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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 一章 沙那と雪那
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#004 生まれた疑問

「――日和レジャープール?」

「えぇ、知ってます? 明日部活のみんなで行くんですよねー」


 それは、私――兼末水琴――がゆっきーのお姉さんである沙那さんと、今度のコミケに関する打ち合わせの最後に話していた内容だった。

 沙那さんの話し方が聞き役に徹しながらもゆっくりと話題を展開させてくれるおかげと、ゆっきーのお姉さんである事もあって、ついつい話に花が咲く。

 そうして話している内に、私がさっきまでゆっきーを含めた部活のメンバーと一緒に買っていた水着に話題が移り、そんな事を何気なく伝えたのだ。


「楽しそうね。私も高校時代はプールとか海とか行きたかったけれど、そういう男女合同でっていうのは経験した事がないわ」

「あれ、意外ですねぇ。沙那さんはモテそうですし、恋人とかいてもおかしくないと思うんですけど……」

「私自身、恋にそこまでの興味もないのよね……恋する資格も、ね」


 ちょうど人が入ってきて、私達の横を通り過ぎながら喋っていたせいで、沙那さんの最後の一言は私には聞こえなかった。


「水琴ちゃんも、せっかくのプールなんだから羽目を外したくなるのも分からなくないけど、気をつけなきゃダメよ。転んでしまったり、あとは水琴ちゃんみたいにスタイルのいい子だと、変な男に声をかけられる事もあるでしょうし」

「私はそういうタイプじゃありませんよー。でも、気をつけておきますね」

「えぇ、そうしてちょうだい。もっとも、それだけに気を配ってもらう訳にもいかないでしょうけれど」

「え?」

「――ねぇ、水琴ちゃん。雪那が酷く落ち込んだりしたら、支えてあげてね」




 ――まさかこの事を言っていた、とかはないよねぇ……?


 ついさっきるーちゃんから教えてもらった、悠木くんの突然の帰宅。

 ゆっきーは心ここにあらずといった表情でバスの中から外を眺めて考え事に耽っているようだし、るーちゃんは悠木くんの突然の帰宅を教えてくれた時から、表情は暗くて今にも泣き出してしまいそうだ。


 たくみんとゆずっちは素直に悠木くんが体調を崩したと思い込んでいるらしく、心配そうにはしていたものの、この事態に対して違和感を覚えているようには見えない。

 この空気に気付かないたくみんとゆずっちの天然ぶりは驚愕に値するけれど、あの二人ならそうなりそうだと納得してる自分もいるけれど。ともあれ、たくみんとゆずっちまで暗くなっていないだけマシかなとも思う。


「それじゃ、俺達はここで降りるな。悠木にはちゃんと休むように伝えてやってよ」

「またね! ゆっきー、水琴ちゃん」

「えぇ、また」

「……またです、雪那先輩。水琴先輩」


 るーちゃんは何か言いたげな様子だったけれど、言葉を噤んでしまったらしい。

 私達は三人と別れ、ついにゆっきーと二人きりである。


 バスの中でも特筆するような会話もなく、ようやくバスを降りて寮へと歩く。

 ひぐらしが鳴く声が響き、空には茜色に染まった雲が浮かんでいる。

 舗装された道を寮に向かって登って行くのはなかなか疲れるものだが、それ以上にその重苦しい雰囲気が足を重くさせるね。


 いい加減、ちょっと見ていられないかな。

 そう思いながら、私は二人きりになってゆっきーの口も少しは軽くなっていると期待を込めて、口を開いた。


「ねぇ、ゆっきー。そんなに落ち込んでるとさすがに隠し通せないと思うんだー」

「……え? そ、そんな事ないわよ。体調が悪いって言うから心配してるだけで……」

「いや、うん。それは苦しいと思うよ、目泳いでるし」


 ゆっきー……、嘘下手すぎ……。

 さすがにそんな顔されたら、どう見ても隠し事しているのは見て分かるよ……。


「まぁ言い難い事なら無理に踏み込むつもりはないけどねぇ。ただ、さっきからるーちゃんもゆっきーも、どう見ても普通じゃなかったからねー。もし言ってくれるんなら、話聞くよー?」

「……ありがとう。でも……」

「袋小路の時って、誰かに言って考えを整理するってのも案外ありだよー。さっきからあんまりいい答えも出てないみたいだし、言いたくないんじゃなくてただの遠慮だったらそういうのはいらないかなー」

「……そう、ね。じゃあ、私の部屋でいいかしら?」

「うん。じゃあ部屋戻ってシャワー浴びたら向かうねー」


 とりあえずは、これでいいかな。

 私という立場は、まだ読書部のみんなにとってはあまり深い仲とは言えないっぽいし、だからこそ私みたいな相手になら言える事もある。

 ゆっきーの気持ちを完全に理解する、なんてできるはずもないけれど……どうやら私は、悠木くんとゆっきーのゆきゆきコンビには、いつも通りフザけ合っていてほしいらしい。


 この状況に対して、珍しく私が他人に踏み込む決意をしたのは、そんな私のエゴが理由だった。



 ――その結果、私は自分がこの一件に絡んでいる事を知った。



 夜になってゆっきーと話をする為にやってきた、ゆっきーの部屋。

 わざわざ手料理までご馳走してくれたゆっきーから聞かされたのは、読書部でこれまでに起こっていた事件の数々。

 思っていた以上にヘビーな内容にちょっと驚いたけれども、それでも悠木くんが色々と動いたりしたおかげで、今では解決――とまではいかないけれど、どうにか前進しているらしいゆずっち達との一件。


 けれど――そこに新たな問題が発生したらしい。

 それがまさかの、ゆっきーのお姉さんであり、私がつい先日会っていた相手である沙那さんだった。

 ゆっきー曰く、どうもゆっきーの知らないところで沙那さんと悠木くんとの間に“何か”があると踏んでいたらしいのだけれど、それは悠木くんに聞いても何も答えてくれなかったらしかった。


 そして、今日のプールでの一件。

 どうやら沙那さんが悠木くんに接触して、それから悠木くんは帰ってしまったみたいだ。


 ――――すっかり沈黙に満たされた室内で、ゆっきーがクッションを抱きかかえたままベッドの上で壁にもたれるように座っているけれど、その表情は暗い。

 隣で胡座をかいて座っていた私は、ゆっきーに向かって座り直して頭を下げた。


「――ごめん、ゆっきー! 沙那さんが今日あそこにいたの、私のせいだ」

「え……?」


 何気ない会話から伝えてしまったのは私で、あの場所に沙那さんが一人でいたと言うのなら、まず間違いなく沙那さんは悠木くんに接触する目的で、あの場所に来ただろう事が予想できる。

 私が沙那さんとの繋がりや、昨日会っていたという事実を説明をすると、ゆっきーは驚いてはいたけれども特にその目に批難するような色は浮かび上がっていなかった。


「気にしないで。水琴さんには落ち度なんてないもの。姉さんが私の姉だと知って、色々話してしまったのも無理はないわ。私だって水琴さんの立場だったら、きっと話してしまっていたと思うもの」


 この子、聞き分けが良すぎるんじゃないかなぁ……。


「んー、そうは言われてもねぇ……。ただ、気になるね」

「気になる?」

「うん。わざわざ接触してまで、沙那さんは何をしたいのかなーってさ。ゆっきーが言う通り、昔何かがあったのかもしれないけど、それでわざわざ悠木くんに接触する必要なんてあるかな?」


 普通なら、避ければいい相手だと思う。

 何かがあって気まずいなら避ければいいし、わざわざ接触するメリットはないと思うんだよね。


「それもそうだけど、考え方を変えてみれば別におかしな事でもないわ」

「考え方?」

「えぇ。私と悠木くんが接触して、仲がいいって姉さんは知っているもの。昔の何かを口止めする為だとしたら、わざわざ私じゃなくて悠木くんに接触したのも納得できるわ」

「それも一理あるけれど……納得はできないなぁ」

「納得?」

「うん、納得。だって、沙那さんがそんな、“わざわざ目に映るような場所でそんなリスクを背負う必要がある”とは思えないんだよねぇ」


 沙那さんの仕事ぶりを見ていると、余計にそう思う。

 あの人は仕事は的確に、スムーズに段取りを組んで動く人だと私は知っている。

 そんな人が、なんでわざわざ――ゆっきー達と一緒にいるタイミングを狙ったかのように接触してきたのかが分からない。


「――もし沙那さんが悠木くんに秘密裏に接触したいとか、ゆっきーに知られないように接触するなら、それこそ事情を知らなかった私を使えばいいと思うんだよね」


 例えば私に、可愛い妹に近づいている悠木くんに興味があるから、ゆっきーには秘密で一度会わせてほしいと言えば、きっと私は協力したかもしれない。それぐらい、私は沙那さんに対して信頼を寄せていたのだから。

 そんな私の言葉の意味を理解したのか、ゆっきーは考え込みながら呟く。


「……確かに水琴さんの言う通り、ね……。わざわざ私と会う危険を冒さなくても良かった……」

「うん、そうなんだよー。そこが私は気になるかなー」


 その後、別にそれに対してどうするか、どうするべきかの答えは私達の話し合いから結論は出てこなかった。


 けれど、ゆっきーの目には先程までの不安や焦燥といった色も消えて、何やらしっかりと考えがまとまったようだし……私は私にグッジョブだったと言ってもいいかもしれないねぇ。


 ――さて、問題はあと一人の方かな。


 気分は秘密裏に動く諜報員か何かである。

 ゆっきーの部屋から出つつ、私は早速とばかりに“もう一人”――るーちゃんへとメッセージを送信した。







 ◆ ◆ ◆








『――ちょっと話があるんだけど、少し時間作ってもらってもいいかなー?』


 昨日の夜、プールから帰って悶々と過ごしていた私――宝泉瑠衣――に、そんな内容で突然送られてきたメッセージは、水琴先輩からのものだった。


 そうして翌日。

 お昼過ぎになって、朝から降り続いていた雨が弱まってきた頃に、私は水琴先輩に指定されていた喫茶店にやってきていた。


 ――な、なんだかすごく大人っぽい事しているような……!

 喫茶店で待ち合わせしながら、一人で待ちぼうけするというシチュエーションに対して、私はまた一歩大人の階段を上ったような気がして一人で緊張。

 席で飲み慣れないカフェオレを頼んでしばらく待っていると、水琴先輩がやってきた。


 私に手を振った後、慣れた様子でカウンターで飲み物を頼んでからくる水琴先輩が、ちょっとカッコイイ。

 私、カウンター前でキョロキョロしながら迷ったのに……。


「悪いね、るーちゃん。急に呼び出したりしてー」

「いえいえ、暇だったですから問題ないですよ」

「飲み物とか食べ物とか、私が奢るから自由に頼んでいいよー」

「いえいえ! お金ならあるから大丈夫です!」

「まぁまぁ。呼び出したのは私なんだし、仕事もしてるからね。それに私は年上だし、こういう時は甘えてくれた方が嬉しいんだよー」

「う……、じゃ、じゃあ遠慮なく……」


 そう言われてしまうと、何も言えない……。

 結局、水琴先輩がスイーツを頼むからと言い出して、私もそれに便乗する形で注文する事になってしまった。


「――さて、と。るーちゃん、もしかして昨日の一件って何があったのか知ってたりする?」


 結局チョコレートケーキを頼んで、食べている最中――水琴先輩が唐突に話を切り出してきた。


「……正直、よく分かってないです。雪那先輩のお姉ちゃんがどうとかって呟いてたのは聞こえたですけど、細かい話は聞けなかったですし……」

「まぁ、それはいいんだ。ゆっきーから結構聞けたから、事情ならもう分かっているんだよね」

「……? そうなんですか?」

「うん。今日るーちゃん呼んだのは事情聴取じゃなくて、むしろその報告なんだよねー」

「報告?」

「うん、気にしてそうだったからねー」


 どうやら水琴先輩は、昨日の私の態度から何かを察していると勘付いていて、それでわざわざ私に報告してくれる為にこうして呼んでくれたそうだった。

 水琴先輩の優しさに、なんだかちょっと報われた気分になる。


 昨日の夜から、肝心の悠木先輩は、何があったのかをどれだけ訊ねてもはぐらかすようなメッセージしか返ってこないですし……。雪那先輩に訊ねようにも、どうもあの雰囲気だと訊ねにくいというか……。


「――という訳で、ここは一つゆっきー達の問題を解決する為に、一肌脱いでみないかい?」

「一肌脱ぐ?」

「そうそう。私から悠木くんに話すより、悠木くん的にはるーちゃんが相手の方がガードが緩くなると思うんだよねぇ。そこで――るーちゃんには、悠木くんを呼び出して、どうにか話を聞き出してほしいんだよね」

「――……え、えええぇぇぇっ!?」


 あまりにも唐突な提案に、私の叫びが喫茶店内にこだました。

 じろりと睨まれる視線が痛かったです……。


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