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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 一章 沙那と雪那
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#002 接触=男子は大変

 聖燐学園のあるこの町――日和町。

 駅前や住宅街はともかく、少しそういった場所から外れただけで広大な田畑や自然溢れる山々などが広がるこの町は、お世辞にも都会と呼べるような場所ではない。


 そんな町に二年前にできたのが、今日俺達がやって来た日和レジャープール。

 二年前の夏――つまり俺達が聖燐学園に入る前にできたばかりの、比較的新しく、大きめのプールだ。

 ウォータースライダーが数種類設置されていたり、海の波を再現するプールがあったり、流れるプールがあったりと、実に日和町にしては大きすぎるというか、不似合いな発展ぶりを発揮しているように思える。

 付け加えるなら、完全室内プールとして天上はガラス張りという、この町にしてはお金をかけすぎた建物である。


「ここのプール、ずいぶん金かかってそうだな……」

「聖燐学園の卒業生だった人がやってる会社が建てたらしいぞ」

「……なんで?」

「噂じゃ、その人の娘が入学するから、だったらしい」


 ぶっ飛び過ぎている金持ちの感覚に言葉を失うレベルである。

 同時に、水着姿を堪能できる場所を作ってくれた事に感謝しているのも事実だが。

 そんな、意外とどうでもいい事を考えた後で、周囲を見回しつつ顎に手を当て、真剣に思考を巡らせていた。


「……ふむ、やはりな」

「どうした?」

「プールで水着姿の女性を見ても、やはりエロさは半減するな、と」

「……悠木、心の声を堂々と口にするなよ……」


 自宅で水着を見たコイツには、俺の気持ちなんて分かるはずもないのだろう。

 布面積が下着と同じという素晴らしい光景だというのに、コイツは見慣れているのだ。万死に値する。


 それにしても、あれだな。

 俺と雪那がいないまま、巧ハーレムだけでプールに来ていたら、篠ノ井と瑠衣、それに水琴まで連れて来ていた可能性があった、という訳か。


 ……あれ、なんだろう。ちょっと想像しただけで殺意が沸いた気がする。

 今日はコイツを沈める方向で俺の方針は決まった。


「巧……、せいぜい水難事故に注意しろよ」

「……? おう、しっかり準備運動しないとな」


 人為的な、という言葉を付けていないせいか、疑っている様子はないな。

 これはチャンスだ。

 積年――およそ一年弱の怨みを晴らしてくれようじゃないか。


「あ、悠木先輩ー、巧先輩ー」


 ……来た……ッ!

 この声と呼び名から瑠衣であるのは容易に予測出来るが、さて問題は水着だ。


 アイツの体つきは、やはりロリ向けだと言わざるを得ない。

 ここはやはり、スク水を着るか或いはワンピースタイプの水着であるべきだろう。

 常識的に考えてスク水を着て来る、という事はないだろう。


「おー、瑠衣」


 巧が返事をした方向を見つめる。


 そこに立っていたのは、全体的に淡い水色のワンピースタイプの水着を着た、どちらかと言うと幼さを感じさせる瑠衣の姿だ。

 だが淡い水色に、胸元についたフリルなどからあまり子供過ぎない水着に見える。

 胸の部分はやはり……ロリ娘にしてはボリュームがある。全体的に線が細く小さいがそれなりにある方だろう。


「似合ってるな、瑠衣」

「えへへ、そうですか?」


 巧に言われ、はにかんだ瑠衣がちらりとこちらを見てきた。

 俺はしっかりとサムズアップして応える。 


「あぁ。スク水の需要は満たせなくても、お前なら十分ロリ要素を満たせると確信……痛たたたたたッ! お、おいやめろお! 素肌に爪立てて脇腹抓るんじゃねぇ!」

「そこはかとなく子供扱いされてイラッとしたですよ!」


 反撃を喰らった。

 防御力に欠ける水着のせいで、瑠衣の攻撃がいつも以上に痛い。


「るーちゃん早いよー」

「お、水琴も来たの……か……ッ!」


 振り返りながら、心の準備もしないまま水琴へと振り返ってしまった俺は息を呑んだ。

 白をベースにしたビキニは黒いラインが入っていて、下はミニのスカートみたくなっている。

 ……しかしそれより、やはり視線が胸に向かってしまうのは男子の性なのだろうか。

 ちらりと横を見ると、巧も若干頬を赤くして呆けている。

 純情男子か、お前は。鼻の下ぐらい伸ばしたらどうだ。


 読書部にいる唯一の巨乳キャラとも呼べる水琴の登場。

 雪那も篠ノ井も、水琴に比べてしまうと迫力に欠ける。まぁこれを口にしたら、恐らく俺は視線で黙殺される予感しかしないが。


 いつも通りに黒く長い髪は後ろで結っているみたいだが、背の高さと胸の大きさ、そしてスタイルの良さ。制服を着ていない上に珍しく髪を下ろしている事もあって、やたらと大人っぽく見えてしまう。


 まぁそんなうんちくはどうでもいい。

 健全な俺の視線はあの球状に向かってしまうんだが。


「おい瑠衣。ああいうのが大人であって……なんでもない。なんでもないから俺の足を何度も踏むな、この……っ! って言うかお前が怒る相手は俺じゃなくて巧だろうが!」

「悠木、先輩は、女の、敵なのですっ! 敵なのですっ!」


 言葉に合わせてゲシゲシと踏んで来る瑠衣が、人の腕にしがみついてまで攻撃を続ける。

 おい瑠衣。素肌が触れてるだけで心臓が高鳴る健全男子を甘く見てんじゃねぇぞ。

 スキンシップは有効過ぎるんだ。


「おっまたせー」

「おまたせ……って、悠木くん。瑠衣ちゃん怒らせてるの?」

「おう、聞いてくれないか、雪、那……」


 ――思わず、雪那を見て固まってしまった。


「……雪那……」

「な、何よ……」

「……パーカーとか、そういうのやってない。って言うか瑠衣。お前いつまで踏んでやがる!」


 黒いビキニに白い肌。その上からパーカーを羽織っている雪那。

 前が全開なのは嬉しい限りなんだが、やっぱりパーカーはダメだと思うんだ。


 対する篠ノ井は、黄色のビキニに白いリボンがあしらわれた水着だ。

 雪那と同様に、しっかりと胸もあるのだが……恐らくパットで戦力を増強していると思われる。俺の妄想力を持ってすれば、そんな見せかけなど瑣末な事だ。

 ただし、ヤンデレ属性持ちの篠ノ井に見惚れる訳にもいかない。

 それさえなければ健全なエロさに目を奪われただろうが、やっぱり残念さは拭えない。


「は、入る時は脱ぐから……」

「よし雪那。ちょっとその言葉、一回録音させてくれ……おい瑠衣。引いてんじゃねぇよ」


 ともあれ、これで女子全員の水着姿を拝見させて頂いた訳だ。

 この瞬間を青春ラブコメの王道として記憶に残しておきたい。

 楽しそうに話す女子四人が早速プールに向かって歩いて行く横で、巧が準備運動をしていた。


「悠木、さっき言った通り事故もあるかもしれないし、準備運動した方がいいんじゃないか?」

「は? 何それ?」

「っ!?」


 コイツはたまに何を言い出すのかよく分からないから困る。




 しばらく遊んだ後、飲み物でも買おうかと歩いていたところで、俺は目の前で繰り広げられている光景に顔を顰めていた。


 プールや海水浴といったイベント。

 そんなイベントの中で、俺が許せないものがある。

 それが、どこぞのDQN系が女子をナンパするというイベントだ。


 今、俺の目の前でまさにそれが行われていた。




 ……知らない人が。




 まぁ見ないフリをしておこうとも思ったのだが、こういう時に見てみぬふりをするような無力な立ち振舞いは、どうにも後味が悪い。

 ナンパされているであろう女性は後ろ姿しか見えないが、かなりスタイルも良くて、そんな女性に声をかける男達の視線が時折泳いでいるのが見て分かる。


 ……不愉快だ。

 なんというか、あれが雪那とか水琴とか、瑠衣とかだったらと考えると目に余る。

 篠ノ井だったら逆に男達の命を危惧するレベルだが。


 ――しょうがない、ここは一つ仕掛けてやろう。

 そう決めて――俺は近くに立っていた競泳用水着にスタッフ用のパーカーを着ている、いかにもオイルを塗っていそうな浅黒いキレキレな男性に歩み寄った。


「お兄さんお兄さん。あそこでうら若き乙女が、夏を間違った方向で謳歌しようとしてる若い男達に無理矢理ナンパされてます」

「むッ!? いかん、いかんぞ! よく報せてくれた!」


 サムズアップしつつ颯爽とその場を離れて行くスタッフに、俺はサムズアップして返す。

 歯を輝かせるその技は俺にはない。


「……悠木くん、いい事をしているんだけど。いい事をしているはずなんだけど、どうしてか格好がつかないように見えるのは何故かしら」

「それはあれじゃないか。俺が他人を使って解決したからだと思う」

「自覚はあったのね……」


 突如後ろから声をかけられて振り返れば、パーカーを脱いで腕を組んでいた雪那が立っていた。

 さすがに一遊びした後はパーカーなんてものは着ないらしい。


「巧達は?」

「あっちで皆でビーチボールを使って遊んでるわ」

「……チッ」

「っ!?」


 どうやら巧はあっちでハーレムプールを楽しんでいるらしい。

 潜水技術に磨きをかけた俺に、誰かが「今だッ」と黒い声を向けた気がする。


 そろりそろりとプールに入ろうとした所で、雪那が俺の腕を抱きかかえた。


「な……ッ!?」

「スライダーいきましょ」

「お、おい、雪那……! お前、それは……!」


 まさかのイベント襲来。俺の頭の中で警鐘が鳴り響く。

 女性の肌に触れる。それだけで俺の胸は高鳴るのだが、ほぼ裸に等しいこの状況で、その上腕を抱き込まれる。


 当たっている、というイベントは実在してしまった。


 ……これはあれだろうか。

 俺の命日が近いんじゃないだろうか。

 思わず巧達に目をやると、篠ノ井が巧の腕に抱きつき、瑠衣がもう片方の腕をしっかりと抱き込んでいた。

 そこへ水琴がビーチボールを持って肉薄している。


 ……あれ、あの姿を見ただけでちょっと殺したくなったはずなのに、今の俺なら許せてしまう気がする。

 これが僻みのない心情なのか。


「なぁ、雪那」

「なに?」

「巧って、あれだけ女子に引っ付かれて大丈夫なんだろうか」

「……どういうこと?」

「……いや、黙秘します」


 答えられない疑問だ。

 前かがみにならざるを得ない男子の気持ちなど分かるまい。


「お腹冷えたの?」

「……雪那、願わくばその純情さを失わないでくれ」


 小首を傾げる雪那に連れられ、俺はウォータースライダーに連れて行かれた。


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