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#006 こうして、俺は動き出す

「分かってはいると思うんだけれど、悠木くん。このまま風宮くんがフラグブレイカーを続ける限り、悠木くんはあの篠ノ井さんに脅され続けるの。果たして今のままで、悠木くんが自分の恋に打ち込む事なんてできるとは思えないわ」

「どうしてそうなるんだ?」

「悠木くんに彼女ができたとなれば、篠ノ井さんはきっとこう考えるわ。私の恋をそっちのけで、手伝ってくれないんだ、ってね。そうなってしまったらどうなるか、分からない訳じゃないわよね?」


 ヤンデレの篠ノ井の報復――そんなタイトルとなって、夕方に見たあの姿が俺の脳裏に浮かび上がる。

 ……あれ、俺ピンチじゃね。

 刺される気すらしてきたんですけど。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。まさかだけど、俺はあのフラグブレイカーをどうにかしないと、ろくな恋愛をする事すら出来ないって事か……?」

「えぇ、その通りよ」


 おいやめろ。

 俺は決して親友キャラに落ち着きたくて生きてる訳じゃない。

 俺は俺の青春を手にするべく、わざわざこの聖燐学園に来たんだぞ!


「つまりね、キミはこれから、私か篠ノ井さんの味方をしながら、あのフラグブレイカーの一件をクリアしなくちゃいけない。それをしない限り、きっと篠ノ井さんが悠木くんを束縛し続けるでしょうね。『読書部』の存在がそれを物語っているわ」

「ちょっと待ってはくれないか、櫻さん。それだって俺が『読書部』を離れてフェードアウトさえしていれば、どうにかなったんじゃないだろうか」

「あら、それはできないわ。悠木くんが『読書部』を抜けるなら私も抜けるもの」

「何でだよおお! 思ってもみなかったよ! 見事に板挟みだよ、俺!」


 予想外だよ、ホント!


「あら、決まっているじゃない。私はあなたがいるから、『読書部』へと入ったんだもの」

「え……!?」


 ちょっと、まさかの発言に思わず胸が高鳴っちゃったんですけど。


「どういう意味、だ? だいたい、櫻さんも巧と一緒になりたいんだろ? な、なんで俺が――」

「――だって、悠木くんがいないと怖いじゃない、篠ノ井さんの逆恨み」

「俺はただの身代わりかよ……!」


 まぁそんなもんですよね。

 ちくしょう。俺のピュアな心はちょっと女子と会話するぐらいで高鳴る程のピーキーぶりなんだぞ。

 チョロインなんてレベルじゃないぞ、俺の攻略度は。




 櫻さんとの話し合いを終えた俺は櫻さんを見送った後、とりあえずベッドにダイブした。

 別に匂いが気になったとか、そんなやましい気持ちに駆られた訳ではない。

 ちょっと。ほんのちょっと疲れただけだ。

 フローラルな女子の香りを胸に吸い込んだりもするが、これは副産物には過ぎない。


 ……ふぅ、良い匂いだ。

 一通りの堪能と、ちょっとした休息のおかげで少しばかり俺の思考はクリアになった。


「……巧と篠ノ井。もしくは櫻さんをくっつける事。それが、俺が唯一まともに青春を謳歌する為のたった一つの足がかり、か」


 笑えない。

 学園随一の美少女達にフラグを立てた、巧。

 アイツのせいで俺がこんな立場に陥る事になるなんて。


 でも、櫻さんはあんまり巧に固執しているとは思えないんだよな。

 それなのに、どうして巧に拘るんだろうか。


 篠ノ井への他人行儀な態度も、篠ノ井はそんな雰囲気を出してはいない。

 まぁ、ヤンデレぶりは別として、だけど。


「……フラグを乱立する友人のせいで、俺の日常は失われたって事かねぇ」


 そんな事を独りごちてみる。


 なら俺は、俺として。

 アイツのフラグを成立させて、日常を取り戻してみせる。




 ――――明けて翌朝。

 俺こと永野悠木は今日より、ギャルゲーの親友ポジション、ラノベで言えば報われない友達ポジションを脱するべく動き出す。


 そんな決意を胸に、俺はベッドから身体を起こした。

 もう匂いは消えてしまったらしいが、この際何も言うまい。

 ましてや櫻さんは巧狙いなのだ。

 まぁ、匂いに罪はないが。


 さて、そんな変態チックな朝をいつまでも過ごしている訳にはいかないな。

 早速俺は毎朝お世話になっている食堂に向かうべく、制服に身を包んだ。


 聖燐学園のこの寮の食堂は、朝御飯が用意される。

 しかも決まって純和風な食事。日本男児たるもの、これは外せない。


 余談ではあるが、この男子寮は急造された為、まだまだ真新しい。

 コンセプトは洋風のホテル、だそうだ。

 四階建て、総数十名程度の男子しかいない、無駄に広い設計である。


 優待制度を用いた男子生徒はごく少数なのだ。


 そんな訳で、食堂はこちらの男子寮を開放し、朝は女子もこちらで食事を摂る事になっている。

 男子寮なのに男子の肩身は狭い。

 女尊男卑の社会はここに健在だ。


「相席、いいかしら」

「どうぞ」


 もはや驚くまでもない。

 俺の向かいに、フレッシュサラダを持った櫻さんが腰掛けた。

 おかげで今俺は、寮の男女生徒全てから注目を浴びている。


 ……ちくしょう。

 これが諸君らの思っている通りの展開から来ている光景なら、俺だって喜べたはずなのに……。

 今日の白米はやけに塩味が利いてやがる……ッ。


「朝食はしっかり食べるのね」

「あぁ。そういう櫻さんはずいぶんと小食なんだな」

「そうかしら? 女子は普通これぐらいだと思うけど?」


 櫻さんの一言にビクッと身体を震わせている数名の女子の姿を、俺は見逃さない。


「それにしてもその呼び方、どうにかならないかしら?」

「呼び方?」

「私は悠木くんと名前で呼んでいるのに、いつまでも他人行儀に苗字で呼ばれるなんて、なんだか距離を感じるのよ。それに私、苗字で呼ばれるのってあまり好きじゃないの。私とあなたの関係なら、名前で呼んでくれてもいいと思うのだけど」

「ごめん、もう一回言ってくれないか。録音し損ねた」

「…………」

「………………えっと、分かりました。雪那、さん」


 もはや俺にはそう呼ぶしかなかった。

 名前で呼ぶなんてハードルが高すぎる。ちょっと心臓に負担がかかった。

 チョロイン云々の話じゃないが、今の俺なら既に攻略済の烙印が押されても文句は言えないだろう。


 櫻さん――もとい、雪那の姐御は俺の言葉に満足気に頷くと、小さな口に紅茶のカップをつけた。


「それで。早速だけど、作戦を開始したいと思うの」

「……篠ノ井と戦うって事だな」

「えぇ、そうなるわね。その為にはまず、私とあなたが親しく振る舞いながら、私が風宮くんを本人に対して名前で呼べるように話の流れを作る必要があるわ」


 なるほど。それで俺にも名前呼びを強要した訳か。

 悔しい。

 利用されたって分かっているのに、役得だと思ってしまう俺がいる。


「……なぁ、櫻さん」

「……」

「…………」

「………………」

「雪那、さん」

「何かしら?」


 名前を呼ぶだけで俺の顔は恐らく、その皿に盛られたミニトマト並に赤くなっているはず。

 それでも、慣れるしかないんだが。


「その、雪那さんはどうして巧に固執するんだ?」


 ピクっと眉を動かして、雪那の姐御は動きを止めた。


 昨日から気になっていたんだが、やっぱり違和感があるんだよな。

 篠ノ井みたいに、巧に拘っている様には見えない。

 それなのに巧に迫ろうとするその姿勢が、やっぱりおかしいと思ってしまう。


「……それは、その内話すわ」

「……そっか」


 その答えはつまり、巧を好きだから、という答えではなかった。





「さく……雪那さん。それじゃあ放課後に」

「えぇ、悠木くん。また後でね」


 二人で教室の前へとやって来た俺達は、周囲の注目の的になりながら敢えて大きな声で名前を呼び合った。


 俺達の作戦。

 まずは巧に恋愛脳を芽生えさせ、篠ノ井と雪那の姐御を意識させる事だ。

 その為に、あたかも仲の良い二人を演じながら、そんな恋愛関係になっているのではないかと邪推させる事が目的だ。


 これは最初の一手だと雪那の姐御は告げる。

 こうする事で、俺達に対する篠ノ井のヤンデレのベクトルを向けさせない。

 そうして雪那の姐御を、篠ノ井の敵認定から外す。


 それはつまり、雪那の姐御を巧に近付け、更に俺への篠ノ井の追撃を防ぐ事に繋がるだろう。

 雪那の姐御は策士でやんす。ふへへ。

 そう言ったら、雪那の姐御に耳を引っ張られた。


 ボディタッチで追撃をするとは、やはり策士だった。


「よう、巧」

「悠木、おはよう。なんだか櫻さんと随分仲良いみたいだな」

「あぁ、同じ寮生だからな。すっかり意気投合しちゃってさ」

「おはよう、悠木くん」

「お、おう、篠ノ井、さん」


 こ、怖くなんてないんだから。

 思わずさん付けしちゃったのも、ちょっとした動揺だったりしないんだから。


「ねぇ、ゆっきーと随分仲良いみたいだね。もしかして脈ありなのかな?」


 こ、この女……!

 早速話題にぶっ込んできやがった……。


「な、何言ってんだじょ」


 噛んだ。


「えー、だって良い雰囲気だったもん。やっぱり高校生だし、そういうのって珍しくないとは思うんだ。巧もそう思わない?」

「あー、確かにそうだよなー。あんないい雰囲気なんだから、勿体無いぞ?」

「……殺すぞ、テメェ」

「え?」


 おっと。鈍感系にそんな言葉を言われてつい本音がぽろり。

 さすがは鈍感系。聞き漏らしには定評がありますね。


 や、やめろ、篠ノ井。そのヤンデレ目で俺を見るな。聞こえてたのか、お前には。


「いや、何でもない。まぁ俺みたいなのがそうなれたら最高なんだけどな。あっははは……はは……」


 何はともあれ、こうして作戦は始まる。




 俺は、自分の平穏な日常と普通の恋愛を成就すべく、動き出す。

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