言いながら、その状況が好きなんだと思うよー。だけどるーちゃんの場合は、読書部以外の場所がなんとなく窮屈そうだなって、偶然そんな現場も見てたからねぇ」

「あぁ……、あれですか……」


 つい先日の話。

 悠木くんと沙那さんの一件で動いていた私とるーちゃんが出かけている最中、偶然るーちゃんと同じクラスに在籍しているらしい男女のグループに街中で遭遇した。


 るーちゃんへの男子の対応は、まさしく鼻の下を伸ばすような、良く見られたい若い男子らしい態度。それを止める女子も、るーちゃんをまるで神聖視でもしているのかというぐらいに過剰に守ろうとしているように見えた。


 奇妙で、それでいてずいぶんと――違和感のない構成だと、私は思った。

 るーちゃんは自分が下手に関わろうとすると、男女の間に亀裂が残ると考えたのか、曖昧に笑うばかりだったけれど、それが男子にはおかしな希望を、女子には同情を誘ってしまうらしい。

 それを見ていた私は、確かにるーちゃんの表情が曇っていたのを見落としてはいなかった。


「難しいねぇ。“特別扱いしないで”なんて言えば反感を買うし、だからってるーちゃんが行動で示そうとしても、かえって周りから気を遣われちゃうって感じかな?」

「……です。でもまだ、この聖燐に入って四ヶ月ぐらいですし、焦ってはいないですよ。その内落ち着いてくれると思うですし」

「それは確かに、悠木くんみたいなタイプは珍しいよねぇ」


 ただただ自然体と言うべきか、それともただ間が抜けていると言うか。

 そんな雰囲気を放つ少年だと言うのに、不思議と周りをよく見ていて、周りの為に動くような人物であるらしい事はるーちゃんからも聞いている。


「ま、まさか水琴先輩も……?」

「あぁ、ないない。と言うより、私はむしろたっくんに興味を持って『読書部』に入ったからねー」

「え……? そ、それって……」

「あー、違う違う。私さー、こんな性格だから恋だの愛だのっていまいちピンと来ないんだよねー。むしろネタになればいいかなってぐらいの気持ちで読書部に入ったんだよねぇ」

「ネタ、ですか……?」

「あぁ、もちろんそんな本人を特定出来るような事とかは描かないよ? 脚色して描くしね。まぁ間近で見れるのはありがたいよねぇ。そういう考え方もあるって勉強になるからねー」


 私がたっくんに興味を持ったのは、それが理由。それ以上の何かがある訳じゃない。


「まぁるーちゃんとは親しくなれて良かったと思うし、ちょっといい情報をあげちゃうよ」

「いい情報、ですか?」

「うん。実はさ、ゆっきーが明後日から日和祭まで寮を離れて実家に泊まるんだってさ」

「そうなんですか?」

「うん。十四日が日和祭で、今日が七日だから四日間か、もしかしたら五日間ぐらい空く事になるね」

「そうですけど、それがどうして良い情報なんです?」


 小首を傾げるるーちゃんに、サムズアップして笑みを浮かべる。


「デート、しておいでよ」


 ………………。


「……え……?」

「悠木くんとデートしてみて、気持ちを確かめてごらんってこと」

「……だ、だだだっ、誰がですか!?」

「そりゃもちろん、るーちゃんがだよ」

「えええーーーっ!?」


 るーちゃんの叫び声が、寮内に響き渡った。








◆ ◆ ◆








 寮でそんなやり取りが行われているとは露知らず――現在、俺は現実の残酷さを噛み締めていた。


 ――最近、俺の調子は良かったと思う。

 いや、それは冗談ではなく、割と本気でそう思ったりもしていたのだ。

 雪那ともそれなりに仲良くなっているし、沙那姉との関係も改善された。それどころか、瑠衣や水琴、巧や篠ノ井とも楽しくやっている。春の頃に感じていた、あの脇役体質を脱出したと言っても過言ではないだろう。


 ただし――だからと言って。

 俺が主人公体質に取って代われるかと言えば、答えはノーだった。


 ジュースとワインを間違えて飲んでしまい、グロッキーな雪那をトイレへと連れて行く。

 それにはやはり、お姫様抱っこだとかおんぶだとかを想像する訳だ。


 しかし、現実は過酷だった。


 お姫様抱っこを敢行してみれば――――


「……だめ、これ気持ち悪さ倍増よ……」


 ――と言われ。

 次におんぶしてみたら――――。


「……はぷ……っ」


 ――メイデー! メイデー!


 危うく仕立ててもらった礼装の上着が、ギリギリでダメになるところだった。


 酔った勢いで「悠木くん。私、もう……」とか言われ、熱っぽい声で紅潮した頬で囁かれるなんて事を想像していた。だが現実は、どう考えても青い顔で「悠木くん、私……私もう……ダメ」と言われる始末である。


 含んでる意味が違いすぎる……!


 クソー! 久々にクソーーーッ!

 分かってた! 分かってたけど! 分かってたけどもッ!


「……お、お客様……?」

「あぁ、すいません。ちょっとツレが中で大変な事になっていて、取り乱しました」

「そ、そうですか……?」


 地面を悔しさのあまりに殴っていたら、男性のスタッフさんに声をかけられた。

 ……おいなんだその目は。


「――――……女子……変……――」


 今その胸元のピンマイクを寄せて何を言いやがった、あんた。

 おいやめろ、変質者をマークするみたいな勢いでこっち見てんじゃねぇ。


「あら、ユーキ?」

「あ……、美堂さん」


 俺とスタッフの無言の睨み合いを制したのは、先程テラスで会った美堂さんだ。

 アッシュカラーの髪と瞳。薄いブルーのドレスはロングドレスで、スリットがなんかエロい。


 そして、さすがはハーフ。

 何を見て思ったのかって、それはもちろん……。


「――どうしたの?」

「あ、いや、別に見てねッスよ。ホントッスよ」

「そうじゃなくて、なんで女子トイレの前で従業員さんと睨み合っているのって聞きたかったんだけど」


 ――あぁ、なんだそっちか。

 思わず小物臭を出して誤魔化そうとしてしまった。


「あぁ、聞いてくれ。どうやらあの従業員、友人を心配している善良な高校生を変質者と同義の目で見て、疑ってきているみたいなんだ。それどころか、恐らく応援まで呼んでる」

「っ!?」

「……ホントなの、それ?」

「え、あの、それはですね……っ! 私達も不審者には目を光らせておりまして……!」

「聞いただろ美堂さん。こんな調子なんだ」

「……私の友達を不審者呼ばわりなんて、聞き捨てならないわね」

「それは……っ!」


 美堂さんが振り返り、従業員に問い詰める。

 慌てて従業員が言い訳をするが、先程の俺への視線はとくとやり返させてもらおうか。


「まぁまぁ、美堂さん。そう怒らないでくれよ」

「……いいの?」


 ほっと安堵した従業員さんを見て、俺はそっと悲しげな表情を作って遠くを向く。


「きっと悪気はなかったんだよ……。……俺が我慢すればいいだけだから……」

「なぁっ!?」

「……ユーキ、いいわ。お父様に言ってクビを飛ばすわ」

「お、お父様……って、み、美堂……様……っ!? ま、まさか……、会長の……」

「……えぇ、そうよ。わざわざそんな事を確認しなくちゃ分からないなんて、とんだプロ意識ね。今日はあくまでもプライベートな付き合いで華流院さんのパーティーに来ていたのだけど、まさかこんな無礼な従業員がいるなんて」


 おっと、予想以上の大事になりそうな予感しかしない。

 ワクワクが止まらない。


「ち、違いますっ! その、あぁっ! い、今! 今こっちを見て笑ってましたよ、その男っ!」

「え?」

「……いいんだ、美堂さん。そういう男に見られてしまった俺にも、もしかしたら何か落ち度があったのかもしれない……」

「っ!? こ、こいつ……ッ!」

「……最低だわ」

「っ!?」


 そろそろ可哀想になってきた。俺の心はすっかり晴れた。

 今なら許せる気がする。


「美堂さん美堂さん」

「どうしたの?」

「中で俺のツレがグロッキーになってるんだ。この人の事はどうでも……じゃない、もう許してあげればいいと思うから、中にいるツレの様子を見てきてくれないか?」

「どうでもいいって言おうとしたっ! お、お嬢様、今こいつ……っ!」

「友達思いなのね、ユーキ。分かったわ、ちょっと見てきてあげる」


 美堂さんが中へと入って行った。

 なんという話の聞かなさっぷりだ、美堂さん。


「……こ、このクソガキ……ッ!」

「美堂さーん――!」

「――わーー! わーーっ! 分かった! 分かったから! 私が悪かった! 悪かったから! ちくしょう……、何だあの性格悪いガキは……!」


 スタッフがブツブツと言いながら早足で去っていく。

 ちょっとやり過ぎた気がしなくもないが、ささくれ立った俺を変質者扱いした罰だ。




 しばらく経って、ようやく雪那が出て来た。


「ありがとう、美堂さん」

「いいえ。それにしても驚いたわ、まさかユーキの友達って櫻さんだったなんて」

「えぇ……。私もここで美堂さんと会うとは思ってなかったわ」

「ん、二人共知り合いなのか?」


 何やら仲良さげな雰囲気で話していたので尋ねてみる。

 どうやらこの二人、同じA組で面識があったらしい。


「どうする? 帰るなら華流院さんには私から言っておくけど」

「いや、それだったら俺が声かけておくよ。美堂さん、悪いんだけど雪那についていてやってもらえるかな?」

「わ、私なら大丈夫だから……」

「ダメよ。まだ顔が青いもの。ユーキ、いいわよ。待ってるわ」

「色々ありがとう、美堂さん。じゃ、ちょっと待っててくれ」


 俺はそう言い残して、華流院さんに挨拶しに行った。


 結論から言えば、その日は結局華流院家の送りによって一足先に寮へと帰る事になった。

 美堂さんには、改めて機会があったらお礼を言わなくちゃな。


 ともあれ、こうして俺達のホテルパーティーは終わりを迎えた。






 ――帰りの車、外野くんいなかったけど。


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