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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 一章 沙那と雪那
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#008 悠木と雪那の話し合い

 基本的に俺は、沙那姉との事を自分から雪那に話す事を避けていた。

 確かにあの一件でショックを受けたのは事実だが、それでも俺は今でも沙那姉を恨んだり、憎んだりしていない。


 あの一件がなければ、俺はきっと……――まぁそれはさて置き。


 俺がこの町にやって来た理由の一つに、確かに沙那姉の一件の事はあった。

 そうは言っても、それを叶えるというのも望み薄であった。沙那姉に直接問いかけようにも、あれから七年もかかってしまったのだから、お互いに顔だって変わっているだろうし、会えるとは思っていなかったのだから。


 雪那と出会えたのは、偶然というか、それこそ奇跡のようなものだ。

 篠ノ井の親との一件もあったと考えると、雪那がこの町にいる事の方が、本来ならば有り得ないと言っても過言ではない。


 ともあれ、今の俺にはそんな事を言っている場合でもなかったりする。


 あの後、瑠衣が水琴に連絡をしたというのは事実だったらしい。

 そのまま水琴と瑠衣のグループトークに招待され、俺の言い分も言い訳も通じるはずもなく……僅かな絶望にも似た感情を胸にしながら自分の部屋へと帰り、夜を迎えた。


 いずれにせよ、雪那とは話さなくちゃいけない。

 それでも、何をどう話せばいいのか。正直言って未だ整理できていないというのが現状だ。

 スマホを片手に悩んではみたものの、結局うじうじと悩んでしまう自分に辟易としながら、俺は夕食を食べに食堂へと向かおうと部屋を出る。


「あ……」

「……よう」


 扉を開けた先には、外に出かけていたらしく外出用の服に身を包んだ雪那の姿があった。


 お互いに何とも言い難い雰囲気の挨拶。

 半開きの扉を手にしたまま互いに沈黙。


 そういえばついこの前もこんな状況に陥った事があったなと思いつつ、かと言ってどちらから、何から話せば良いのかも分からないままの沈黙は、お互い様だろう。

 お互いに言葉を失ったまま視線を泳がせていると、ようやく雪那が口火を切った。


「これから夕飯?」

「あぁ、うん。雪那は?」

「うん、私も悠木くんを誘おうと思ってたところ」

「なんだ、そっか。なら携帯に連絡すれば良かったのに」

「ダメよ。携帯だと、顔が見えないから逃げられるかもしれないじゃない」

「…………いい勘してやがらっしゃる」


 雪那の勘は当たっていた。

 俺もきっと、雪那からの前もっての連絡が来ていたりしていたら、何かと理由をつけて逃げていたかもしれない。

 我ながらの女々しさに辟易としつつ、ともあれこれはこれでちょうど良い機会だと思考を切り替える。


「……んじゃ、行こうぜ」

「えぇ」


 夏休み期間中の夕食は、一品料理でメニューは存在していないなんていう、実にシンプルと言うべきか、手抜きとも言えるような日がある。

 今日はその最たる例であり、夕飯はカレー。中辛カレー一択の日だ。

 置かれている炊飯器から米をよそい、厨房のおばちゃんにカレーをかけてもらって終了。

 トッピングにらっきょう漬けなんかが置かれているが、俺はカレーにそういうものを乗せるのは嫌いなので遠慮しておこう。


 席へと戻って来るまでに周囲を見回してみたが、食堂内はやはり閑散としていた。

 夏休みで帰郷している生徒も多いし、食堂の時間に何かをしている生徒は少なくない。

 俺と雪那以外には三組ばかりがテーブルについているが、その内の一つが男女のペアで、もう二つは男子二名である。

 きっと男子二名の彼らは、「リア充爆ぜろ」と俺やもう一組を見て思っているのだろうが、俺はむしろこれから取り調べを受ける犯罪者の心境である。


 自白を強要される予感しかしない。


 食事中の俺達の会話は、当たり障りない話題にしか触れなかった。

 宿題の進行状況であったり、この三日間で何をしていたか、などだ。


「……姉さんと、会ってきたわ」


 言葉を区切りながらそう端を発したのは雪那であった。

 俺も話題には上るだろうとは思ったが、まさか雪那が沙那姉と会っているなどとは思っていなかったと言うのが本音だ。


「……それで?」

「聞いたわ。昔、私が知らない所で何があったのか」

「……そっか」


 ……正直に言うと、ほんの少し肩の荷が下りた気がした。

 ここ最近続いていた重苦しい空気からようやく解放されるような、そんな気分だった。


 この町に来た理由の一つ、その真実。

 まぁモテたかったっていうのも嘘じゃない。本音だし本気だが。否定できない。


 だけど、いざ雪那がいると知って、雪那を通せば当時の事も訊ねる事ができるのではないかと考えて――途端に怖くなったのも事実だ。


 結局のところ、俺は逃げていたのだろう。

 雪那と篠ノ井の一件はあんな風にかき回しておきながら、自分は十分に立ち向かう事さえできないのだから、情けない話である。


「悠木くん。姉さんのこと、恨んでる?」


 分かっている――とでも言いたげな、それでも敢えて言葉にしたような苦い表情を浮かべながら、雪那が俺へと投げかけた質問。

 そんな表情を浮かべる雪那を見て――俺は素直に心情を吐露する事にした。


「恨んでる……か。恨んではいないかな」

「どうして?」


 周りを見れば、さっきまでいた他の組はすっかりいなくなっていた。

 外聞を気にする必要もないとは、全くもって気の利いた演出だ。

 気を遣うのなら俺の部屋で話すべきなのだろうが、幸いにも周辺には誰もいないし……このままで構わないか。


「むしろ俺は、雪那に恨まれてもしょうがないと思ってる」

「……え?」

「沙那姉に担がれて、俺は雪那を騙そうとした。まぁその気はなかったとは言っても、結局あの一件で雪那を裏切ったのは俺だからな」

「そんなことないわ。あれは姉さんが仕組んだ事なんだし……」

「それでも、俺がやった事だ」


 ――正直に言えば、俺は雪那にその事を言いたくなかったのかもしれない。


 あの夏、沙那姉に見事に担がされた訳だが、俺は雪那を裏切った。それは間違いない真実であって、今更覆せるものではないだろう。


 結局、俺は被害者でもあって、雪那に対しては加害者でしかない。

 沙那姉の言う通り、俺はあの一件を承諾した時点で被害者ぶれない理由としては十分過ぎる程に成立しているのだ。

 もっとも、最初から自分は被害者だなんて思ってもいない、というのが本音ではあるのだが。


「……そんなの、間違ってるわ」

「間違っちゃいねぇよ。俺はお前を裏切った。沙那姉に担がれたのは確かだけど、それを選択したのは他ならぬ俺だしな」

「もういいの、そんなこと……!」


 雪那が、何故か泣き出しそうな顔をして俺を見ていた。


「……私は、もう昔の事なんてどうでもいい……! 私は今、悠木くんが離れていく今の状況が、それだけが嫌なの……!」

「……雪那……?」

「せっかくここで再会したのに……。やっとこうして話せるようになったのに、昔の事で悠木くんが離れていくような気がして、それが嫌なの……!」


 俯いた雪那が、絞り出すように告げた。

 そうして次の瞬間、雪那は俺を真っ直ぐ睨み付けると、机にバンと音を立てて手を突いた。


「昔の事で悠木くんが私に負い目を感じてるなら、それを償う為に言う事を聞いて」

「はい……」


 あまりの剣幕に、俺のイエスマン根性が炸裂した。

 ちょうどそのタイミングで降りてきた生徒の視線を受けて、俺達は一度俺の部屋へと移動する事になった。




 自室へと戻って来た俺と雪那。

 相変わらずの定位置に座り、相変わらずの烏龍茶を注いで腰掛ける。

 しかし俺の今の心境は、すでに沙汰を言い渡されるその状況を待っているような、そんな被告人な気分である。

 さっきよりも追い込まれている感が否めない。

 生殺しとはこの事か。


「悠木くん」

「はい、なんでしょう」

「……何で敬語なの?」

「いや、ほら。こういう時は神妙な受け答えをしている方がトゲがなくて済むと言いますか……って、オーケー、分かった。いつも通りいこう」


 厳しい視線に耐え切れず、俺のへりくだりモードは一蹴された。


「ねぇ、悠木くん。まず一つなんだけど」

「まず、って事は他にもあるって事なんですかね……って、何でもありません」

「……とにかく一つ目。昔の事で、ちゃんと全部、包み隠さず話すって約束して」

「それはつまり、俺のヒストリーを全て隠さずに話せとかそういう訳じゃ――ありませんよね。分かってる。分かってるからその手に持ったグラスを投げようとするな……!」


 はぐらかそうとしても通用してくれないようだ。

 顔を紅くしながら頬を膨らませかけている雪那がなんか可愛い。


「もうっ、どうしてそうはぐらかそうとするの?」

「いいや、これはだな。空気を軟化させようという俺の処世術の一つとでも言うべきだろう」

「もういいわ。とにかく、ちゃんと話して」

「……へい、姉御」


 雪那の姉御復活である。


 そうして、俺は瑠衣に話した様に過去について包み隠さず雪那に白状した。

 気分は犯罪を自供する犯罪者である。カツ丼はない。

 俺の説明を聞いても、雪那はあまり驚く様子も見せずに言葉を受け止めているように見える。


 もしかしたら、沙那姉と会って事の真相を聞いていたのかもしれない。


「――それで、もしかしたらこの町にさえ来れば何か知る事ができるんじゃないかって思って、聖燐学園の特待生制度に目をつけたって訳だ。ここまでが俺がこの町に来るに至った動機って所だろうな」


 俺はそんな言葉で過去について締め括る。


 意外と、話してみるとスッキリするものだ。

 そんな事をこんな状況で改めて感じてしまうぐらい、俺は妙に達観した様子で自分を見つめていた。


「……じゃあ、なんで姉さんについて私に聞こうとしなかったの?」


 雪那の質問は、至極当然な質問だと言えた。

 俺は確かに、沙那姉について雪那には質問をぶつけようとはしなかった。


「……なんで、って言われてもな。雪那に訊こうと思わなかったってのが本音だな」

「どうして? 私じゃ、役に立たないって思ったの?」

「違う違う、そんなんじゃねぇよ。ただ、さっきも言った通り、俺は沙那姉については恨んではいないんだよ。そりゃ、ハメられたのはショックだったけどさ。本音を言うと、心のどこかでは解決したつもりでいたんだ」

「解決?」

「あぁ、解決。受験してみて、この学園に入ってみて。巧や篠ノ井の事も、雪那と篠ノ井との事も色々とあっただろ? それで視野が広がったっつーか、あの時の沙那姉もただちょっとやり方が悪かっただけで、悪気はなかったんじゃないかなってさ」


 それは紛れもない本音だった。


 ――篠ノ井と雪那の一件は、少なくとも俺にとって大きな影響を与えた。

 立ち位置が違って、抱えている問題が違うなら、感じる感情も考えるものだって違ってくるのだと、そう考える機会に恵まれた。

 主観が違えば、問題になっているものなんてのは、ただちょっとズレているだけで、少し譲歩してみれば解決できるんじゃないかと、そう思えた。


「じゃあ、何で姉さんが来たあの日から、私とも距離を置いたの?」

「それは……ほら。いざ目の前にしてテンパッたと言うか、どうしていいか分からなくなっちまってさ」

「……何それ」

「さぁ。俺にもよく分からない。混乱したってのは間違いないけど、さ」


 それも決して間違いでも嘘でもなかった。


 こうして雪那と会って話してさえみれば、すっきりとしていくものだ。

 それに俺は気付かなくて、何だかんだで逃げていた。

 まぁこうして話すようになったのは瑠衣のおかげと言うか、アイツには感謝しなくちゃいけない所ではあるんだけども。


「……悪かった、ごめん。雪那には変に心配かけちまったよな」

「……うん」

「否定しないのかよ……」


 苦い笑いを浮かべてみると、雪那も呆れ混じりに笑みを浮かべて俺を見つめた。


 結局俺は遠回りをして、何だかんだと間違って、それでこうして解決に続く糸口を見つけた。

 それはあまりにも不器用だとは思う。

 結局そうする事でしか答えに辿り着けないんだから。


「じゃあ、悠木くん。ちゃんとお姉ちゃんと話してね」

「……やっぱりそうなっちゃいますか」


 外堀から埋められた俺と沙那姉の話し合いは、こうしてセッティングされていくのであった。


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